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ジュナルの受難

 ジュナルはモレアの魔術区へと足を踏み入れていた。

 街全体が祭りの雰囲気に包まれていても、この魔術区だけは違っていた。

 モレアの都市は元々古代魔法帝国時代より続く街であり、古代の魔法技術が今でも一部が残っている。


 何よりもこの魔術区は街の他の場所の人間と、魔術師をはっきりと区別するかのように、一般人を寄せ付けない雰囲気がある。

 行き交う人々もローブを羽織った如何にも魔術師と言った格好をした人間が多い。

 会話の内容も今研究を進めている魔術の事が多く、老若男女問わず様々な魔術師が行き交っていた。


 ジュナルは一人探求心を満たすべく、魔術師集会所と足を運んでいた。

 集会所は魔術区の中央に建っている石造りの大きな建物であり、敷地の周りを塀が囲んでいた。

 さながら貴族の屋敷のような印象を受ける。


 しかし、ここは列記とした魔術師の集会所なのだ。

 大きな石造りの建物が建てられており、敷地は塀で囲まれていて貴族の屋敷を彷彿とさせた。

 入口には大きく太い石柱があり、この建物が古代より建てられてここにあることを伺わせる。


 その入口を魔術師達が行き交っていた。

 ここへ来ればこの街の魔術に関する情報が多く収集できる。


 集会所に入ると大きなホールがあり、中央には魔術区を案内する地図の張られた掲示板がある。掲示板には魔術の助手を応募する張り紙や、魔術研究依頼の張り紙がびっちりと貼られていた。

 掲示板の後ろに円形の机があり、中央に受付嬢が数名いる。

 この集会所を運営する魔術師協会の人間である。

 受付には掲示板の依頼を仲介する受付嬢がおり、ジュナルはあごに手をやると、その受付嬢の方へと向かっていた。受付嬢はジュナルを見ると笑顔で問いかける。


「何かお困りごとでしょうか?」


 愛想のいい受付嬢を前に、ジュナルは表情を変えることなく聞いていた。


「この魔術区にある図書館がとこにあるのか、教えてはくれないでしょうかな?」


 ジュナルの柔らかい物腰を見た受付嬢は、ダンディーな雰囲気にきゅんと胸を高鳴らす。

 ここに来る魔術師は大概がつっけんどんな態度で依頼を持ってくるのだ。

 言葉を交わせるならまだマシな方、研究ばかりに勤しんでいるタイプの魔術師は依頼書を無言で渡してくる事などざらにある。

 だからこそ、このダンディーなジュナルの真摯な態度に、嬉しそう告げていた。


「図書館はここの集会所の二階になります。よければご案内いたしますよ」


 受付嬢は笑顔でジュナルに答えると、彼は笑顔でその提案を快諾する。


「では、御頼み申しましょうかな」

「ええ、是非に!」


 受付嬢は上機嫌で台の上の三角スタンドを受付中から離席中に変えていた。

 他の受付嬢に仕事を任せて、彼女はジュナルを引き連れて石造りの階段を登って二階へと向かっていた。


 二階の階段を上がるとすぐに扉があり、受付嬢はその扉を開けていた。

 入り口を入ると同時にジュナルは感嘆の溜息を吐く。

 二階、三階のフロアが全て図書室となっているのだ。

 入り口横に本の貸し出し受付があり、ここで受付をすれば本の持出しも可能だという。


 フロア中央は二階と三階をつなぐ吹き抜けとなっており、三階吹き抜けの周りには柵が設けられている。

 部屋中央から両サイドに本棚が羅列されており、ここの本の所蔵量が王城の図書館に匹敵するとも思われた。ここは魔術区の図書館、魔術書だけならもしかすれば本国よりも多いのではないかと思われた。二階も三階も同様の構造をしていて、ジュナルは感心していた。


「にしても、凄い量の本の多さであるな」

「ええ。ここは古代魔法帝国時代からずっと続く場所ですからね」

「ほほう、ということは、黒魔術書もあるのですかな?」

「あったとしても、ここにはないと思いますよ」


 受付嬢は笑顔でそう答えると、ジュナルは怪訝な表情で聞いていた。


「なぜそう言えるのです?」

「我がモレア魔術協会が黒魔術書は見つけ次第、封印していますから。もうここのエリアにはその様な本はないと思うんですけどね」


 受付嬢はそう言いつつも、少しだけ心配そうに本団を見まわしていた。


「どうかいたしましたかな?」

「いえ、10年に一度くらい、ここの書棚から黒魔術書が届けられたりするんですよね」

「ほほう。ですから、ほぼないという事ですな」

「はい」


 受付嬢の言葉を聞いたジュナルは笑顔で伸びをしていた。


「これは探し介がありそうですな」


 彼はそう言いながら受付嬢に礼を述べていた。


「あ、二階と三階は書庫となっていますけど、四階に行けば本を読むスペースがあるので、書物を読む際はそちらでよろしくお願いします」


 受付嬢にそう言われて、ジュナルは図書室を歩いて回る。

 どのような書物が所蔵されているか、ある程度把握した上で本を選ぶためだ。

 書庫には太陽の光が入らないように、窓にはカーテンで閉められている。


 しかし、魔法灯のおかげで十分な明るさを保っている。

 魔術書で埋まる本棚を一通り見て回ると、ジュナルは何冊か手に取っていた。

 手に取った本はどれも古代魔法帝国時代に書かれたと思われるものを厳選している。

 古代魔法文字で書かれたタイトルはどれもとるに足らないものだ。

 健康に役立つ魔法学、人体を支える魔法学、人と魔法の魔力分立、この三冊を手にとる。


 そして、早々に四階に上がっていた。

 四階は窓が解放されており、空気も綺麗であり、何よりも外の見晴らしのいい景色を眺めることができた。外の庭では魔術師達が話をしているのが見え、ジュナルはそれを一瞥した後、机へと向かっていた。


 久しぶりの読書の時間に、ジュナルは上機嫌で手にしていた本を机に置いていた。

 三冊のうち二冊は早々に中身を流し読みして、全く黒魔術に関する記載はないことを確認する。

 そして、最後の人と魔法の魔力分立の本を手に取っていた。


 本には埃がかぶっており、相当な期間この本が手に取られていないのがよく分かった。

 ジュナルは目録を見て、そこで手が止まっていた。

 第一章には人の構造と魔力の関係、第二章は魔力発動時の人体の動きと魔術体系、第三章は原生生物の生体構造と魔力、そして、ジュナルが手を止めた原因がこの第四章だ。


「人と原生生物の融合魔術……」


 そう、倫理的に逸脱した書であるのは明らかだった。

 古代魔法帝国は魔術師出ない者は、人としてみなしていなかった。

 魔術を扱える者こそ至高であり、選民思想で成り立っていたのだ。


 だが、それを示す資料は中々見つからない。

 魔法帝国最後の皇帝が崩御した時、帝国は完全に崩壊した。各地で魔術師狩りが行われ、黒魔術に関する書物だけでなく、各地で魔術書が焚書されたという。


 その焚書から逃れた魔術書が、これだけ現存しているモレアの魔術図書館はかなり特殊な場所と言っていい。そして、何よりも、手に取った魔術書が完全に黒魔術の書であった。


「ふむ……。しかし、誰にも知られることなくこんな所にあるとは……」


 このモレアの魔術図書館は末恐ろしい場所であることに違いはない。

 ジュナルは魔術書の第四章まで読み飛ばすと、中身を確認する。


「ふむふむ」


 古代魔法文字で書かれた書をすらすらと読み進めるのは、宮廷魔術師クラスにならないとできない。

 魔術書の中には、人と原生生物の魔力線の結合をすることによって、部位の接合ができると書かれて居たり、それをするための施術法等が事細かに記載されている。


 第一章から第三章はその前段であり、やはり記述内容はかなり過激な解剖図まで記載されている。

 古代人の野蛮さが垣間見れる書でもあった。

 しかし、融合とは言え、体の一部を繋ぎ合わせる等の施術魔法止まりである。


「やはり、エスティオに掛かった呪いの魔法に関係はせぬか……」


 古代魔法文字の書かれた書に関して、これまで色々と読み進めてきたが、性別を変更する様な記載された魔術書はこれまでも見た事がない。


「とはいえ、ここには黒魔術の書が保管されているという事であれば……」


 アストールにかけられた魔法の事が記載された魔術書もあるかもしれない。

 ジュナルも主人にかけられた魔法を解くために、こうして魔術書のある所に事あるごとに足を運んでいたのだ。とはいえ、周囲の人間にはそう言った事を一切ひけらかすことはない。


 言っていれば、毎回手がかりがあったかを聞かれるだろう。

 その都度、ジュナルは分の悪い返事をしなくてはならないのだ。

 だからこそ、皆がただ魔術を研究している魔術馬鹿と見てくれている方が、ジュナルとしても気楽に魔法を調べられるのだ。

 だが、ここでも手がかりは得られそうになかった。


「黒魔術書を見せて欲しいものだが、それをする訳にもいかぬか」


 ジュナルは現状を考えた時、優先すべき事がディルニア公国へ書簡を届けることを思い出す。

 主人の立場を悪くしてまで、あるかどうかも分からない手がかりの為に、問題を起こしてはならない。

 直談判してでも黒魔術書を確認したいという欲を、ぐっと堪えたジュナルは席を立ちあがっていた。そして、最後の本以外を元の場所に戻すと、図書館の受付前まで来ていた。


「この本をお借りしますか?」


 司書が話しかけてきたので、ジュナルはその本を差し出して一言告げる。


「これは禁断魔法が載った黒魔術書でありましたぞ」

「ええ!? そんな!?」


 司書の眼鏡をかけた中年男性は、その本を手に取っていた。

 しかし、古代魔法文字が読めないのか、中身を見ても苦笑してジュナルに顔を向ける。


「えーと、古代文字をお読みになれるんですか?」

「魔術師ならば誰でも読めるのではありませぬか?」


 ジュナルはさも当然と答えると、司書はぶんぶんと首を振っていた。


「そ、そんなわけないですよ! この魔術区でも古代文字を解読できるのは10人いるかいないかです」

「ほほう。そうなんですな」


 ジュナルはその言葉を聞いて一筋の光を見ていた。


「因みにこのモレア魔術協会に古代文字を読める者はおりますのか?」

「ええ、専行で研究している者が一名おりますが、自分の魔術研究で手一杯なので、図書館の中の帝国時代の魔術書は、まだ未確認の物もあるかと」

「そうですか、わかりました。私は明日もここに来ましょう」

「えーと、あなた何者なんですか?」


 たじろぎながら聞いてくる司書に、ジュナルは柔和な笑みを浮かべて答えていた。


「とある騎士のしがない従者ですよ」


 ジュナルはその後も時間が許す限り、図書館で帝国時代の魔術書を見つけては読み漁るのだった。



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