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交易都市モレア

 朝靄が掛かり、城門から出た道は湿っていた。

 ここでつい先日、反乱軍と王国軍が対峙していた光景が広がっていたことなど、今は微塵も感じさせなかった。

 それ程までに、フェールムントの殺伐とした雰囲気は消えていた。

 街全体から殺気だった雰囲気は消え、今は復興に向けた市民達の前向きな感情が、街全体を満たしていたのだ。


 それをノーラはやってのけたのだ。

 アストールはそんなフェールムントを背に、馬に乗って北に向かう道を進む。

 横にはメアリーがついており、彼女は嬉しそうにアストールの横で話しかける。


「こうやって二人で横並びに歩くの、久しぶりだね!」


 ノーラの護衛に際して、アストールはほぼ従者達とは別行動をしていたのだ。


「そうですね。メアリーもご機嫌が良いようで何よりです」

「なに? その喋り方、王族の警護について、敬語まで染み付いちゃった? 何か別人みたい!」


 メアリーがそうからかうと、アストールは口元をひくつかせる。


「し、仕方ないじゃない! 王族警護は気を使うんだから」

「それそれ! それでいいの!」


 アストールが勢い良く言うとメアリーはバシバシと彼女(かれ)の背中を叩いていた。

 その様子を馬車からコズバーンとレニ、ジュナルにエメリナが見ていた。

 馬車の手綱を握るジュナルが、溜め息をつく。


「全くあの二人は……」


 そう呆れながらも、ジュナルはどことなく嬉しそうにしている。レニがその横で呟く。


「いいなぁ……。メアリーさんは……。僕だってエスティナ様とお話したいのに……」


 しゅんと肩を落としてレニは俯いていた。


「少年よ、そんなに寂しいなら、お姉さんに飛び込んできても良いんだよ?」


 落ち込むレニの後ろからエメリナが彼に抱きついていた。


「ひゃ! 気配なく、いきなり抱きつかないでくださいよ!」


 エメリナは元盗賊であるので、完全に気配を消すことが癖になっている。

 いきなり抱きつかれたレニは、ビクッと肩を動かしてエメリナに顔を向けていた。


「あれー? 前ならもっと顔を赤くしたりして、可愛かったのに……」


 レニが何一つ反応を変えないのを見て、エメリナは詰まらなそうに馬車の後席に戻る。


「僕だって、結構な数抱きつかれたら、耐性だってつきますよ!」


 後ろを振り向いたレニは、両腕を頭の後ろに回して寝そべるエメリナに向いて言う。


「ふーん、つまんないなぁ」


 そう言いつつエメリナは、足を組み直す。

 その際に絶対領域の向こう側に見えるピンクの下着が、レニの目に入ってきて、彼はやはり顔を真っ赤にしてすぐに前に向く。


「ふふーん、私の勝ちだね」

「ななな、なんて、破廉恥なんですか!」


 恥ずかしそうにするレニと、からかって遊ぶエメリナを前に、コズバーンが小さく溜め息をついていた。

 彼は腕を組んだまま、珍しく二人のやり取りに呆れた素振りを見せたのだ。

 コズバーンが仲間に対する気持ちを態度で表すのは珍しいことだった。


 とは言え、相変わらずの寡黙さを維持したままで、いつも通りのコズバーンに変わりはなかった。

 そうした久しぶりに一同が揃っての、北方ディルニア公国を目指す道のりはまだ長い。

 実際にフェールムントより北に向かおうと思うと、ディルニア公国までの国境までは、この馬車を使っても15日ほどかかる。


 そんな道中には、当然妖魔や傭兵崩れの盗賊も出てくる。

 とは言え、コズバーンが乗っているので、盗賊は絶対に手出ししないだろう。


 問題は妖魔の方だ。

 人間のように知性が高いわけでもないので、獲物と認識すれば襲いかかってくる。

 コズバーンが居ようと居まいと関係がない。


 そうして、アストール達が旅を始めて14日目の事。

 ディルニア公国との国境手前まで迫っていた。

 この旅路はここに来るまで、幸いな事に何事もなく進むことが出来ていた。


 アストール達の目の前には、広大な大地に広がっている。

 その茶色い大地には綿花が規則正しく植えられており、道の両脇一面は白い綿であふれていた。


「凄いですね! これ全部綿花なんですか!?」


 レニが馬車の上ではしゃぎながら、ジュナルに聞いていた。


「そうですな。王国でもこれだけの綿花を作る生産地は中々見かけないでしょうな」


 ジュナルは真っ白に染まっている綿花畑を眺めていた。


「ねえ、これが綿花畑ってことは、この先に大きな街があるってこ?」


 メアリーが馬をジュナルの横まで乗り付けてくると、ジュナルは笑顔で答えていた。


「そうですな。確か、この先はモレアと言う交易都市ですな」


 交易都市モレアは西方の属領地の中で、一都市が自治を許されている珍しい都市である。

 ジュナルは勅令書を思い出しながらメアリーに告げていた。


「ねえ、ジュナル、勅令書ってまだあったかな?」


 馬車の後ろからエメリナが飛び出してきてジュナルに聞くと、彼は笑みを浮かべて答える。


「ええ、ありましたぞ。馬車の後部に積んでる箱の中に確かあったはずですがな」


 ジュナルの言葉を聞いてエメリナは即座に行動に出ていた。

 箱を開けるエメリナは、勅令書を見つけて目的のページまで一気に読み進める。

 彼女はモレアの項目まで来ると、そこで都市の情報を見ていた。


「ふーん、何々、綿花栽培が盛んで、都市の商業区域では荘園で作られた綿花製品が作られている。ふーん、なるほどなるほど」


 エメリナの声にアストールが近寄って来て、彼女に問うていた。


「もしかして、新しい服買おうとか思ってない?」

「やっぱり分かる?」


 エメリナが楽しそうにしているのを見て、アストールは相変わらずの屈託ない性格に破顔する。

 この西方に来てから全く落ち着いたことなどがなかった分、こうして、従者一同と生活を共にする事がとても落ち着くことに気づいていた。


「アストールも服を買うの?」


 メアリーが満面の笑みを浮かべて聞いてくるも、アストールは悩まし気に表情をゆがめていた。

 実際私服が少ないので、服を仕入れるのは悪いことではない。

 だが、このモレアの製品は値が張る上に、買ったとしても着る機会が実際にどのくらいあるのか。


 そして、何よりも……。


(俺は男に戻るんだ……。ここで高級な服を買っても、戻ったら要なしだからな……)


「今回は見合わせとくよ」


 着せ替え人形にならないための保険をかける意味あいも込めて告げる。

 その意図に気づいたメアリーは残念そうに口をとがらせる。


「ええー、そうなの? せっかくだし一緒に行こうよ」


 メアリーのその言葉に、アストールは笑顔で答える。


「今回は大丈夫よ。二人で思う存分見てきてね」

「ふーん、そっか、なら、仕方ないか」


 メアリーが存外あっさり引き下がった事に、アストールは安堵する。

 いつもなら、もっと強引に何かしらの理由を付けては、服屋に連れて行こうとするのだ。


(さすがにもう飽きてきてるだろ……)


 過去何度も連れだされているのだ。いい加減、着ない服をこれ以上増やしたくないのが、アストールの本音だった。


「エメリナよ、何か催し物はないのか?」


 珍しくコズバーンが会話に入ってくる。


「うーん、そうだね。豊穣祭、モレア神祭、あと繊維祭があるくらいかな」

「そうか……。武道大会はないか……」


 エメリナの答えに心底落胆するコズバーンに、一同は苦笑していた。

 例え、武道大会や闘技場があったとしても、コズバーンに適う腕利きの男など、この世に一人と存在しないだろう。いや、存在などしてほしくない。

 妖魔と素手で渡り合える人間が早々沢山居ては、たまったものではないのだ。


「残念でしたね」

「うぬ」


 レニがコズバーンを慰めると、彼は再び黙り込んでしまっていた。

 レニはその様子を見た後、エメリナに目を爛爛と輝かせながら聞く。


「エメリナ様!」

「なに?」

「その、繊維祭というのはどういったお祭りなんですか?」

「んー、何でも昨年採れた綿花の糸で作られた服が販売されるのに合わせて行われる祭りみたいね」

「そうなんですか?」

「ええ。詳しくは記載されてないけど、そんな感じみたい」


 二人の会話を聞いていたジュナルは笑顔で話を聞いていた。

 そうして一同が進んでいくと、木製の柵に囲われた街が見えてくる。


 石と木の複合造りの家屋が並んでいる街並みに、整備された土の道路が通っている。

 街に入れば住民たちが行き交っており、かなり活気に溢れていた。


「ひとまず、今日の宿探そうか」


 アストールはそう言って、このモレアで宿屋を探し出すのだった。


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[良い点] あれ? もしかして側近からもう敵……?
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