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新たな火種

 時を同じくして、ここはヴェルムンティア王国の首都ヴァイレル。

 快晴の青空の下に広がるヴァイレルの街を見ることなく、トルアは大きなため息を吐いていた。

 応接室の机の前の椅子に腰を掛けたトルアは、目の前にいる西部の属領地を管理する局長を見据えていた。


「して、フェールムントの状況はまだわからぬのか?」


 トルアは静かに落ち着き払ったまま、管理局長を問い詰める。


「は、私どもも現在属領地からの報告を受けて、取り纏めている所でして……」

「現状で分かった事だけでもいい。報告をしてくれ」


 トルアは真剣な眼差しで管理局長をみる。彼は静かに息を吸って呼吸を整える。


「現状ですが、フェールムントの反乱によって、市街からの情報は一切を遮断、滞在中のノーラ殿下の生死も不明です。報告手は前線の予備隊が鎮圧に向かい、また、各都市の駐屯軍も鎮圧に協力するために兵を供出する旨を頂いてます」


 素早い対応に対して、トルアは西部の軍団及び各都市に感謝の気持ちでいっぱいだった。

 ノーラが滞在していたフェールムントでの反乱となると、気がきでない。だが、それに対して西方菅局長が迅速に対応をしてくれているだけでも、トルアとしてはある程度の安心感は確保できた。


「陛下、恐れながら申し上げます。私は今回のフェールムントの反乱、下手をすれば長期に渡る可能性もあるかと」

「また、なぜだ?」

「は、フェールムントは城塞都市であり、一度籠城されると、現状の戦力では攻略するのは難しいでしょう」

「とは言え、相手は民兵であろう?」

「住民が徹底抗戦に協力するとなると、攻城は困難を極めます。加えて、前線部隊を引き抜くとなると、西方同盟が戦端を開きかねないかもしれません」


 管理局長は最悪のシナリオをトルアに告げていた。

 実際の所は既にノーラがこの反乱を治めているが、距離の問題からその情報は本国には伝わっていない。だからこそ、トルアは局長との会談で、フェールムントの反乱をどう治めるかを話し合っているのだ。


「そうか……。最悪の場合は、本国の軍を動員してでもフェールムントに向かうしかないか……」


 トルアはそう言って考え込んでいた。

 フェールムントの反乱が長引くならば、西方同盟の牽制の意味合いも込めて、本国の軍を動員してでも反乱を鎮圧しなければならない。

 これはもはや一辺境地域の動乱ではなく、王国の国難でもあるのだ。


「とにかく、局長よ、フェールムント近辺のみならず、西部の情報は事細かに収集しておいてくれ」


 トルアはそう言うと話を切り上げていた。

 管理局長は静かに礼をして、トルアが立ち上がって部屋を出ていくのを見送っていた。

 管理局長との会合を終えたトルアは、応接室より出て廊下を歩いて執務室へと急いでいた。


「ノーラよ。無事でいてくれ……」


 危険な慰労訪問となるのは覚悟していたが、本当にノーラが反乱に巻き来れる事など予想だにしていなかった。王族執務室のイレーナ執務官がついている故、そのような事はおきないと安心していた。


 だが、現実は違ったのだ。


 現状は芳しくなく、フェールムントの反乱は長期に渡って続く可能性が高いという説明を受けた。

 何よりも地理的条件として、フェールムントは西方同盟と対峙している西部方面軍の物資集積所として機能している都市だ。

 あの街で長期間反乱が続いた場合、西方同盟が領土奪還に動きかねない。


 そう言った懸念を考えつつ、トルアは愛娘のノーラの事を心配する。

 お転婆でゴラムより剣術を指南されているとはいえ、稽古と実戦は違う。

 それはトルア自身よく身に染みて分かっている事だった。


「今すぐにでもノーラの元に駆けつけてやりたいのだがな……」


 トルアはそう呟きながら、廊下を歩いていく。

 父親として娘の元に逸早く駆け付けたい気持ちと、今更動いたとて到底間に合わないのは、トルア自身が一番よく理解している。だからこそ、もどかしく思うのだ。


(なぜ、私は娘の元へといけぬ!)


 トルアは国王としての責務と業務を果たす日々が続いていて、とても王城を離れる事はできない。

 だからこその西方への威嚇を込めた王族の西部属領地への慰労と親善の訪問だった。


 途中までは西部への訪問は、良好な結果を出していた。

 各都市での歓待ぶりは、ノーラの王族としての才覚が光っていたからこそだ。

 であるのに、フェールムントでは反乱が起きてしまった。

 それを未然に防ぐこともできなかったゆえに、トルアは今もこうして歯がゆい思いをしているのだ。


「国王陛下……」


 不機嫌なトルアの後ろから一人の男の声がかかる。


「なんだ? ルードリヒよ」


 トルアに名前を呼ばれたルードリヒは、彼に対して慇懃な礼をして見せる。


「此度の反乱、わたくしがあの地を選定してしまったが故です。これは痛恨の過ちです」


 トルアはルードリヒに向くことはなく、静かに答えていた。


「なぜ反乱を予想できなかった?」

「は、現地報告が不十分でして、私もその情報をうのみにして訪問を決定した次第でした」


 トルアは数舜考えた後に、ルードリヒに向き直る。


「ルードリヒよ。確か現地において、不審な事があれば訪問は中止せよという命令は出していたな?」

「は、いかにも……」

「であれば、現地の責任者である王族従騎士長のゴラムと執務官のイレーナにも、その責任は十分にある」


 ルードリヒは訪問都市の選定は行ったものの、実際に訪問できない為、各訪問都市の危険な状態を判断するのは現場である。

 ルードリヒばかりに責任が一方的に降りかかるわけではないのだ。


「もしも、帰ってくることがあれば、あれらにもしっかりと喝を入れてやらねばな」


 トルアはそう言ってたくましい手で、もう片方の手を包み込んで指を鳴らす。


「しかし、ルートを決めましたのは私です。彼ら以上に責任がある以上、罰するのであれば、まず私を罰してください」


 ルードリヒの殊勝な申し出に対して、トルアは感情のこもっていない笑みを浮かべて答える。


「それもそうだな。とはいえ、貴公を罰してしまうとなると、今の業務が立ち行かなくなる。お前なしでは私が困るのだ」


 トルアはそう言ってルードリヒの肩を叩いていた。

 彼は国王からの全幅の信頼を置かれている。それ故にルードリヒはそう申し出ていた。

 叱責を受ける事はまずないだろうという甘い算段。

 実際にその算段通りに叱責をされることはなかった。

 だからこそ、ルードリヒもまた彼に尽くす忠義を持つことができた。


「陛下、再び西方への軍を増派いたしますか?」


 ルードリヒはトルアに問うと、彼は少しだけ考えていた。

 実際に西部では慢性的に兵員不足が起きている。

 現地の徴用兵士を使ってもいるが、信頼性という面では疑問が生じる。

 王国軍に所属していながらも、その忠誠心は低く、王国軍の中でも士気は低い。


 そんな状態では反乱がおきるのも当然だ。

 ルードリヒの提案は至極当然であり、増派して西部の地を安定化させるのも一案である。

 しかし、つい最近撤兵を決めたばかりの西方属領地だ。

 いまの段階では、再び増派を行う段階ではない。


「現地軍に対応を急がせろ! 反乱の火種は早急に刈り取るべきことだ。だが、増派は行わない」

「は、仰せのままに……」


 ルードリヒはトルアからの言葉を聞いて大仰に礼をして見せていた。

 実際にトルアの判断は正しい。

 西方に出ていた騎士や貴族を王国領内に呼び戻したのに、一年と経たずに再び派遣が再開されれば、トルアの国内求心力はすぐに落ちる事だろう。


 西方同盟が西方属領地の奪還に乗り出したのであれば、話はまた別であるが、現状ではそのような動きもないのだ。貴族と国王の権力の駆け引きも常に行われていて、その様な中で更に軍事行動を本格化させるのは得策ではない。国内貴族からの反発は必至だ。


 現地軍で治められるのならば、反乱の鎮圧を現地軍で対応するのは当然である。


「ルードリヒよ。西方の属領地に関する情報を集めてくれ」

「は! 御意に!」


 トルアから仰せつかった事で、ルードリヒはその場からすたすたと歩き去っていく。

 そして、トルアを背にしてそのまま暗い表情を浮かべたまま歩き出す。


 ルードリヒは反乱の状態とノーラの行方について、一抹の不安を覚えながら自分の職務を全うすることを決意する。それと同時に現状の打開の為に思うのだ。


(もう少し、もう少しの辛抱だ……。根回しは出来ている。後はタイミングのみ……)


 ルードリヒの歩く姿が、暗い廊下の中へと消えていく。

 王国の命運を暗示するかのように……。


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