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凱旋 1


 快晴の青空の元、野営陣地の前には騎兵隊が整然と並んでいた。

 全ての兵士たちが銀色の甲冑に身を包んで、それぞれに王国軍の旗を棚引かせている。

 ノーラはその騎兵達の前を、颯爽と馬を操って駆けていく。

 その凛々しい王女の姿を見て、騎兵達の士気は一気に上がっていた。

 とは言え、これから向かう場所では、決してこちらから手を上げてはいけない。

 ノーラから直々に達していた。


「皆の物! 私はこれよりフェールムントの反乱兵を、我が言葉で説き伏せる! 絶対にこちらからは手出しをしないように! これは王女の厳命である!」


 アストールはそんな騎兵達より一歩前に出て、ノーラが帰ってくるのを待っていた。

 破棄した甲冑が奇跡的に残っていて、アストールは自分の鎧に再び袖を通せるとは思ってはいなかった。そのせいか、ノーラよりも絢爛な装備となってしまった。


 それでも、アストールが手に持っているのは、白旗である。

 こちらから攻撃は決して行わないという意思表示だ。


「諸君! もしも、私が攻撃に晒されても、不用意には動かないように! 私の指示があるまでは絶対に攻撃を禁ずる!」


 釘をさすように叫んで、ノーラは踵を返していた。

 アブロはノーラと共に先頭に立って、共に歩みだす。

 アストールはその傍らに控えて、白旗を掲げて共に歩みだしていた。

 王国軍の野営陣地から、風で波打つ平原を兵士達が歩いていく。


 騎兵隊が整然と並んで進むさまは、正に圧巻と言える。

 ゆっくりと陣地に近づくに連れて、反乱軍の陣容もまたはっきりしてくる。

 横列に整然と並んだ兵士達を前に、もしも、突撃されればノーラも一たまりはない。


 だからこそ、ノーラは騎兵を連れてきていた。

 一度戦いが始まれば、その勢いと出鼻をくじくための騎兵部隊である。

 万が一攻撃が成功しなくとも、ノーラが帰るまでの時間は稼げるだろう。


 アストールは段々と近づく反乱軍陣地を前に、少しづつ緊張感を上げていた。

 万一に戦闘が始まった場合は、とてもではないが、勝ち目があるように思えなかった。

 そんなアストールの不安をよそに、ノーラはそのまま真っすぐに反乱軍の前へと足を進めていた。

 緊張する反乱軍一同を前にしても、ノーラはけして顔色一つ変えなかった。


 だからこそ、アストールは頼もしく思う。

 そうして、一団は反乱軍の前まで来て、対峙する形となっていた。

 一番に動いたのはアブロだった。


「失礼いたします。殿下、私が最初に行きますので、殿下はその後に続いてください」

「うむ」


 ノーラが頷くのを確認した後、アブロは馬を走らせていた。

 アブロが再び反乱軍の前まで来た時に、反乱軍兵士達には動揺の顔色が伺えた。

 アブロは鋭い目つきで反乱軍兵士を見ながら、一同から雰囲気を感じ取る。

 不安と期待の入り混じった兵士達の顔を見て、彼らの反乱に向ける意志が弱まっているのを感じ取っていた。あとは、反発する兵士をどう抑えるかだ。


「皆の者、私はノーラ殿下を連れて参った! 護衛の騎兵はいるが、こちらから攻撃しない限りは、絶対に攻撃は仕掛けてこない! そこは了承してほしい」


 アブロの声に不満そうな表情を浮かべる者こそ居たが、それ以上は何も反論がなかった。

 ノーラはその様子を見て、ゆっくりと馬を歩ませる。

 アストールもまた白旗を掲げて、その横についていた。


 ノーラとアストールが軍勢の前に来た時、反乱軍にはざわめきが起きていた。

 ノーラは兜を取ると、プラチナブロンドの髪の毛を靡かせながら、颯爽と馬を駆って反乱軍の前に現れる。


 その威風堂々とした姿を刮目する反乱軍兵士達は、二人の姿を注視していた。


 ノーラの後ろを護衛するように寄り添うアストールもまた兜を脱いでおり、二人の絶世の美少女が戦場を駆る姿は神々しささえ感じさせた。

 ノーラは反乱軍の列の前まで来ると、大きな声で反乱軍に呼び掛ける。


「私はヴェルムンティア王国王女、ノーラ・ヴェルムンティアである。フェールムントの民よ! 私はそなたらの希望を叶えるために、ここに参った!」


 ノーラの大きな声を聞いた反乱軍兵士達は、彼女に目を向けたまま微動だにしない。


「諸君らの親、恋人、友人、親類、この地にいる者は、我が国の侵攻で多くを傷つけられた。この悲劇は私としても誠に遺憾であり、許されざる行為だ! 私はこの惨劇を聞いてとて、胸を痛めている。諸君らに襲い掛かったこの惨劇は、私にとって他人事ではない!」


 ノーラの力強い声には覇気があり、また、しっかりと反乱軍兵士達を見据える瞳には、悲しみを共に共有しようという意志を感じさせる。


「私もこの戦いで大切な人を失った! 私の親同然に慕っていた者だ。情けない話、本当の意味でフェールムントの民達の苦しみをそれで初めて知ったのだ!」


 ノーラの言葉に対して反乱軍兵士達は、彼女の意図を図りかねていた。

 実際に彼女が何をしたいのか、それが明確にはされていない。

 反乱軍兵士達の空気を機微に感じ取ったノーラは、本題に入っていた。


「だからこそ、この街に住む一人一人が家に帰り、安心して生活のできる、かつてあったフェールムントを取り戻したい! これは心からの本心である! フェールムントの復興無くして、諸君らの幸せは取り戻せない。この街の復興こそ私がここに遣わされた真の使命だと、今回の反乱を受けて自覚したのだ!」


 反乱軍の兵士達は王族の言葉の重みを理解している。

 ノーラが言ったことは、そのままヴェルムンティア王国としての意向にもなる。


 彼女の言葉を聞いた反乱軍兵士達は、お互いに顔を見合わせて、困惑の表情を浮かべていた。

 ノーラが本気で自分達の事を考えている事が、彼女の演説から痛いほど伝わってくるのだ。

 その分、身勝手な振る舞いにも感じるのだが、ヴェルムンティア王国の王女がフェールムントの復興に力を注ぐと確約された事で、ある種の希望も持てる。


 そんな二律背反的な感情を揺さぶるように、ノーラは続けていた。


「私が本当にそう思っているか、疑問を持つ者もいるはずだ。だが、私はこの街の復興を本気で実現させたい。だからこそ、そなた達、フェールムントの民の力を今一度、私に貸してほしいのだ!」


 一少女が自分の命を狙った者達を前に、護衛も連れずに立っている。

 だが、今のままでは、まだ、反乱軍の兵士達からの信頼は得られない。

 静まり返った反乱軍の軍勢の前で、ノーラは更に続けていた。


「私はそなたらの行いの一切を赦そう! ここで武器を捨てて貰えるのならば、反乱に対する罪は一切問わない。この度の戦闘で犠牲となった者達が居るはずだ。諸君らは十分にその代償を払っているのだ。ここで私の言葉に従い武器を捨てるならば、諸君らをそのまま家に帰す事を約束する!」


 反乱軍の兵士達に少しの動揺が走る。

 王女自らが反乱の罪を恩赦すると申し出たのだ。

 家族はおらず未だ復讐心を抱く者は、多数いるだろう。

 だが、それと同時に家族を町の中に残して、この反乱に加担した者も大勢いるのだ。

 反乱の罪を恩赦され、ましてやそのまま家に帰り、家族に会うこともできる。

 その事実を前にしてしまっては、反乱の意志が揺らぐのは当然だった。


「私を信用できず、武装を解けば殺されるかもしれないと不安に思う者も中には居るだろう。だが、もし、その様な事があれば、その者を罰し、私もまたこの命、そなたらに差し出す事を誓おう!」


 ノーラはそういって腰に下げていた短剣を取り出して、全員の前で抜いて見せる。

 そして、左手の鐵工外すと、短刀で親指を切りつけていた。


「我が王族として、血の盟約をここで取り交わす! もしも、不等に貴殿らの命奪う者が現れたならば、私はこの短刀で自らの喉をかききろう!」


 ノーラが親指を付き出して、反乱軍に見せつける。護衛を引き連れずに前に立ち、それだけでなく、反乱兵相手に血を流してまで、その身の安全を保証すると誓ってきたのだ。

 その事実が反乱軍にノーラの決意が本物であることを確信させる。


「ノーラ殿下! 我々はフェールムントを復興させたい所存に御座います! 殿下のお力添え、お約束していただけるならば、是非とも我々は殿下に付き従いましょう!」


 アブロが有無を言わせぬタイミングで、大きな声を上げていた。

 もはや、アブロの声に反論する者はいない。


「ノーラ殿下! 万歳!」


 一人の反乱軍兵士がそう言うと、一人、また一人と各所からノーラを讃える声が上がり始めていた。そうして徐々にノーラや街を称える叫び声が伝播しだす。

 反乱軍全体にその高揚感はあっという間に広がっていた。


「フェールムントに栄光を!」

「ノーラ殿下、万歳!」


 口々に反乱軍兵士達はノーラに対して好意的な声を上げていた。

 反乱軍兵士達の間では歓声が上がり、兵士達は武器を捨てていく。

 その様子を見てノーラもまた答えるように、腰に収めていた剣を引き抜いて空高く掲げて見せる。


 反乱軍兵士達はその姿を見て、大歓声を上げていた。

 アストールはその一連のやり取りを間近で見て、彼女の偉大さとカリスマ性を目の当たりにする。

 気丈に振る舞うノーラが、齢15にして数千の反乱軍兵士を説き伏せたのだ。


 それどころか、自分の味方として率いようとしている。

 反乱軍兵士の中には、この結果に納得できない者も大勢いるだろう。だが、それでも、王族のノーラがフェールムントの復興を約束してくれたのは、大きな成果だった。


 何よりも、反乱を起こしても、今回の件に関しては一切処罰を与えないという条件すらある。

 ノーラのその諸刃の剣ともいえる統治政策は、それでも、彼女を大きく成長させたのだ。

 アブロは無事に武装解除ができた事に安堵し、ルジェールの元に駆け寄って告げていた。


「ルジェール、城の包囲を解いて、城壁周りの兵士達を投降させてくれ!」

「ああ、わかった……」


 ルジェールはこの反乱の落し処を、あの少女が分っている事に驚嘆していた。

 反乱軍兵士達は熱狂の渦の中、フェールムント復興へと邁進することを誓い合う。

 こうして反乱軍の鎮圧は、平和的な交渉で成功を収めていた。

 ノーラの王族としての大活躍が西方同盟に響き渡るのは、これより暫く時間が経ってからの事だ。


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[良い点] これは凄い……問題は暴発する者がいないかですが
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