王女との交渉 2
アブロは王国軍陣地を出ると、外で待っていた反乱軍兵士達と合流する。
そして、一直線に自分達の戻るべき戦列へと走っていた。
反乱軍の戦列を前に、アブロ達は堂々とした姿で戻ってくる。無事に帰ってきた彼らを見て、反乱軍一同全員が歓声を上げていた。
「さすがは大将だ! あの王国軍から生還するなんて!」
「アブロ殿!」
その歓迎のしようは正に英雄の帰還そのものだった。
アブロは軍勢の騒ぎ様に少しだけ驚きつつも、馬を降りていた。
そんな彼の元に、ルジェールが駆け寄ってきていた。
「アブロ! 無事で何より! 交渉の内容はどうだったか?」
「ルジェール! 皆の者、よく聞いてほしい事がある」
アブロが叫ぶと反乱軍は一斉に静まり返る。
「先ほど、私は王国のノーラ・ヴェルムンティア王女殿下と交渉をしてきた」
アブロが王族に敬称を着けていることに、一同がざわついていた。敵陣地に向かう前までは、ノーラに対して憎しみすら持っていた。そんな人物が、帰ってくる頃には敬称をつけて呼んでいる。
その変化に動揺するのは当然だった。
それでもアブロは気にせずに続けていた。
「私はノーラ殿下より、我らに対する謝罪の言葉を勝ち取った!」
アブロの一言を聞いた瞬間に、反乱軍は一斉にざわつき始めていた。
「かの王女は、我々フェールムントの民を王国の民以上に慈しみ、悲哀の想いで私と接してくれた。それに私は甚く心を打たれたのだ」
アブロの変わりようを見て、反乱軍には動揺が走っていた。
「なら、復讐は!? 俺達の恨みは!」
一人の兵士がアブロの前に出てきて叫ぶ。
「皆、心して聞いてほしい。ここに居るのはフェールムントでも数少ない貴重な男手ばかりだ! 我々は命をおとし、刺し違えてでも、ノーラ殿下を殺めようとしている。だが、我らは本当にそれで良いのか?」
アブロは全員に気持ちを伝えようと必死に演説を続けていた。
「ここに居る者は、家族を残してきている者も大勢いる。そして、何よりも! この街に必要なのは、我々男手である。我々は死んで満足はできても、結局残された者が苦しむばかりだ!」
アブロが演説を続けることによって、反乱軍の兵士達にはかなりの動揺が広がり始めていた。
「私はこのフェールムントの復興に、ノーラ王女殿下が力添えする約束を取り付けて帰ってきた!」
アブロの言葉に対して、反乱軍一同は様々な反応を見せ始める。
今まで一向に復興が進まなかったのは、王国がこの地を見捨てているから、だからこそ、領主もおらず、尚且つ軍の補給物資のみが集積される街とは名ばかりの基地となっていた。
だが、ヴェルムンティア王国の王族が直に復興を約束したのだ。
それを聞けば、反乱軍の兵士達の気持ちも幾分か揺れ動く。
「いま一度聞いてほしい。万に一つ、我々がここで戦い、勝ったとしよう。だが、その際に我々はもう次に戦う余力はない。王国軍の後詰め部隊はまだ数千いるのだ。それが押し寄せてくれば、我々は最早、この街すら守れない。そうなった時に起こるのは、あの悲劇の繰り返しだ!」
アブロはたとえ復讐が果たせたとしても、このフェールムントが再び略奪の手に襲われることを告げていた。その言葉に反乱軍一同は押し黙る。
事実を突きつけられて、誰も反論がしようがなかった。
刺し違えて戦ったとしても、その後に残るのは、王国軍によるフェールムントの徹底的な焼き討ちだけだ。それが分っているからこそ、誰も返す言葉が見つからない。
「だ、だが、俺達は王国に弓を引いた! それが許されるわけ……」
「いや! ノーラ殿下は我々を許してくれると約束してくれた! ここで武器を捨て! 投降すれば、決して命は取らないと約束してくれたのだ」
反乱軍兵士を前にして、アブロは必死の説得を続ける。
ノーラは反乱軍兵士達が反旗を翻して尚、それでも許すだけでなく、更には故郷を助けてくれるという。そこまで約束されれば、戦う意義が見いだせなくなる。
既に反乱軍のほとんどの者が戦意を失いつつあった。
「そ、そんなわけ。それを受け入れて、あの悲劇が起こったんじゃねえか!」
一人の兵士がそう言って反論すると、アブロは即座に返していた。
「今回は違う! 全開と違って、私が約束した相手は王族なのだ! 軍の司令官ではない」
アブロの声に反乱軍兵士はそれでも反論する。
「う、嘘だ! 王国軍なんて、信用できるか!」
「そうだな。その気持ちもわかる。だが、私はこうして、王国軍の陣地に行って生きて帰ってきた。これはノーラ殿下が我らを信じているからこうして生きて帰ってこれた。この現実を見て、尚ノーラ殿下を信じないというのか!?」
アブロの巧みな口述によって反乱軍兵士達は完全に戦意を喪失しつつある。
アブロが言う事は全て真っ当な事なのだ。
反論のしようがないほどに、全てが事実である。
何よりもノーラは反乱で自らを殺害しようとした自分達を許すと言っている。
その証拠にアブロは実際に王国軍陣地から帰ってきた。
「フェールムントを愛するならば、今一度、王族たるノーラ王女殿下を信じたいと思う。そして、願わくば、その身を武力ではなく、復興の力に入れては貰えぬであろうか?」
アブロの言葉に一人の反乱軍兵士が手に持っていた剣を腰にしまっていた。
「アブロ殿の言う事は、真っ当で正しい。俺はヴェルムンティア王国は嫌いだが、アブロの旦那がそう言うならば、ノーラを信じてみようと思う」
一人の反乱軍兵士の言葉を皮切りに、次々と武器を仕舞いだす兵士達、民兵は手に持った農具を地面に突き立てて手を放していた。
次々に反乱軍兵士達は武器を捨てていく。
その様子をルジェールは呆気に取られて見ていた。
「アブロ、お前の言う事は確かだ……」
ルジェールはそれでもぶつけようのない感情が胸の内に渦巻いていた。
家に帰れば妻が待っている。
死を覚悟して出てきたものの、実際助かると聞いて安堵している自分が悔しい。
だが、これまで不毛に死んでいった仲間達の事を考えると、どう気持ちを処理していいのかわからなかった。何よりも、ルジェール自身も子どもを失った過去がある。
復讐心を捨て去ることはできないだろう。
「気持ちの整理がつかない者も多くいると思う。俺自身そうだ。だが、この気持ちを復興の作業にぶつけ、もう一度、このフェールムントを大きな誇りある俺達の街として、取り戻したいんだ!」
アブロがそう言って剣を振り上げると、全員が涙を流しだしていた。
あの復讐の悪魔だったアブロを、ほんの一時でここまで変えてしまうノーラを、反乱軍兵士達は認めざる負えないのだ。
ノーラのカリスマに当てられたアブロを見て、反乱軍兵士達は決断する。
「皆! 勇気を出して王国軍に投降の道を共に歩もう!」
だが、そこで、ルジェールは全員を引き留めて提言する。
「待ってくれ! 確かにお前の言う事はわかる。だが、お前をそこまで変えたノーラがどれ程の人物なのか、我々にも一度顔を見せてほしい! でないと、納得など……」
ルジェールの言葉に対して、アブロは少しだけ狼狽していた。
まさか、ルジェールがここで反論してくるなど想定していなかったのだ。
ルジェールの言葉に反乱軍の兵士達はぽろぽろと同調する者が現れだす。
「そうだ! その顔を一度見ない事には、我々もとてもではないが、納得などできない!」
アブロはそんな兵士達の声を聞いて、逡巡したのちに告げる。
「良いだろう! もう一度私が交渉の場へと出向き、王女を連れてこよう! ただし、それには条件がある!」
アブロの言葉に対して、一同が彼に目を向けていた。
「我々はけして手を出さず、武器は持たない! そうでなければ、ノーラ王女殿下を連れてくることはできない!」
アブロの言葉に反乱軍兵士達は顔を向き合わせていた。
ルジェールはその言葉を聞いてアブロに対して大声で告げる。
「分かった! そうであるならば、ここに居る者も皆納得できよう!」
ルジェールはそう言ってアブロを真っすぐに見つめていた。
アブロは毅然とした態度のまま、また、ルジェールの瞳を見つめ返していた。
二人の間にできてしまった溝を埋めるための提案。
深い言葉を交わさずとも、二人にはそれが理解できていた。
「皆の者よ、私は再びここにノーラ殿下を連れてこよう! その時は、皆、武器を捨てると約束してくれ!」
アブロの言葉に反乱軍の兵士達は大きな声で返事をしていた。
動揺が反乱軍全体に行きわたる中、アブロはその兵士達の顔をじっくりと見ながら隊列の前を走る。全員が全員納得した顔はしていない。
とは言え、彼らとて、家に帰れば家族がいるのもまた確かな事実だ。
また、そうでない者も大勢いる。
アブロの懸念事項としては、そう言った何も持たない兵士達だ。
一つ間違えば、戦端を開きかねない。
そう言った兵士達の顔は、大抵が渋い表情を浮かべている。
アブロはそんな兵士達の顔を一瞥し、再び王国軍陣地へと馬に跨って駆けだしていた。




