英断と決意 4
フェールムントの外には広い平原が広がっており、冬という事もあってか荒れた茶色い地肌を見せていた。
そんな茶色い地肌の地面の上に、反乱軍兵士達が戦列を組んで整列している。
兵士達の装備は様々で、私服に鍬や鋤をもった民兵から、王国軍兵士の服を着た元徴用兵、占領前の旧フェールムントの兵士が着ていた服や鎧を着けていたりと、統一感は一切ない。だが、彼らの目的は一つである。
彼らがむける視線の先には、ヴェルムンティア王家のライオンを象った紋様入りの旗が、いくつも棚引く陣地がある。
それが示すところ、王家のノーラがそこに居るという証だ。
彼らの目標とするのは、その王女一点のみである。
しかし、それとは相反して、この一週間で城を落とせなかった事による士気の低下は著しいものがあった。
本来であれば、数の暴力によってフェールムント城は3日と持たなかったはずだ。
しかし、魔術師によって攻撃はことごく失敗した。
攻撃の失敗が嵩むにつれて、同調していた傭兵団も給金に見合わないと、反乱軍を見捨てて逃げて行く。そして、自分達だけでなんとかしないといけない状況で、遂に王国の鎮圧軍がやってきたのだ。
西方からの援軍も期待できず、だからと言って、反旗を翻した以上は、もう後にも戻れない。
そんな、絶望的で複雑な気持ちが反乱軍を支配している。
アブロは反乱軍兵士達の覚悟が揺らいでいるのを、肌で感じ取っていた。
「いつでも攻撃は可能だな」
アブロはフェールムント城前に展開した戦列を前に堂々と歩いていた。
その横をルジェールがついていく。
二人は平原向こうの森林地帯前に陣取っている王国軍を見据えていた。
「全くこんな機会に恵まれるとはな……」
「そうだな、あの王族ノーラを討ち取れる機会は今を置いてないからな」
アブロは王国軍陣地に棚引くヴェルムンティア王家の旗を見る。
逃がした獲物がまさか帰ってくるとは思ってもみなかった。とはいえ、相手は王国軍精鋭部隊であり、反乱軍の寄せ集めの軍隊では歯が立たないのは目に見えている。
何よりも、この七日間、フェールムント城を落とせずにだらだらと攻撃をしたことで、反乱軍の士気がだいぶ落ちていたのだ。
そこへ、ノーラがやって来ることで、どうにか士気を持ち直したのが現状だ。
だからこそ、この決戦はある種のかけでもある。
アブロが敵陣地を見ていると、敵陣地より一騎の騎兵が飛び出して走ってきているのが見えた。
「あれは?」
「騎兵だな……」
段々と近づいてくる騎兵が、背中に白い旗を掲げて走ってきているのが視認できる。
アブロはそれを見て唖然としながら呟いていた。
「王国軍の軍使だと?」
この一触即発の戦場に軍使を送ってくるなど、正気の沙汰ではない。
互いの軍勢においても、士気に大きく影響が出るであろう。
何よりも、アブロ達反乱軍は既に賊軍として立った身だ。
反乱軍兵士達は生きる事を半ば諦める気持ちで、ノーラと相打ちできるならばと、ここに何とか立っている者達が多いのだ。
最早交渉することなど何一つない。
だが、そんな彼らを前にして、軍使の騎士は反乱軍の前まで来ていた。
反乱軍兵士達は今にも飛び出さんばかりの剣幕だったが、各部隊の指揮者がそれをなだめて抑えている。
「私はノーラ王女殿下の使いだ! ノーラ殿下は貴公らとの交渉をお望みである!」
軍使はそんな殺気だった戦列を前にしても、一切怯むことなく堂々とした態度で告げていた。
「もしも、交渉の意思があるならば、私を貴公らの最高指揮官にお目通り願いたい!」
軍使の言葉を前に兵達はざわめいていた。
彼らはあの野蛮なヴェルムンティア王国の姫が、一領の反乱軍相手に交渉を持ち掛けるなど思ってもいなかったのだ。
兵達がざわめいている中、アブロが戦列の前に歩み出ていた。
「私はアブロ・レギエンヌ! この反乱軍を指揮する者だ!」
「あいわかった! 馬上より失礼する! 我等が王女殿下はアブロ殿との会談を望む!」
騎士はいつでも逃げ出せるようにしながらも、馬に跨ったままアブロに対して真剣に申し出る。
アブロはその無礼な騎士に対してむっとしながら返す。
「交渉の使者と言うのに、馬上からとは何事か! 我らと交渉をしたいと言うのであれば、馬を降りるのが礼儀と言うもの!」
アブロの言葉に騎士は少しだけ動揺していた。
まさか反乱軍兵士からその様な言葉が出るとは思っていなかったのだ。
騎士はその言葉にノーラからの指示を思い出して、覚悟を決めていた。
彼は馬を止めると、その場で華麗に着地して見せる。
「先ほどは失礼仕った。私は騎士隊の使いであるバルナ・ホーエンと言う」
「バルナ殿! 貴殿を軍使として迎え入れる! 全軍手出しは一切するな」
アブロはそう言うとバルナの元へと歩みだしていた。
二人は互いの剣の間合いに入る手前で立ち止まると、目を合わせていた。
「して、貴公らの最高指揮官との会合の場所と時間を教えよ」
「場所は我が軍の陣地内、会談はこれより一刻後にて執り行いたい」
軍使の言葉を聞いて、アブロは少しだけ悩んでいた。今までの王国軍であれば、交渉の余地なく決戦を挑んで来ていたであろう。
何よりもアブロは相手が精鋭揃いの軍勢であることを、敵陣地を見て見抜いていた。
彼らと戦えば、凄惨な地上戦で多くの反乱軍兵士が死傷するだろう。
ただ士気が高いだけの群衆では、あの軍勢に真正面からぶつかっても勝てないと思っていた。
フェールムントの事を第一に考えるならば、この交渉はある意味千載一遇のチャンスでもある。
「分かった! 少しだけ考えさせてもらう。すぐに軍使を送り返答しよう!」
「かしこまった!」
軍使はそう叫ぶとすぐに馬に跨って、その場を急いで駆けて去っていく。
軍勢の動揺を機敏に感じ取ったルジェールは、アブロをすぐに呼んでいた。
「アブロ殿、本当にヴェルムンティア王国軍と交渉をしにいくのか?」
「ノーラが我等と交渉をしたいと使者を回してきたのだぞ?」
アブロの言葉を聞いたルジェールはそれでも王国軍に対する疑念を口にしていた。
「しかし、これは罠やも知れぬぞ。それこそお前を殺してしまうかもしれない」
「そうかもしれない。だが、これは……。俺達にとっては好機だ」
「ノーラを殺る好機と?」
ルジェールが物騒な言葉を発するも、アブロは黙り考え込んでいた。
今いる反乱軍は戦えば、皆が命を失うのは確実だ。何よりも元より全員が命を落とす覚悟を持っていた。はずだった。
だが、この7日間不毛な戦いを続けた結果、戦線を抜けたいと言う民兵も散見されだした。
ノーラと言う目標を失い、戦う意味を見いだせなかったのだ。
そこにノーラが軍勢を持って再び現れる事で、今度こそ真正面から雌雄を決っさんと、反乱軍の士気は何とか盛り返していた。
それが今の軍使の言葉で、反乱軍に一瞬にして動揺が走ったのだ。
今まで殺そうとしていた相手が、交渉をしたいと申し出た。
その事実を前に、死を覚悟までしていた軍勢が動揺すると言う事は、結局皆、覚悟が決まりきっていない。それがこの軍勢の心理であり真理だ。
この状態で決戦を挑めば、全員が無駄死にするだろう。
アブロはしばらく考えた後、ルジェールを見る。
「ルジェール、俺はノーラ王女と言う人間が気になる。この交渉を受けようと思う」
アブロがそう言うとルジェールは慌てて彼を引き留めていた。
「ま、待て待て! お前一人でいくのか!?」
「あぁ」
「これは絶対に罠だ! 頭目を捕らえて、我等反乱軍の自然瓦解を狙っとるのだ!」
「そうかもしれないな」
アブロはそれに同調しつつも、ルジェールを見る。瞳には今までに見たこと無い耀きが宿っている。ルジェールはこの耀きを以前一度だけ見た。
この街を守ると決意していた時の瞳の耀きだ。
ルジェールはアブロの顔を見て、溜息を吐いていた。
彼は最悪、自らが犠牲となってでも、この反乱軍の兵士達を助けようという意思を持っている。
それがルジェールには分かってしまったのだ。
「全く……。お前ほどのお人好しが、何で反乱軍を率いてるのやら」
ルジェールが毒づくと、アブロは苦笑して答えていた。
「さあな。分からん。成り行きさ」
「行くなら行ってこい。後の事は、こっちで任せろ」
「あぁ、分かったよ。もしもの時は頼む」
アブロはルジェールにそう言うと、硬い握手を交わしていた。
ルジェールはその場で叫んで、アブロと共に王国軍陣地へと向かわせる人員を呼んでいた。
元々アブロの下で働いていた元徴用兵である。
アブロは信頼できる部下10名と共に、白旗を掲げて反乱軍の隊列を離れるのだった。