英断と決意 2
攻撃に失敗して帰ってくる反乱軍兵士達、負傷者も多数出ており、当初あった士気はどこかへと消え去っていた。反乱軍の指揮をとるアブロは、中々突破できない西門を前に焦燥していた。
「ええい! 魔術師が居るなどという情報はなかったぞ。ましてや、あの様な凄腕魔術師など!」
西門に攻撃を幾度と仕掛けても、全てが失敗に終わっている。ましてや、城門にすらたどり着けていない。既に攻撃に向けた兵士200人がこの7日間で失われている。
「アブロよ、既に我々に協力していた傭兵も、契約破棄を行って早々に退去した。これ以上戦いを続けるのは、無益ではないか?」
アブロの横にやってきてそう諭すのは、髭を生やした赤毛の兵士、参謀役を担ってきたルジェールだった。
「傭兵が400抜けた程度だ。こちらには正規兵が700名、元兵士が800名、市民兵士が2000人残っているのだ。この程度の城など……」
「しかし、魔術師が居るとなると、話は違ってくるぞ。此方の攻撃に対して的確な迎撃をしてくる。あの魔術師は戦にも通じておる。あの様な魔術師は中々いないぞ」
ルジェールはこれまでの攻撃を冷静に分析していた。西門の最初の攻撃では橋に兵士がとりついた時に、氷柱による攻撃を受けた。
兵士達は遠距離からの一方的な攻撃に退却を余儀なくされた。
今度もまた橋の上に兵士が多く来た時に、雷の魔法を使われていた。
感電死した兵士が多くおり、また、兵士達は恐れおののき退却する。
そして、次の攻撃では橋に水の魔人が現れていた。水の魔人は意図も容易く兵士達を挽き肉にしていく。
それ以降も、3回は攻撃を実施したが、いずれも水の魔人がそれを防いでいた。
今や反乱軍兵士達は魔術師恐怖症を発祥して、水の魔人が現れだけで立ち向かう者は僅かだ。
何よりも厄介なのは、魔人が水で出来ていて、攻撃しても一切ダメージが通らない事だった。
それでいて、振るわれる細いブレード型の腕は、兵士達をいとも容易く切り裂くのだ。
無敵の相手を前に、兵士達はなす統べなく挽き肉されていく。
それを恐れない者などいない。
「せめて、此方にも魔術師がいれば……」
アブロはそう言うものの、ルジェールはその一切を否定する。
「あれほどの使い手は中々いませんぞ。あの魔術師は特別です。まるで伝承できく魔法帝国時代の魔術師のようである。此方に魔術師がいても、並の魔術師では抵抗できまいて……。何よりも魔術師と言うのは戦に興味は無い者が多い」
ルジェールはそう言って苦々しく西門を見つめていた。
王国軍にこれ程の手練れの魔術師がいる事に、ルジェールも悔しさをあらわにしていた。
だが、それでもこれ以上の攻撃を仕掛け続けるのは、いたずらに兵を消耗していくだけである。
何よりも……。
「もし、鎮圧軍が来ても城を落とせなかったらどうするのだ?」
ルジェールはアブロを見据えていた。
元々この反乱の目的は、ノーラ姫の殺害が目的であったのだ。それが今や姫に逃げられて、目的を失って惰性的にフェールムント城に攻撃を仕掛けているのが現状だ。
「そうだな……。死を覚悟しての行いだ。とは言え、最早我々は孤立した群衆に過ぎんか……」
アブロはそう言って青空を見た。
本来この計画は、西方同盟がディルニア公国のエドワルド公爵を暗殺し、ディルニア公国で政変が起きると同時に起こされる予定の反乱だったのだ。
西方同盟の協力者や、王国軍に志願した兵士達が、街の各所に武器を隠していた。
それもこれも反乱を成功させて、西方同盟の軍をここに招き入れるためだった。
しかし、エドワルド公爵の暗殺失敗によって、全てが無駄に終わっていた。
西方同盟の協力者はいつしかフェールムントよりいなくなり、残ったのは無駄に集められ、隠されている武器だけだった。
それがノーラの訪問で、フェールムントの人々は一念発起した。
この反乱に参加した者には、家族を残してきた者も大勢いる。
皆覚悟してここに立っているからこそ、無駄と分かりつつも攻撃を仕掛けていた。
最早反乱を起こした以上、鎮圧軍は容赦ない攻撃で最後の一兵まで、反乱者を処刑するだろう。
「最早後戻りもできぬ。降伏しても待っているのは処刑だ。反乱軍の兵士は、一兵残らず処刑されるだろう」
「そうは言うが……」
「ルジェールよ。俺はあの時全員に言ったはずだ。覚悟を決めろと」
アブロは迷いを見せるルジェールを前に強く言い聞かせる。
「そうだな……。王国は反発を容赦しない」
「見せしめとして街道に生きたまま張り付けの刑に処されるかもしれない」
ルジェールの同意にアブロはそう言って深く溜め息をついていた。
過去の王国軍との戦いを思い返すと、それ程までに苛烈な制裁を加えていた。
抵抗しない者にはとてつもない恩恵を与えていたが、対して、抵抗した者には容赦がない。
そう言ったイメージが広がっていたからこそ、フェールムントは降伏したのだ。
それが裏切られて、街は蹂躙されて、王国軍に対する憎しみだけが残ることになる。
アブロはぐっと拳を握りしめて奥歯をかみしめる。
そんな時に、一人の反乱軍兵士が息を切らしながら天幕へと入ってくる。
「アブロ殿! 王国軍が、王国軍が郊外に!」
アブロはその伝令を見るや否や、自分が最も欲する情報を聞いていた。
「敵はどこに展開をしている?」
「は、西側に2000程が展開しています」
アブロは報告を聞いてルジェールに顔を見る。
明らかに何かを決意したアブロを前に、ルジェールは考え出していた。
「敵は2000なのだな?」
「はい!」
ルジェールは兵士に対して数を確認した後、アブロに告げていた。
「敵は2000、今なら平原での決戦を仕掛ければ、我らは数的有利を生かして戦える」
ルジェールはそう言うと、アブロに対して決戦を仕掛けるように告げていた。
「しかし、フェールムントを開ける事になる」
「それがどうしたと言うのだ。元より我等は死人だ。敵を一人でも多く蹴散らしてこその復讐者よ」
アブロはそれでも迷っていた。
フェールムント城より兵を出されると、挟撃に晒されるのだ。それであれば、このまま包囲を続けつつ、鎮圧軍と対峙して城壁で戦った方が全体的には有利なのだ。
「あの、もう一つご報告が……」
「なんだ?」
「軍勢2000の旗印はヴェルムンティア王家の紋章を掲げていました」
兵の報告にアブロとルジェールは顔を見合わせていた。それは彼らが願っても居なかった幸運だ。
そう、王家の旗印と言うことは、彼らが狙っていた王家のノーラがいると言うこと。
「我等が決戦すべきは西側の2000名だ」
アブロは反乱軍兵士の伝令の報告を聞いて即断していた。
逃げられたと思っていたノーラが再び子の戦場に来ることなど想像もしていなかった。
ましてや平原で、2000名程度の鎮圧軍を率いているとなると、これはチャンス以外の何物でもなかった。ここでノーラの首を上げれば、それこそ全領地にこの反乱は波及するだろう。
「フェールムント城の門前に50ずつを置き、西側のみ100を配置し、弓矢による攻撃を仕掛けさせろ。フェールムントの外の西側に兵を集中させよ!」
「これが我等の最後の闘いだ」
アブロはそう言って、ルジェールと共に陣幕より出ていく。
「ノーラの軍を討ち取るぞ!」
アブロは全戦力を街の西側に展開させる事を決意するのだった。