英断と決意 1
近衛騎士のギード・アルフレドは、村の中の惨状を見ながらゆっくりと歩いていた。
村は略奪されつくされており、男や老人は殺されている。
生き残ったのは少女や若い女性が目立っていた。
「このような状態では、この村も復興は無理であろうな」
王国軍兵士が生き残った村人を助けて、治療を行っている。
だが、彼らの心のケアまではできないだろう。
「このような光景をまた見る羽目になるとはな……」
ギードはそう呟きながら、2年前に起きたフェールムントの悲劇を思い出していた。
戦いで大勝利を収めた王国軍は、その猛る血を抑えられずに、フェールムントを略奪した。
無血占領を受け入れていたのに、街の中では傭兵たちが市民を虐殺して、凌辱の限りを尽くした。
あの地獄のような光景が、再びこの村で引き起こされたのだ。
生き残った女性たちの目は虚ろで、悲しみと絶望に打ちひしがれている。
この後、彼女らをどうすべきかは、処遇が決まっていない。
ギードはそのまま、ノーラのいる馬車へと足を運んでいた。
「警備主任近衛騎士長ギード・アルフレドです。ノーラ殿下にご報告をしに参りました」
扉をノックして告げると、中からはイレーナが現れていた。
「ギード殿、ノーラ様は傷心なされています。今は私が代理で承ります」
「は、ではご報告を」
「イレーナよ、よい、私も聞こう」
そう言ってイレーナの後ろからノーラが現れていた。
目は涙を流したせいか充血しており、化粧も乱れている。
だが、その瞳は光を失ってはいない。
しっかりとした足取りで馬車から降りると、ギードは跪いて彼女に顔を向けていた。
「は、僭越ながら、ご報告をいたします。村は壊滅、生き残ったのは子女ばかり25名ほどです。リオネル含むガーム戦士団の掃討は完了しつつあり、森の中の傭兵もくまなく探して全ての敗残兵の討ち取りを完了いたします」
ギードは王国軍の容赦のない報復を告げる。
ノーラはその報告を聞いて顔をゆがめていた。
「それで、リオネルはどうなっている?」
「は、ヴァンターファルケ傭兵団のイアン殿が討ち取り、その首を参じました」
その言葉を聞いたノーラは小さくため息をついていた。
「そうか……。奴は、奴だけは……私の手で討ちたかったのだがな」
ノーラの瞳には明らかに復讐の炎が燃えていた。
リオネルに対する憎悪は、彼女の疲労を忘れさせるほどに強かったのだ。
「ノーラ様、王族が直接お手を汚すことはありません。ましてや、ノーラ様は王女と言う地位、王女が剣を持ち、仇討ちなど言語道断です」
イレーナの言葉を聞いたノーラは素直に黙って、彼女の言うことを聞き入れていた。
その様子を見たギードは、ノーラが明らかに変わったことを実感する。
反乱に合う前であれば、即座にノーラはイレーナにかみついていただろう。
だが、その気配すらない。
むしろ、イレーナに対する信頼すら、ノーラからは感じ取れるのだ。
「ノーラ殿下、この短い期間に、御変わりになりましたな」
ギードはそう言って少しだけ口を釣り上げて優しく言う。
「ギードよ。私はこの訪問中、王族として私が何をしなくてはいけないのか、正直分らなかった」
ノーラは顔を背けて暗い表情を浮かべる。
「だがな、この夜明けまでに私は色々と考えたのだ」
ノーラはそう言うとイレーナを見つめる。
その瞳には新たな決意が宿っており、充血した目からは何かしらの意志を感じさせた。
イレーナは嫌な予感がしてならなかった。
彼女が何かを決断している時、それは執務官として、とてつもなく過酷な業務が待っている事を暗示している。その一例がフェールムント訪問だった。
「私は大切な人をこの地に奪われた。王都にいると分らなかった事だ。私は内から湧き出る憎悪で、王族である前に、人としてリオネルを殺したいと思った」
ノーラは再びギードを見据えると、その瞳には輝きがあった。
「だがな。我が王国はこの地で私以上に悲しみと憎しみを生む戦いをしたのだ。これは許されることではない。同じ境遇にあるからこそ、それが初めて実感として私はわかったのだ」
ノーラはそう言うとギードに真っすぐに向いて問う。
「ギードよ。フェールムントの反乱鎮圧軍の指揮官はだれか?」
「は、まだそれすらも決まってはおりませぬ。ただ、各方面の予備隊を寄せ集め、反乱鎮圧を行いますゆえ、部隊が集結後に、最高司令官が決まるかと」
ギードはそう答えると、イレーナは大きく息を吸っていた。
「ノーラ様、絶対にそれだけはなりません!」
すべてを察したイレーナはノーラが発言するよりも前に制止する。
「分かっているのなら話が早いではないか。私はこの反乱鎮圧軍の最高司令官を務める。ガーム戦士団の掃討が完了次第、我々は討伐軍に合流してフェールムントに戻るぞ」
ノーラは堂々とした態度でギードに告げていた。
ノーラの申し出は反乱鎮圧軍としても願ってもない朗報だろう。
各方面軍より集められた予備軍では、そうそうすぐに鎮圧軍の指揮官の意思統一はできない。
だが、ノーラの御身印の元で軍律が統一されれば、反乱鎮圧軍は多いに連携をとれることだろう。
「ノーラ様! ディルニア公国で静養すると告げましたよね?」
イレーナはノーラに詰め寄るようにして口調きつく詰め寄る。しかし、彼女は聞く耳を持たない。
「イレーナよ。王族として自覚を持てとしった激励したのはそなただ。私は王族としての責務を果たす決断をしたのだ。この反乱鎮圧は私の責務だ」
「姫様!」
「くどいぞ! 私は決意したのだ! この地に住む者に平穏を取り戻すと! その第一歩がこのフェールムントの鎮圧にかかっているのだ!」
ノーラは決意を新たにイレーナを見ていた。
イレーナはノーラがこうなると言う事をきかないのを知っている。
彼女は深くため息を吐いていた。
この一夜で確かに彼女は何かを考え込んでいた。
焦燥しているようにも見えたが、実際の所は違っていたのだ。
イレーナは深いため息を吐いたのち、彼女に告げる。
「分かりました。ですが、ノーラ様、これだけはお守りください」
「なんだ?」
「絶対に先陣を切らない事です。王族として戦うのであれば、戦闘中は指揮所の天幕より出ない事です」
イレーナの最終的な妥協案に対して、ノーラは表情を変えることなく答える。
「分かった。イレーナの言いつけは守ろう」
毅然とした態度でノーラは決意をもって、大きな戦に挑もうとしていた。
齢15の少女であるはずの小娘、だが、彼女は明らかに王者の風格を覚醒しつつあった。
ギードはその姿に見惚れ、頭を下げる。
「ノーラ殿下! 我が近衛騎士隊、殿下の為に存分に戦って見せましょう!」
ギードは胸の内から湧き上がる騎士としての誇りを感じていた。
それと同時に彼女が男でない事を心底悔やむ。
王者の威厳すら感じられるノーラ、だが、ヴェルムンティア王国の国王は代々男系男子のみ、過去に女王こそ居れど、女系男子はいない。
ハラルドがいる以上は、彼女は絶対に王位に就くことはない。
「ノーラ殿下! 王族の旗印の元での戦い、必ずや成功いたしましょう」
ギードはそう言って跪いたまま頭を垂れて力強く続けていた。
「ギードよ。そなたと共に戦えること、私も楽しみにしておる」
ノーラはそう言うとイレーナに顔を向けていた。
「イレーナよ、すぐに最寄りの反乱鎮圧軍の所在を掴め。我ら単独での行動は危うい。合流する手はずを整えよ」
「は、仰せのままに!」
力強く難局を乗り切ったノーラの命を受け、イレーナは一抹の不安を覚えながらも彼女の言に従うしかなかった。
ノーラがここまでの決意を固めている以上、それを全力でサポートするのが執務官の仕事だ。
こうして、ノーラ達を含めた一行は反乱鎮圧軍へと合流を進めるのだった。
◆
ノーラがフェールムントを脱出してから七日が経とうとしていた。
フェールムント城への攻撃は何度も繰り返し行われていた。
特に西門では凄惨な戦いが繰り広げられていた。
一度降ろした跳ね橋は、反乱軍に鎖を切られて再び跳ね橋を戻せなくなっていたのだ。
そこに兵を集中させて、反乱軍はフェールムント城に入ろうとしていた。
しかし、それは思わぬ強敵の前に阻まれていた。
「くそ! まただ! 水の魔人がでたぞ!」
橋の上を突撃する反乱軍兵士達、その前に、水でできた人型の人形が立ちふさがる。
「魔術師がいるなんて聞いてないぞ!」
「構うもんか! フェールムントにかかる橋はここだけなんだ! ここを行けば俺たちの勝ちだ! かかれ!」
反乱軍兵士たちは水の魔人を見ても怯むことなく走っていく。
その様子をジュナルは西門の上から伺っていた。
「全く……。何度やっても同じというのに」
ジュナルは杖を5体の水の魔人に向けると、水の魔人は向かってきた反乱軍兵士を、文字通り真っ二つに切り裂いていた。
橋の上は反乱軍兵士の血で真っ赤に染まっていく。
その様子をジュナルは無表情で見つめていた。
「さ、流石は魔術師殿……。反乱軍の兵士を圧倒されている」
「なんの、これしき、妖魔の大群を相手にするより楽ですぞ」
何よりもジュナルは反乱軍とは言え、人に対して強力な魔法をかける事に躊躇なかった。
とは言え、この使役魔法も長時間使えるわけではない。7日間の間で敵に攻撃を思い止まらせるここぞと言う場面で使っていた。
それ以降は、反乱軍もむやみやたらと攻撃を仕掛けられなくなっていた。
この水の魔人を突破しても、更にその先には固く閉ざされた城門に鉄の落とし格子が待っている。
更に言えば、攻撃の最中に攻撃魔法まで撃たれる心配もある。
反乱軍は犠牲者がでるや否や、早々に退却していく。それを見たジュナルは魔法を解いていた。
瞬時にして水の魔人はすぐに水に戻り、赤い血の橋を洗い流していた。
「流石にここで7日間は疲れますな」
ジュナルはそう言いながら橋を見ていた。
毎日繰り返される攻撃に対して、ジュナルはそれに対応していたが、流石に疲労もたまっていた。
ましてや相手は民兵のみならず、元兵士も大勢居るのだ。
いまだ散発的かつ、点でばらばらな兵士達の攻撃であるからこそジュナル一人で事が足りているに過ぎない。もしも、これが正規軍であれば、隊列をしっかりと組んで盾を構えて橋の上を進んでくるだろう。
そうなった時、あの水の魔人では少々力不足である。
それに相手が気が付いていない事が幸いであった。
とはいえ、どんな敵であろうと魔法を使っていると、魔力と精神力を磨り減らす。
ジュナルは一息つくと隣に控えていた近衛騎士に話しかける。
「他の門はどうですかな?」
「他の門では小競り合いも起きていません。静かなもんですよ」
「やはり、ここの一点突破ですかな」
「それが定石です」
このフェールムント城の周りは深い堀に囲まれており、跳ね橋が下りない限りは城壁にとりつく事さえできない。ましてや小舟程度でとり付こうものなら、城壁の上からの投石であっという間にやられる。だからと言って他の門から跳ね橋を下げさせる方法はない。
反乱軍の取れる選択は、跳ね橋の降りた西門への力押ししかなかった。
しかし、それも上手くいかないのが現状だ。
近衛騎士は対岸に広がる反乱軍陣地を見ていた。
「にしても、大砲を使われないのは幸いですな」
近衛騎士にそう言われて、ジュナルも街に目を向けた。
外城壁に備えられた大砲は、幸いにしてこの門の前には来ていない。
「反乱軍も鎮圧軍に対して備えてるのでしょうかな」
ジュナルの言葉に一抹の不安を抱きながら、近衛騎士は小さく溜め息をついていた。
「そうであると良いですな」
二人は中々本格的に攻めてこない反乱軍を見て、言い知れぬ不安を感じていた。
この門を破壊しようと思うならば、城壁にある門を取り外して持ってくることが一番だ。
それをしてこないのが、二人には不思議で仕方なかった。
そんな二人の元に、一人の少年がやって来る。
「負傷者の手当終わりました。矢傷はすぐに治りますので、また戦線の復帰はできます」
レニがそう言って二人に告げる。
反乱軍が攻めあぐねる理由のもう一つがこの少年、神官戦士のレニだった。
反乱軍との戦闘では矢を射かけあう戦いが度々発生する。
その都度負傷者は発生するのだが、レニの完璧な治療と、兵士達の強靭な意志によって負傷者の8割がすぐに戦線に復帰するのだ。
「ここまで持ちこたえられているのも、お二人の活躍があればこそですな」
近衛騎士はそう言って笑みを浮かべていた。
反乱軍がどんなに頑張って攻撃しようとも、負傷者は減らない。
ましてや、相手の人数がどのくらいいるのか分らない。
だからこそ、攻撃も散発的になってしまっている。
「いえいえ、当然の事をしてるまでです」
レニはそう言って近衛騎士にお辞儀して見せる。
「あとは援軍が来るのを信じて待つだけですな……」
ジュナルはそう呟くと夕焼けの空を見つめるのだった。