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収束 


 アストールはナルエを守りながら、エメリナと共に村の中の戦いに参加していた。

 王国軍の戦力差と士気の高さにガーム戦士団は圧倒されていたが、流石はこの地で名を馳せた傭兵たちでただでは死なない。


 王国軍にも多大な被害を与えながら、相打ち覚悟で戦いを挑んでくる。

 しかし、王国軍もノーラを奪われた事、同胞の王族従騎士の敵討ちに燃えており、怯むことはなかった。そうして、村の中で交戦が続けていると、イアンのリオネル討伐と、コズバーンによるノーラの救出の声が、瞬く間に村中に知れ渡っていた。


 それが契機となって、抵抗していたガーム戦士団の傭兵たちは一気に劣勢となり、降伏する者すら出てくる。勝負は決していた。村内でわずかに生き残ったガーム戦士団の兵士達は、降伏を許されずにその場で斬殺された。


 だが、ノーラを拉致されて屈辱を受けた王国軍の怒りの炎が、それだけで収まるわけがない。村の掃討を完了すると早々に森の中へと逃げたガーム戦士団の傭兵達の追撃を行っていたのだ。

 騎士の誇りを汚した傭兵を、恨み、王族従騎士をやられた雪辱を晴らす為の敵討ちが始まっていた。


 アストールは戦いに勝利したことで、ようやく安堵することができた。

 短いながらも監禁生活から解放されたのだ。

 助かったという安堵と共に、今まで溜まっていた疲労と緊張感でこと切れたのか、そこでアストールの意識はなくなっていた。


 アストールが意識を取り戻したのは、そんな長い一夜が過ぎ去ってすっかりと朝陽が昇った時だった。彼女かれは村の家の一角で腰をつけている事に気づいて、顔を上げていた。

 そこにはメアリーとエメリナ、コズバーンが佇んでいて、心配そうに彼女かれを見つめている。


「おはよう。怪我はない?」


 メアリーが心配そうに聞くと、アストールは眩しそうに窓から入る太陽光を遮るように手を顔の前にかざしながら答える。


「ああ、昨日殴られたお腹がちょっと痛むくらいで、他は大丈夫だ」


 アストールはそう言って腹部を摩っていた。

 メアリーは座ったままのアストールの目線に合わせるようにして膝立ちになる。


「アストール! ごめんね。おいて逃げちゃって」


 メアリーはそう言ってアストールを抱擁する。

 いきなりの抱き着きにアストールの意識はすっかりと覚醒していた。

 彼女の優しい抱擁に、アストールは笑みをこぼしていた。

 その様子をコズバーンとエメリナが静かに見守る。


「こうやって助けに来てくれたじゃないか。私がこうやって居られるのは、メアリーが急いで知らせてくれたからだ」


 アストールもメアリーを優しく抱き返して、頭を撫でる。

 二人の熱い抱擁はただならぬものを周りに感じさせた。

 長年連れ添ってきた主従以上の関係、エメリナは二人を見ながらなぜか妬ける想いが出てきていた。エメリナはけして女性好きと言うわけではない。

 今まで好きになったのも異性であり、恋仲になったのも男性ばかりだ。

 だが、アストールとメアリーの関係を見ていると、何故だか羨む感情が湧いてきていた。

 結局なぜ二人の関係を羨望しているのかが分らず、エメリナは小さく溜息を吐いていた。


「それにしても、良く間に合ったよね」


 アストールがそう呟くように言うと、メアリーの後ろに控えていてたエメリナが腕を組んだまま答えていた。


「あの傭兵のイアンって人がここらの地形をよく把握してたのよね。それで近道をしてきたってわけ」


 エメリナは二人を見ながら笑みを作っていた。

 馬車を引き連れたリオネルはどうしても太い道を通らないといけない。

 そうなると、馬一頭がやっと通れるような細道は進めない。

 村までの道のりは異様に長く感じられたのはそのせいだろう。


 イアンはこの村の位置を知っていて、尚且つ、ここに来るまでの抜け道も把握していた。

 そう言うこともあってガーム戦士団が村を立ち去る前に、襲撃を仕掛けることができたのだ。


「もうこんな目に遭うのは二度とごめんだ」


 アストールはそう言って表情暗く溜息を吐いていた。

 あの傭兵たちに襲われそうになった時、アストールは恐怖した。ナルエに逃げろと伝えたのは、精一杯の強がりでもあり、男たちに蹂躙されることを想像して、悲鳴すら上げることができなかった。治安の悪いこの西方に訪れる以上は、ある程度は覚悟していた事なはずなのに、体は一切言う事をきかなかった。


 アストールはそんな自分が嫌で仕方ない。

 自分が男であれば、ノーラを守って逃げ切る事も出来ただろう。

 ゴラムも死ぬことはなかったかもしれない。

 だが、そんなたらればを想っていても仕方がないのも、また事実である。


「私がもっと早くに着いてれば良かったんだけどね……」


 メアリーがそう言って表情を暗くする。


「いや、メアリーは本当によくやってくれたよ」


 メアリーに接吻したいという欲望を律しつつ、アストールはその場から立ち上がる。

 そして、エメリナとコズバーンに向いて、真剣な表情を浮かべる。


「エメリナとコズバーンも本当に助けに来てくれてありがとう」


 アストールからのお礼に、エメリナは照れくさそうに答える。


「当然でしょ、私の恩人なんだから!」


 コズバーンは腕を組んで静かに一言だけ返す。


「当然の事よ」


 三人がそうして再開を喜び合っている所、突然、家の扉が開いて、一人の女性が現れる。

 侍女服をまとい、手にはアストールのお守りともいえる剣を持っている。

 ノーラの侍女であるナルエが、扉の前に佇んでいた。


「エスティナ様、御無事でよかったです」


 ナルエは華麗にお辞儀をして見せると、アストールに向き直っていた。


「ああ、ナルエも無事で本当に良かった」

「お助けいただいて、私もどう感謝をもうしあげていいのやら、とにかくこの度はありがとうございました」


 ナルエはそう言って部屋に入ると、アストールの元に歩み寄っていた。

 そして手に持っている剣を差し出す。


「ノーラ様よりお預かりした剣をお返しするようにと、言付かってきました」


 アストールは差し出された剣を受け取り、鞘から剣を抜いてその白刃を確認する。

 人を切った時に付着する油などは見当たらず、綺麗なままの刀身を見て彼女かれは安堵する。

 この剣が使われた様子はない。

 ノーラがアストールの言いつけを守った証拠だ。

 アストールは剣を鞘に納めると、腰に帯刀してナルエに向き直る。


「こちらこそ、剣をお預かり頂いて感謝申し上げます」


 アストールは礼を申し上げると、ナルエは慇懃に礼をして見せる。


「ノーラ様にお伝え申し上げておきます」


 ナルエはそう言ってその場を立ち去ろうとする。


「あ、待って、ノーラ殿下はご無事なのですか?」


 ナルエは背中を向けていたが、アストールの言葉に足を止めていた。

 そして、振り返ると暗い表情を浮かべていた。


「この度の出来事に、ノーラ殿下は大変お気を沈めておられてます。それに反乱を含めて、この事件で犠牲になった人々の事を自分のせいと自責しており、とてもご公務を続けられる状態ではありません」


 アストールはその言葉を聞いてうつむいていた。

 馬車の中ではゴラムを失って取り乱していた。だが、それと同時に冷静に考える時間があった故に、落ち着いた時には自責の念でどんどん衰弱していた。

 そんな彼女にどう声をかけていいのか、アストールにはわからなかった。

 今もその状態が続いているのだと思うと、アストールの胸は締め付けられる。


「この度のご公務は中止とし、ディルニア公国へと入って静養させると、イレーナ執務官はおっしゃられてました」


 その言葉を聞いてアストールはそれが最善の策であると納得していた。

 反乱の火が燻るこの地では、ゆっくりと静養する場所などない。 

 今いる場所は西方同盟との最前線の地なのだ。


 それに対してディルニア公国は王国族領地の中で唯一自治を認められた国だ。

 エドワルド公爵はヴェルムンティア王家に忠誠を誓っており、ノーラが静養するとなると喜んで迎え入れてくれるだろう。何よりも、ディルニア公国には王国本国に向かう軍船を受け入れてくれている港がある。


 ノーラが静養して回復すれば、直接ヴェルムンティア王国に帰れるのだ。


「イレーナ様は頭の回転が速いことで……」

「本当にそう思います。それでは私もノーラ様の元に行かなくてはならないので、これで……」


 ナルエはそう言って表情暗いままに、そそくさと家を立ち去る。


「さてと……。ノーラ殿下はお休みになるけど、私たちはまだやらないといけないことがある」


 アストールはそう言って、メアリー、エメリナ、コズバーンを真剣な表情で見つめていた。


「ジュナルとレニの救出ね」


 メアリーはそう言って決意を固めた表情でアストールを見つめる。


「そう、フェールムントの本城に二人を残してきてる。これを救出するのは、私達の責務よ」

「であれば、我も覚悟を決めて、戦おうではないか」


 コズバーンが力強く答えていた。


「私は間者として、フェールムントに潜入できるけど、どうする?」


 エメリナが提案すると、アストールは即座に答えていた。


「必要な時があれば頼むかもしれない。だけど、基本は私と行動を共にしてほしい。これ以上、大切な仲間を失いたくない」


 アストールは真剣なまなざしをエメリナに向けていた。

 彼女かれの頭の中で、ゴラムや王族重騎士達の死が、フラッシュバックする。

 自分達を逃がすために必死で戦ったが、結局は全員が命を落とした。それでいて、ノーラと共に拘束された。それがアストールの心にも、少なからず暗い影を落としていた。


「わかったよ。でも、必要なら確りと命じてね。私の特技は潜入なんだから!」


 エメリナは笑顔でアストールにいう。

 そんな彼女を見て、アストールも自然と笑顔を浮かべていた。


「わかった。その時は頼むよ。さて、私たちはフェールムントに戻ろう!」


 アストールはそう言って従者たちを引き連れて家を後にするのだった。


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[良い点] そうだった、あの2人は残ってるんだった。 無事であって欲しい所ですが……
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