不屈の闘志 2
「二人目よ。あと、三人! 次は?」
アストールは軽く息を整えると、座り込んでいる五人に目をやる。一人は気道を潰し、一人は腕の骨を折った。それでいて彼女は、一度息を整えるだけで、疲労を見せていない。
「……じゃあ、次は俺だ」
一度は優勢に見えた戦いだったが、それも一瞬の輝きに過ぎなかった。
傭兵全員の頭からアストールが、女性であるという認識が消えていたのだ。
「あなたを倒せば、あと二人ね」
地面の剣を拾った傭兵を見て、アストールは剣を構える。
「……本気でやらせて貰う。皆、多少こいつの体に痣ができても、文句言うなよ」
男は片手で剣を構えると、体を横に向ける。正面から見れば、剣で斬りつける面積が減って、やりにくい構えだ。
アストールは飛び出して男に大振りの横薙ぎを浴びせる。
しかし、傭兵はそれを簡単にいなして、即座に突きを繰り出してくる。
アストールは咄嗟にその突きを避け、男から距離を取っていた。
(こいつ、レイピア使いか……)
アストールも以前使っていたから、刺突の恐ろしさは分かる。
正確に急所を突かれれば、例え木剣と言えどダメージは大きい。
それがこの男の様に、手練れであれば最悪、死ぬかもしれない。
(刺突なら、あれ使うか)
アストールは正面に剣を構えると、相手の攻撃を待ち構えた。
傭兵は彼女に近づくと、次々と刺突攻撃を浴びせてくる。
だが、アストールはその剣を全て受け切って見せる。その間に一切呼吸を乱すことはない。相手もまた冷静にそれを分析してか、必要以上の攻撃を仕掛けてこない。そこでアストールは、相手を誘い込むようにして、攻撃の合間に隙を作っていた。
相手はそこに渾身の一撃を加えようとするも、アストールはその一撃を見切っていた。
放たれた一撃を軽く弾き、そのまま小手先だけの動きで相手の右手を叩く。痛みで思わず剣を手放した傭兵の顔面に、間髪入れずに思い切り木剣を叩きつけた。
鼻血を拭きながら倒れる男は、地面に仰向けになって完全に動かなくなる。
「はい、次、残り二人よ」
アストールは息を荒らげる事無く、残りの四人に向き直る。
傭兵の中に笑みを浮かべる輩はいない。
全員がアストールを手練れの剣士として見ている。
その熱い眼差しにアストールは整然として、息を整えて全員を見据えていた。
「お、おい……。誰だよ? あの女騎士が弱いとか言ってた奴は?」
動揺している傭兵を前に、アストールはワザとらしく服の襟元を掴んで胸の谷間が見えるようにパタパタと仰ぐ。
「あっつい。あっつい。早くこんなの終わらせて、馬車で寝たいわ」
横目で挑発するアストールを前に、男達もようやく本来の目的を思い出していた。この美少女を無茶苦茶に蹂躙する事。欲望の赴くまま、彼女の中に溜まりに溜まったストレスを吐き出すこと。
それを考えた時、再び男たちは理性を失ったかのように、立ち上がる。
「おし! 俺がやる!」
一人の体格がいい傭兵が立アストールに向かって歩み出す。
(あと、二人……)
アストールは余裕こそ見せるが、内心では非常にまずい状況だと焦りを募らせていた。三人を抜いた時点で精神的にかなり消耗していた。長期間の監禁で疲労している上に、連戦で精神をすり減らしている。
だが、負ける訳にはいかない。
その微妙な疲労の様子を、傭兵達は昂ぶっているのか見破れない。
アストールと向き合ったその傭兵は、倒れた三人を見て気を引き締める。
「おい、やられんなよ! お楽しみができなくなるんだからよ!」
「るっせ! 黙ってろ!」
頭に血を登らせたのか。男はずかずかとアストールへと近寄ってくる。
彼女はチャンスと思って隙だらけの男に、袈裟懸けで斬りかかる。
だが男はそれを避ける事をしなかった。
振り下ろされた剣は確かに男の肩甲骨を捉えていた。はずだった。
だが、男は軽く身を捩って攻撃を胸板で受ける。流石に痛みでうっと呻きはするが、倒れる事もなかった。男は胸で受けと止めた木剣を素早く手に取って、手に持っていた木剣の柄で思い切りアストールの腹部を殴りつけていた。
「ごふぅ……」
苦しそうに息を吐いたアストールは、木剣から手を放して両手で腹を抱えて蹲る。不意を突かれた攻撃、否、もはや、剣技など端から無視した行為に、侍女のナルエが叫んでいた。
「そ、そんなの、反則ですよ!」
「ああ? 聞こえねーな。勝ちゃあ良いんだよ! 勝ちゃあな!」
男はアストールの木剣を取り上げて投げ捨てると、自らの木剣も投げ捨てる。
(ゆ、油断した……。くそぉ)
腹部からくる激痛と息苦しさに悶えるアストールに、傭兵は容赦なく襲いかかった。苦しそうにするアストールの肩を掴んで押し倒し、苦悶の表情の彼女をニヤつきながら見据える。
「いいねえ。美人が苦しむ顔は、たまんねーな。おい」
男は彼女の髪の毛を鷲掴みにすると、そのまま自分の顔元まで引きつける。痛みで小さく呻くアストールに、更に興奮した男は舌なめずりしていた。
「ああ、もう我慢できねえ、この顔無茶苦茶に殴ってもいいよな!」
「ばか、止めろ! 壊すなって言われてんだろうが、それがやりてーなら、村の女に行けっての!」
「芋女に興味はねえ! 美少女だから良いんじゃねえか」
男はそう言って拳を振り上げる。
その時だった。
「お前、その辺にしておけ! そいつはあくまで商品だ。顔も体も極力傷つけちゃならねえよ」
男の後ろからかかる声に、アストールは薄目を開けてみる。
そこにはあのリオネルが、アストールを憐れむような視線で見据えていた。
「……た、助けて、くれるの?」
「冗談はよせ、俺は壊すなって言っただけだ。部下を三人も負傷させたんだ。その償いは体で払ってもらわねえとな割に合わないんだよ。お前ら壊さない程度に好きにしろ」
リオネルはそう言ってその場を立ち去っていく。
絶望の淵に落とされたアストールは、脅えた目で周囲を見回す。
既に残った男たちが、その場で服を脱ぎだしていて、これから行われる地獄の試練を連想させた。
「い、嫌だぁ……。こんな奴らに、嫌ぁ」
アストールの怯えた顔を見た男たちは、征服欲に刈られたのか下品な笑みを浮かべていた。
「こいつぁいい。さっきまで気丈に振る舞ってた女がこれだぜ、ギャハハ!」
四人はナルエを放置して、アストールの周りに集まる。
「なんで、てめーらこっちに来るんだよ。あっちにもいるだろーが!」
「うるせえ、こっちのが良いだろうが」
侍女のナルエがあまりにもショッキングな光景に、口をぱくぱくと動かして言葉を発せずにいる。それを見たアストールは、自然と笑みを浮かべていた。
そして、唇だけを動かしていた。
『大丈夫だから、逃げろ』
「……あ、あぁ。ダメですよ」
諦めたのか、アストールはその場で目を瞑る。
「おいおい、マグロは勘弁してくれよ。目開けろや」
四人に脅されて、アストールは目を開ける。その眼には涙が浮かび、この状況に完全に恐怖していた。
「へへ、脅えてやがらあがぁは」
傭兵の言葉はそれ以上続くことはなかった。急に血を吹き出し、男の口から飛び出た血がアストールの顔を赤く染める。
残りの三人が何が起きたか分からず、血を吐き出した男を見る。喉仏から飛び出たナイフの刃先に、男は声を出せずに倒れこむ。
傭兵達はナイフが投げられてきた方向に顔を向ける。
そこには一人の少女が、怒りを含んだ笑みを浮かべて佇んでいた。
三人の内二人は行動を起こすよりも先に、素早く音もなく駆け寄ってきた少女によって、喉をナイフで掻き切られる。最後の一人が小さな悲鳴を上げて、その場に尻餅をついていた。
「ふふ、私の愛しいご主人様に、乱暴働こうって言うの? いい根性してるじゃない。絶対に許さない」
少女はそう言って男ののどを容赦なくナイフで掻っ捌く。
「エ、エメ、リナ?」
「ごめん。遅くなっちゃった。生きててくれて本当によかった!」
エメリナはそう言ってアストールに抱き着いていた。
「な! なんだ! てめは!」
リオネル兵がその場に現れ、血まみれになって倒れる仲間を見て叫び声をあげる。
「うっさいわね! 感動の再開を邪魔しないでよ!」
そう言うとエメリナは太ももに隠していた投げナイフを四本取り出して、リオネル兵に向かって投げる。投げナイフが男の喉、両目、額に刺さり、声を上げる事無く倒れこむ。
「皆すぐそこまで来てるから、安心して」
エメリナが来た事に安堵したアストールは、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。解放感からくる喜びに、感涙しそうになるが何とか抑え込んでいた。
気持ちを落ち着かせている間にも、村の表で雄たけびと剣戟音が響きだしていた。
「ほ、本当に来てくれたんだね」
「うん。ここまで追いつけたのもメアリーのおかげだよ」
「……詳しい事は後で聞く。それよりも今はノーラ姫を!」
アストールが思い出しようにして立ち上がろうとするも、エメリナはそれを制して笑顔で言う。
「それなら大丈夫、もう手を打ってるから」
「え?」
アストールはエメリナの言葉を聞いて、その場から立ち上がる。
そして、ナルエの方へと歩み寄っていた。
彼女は先程のショッキングな一場面に、茫然自失となっていた。だが、アストールが無事な事を再確認すると、胸をなでおろしていた。
「ありがとうございます」
ナルエがアストールにかけた最初の言葉がそれだった。
「情けない姿を見せてしまいましたね……」
アストールはそう言いつつナルエに手を差し出していた。
彼女は素直にアストールの手を取って、立ち上がっていた。
「ノーラ様を助けに行きましょう」
アストールは倒れた傭兵の腰から剣を抜くと、エメリナと共に駆け出していた。
戦場となった村へと向かって、気力を振り絞って戦いに挑むのだった。