不屈の闘志 1
アストール達を乗せた馬車が動き出してから、2日が経っていた。
ノーラは落ち着きを取り戻したもののその瞳に生気はない。
一日目は声がかれる程泣いていた。
だが、それを誰も咎める事は出来なかった。
明らかに悲しみに打ちひしがれた上に、今の監禁生活に憔悴しきっている。
トイレの時は常にリオネル兵が監視についており、辱めを受けているのだ。
それでも兵士達に襲われないだけ、まだマシと言えた。
食事は一日に一回のみで、それも粗末な保存食を少しだけだ。
馬車は小休止こそ挟むが、一晩中とどまることはなかった。
そうしてようやく、馬車は止まる。
アストールは馬車のカーテンを開けて外の様子を伺う。
小さな家屋が建ち並んでおり、村と思われる場所の中心地に馬車があるのがわかった。
既に日は落ち始めており、集落を真っ赤に染め上げている。
人口は200人程度の小さな村だ。
馬車の外には漏れなく警護の兵士がついており、逃げ出すことはできないだろう。
そうこうしている内に、集落からは悲鳴が聞こえだす。
おそらく傭兵達が略奪を開始したのだろう。
(でも、逃げ出すなら、今が一番チャンスか……)
傭兵達は略奪に夢中になり、警備も疎かになりがちだ。
何よりもこの馬車の前の警備兵は、この略奪に加わりたいはずだ。
だが、その希望は程なくして打ち砕かれていた。
停車した馬車の扉が開き、傭兵が四人を見ていた。
「おら、てめえはこっちにこい!」
侍女のナルエが傭兵に腕を掴まれて連れ出されそうになる。
アストールは思わず剣を抜こうとするも、傭兵は既に剣を手に持っており、アストールの首元に剣を突きつけていた。
「お前が剣を持ってんのは知ってるんだよ。大人しくしてろ!」
ナルエは荒々しく腕を掴まれて、馬車から引きづり出されて小さな悲鳴を上げていた。
「ま、待たぬか! ナルエをどうするつもりだ?」
勢いよく叫んだノーラに、傭兵は下卑た笑みを浮かべた。
「安心しろ殺しはしねえ。ちょっとだけ、愉しむだけさ」
その言葉からその場にいる全員が顔を引きつらせる。ナルエにこの後振るわれる暴力が、容易に想像がついたのだ。固まった空気を壊す様に、傭兵はナルエを連れて行こうとする。その時だった。
「ま、待て!」
アストールが馬車の中で立ち上がり、男に強い口調で引き留める。
「なんだ?」
「そ、その、なんだ。ただ、その侍女を犯すだけじゃ、盛り上がりに欠けるだろ?」
アストールの言葉に傭兵は眉根をつり上げる。
「何が言いたい?」
「どうせなら、賭けをして、その商品である女を好きにできるというのはどうだ?」
「ほほう。どんな賭けだ?」
傭兵はアストールの提案に興味を示す。それに彼女はしめたと言わんばかりに畳みかける。
「私が貴方達傭兵とサシで模擬試合で勝負して、私が五人抜いたら私達に手出しはしない」
「途中で負けたら?」
「私が全員の相手をする。その侍女の代わりにね!」
アストールのとんでもない提案に、ノーラとナルエ、イレーナは彼女の名前を叫んでいた。
「エ、エスティナ!?」
「エスティナ殿!」
「エスティナ様!」
三人が一斉にアストールに声を掛けると、傭兵は少しの間考えこむ。
「エ、エスティナ様! 私の代わりに身代りになる事なんてありません! こ、これも侍女の務めです! あなたはここで大人しくして」
ナルエが必死にアストールを宥めようとするも、後ろにいた傭兵は笑みを浮かべる。
「いいだろう! ただし、この侍女も俺たちと楽しみたいらしい。負けたら、こいつも一緒に混ぜるからな! その腰の剣は王女殿下に預けときな!」
傭兵はそう言うってアストールに剣先をさしていた。アストールはノーラに向きなおると、腰の剣をノーラに手渡していた。
「殿下、私の剣を頼みます。くれぐれも変な気は起こさないでください」
アストールはそう言うと、ノーラは無言でその剣を受け取っていた。
アストールは馬車から降りると、傭兵は彼女の腕を取って、荒々しく連れ出していく。
「エスティナよ!」
姫の悲痛な叫びを聞いたアストールは、振り向いて彼女の顔を見つめる。
その眼には自らの力を信じ、誰かを守ろうとする騎士の瞳があった。
「エ、スティオ?」
ノーラは知らずの内に口に呟いていた。
それ程までに彼女の輝く瞳が、ノーラには兄と同じように見えたのだ。
口を吊り上げたアストールは、そのまま、傭兵に連れられていく。
後ろ姿を見ていたが、また他の傭兵によって扉が閉められて再び外の様子がうかがえなくなる。
「イレーナよ。エスティナは、ナルエは無事に帰ってくるかの……?」
「エスティナ殿を信じましょう……。それに二人に何かあった時は、私が命に代えてでも、殿下をお守りします」
「イレーナよ。世話を掛けるな」
「執務官ですから、姫様を守る事こそ、私の誉れです。今は二人の無事を神に祈りましょう」
二人は閉じられた扉の向こうに向かい、手を組んで祈りをささげるのだった。
村の中は凄惨を極めていた。
一か所に集められた村の男たちは、惨殺されている。未だ家々の中からは快楽と苦痛、悲しみの入り混じった女性の悲鳴と喘ぎ声が聞こえてくる。
耳を塞いで目を覆いたくなるような光景に、アストールは怒りを爆発させそうになっていた。リオネルや幹部クラスの部下たちは、淡々と食料を集めさせて、確保した荷馬車に積んでいる。収奪した金品は争い事が起きないように、後々分配するためか、同じように一か所に集められていた。
ただ、女に関しては別だ。
傭兵たちの数は現在、大よそ150人。この村の人口は200人程度。その中でも男の相手をできるような若い女性の数と言うのは、精々4、50人程度だ。どうしても女に焙れる傭兵と言うのが出てくる。
だからこそ、そのあぶれた一部の兵士が、アストール達に注目したのだ。
「おい、リオネル隊長から許可が出たぞ。その二人なら壊さない程度に好きにしろってよ!」
数人の傭兵たちが駆け寄ってきて、アストールとナルエの周りに来ていた。
そこから移動している途中、更に数人が合流を果たして、総勢8名の男達が二人を取り囲むようにして、村のあまり目立たない壁の端まで来ていた。
「おし、ここにしようぜ」
「訓練用の木剣は持ってきたな?」
「この通り」
「さっさとおっぱじめようぜ」
傭兵たちは口ぐちに下卑た笑みを浮かべて、アストールを見据えていた。
一人の傭兵が木剣を持ってアストールの元に来ていた。
「ほら、こいつがお前の得物だ」
一人の傭兵が木剣をアストールの足元に投げおく。
アストールは膝をついて、ゆっくりと木剣を拾い上げていた。
そして、軽く剣を振るって、関節を温める。
「へへ、俺が一番乗りだ」
木剣を持った傭兵が、アストールの前へと歩み出る。
「最後に聞くけど、本当に約束は守ってくれるのよね?」
「傭兵は約束事は守るからな。力ずくでてめえを従わせてやるよ」
男はそう言って徐にアストールへと駈け出していた。
アストールは身構えると、男を待ち受けていた、
間合いに入った瞬間に、男は剣を振り下ろす。アストールは軽く頭から体を守るようにして剣の刃を構えて受け流すと、手首を捻ってそのまま剣を上段から袈裟懸けに振り下ろしていた。
アストールは冷静に目で捕えた首筋に木剣を叩き込み、大きくバキッと言う乾いた音を響かせる。
男は泡吹いてその場に倒れこんでいた。
「まずは一人、次!」
あまりにあっけない敗北に、アストールを軽んじていた傭兵たちの顔から笑顔が消えていた。いくら油断していたとはいえ、鍛え上げた屈強な体を持つ大の男の傭兵を、木剣の一撃で戦闘不能にしたのだ。
鴨狩に来ていたはずが、自分たちの相手が鴨ではなく凶暴な狼だと、今初めて思い知らされたのだ。
「こ、このアマァ……」
「傭兵は約束を守るのでしょ?」
彼らのプライドを逆撫でるように言うと、傭兵は手にしようとしていた真剣の柄を再び抑え込んでいた。
「お、俺が行く」
気絶した傭兵から剣を奪うようにして代わりの傭兵が現れ、アストールを真剣に見つめていた。女だからと甘く見ていると、確実に倒される。傭兵の動揺がアストールには手に取るようにわかった。
二人は構えあうと、お互いに動こうとはしなかった。傭兵から仕掛けてこない以上、アストールは自分から仕掛けることを決意した。
当たったとしても、最悪死ぬことはない。そう思うと気兼ねなく踏み込むことができた。気持ち的余裕を持ったアストールに対し、相手の傭兵は実力が未知数の敵を前にすっかり固まっていた。
アストールは軽やかな身のこなしで傭兵に迫り、切り上げの一撃、からの再び袈裟懸け、横一閃といった攻撃を繰り出していた。
傭兵はその攻撃を受けて、いなして、弾き、どうにか防いでいた。
アストールは長期戦になることを嫌い、攻撃を全て防がれたと見るや否や、即座に傭兵から距離を取る。
「基本に忠実で正確な太刀筋、流石は騎士を語るだけはある。お嬢ちゃんほどの年でそれだけできるとは、信じられねえぜ」
傭兵は愉快そうに笑みを浮かべる。
アストールは少しだけ、背中に汗をかいていた。
(もう、不意打ちはきかねえ……。それにコイツ、マジで強い……)
打ち合えば、相手との実力差など大体分かってくる。
エスティナの攻めを防ぎ切ったあの男も、その実力差に気付いたらしく、余裕の笑みさえ浮かべていた。
(正攻法で行っても負けるだけ……。やっぱあれ使うっきゃねーよな)
アストールは息を小さく吐くと、肩の力を抜いていた。
深呼吸をした隙に、男が動き出す。
男は切り上げを行い、アストールは真正面から受け、手に衝撃が響く。
男の一撃を受けた事によって掌が割れるような痛みが手に走る。
それでも容赦ない男は力任せに、アストールの剣を押し上げていく。
上から体重をかけ、腰を据えて動かないようにしているにも関わらず、剣はどんどん押し上げられていく。
アストールは素早く後ろに下がって、攻撃をやり過ごす。だが、既に相手は間合いに入ってきて、胴体に向かって木剣を薙いでいた。
アストールはそれ以上に後ろに下がれないと判断し、咄嗟に木剣を胴横持っていき、腰を据えた構えで待ち受ける、
乾いた剣劇の音が響き、アストールはどうにか男の攻撃を受け切っていた。
「……やるな」
「それはどうも」
近い距離で二人は顔を見合わせる。
「けど、これでおわり……」
「終わるもんですか!」
アストールは剣の刃を滑らせて、力の掛かる方向を緩やかに変えていく。
気が付けば傭兵の剣はアストールの剣と胴体を、すり抜けるようにして空振っていた。傍から見ると正にそうとしか説明ができなかった。
実際はゆったりと身をひねったアストールは剣の刃が振れる前に、なだらかに回避行動をとっていた。呆気に取られた男の手が、アストールの目の前に来て、彼女は思い切り腕に木剣を叩きこんでいた。
男の悲痛な叫びが木霊し、地面に木剣が落ちる。悲鳴を上げた傭兵の首に思い切り木剣を打ち込み、傭兵は声を止めて倒れていた。