思わぬ襲撃 5
夜が明けて森の中で薄っすらと朝靄が見え出す。
エメリナは漆黒の闇に覆われた森の中を、追手から逃れるために気力のみで歩き続けていた。
(はやくギード近衛騎士長と合流しないと……)
エメリナは焦燥感を感じつつ、ようやく本道へと辿り着いていた。
あの状況では、とてもではないがアストール達が無事でいるとは思えない。
それゆえにエメリナはあの地に戻りたいという矛盾を含んだ感情に襲われる。
(私が戻ってもどうにかなるもんじゃない……)
ここに来るまでに何度となく葛藤してきた感情を、再び彼女は抑え込んでいた。
逸早くアストールを助け出したい。ただ、その思いだけでここまで来たのだ。
メアリーは大きな道へと出て、フェールムントに帰るための道へと戻っていた。
ここから更に数刻進めば、フェールムントへと帰ってしまうだろう。
だからこそ、ギード達近衛騎士隊と合流すまでに時間はかからなかった。
メアリーが足を進めていると、すぐに疲労困憊の兵士たちが行軍している姿が目に入る。
(やった。味方だ……。援軍が呼べる!)
メアリーはそれを見て居ても立っても居られずに、すぐにその場を駆けだしていた。
本来なら気力と体力を使い果たしているような状態だ。
メアリーの強い意志がへとへとな体に鞭を打って足を動かす。
そんなメアリーを行軍する兵士が驚きの表情で迎え入ていた。
「おい! あれって、先行したエスティナ殿の従者じゃなのいか?」
メアリーを見た近衛騎士が大きな声で言うと、彼女は大きく手を振っていた。
「緊急事態なの! 誰か! ギード近衛騎士長を呼んで!」
大声で叫ぶメアリーを見た近衛騎士は、ただ事ではないと感知してその場から急ぎ駆けだす。
メアリーが息を切らし、近衛騎士と合流すると、それからほどなくして、近衛騎士の責任者であるギードと傭兵隊長のイアンが現れていた。
憔悴しているメアリーの前に二人は驚嘆する。
「本当にエスティナ殿の従者のメアリー殿ではないか」
ギードがメアリーを見て発した第一声がそれだった。
憔悴して座っていたメアリーは、ギードを前に力を振り絞って立ち上がっていた。
「して、どうしたのだ? 何があったというのだ?」
近衛騎士長のギードがメアリーに聞くと、彼女は息を一度大きく吸ってから答える。
「ノーラ王女殿下が、リオネル達の傭兵団に誘拐されました」
「それはまことか!?」
ギードが驚いて返すと、メアリーは涙目で語る。
「ゴラム従騎士長は戦死、他にも奇襲を受けて王族従騎士隊は全滅です……。エスティナだってどうなってるか……わからないです」
彼女が愛してやまないアストールは、今どうなっているのか。
想像もつかない。
いくらアストールの命令とは言え、自分があの場で唯一この役割を果たせたとしても、彼女の元を離れたくなかった。ここに来るまでに何度も、胸が張り裂けるような想いをしたか数えきれない。
メアリーの報告を聞いたギードは絶句する。
まさか、リオネルが裏切ってノーラを誘拐するなど想像もしていなかったのだ。
この失態を前にして、ギードはそれでもすぐに気持ちを切り替える。
そんな彼を前にメアリーはまくし立てるように言う。
「ギード近衛騎士長、すぐに! すぐに! リオネルを追いましょう! ノーラ王女殿下を助けに行かなくてはなりません!」
ギードはメアリーが焦っているのに気づいて、彼女を宥めていた。
「わかった。すぐに向かうとしよう。でも、我々はフェールムントの反乱も鎮圧せねばならんのだ」
「今はノーラ王女殿下の救出が優先です! このままだと、本当にあいつらを見失います!」
メアリーの言葉にギードは少しだけ考え込む。
彼女の言っている事は、至極当然のことであり、反乱鎮圧よりもノーラ救出は優先すべき事だ。
だが、反乱をそのまま放置しておくわけにもいかない。
逡巡した後、ギードは隣に控えていたイアンを見る。
「イアン殿、50名の部下をギベンとシャレム、ノードラン、カラムの四都市に向かわせて、フェールムント反乱の知らせを送ってくれないか?」
ギードはイアンに対してそう伝令を頼む。
反乱がおきた以上は、このヴァンダーファルケ傭兵団も完全には信用できない。
ギードは反乱に次ぐ反乱を前に、それでも冷静に決断していた。
彼はこの西方の地で今まで戦った事があるからこそ、冷静な判断力を培うことができた。
イアンはその意図に気づいてはいるものの、この状況になれば仕方がないと内心諦める。
イアンは伝令にしては兵数が大げさすぎることに気づいており、ギードがさりげなく傭兵の戦力を削っておき、さらなる反乱を起こさせないようにする対策を取っている事に気づいていた。
それがこの伝令の狙いでもあった。
ギードの狙いを知った上で、イアンはそれでも快く返事をしていた。
「は! 承知しました。ノーラ殿下の誘拐の件は?」
「士気にかかわる故、他言無用にてお願いする。最前線のギベンの部隊に国境封鎖を命じても間に合うまい。この件は何としても我々で解決する。イアン殿、残りの100名弱を率いて、我々と来てはくれないか?」
「は! 勿論です!」
「協力感謝する。イアン殿には切込みをお願いするが、よいか?」
「ええ! 手慣れておりますので! お任せください」
ギードはそう言って、イアン達に先陣を切らせる事を告げていた。
彼らに殿を任せて、万が一にでも反乱を起こされれば、それこそ、事態の収拾はつかなくなる。
だからと言って、現時点の戦力で傭兵全員がいなくなるのは手痛い。
何よりも相手はあの実力高いガーム戦士団なのだ。
正規軍とは言え、彼らを制圧するには今の正規兵の戦力だけでは心許無いのが正直な所だ。
「と言うわけだ、すぐにでも追撃にかかるぞ」
ギードは野営して休んでいる兵士達を叩き起こしに行っていた。
メアリーはギードが優秀な指揮官であることに、心底安堵していた。
彼が総指揮を執るなら、必ずやノーラを、アストールを助けてくれる。
そう思えたのだ。
メアリーはすぐにイアン達の元を離れて、野営地を駆けまわる。
そして、すぐにコズバーンとエメリナを見つけていた。
コズバーンは地面にヴァルバロッサの柄を突き立てて、柄に背中を預けて座っている。
エメリナはそんなコズバーンの足にもたれかかっていた。
「あ、メアリーじゃん」
エメリナはメアリーを見かけて、声をかけていた。
「エメリナ! コズ! 起きて! エスティナを助けに行くよ!」
メアリーの言葉をきいて、エスティナがまた捕まったことに、二人は驚いていた。
「我が主はよく捕まるのぅ」
コズバーンは顎をなでながら、メアリーをみる。
エメリナはそんなコズバーンに軽口をたたく。
「はいはい、そんな冗談はいいから、行こう! 傭兵に捕まってるなら、もしかしら乱暴だってされるかもしれないでしょ」
エメリナは現実を直視していた。
ただでさえ血の気の多いガーム戦士団だ。女性がいれば性のはけ口に使われるのは必然だろう。
だが、メアリーはそこまで悲観はしていない。
「縁起でもないこといわないでよ!」
「事実でしょ。相手はあのガーム戦士団だし」
エメリナの言葉にメアリーは、気が立っているのかすぐに言い返す。
メアリーはそこで持論を展開する。
「多分、大丈夫なはず……」
「なぜそう言えるの?」
「私が逃げたから……。多分あいつら私達から逃げるためにずっと逃げるはず」
ガーム戦士団のリオネルは聡明な傭兵であり、メアリーが逃げた事を知れば確実に逃走を続けて距離を稼ぐだろう。メアリーはその一縷の望みにかけていた。
「絶対に助けだす……」
メアリーはそう呟くと、エメリナとコズバーンに早々に準備を整えるよう促すのだった。