思わぬ襲撃 2
「リオネエエル!!」
ゴラムは叫びながら素早く動いて、素手で横にいた戦士を殴りつけて吹き飛ばす。
そして、後ろから迫る戦士が剣を振り下ろすのを感知して、身を捻って避けると切りかかってきた戦士を蹴倒して剣を奪う。そして、次々に襲い来る戦士達を一人、また一人と斬りつけて倒す。
鬼人の如き戦いぶりに、リオネルは剣を抜いて後ろに下がっていた。
しかし、ゴラムはそのリオネルを逃がすまいと、一気に近寄ってくる。
リオネルはそれに対して冷静に対処する。
ゴラムの上段から振り下ろされる剣劇を、払いのけて更に後ろに下がる。
ゴラムとリオネルは相対して立つ。
冷や汗をかいたのはリオネルだった。
(今の一撃、相当なもんだ。いなしたはずなのに、手に痺れが走りやがる)
ゴラムとリオネルを囲う様にして、ガーム戦士団の兵士達が展開する。
しかし、不用意に戦士団の兵士達は近寄らない。
ゴラムの戦いを見て、相当な手練れであることをすぐに察知したのだ。
「リオネル、お前の兵士は優秀だな」
ゴラムは真剣な表情のまま、リオネルに話しかけていた。
「そりゃあ、どーも。まさか、あんたがあの一撃を避けるなんて思いもしなかったよ」
リオネルは笑顔を浮かべるものの、けしてその表情に余裕はない。
対峙して改めてわかるのだ。
ゴラムの強烈な強さが、その体からオーラのように発せられている。
少しでもゴラムから目を離せば、すぐに切りかかってくるだろう。
だが、その均衡も長くは続かない。
ゴラムの後ろにオルマが槍隊を引き連れてきていたのだ。
(流石は俺の副官だ)
リオネルは少しだけ気持ち的な余裕を持つ。
彼がしたいと思っていたことを、指示しなくともオルマが行動でサポートしてくれていたのだ。
リオネルは駆け寄ってゴラムと剣を交える。
何度も剣を浴びせていき、ゴラムは防戦一方となっていた。
しかし、ゴラムは一瞬の隙をついて大ぶりな横の一閃を放ち、リオネルは後ろに飛びのいていた。
リオネルは態勢を立て直しながら、ゴラムからは一切目線を離さない。
だが、既にこの時リオネルの策は完成していた。
「ゴラム殿、貴方と戦えたこと、光栄でした」
リオネルが後ろに下がると同時に、彼の前に槍を持った兵士が現れる。
ゴラムの周りは既に、槍を持った兵士達が包囲していたのだ。
「ゴラム!」
ノーラが心配そうに叫ぶと、ゴラムはここが死地と覚悟したのか、笑みを浮かべる。
「皆の者! 王族従騎士の誇りにかけて、ノーラ様をお守りしろ!」
ゴラムの叫び声を前に、王族従騎士達の表情が引き締まる。
そのやり取りを見たリオネルは歯噛みする。
(まずいな。この流れは良くない)
王族従騎士達が完全に覚悟を決めてしまったのだ。だが、まだこの状況を打開する方法はある。
それはリオネルにとって、あまりとりたくない方法であるが、こうなった以上は仕方ない。
「はいはい。お芝居はここまでだ。槍で絡めとれ!」
リオネルは剣をしまって手を叩きながらそう言うと、同時に包囲している兵士の槍が一斉に、全周からゴラムに突き立てられる。正面の何本かは切り結んで何とかしたものの、横と背中から体を貫かれて、ゴラムは膝をついていた。
槍を抜かれて、息絶え絶えのゴラムを前に、リオネルが静かに近寄ってくる。
リオネルは剣を抜くと、ゴラムに対して冷酷なまでに無表情で言葉を発する。
「無様ですな、ゴラム従騎士長殿! あんたの死は何の意味も持たない。私の様な、はした金で動く傭兵如きに殺されることは不名誉この上ないですな」
リオネルはそう言って剣を上段から振り下ろし、ゴラムの首を落として介錯していた。
ゴラムには最後の一言を敢えて喋らせなかった。
転がるゴラムの首を見て、ノーラが悲鳴を上げる。
「いやああああああ!!!! 貴様ああああ! 貴様あああ!!」
ノーラはそう言ってリオネルの方へと飛び出そうとする。それをナルエとイレーナが抑えていた。
王族従騎士は壮絶な戦死を遂げたゴラムを見て、全員が激昂して突撃しだす。
それによって円形の陣地が崩れていた。
アストールはそれを見て、リオネルがなぜゴラムを侮辱しながら殺したのかを理解した。
屈強な王族従騎士の円形陣を崩すための、演出だったのだ。
それを理解して、アストールはリオネルを心底恐怖した。
(あの男はまじでやばい)
「メアリー! 王族従騎士に続いて、突破して!」
アストールは瞬時にそう判断して、メアリーもまたそれに答えていた。
彼女は馬を降りて、ノーラ達の前に行く。
「三人とも私に続いてください!」
アストールは馬から盾を取ると、三人の前で盾を構えていた。そして、突撃を始めた王族従騎士の後ろについていた。
流石は王族従騎士で、激高した彼らは目の前のリオネル兵を蹴散らしていた。
だが、それも側面を突かれて次々と各個に撃破されだす。
メアリーは馬を駆けらせて、わずかに包囲が崩れた間隙を突いて、夜の闇の中を駆け抜けていた。
リオネル兵の騎兵も何騎かが、すぐにそのあとを追っていた。
アストールは王族従騎士が開いた道を、ノーラ達三人を引き連れて駆け出す。
包囲を何とか突破はしたものの、後ろにはリオネル兵が迫ってきている。
幸いなことに王族従騎士の生き残りが2人が殿に付いてきており、ノーラ達の背中を守る。
「ノーラ殿下! 追いつかれます! お先にお逃げください! ここは我々二人で食い止めます!」
王族従騎士が笑顔でノーラに言う。
彼らは死を覚悟していた。
それでいて笑顔を見せる余裕は、王族のノーラを気遣っての事だ。
「し、しかし!」
「ノーラ様! 行きますよ!」
イレーナはノーラの手を引いて走り出していた。
後方ではリオネル兵の波にのまれる二人の絶叫がこだまする。
だが、二人の犠牲は、結局無駄となる。
アストールが急に足を止めていたのだ。
「な、なにをなさっているのです!」
イレーナがそう言ってアストールの前を見る。
そこには既に馬で先回りしたリオネル兵が5人、アストール達を待ち構えていたのだ。
「逃がしゃしねえよ」
リオネル兵たちは下品な笑みを張り付けて、四人を見ていた。
「女じゃねえか。け、手を出せねえのは癪だな」
「団長が女は全員無傷で手に入れろって言ってんだ仕方ねえだろ」
5人は口々に言う。
それを聞いたアストールはすぐに手に握っていた剣を捨てていた。
ここで抵抗しても死ぬのは目に見えている。こうなれば、どこかの隙を見てノーラだけでも脱出させるしかない。そう思っての行動だった。
アストールの判断を見たノーラ達三人は、自分たちがこのリオネル兵に捕縛されるのを確信した。
「物わかりの良い嬢ちゃんじゃねえか。ついでにその腰の剣もこっちに寄越しな」
一人のリオネル兵が言うも、アストールはそれを拒否する。
「それはできない。これは私の父の形見だ。抵抗はしないから、せめて、この剣だけは携行させてもらえないか?」
アストールの言葉に嘘偽りはない。
だが、リオネル兵はそれでも納得はできなかった。
「そりゃあ、できねえ相談だ」
「では、この甲冑を脱ぎ捨てる」
アストールはそう言って着こんでいた甲冑をその場に脱ぎ捨てだす。
兜は地面に放り投げ、手甲に脛当て、腰巻、胴当てまで、全ての装甲を取り払う。
「だから、この剣だけは、取り上げないでほしい。この剣は私の命なんだ」
アストールは真剣な表情で5人を見つめる。
「気に食わねえな。こういう生意気な女は」
「俺もだ」
そう言って5人はアストールに近付いていく。
その時だった。
「おーい、お前ら、ご苦労だ。女4人は捕まえたな」
後ろからリオネルが現れており、ノーラはそれを見た瞬間に、アストールが捨てた剣を拾ってとびかかっていた。
「貴様あああ! 貴様がああ!」
だが、リオネルはいとも簡単にノーラの剣劇を受け流していた。
それどころか二、三撃受けた所で、ノーラの剣を弾き飛ばしていた。
「殿下は中々やりますが、私ほどではない」
リオネルはノーラの首元に剣を突き付ける。
ノーラは悔しさで涙を流して、それでもリオネルを睨みつけていた。
そう、それが純粋な憎しみからくる感情である。
「さあて、お遊戯も終わりましたな。殿下、配下は全員排除しました。皆さんは大人しく馬車に戻ってくれませんかね?」
肩でフーフーと息をするノーラを前に、リオネルは表情を一切変えることなく告げていた。
「わかりました。ノーラ殿下、ここは大人しく従いましょう」
イレーナはそう言ってノーラを諭していた。
「エスティナ殿、その剣の携行は認めましょう。ただし、抵抗は絶対にしない事が条件ですがね」
リオネルはそう言ってアストールに顔を向けていた。
アストールは彼の様子からして、確実に自分が戦力外であるとみなされている事に気付く。
女騎士が剣を持とうと、脅威ではないと言われたのと同義だった。
だが、アストールはその屈辱を敢えて受け止めていた。
「ありがとうございます」
何よりも、ノーラ達を人質に取られた状態で、抵抗などできない。
それを見越しての、リオネルなりの気遣いだったのだろう。
「団長。いいんですかい?」
「いいのいいの。その女、どうせ人と戦うのは慣れてないからな」
傭兵の問いかけに対して、リオネルは余裕綽々に答えていた。
「あ、そう言えば、もう一人逃げたな。あの女はどうなったんだ?」
リオネルはメアリーが逃げて行ったのを思い出して傭兵達に聞いていた。
「まだ、捕まえてはないみたいですが……」
「ま、何とか捕まえてくるか……。とにかく先を急ぐぞ!」
リオネルはそう言ってアストール達を引き連れて馬車に戻るのだった。