フェールムント騒乱 2
固く閉ざされた城門の扉は、堀に懸っていた掛け橋が上げられて、完全に覆い隠されていた。完全に閉ざされたフェールムント城への道。その前には今か今かと攻撃の命令を待っている民兵と傭兵が集まってきていた。
「各所にいた王国正規兵の警備隊は殲滅。現在抵抗を続けているのは西門のみです。各所の門をまかされた守備隊は我々に合流しています。流石に正規兵の固まった西門は強い。民兵では歯が立ちません。苦戦を強いられております」
集結し始めた軍団の後方で、フェールムント解放軍の指揮官が部下より報告を受けていた。既に城外での戦闘は落ち着きを見せ始めている。逃げ出した敵兵も追撃の傭兵を出しているため、一兵たりともフェールムントより出ていく王国軍兵士はいない。
「あとは軍団が到着するのを待つだけだな」
指揮官は未だ民兵との合同軍団が完全に城を包囲していないことを危惧しつつ、余裕を持った態度で戦いに臨もうとしていた。
「ノーラを捕まえ、積年の恨み、思う存分に晴らさせて貰う」
指揮官は胸に秘めた思いを、フェールムント城に向けていた。かつては自分が警備していた城を、逆に城攻めすることになるなど想像もしなかった。
「皮肉なものだな」
自嘲気味に笑う指揮官は、闇夜に包まれた城を見ていた。
その時だった。急に正面の掛け橋が降り始め、ゆっくりと扉の姿が露わになっていく。
「ん、誰か潜入に成功したのか?」
指揮官は急に開いた城門に、動揺を見せつつ部下に聞いていた。
「まさか、先日の襲撃失敗で、徴用兵はフェールムント城内には一人もいないはずですが……」
フェールムント城内には人員不足を補うため、地元民の徴用兵士がいた。本来はその徴用兵が城の門を制圧して道を開く予定だった。
だが、ノーラ暗殺失敗により、潜入していた徴用兵は早々に全て城外に面する都市の外城壁へと移動させられていた。だが、おかしな事に勝手に城門への道が開いていく。
「まあ、いい。包囲は不十分だが、城門前には予定の数の兵は集まった」
指揮官は大きく手を振り上げると、攻撃開始の合図を出していた。
兵士たちは掛け橋が降りると同時に、掛け橋についている鎖をつるはしで壊していく。その間にも他の兵士達が、一斉に橋に殺到する。この時点で城からの攻撃が一切なかったのが気にかかったが、それでも攻撃を中止することはできない。
そうして扉の前まで来た瞬間に、扉がゆっくりと開いていく。
反乱軍兵士達は想像していた。
この奇襲攻撃に呆気にとられた王国軍の兵士達、背中を向けて城の中に逃げ込む兵士達が扉の前にいることを……。
そうして、城の扉が全て開いた瞬間に、呆気に取られたのは、橋に殺到していた反乱軍兵士達だった。
「よお、元気してたか」
城門前に殺到していた傭兵と民兵の群れ、それを眼前にしたリオネルの一言がこれから起こる地獄を予見させる。
反乱軍の眼前に整然と並ぶ騎兵隊の姿。統一性のない鎧からして傭兵部隊だ。
真っ先に背中を見せたのは、民兵ではなく傭兵だった。
ここらの傭兵でリオネル達の強さを知らない傭兵などいない。ましてや、それが同業なら尚更その強さと恐ろしさは数倍に感じられるだろう。
「野郎ども! 行くぞ!」
リオネルの声が響くとともに、一斉に騎兵隊が駈け出していた。
馬の蹄がけたたましく石畳を叩き始め、眼前の騎兵隊の壁が動き出す。それに反乱軍の兵士たちは、恐慌を引き起こして一挙に統制を失っていた。
馬の蹄の音だけでも充分な威嚇になり、尚の事、騎馬隊の横列が前進しだした威圧感は戦列歩兵とは比にならない恐怖を与える。
恐慌を引き起こした兵士達を、リオネル達は容赦なく蹂躙していた。
目の前に迫る蹄の群れの中に兵士達は巻き込まれていく。
ある者は背を向け、ある者は堀に身を投げ、ある者は後ろからくる味方を押しのけ逃げていく。それら全てをリオネル達は切り刻み、踏み殺し、飲み込んでいく。
「野郎ども! こっから西門まで一気に駆け抜けるぞ!」
リオネルの声に屈強で筋肉質な男達が、一斉に野太い声で雄叫びを上げていた。
ある者は大斧を片手で振り下ろし、民兵の鉄兜ごと頭をカチ割ったりする。またある者は大剣で兵士を一気に2、3人ほどなぎ払う。そんな化物級の猛者ばかりが揃っているのが、リオネルの傭兵隊だ。
たかが寄せ集めの民兵や傭兵の軍団に負けはしない。
あっという間に城門前から敵を一掃すると、迷うことなく城門前を包囲している軍団に突っ込んでいた。反乱軍側は敵が打って出ることなど想像もしていなかったので、馬防柵などの準備はろくにしていなかった。
それが幸いしてか、リオネル達は深く楔を打ち込む形で、包囲していた軍団まで蹴散らしていく。
既に包囲していた傭兵と民兵達は、収拾がつかない程、混乱に陥っていた。
「まずいな……。どうにかして立て直さなければ……」
反乱軍の指揮官はそう言うものの、尋常ならざる強さを見せるリオネルの騎馬隊に対して、何一つ打開策が思いつかない。
「く、くそ! どうにかして、あの騎馬隊を止めるんだ!」
何も思いつかない苛立ちから、指揮官は叫ぶように口走っていた。
「む、無理です! 傭兵と民兵の寄せ集めでは、この混乱の収拾のしようなどありません」
指揮官が大きく溜息をついていると、城門から再び多くの兵士達が走って出てきていた。
「後詰めの部隊まで展開するのか! 奴ら本気で城を守るつもりがあるのか!?」
徒歩の兵士達は走って先程の騎馬軍団に続く。徒歩で先陣を切っているのも勿論リオネル達の兵士だ。その後ろに王国軍とノーラの乗った馬車が続き、更に後方にイアン達の傭兵隊が続いていた。
合計にして大よそ500人弱の兵士達。
統率のとれた軍を前にしては、反乱軍など烏合の衆に過ぎなかった。
今まで守備隊や警備隊の大規模な部隊であっても、せいぜい10~20名程度。城門警備隊ですら200人程の兵力だ。どんなに統制がなく、練度が不足していようと、数の差の前にはどうすることもできない。それを見越しての、包囲戦であった。
しかし、これは相手が籠城してこそ、初めて戦術に効果があるのだ。その全てを裏切られた行動に、指揮官は唖然としていた。
「完全な作戦にならんかったとは……。他の方面にも連絡、すべての部隊を奴らの追撃に回せ!」
指揮官の判断は早かった。持っている兵士で太刀打ちできないとみるや、他の方面で戦っている部隊をリオネル達にぶつけようというのだ。
だが、それが如何程の効果がある物かわからない。
リオネル達の攻撃は止むことを知らず、一人の兵士が2,3人を一気に倒していくことなど珍しくもない。ましてや相手が素人の民兵や、金目的で集まった傭兵ともなればその実力も士気も段違いだ。
よもや赤子を捻るかのごとく、次々と反乱兵は打ち取られていく。
そんなリオネルの兵士達は、戦を愉しんでいるのか顔は野蛮で勇ましい笑みが張り付いていた。
「だ、だめだ……逃げろ! 全員殺されるぞ!」
一人の兵士がそう言って逃亡していく。恐怖を抑えていた兵士も次々とそれに続き、雪崩の如く反乱軍は壊走していた。この時の波乱軍の数、実に1500人が城門前に殺到していたが、その全てが士気を失っていた。
「け、味気ねえ奴らだな。お前ら、密集隊形だ。敵の射手に気をつけろ」
リオネルは道を切り開くと、足を止めて後方部隊を待っていた。
イアン達と王国軍が続いて来るのを確認し、リオネルは再び馬に蹴りを入れていた。
「よし、前進だ! 西門まで駆け抜けるぞ!」
リオネルの声に従い、兵士たちは馬をゆっくりと前進させていた。後続部隊とはつかずはなれずの絶妙な間隔を維持しつつ、事あるごとに路地から出てきた敵兵士達を打ち取っていく。
その隙のない攻撃に、もはや敵軍はなす術もない。
もはや、彼らの道を妨げる障害はない。懸念することと言えば、後方からくる追撃部隊だけだろう。リオネルはしっかりとノーラの乗車した馬車がついてくるのを確認すると、その更に後方に展開しているイアンと王国軍を見据える。
盾で戦列を作り、一切乱れない指揮を振るうイアンの部隊と近衛騎士隊。
追撃してきた敵を盾で受けると、後方に控える槍兵が一斉に盾と盾の僅かな隙間から槍を突き出す。いくら数が多いとはいえ、相手は練度も十分にない寄せ集めの民兵と、連携の取れない傭兵たちだ。
あっさりと背中を斬れると思っていた追撃部隊は、瞬く間に甚大な損害を出していく。
この反乱は確実に成功すると楽観視していた敵は、王国軍とイアンの部隊の練度の高さを度外視していたのだ。
結果、士気を失った前衛反乱兵士たちが撤退し、後ろから来る部隊とかちあい、それが原因で節々で味方同士の斬り合いが始まる始末だ。
「他愛ない。よし、イアン殿の戦列を組み終えた。次、後退だ」
後方に歯抜けの様に一人飛ばしで、目抜き通りに戦列が組まれている。ゴラムが合図を送ると、ラッパ手が後退を知らせるラッパを吹き、兵士たちは秩序正しく、割り当てられた隙間へと走っていく。
その後に敵兵士達も続く。
出遅れた数名が傭兵に殺されていくが、他の兵士たちは次々と後方へと雪崩れ込んでいく。
そうして、粗方避難が完了した瞬間、盾を持っていた兵士たちの後ろから、歯抜けを埋めるようにして、一斉に盾を持った兵士たちが現れる。盾を構えれば、瞬時に戦列が完成する。
その相互援護後退の機動戦術を繰り広げ、最小限の損害で追撃部隊を食い止めていた。
「ほほうー。伊達にここまで戦ってきてないか」
リオネルはその様子を見て感心していた。
純粋にここまで練度の高い王国軍を見たのは、いつぶりかわからない。
西方遠征の末期の頃は、前線に戦いに出るのはもっぱら傭兵部隊だ。損害を出さずに戦力温存しておきたいという西方司令部の思惑が顕著に表れていた。
昔の事を懐かしむように思い出すリオネルの目の前に、最後の鬼門である西門が見えてきていた。