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フェールムント騒乱 1


 けたたましく鳴り響く警笛と、教会の巨大な鐘の音。一斉に鳴り始めた警戒を知らせる鐘の音に、ノーラは目を覚ましていた。


「な。何事だ?」


 ノーラはベッドから起き上がると、窓のカーテンを開けて外を見る。

 城から見える目抜き通りの青い光の列と、その向こうから一斉に上がる炎。

 かなり距離のあるこの城主の寝室からでさえ、燃え盛る炎の勢いがすざましいのがわかる。

 空を真っ赤に染め上げんとする炎を前に、城内の兵士達が慌ただしく動き出していた。


「ノーラ様!」


 イレーナがノックもなしに慌てた様子で入ってくる。


「何事だ!?」

「はい、フェールムントでボヤ騒ぎです!」

「ただのボヤだろう?」


 慌てて入ってきたイレーナを前に、アストールが頭をかきながら現れる。

 背伸びをするアストールを前に、イレーナが険相を変えて怒鳴っていた。


「ただのボヤ騒ぎなら、ここまで慌てません!」


 イレーナの様子を見て、ノーラとアストールもただ事ではない事が起きていることを悟る。


「どういうことだ?」


 ノーラが問い正すと、イレーナは慌てたまま答えていた。


「反乱です! フェールムント住民の大規模な反乱が起きたんです!」

「それは誠か!?」


 ノーラが驚嘆して叫ぶ。


「街の中は民兵とそれにあやかった傭兵の数千名で溢れかえっています! それに加えて現地徴用兵も反乱に加わっているものと思われます!」


 アストールはそれを聞いて、騎士らしからぬ態度で聞き返していた。


「本当に起きたのか……」

「え、ええ! フェールムントの各地区の守備隊からの連絡はなく、城には900名の守備隊兵士しかいません!」

「おいおい、それじゃあ、籠城なんて無理じゃないか!」


 たったの900名で数千以上の敵を相手に、この大きな城で篭城するなど明らかに人員不足だった。前線で使う攻城兵器「攻城火砲」が街の外城壁には置かれていた。それを使用されると、前時代的な設計のこの城壁など、一たまりもなく崩壊してしまうだろう。


 アストールはその場からすぐに駆け出していた。


「ど、どこへいくのだ!?」


 ノーラが不安そうに聞き返すと、アストールは立ち止まってゆっくりと振り返る。


「戦の準備です」


 その眼には明らかに戦意の籠った瞳が輝いて見える。かつて、ノーラは男のアストールからも同じ目を見たことがあり、二人の目がそっくりな事に気づいた。


「エスティナ!」


 ノーラは反射的に彼女かれを呼び止める。ゆっくりと振り向き、アストールはノーラを見据えた。


「なんでしょうか?」

「絶対に死なないでくれ!」


 死をも覚悟したような目つきの彼女かれを見たノーラは、無策な事をして死に急がないかがふと心配になったのだ。事実、アストールには時折、後先考えずに行動する癖がある。

 彼女かれもガリアールの事件時に、それが十分すぎるほど身に染みていた。

 だからこそ、しっかりとした口調で答えていた。


「もちろんです。姫様! 私はゴラム従騎士長と合流します。姫様もすぐに出立できる準備を済ませてください」

「あ、ああ。わかっている」


 ノーラは背を向けて歩み出していたアストールの背中を見送り、なぜか安堵の溜息を吐いていた。


「イレーナよ……」

「はい。なんでしょうか?」

「私達はどうなるのであろうか?」


 不安そうにするノーラを前に、イレーナは嘘でも彼女に言わなくてはならなかった。


「大丈夫です。きっと、ゴラム様がどうにかしてくれます」


 安心させるための気休めの一言。だが、それでもいい。

 彼女を少しでも安心させて、気持ちを落ち着かせられるのなら、事実を言うよりも幾万倍も嘘をついたほうがましだ。

 ノーラはそれを分かってか、少しだけ胸をなでおろす。


「そうであるな。王族従騎士もいるのだ。大丈夫なはずだ」


 ノーラはそう一言だけ放つと、再び窓に歩み寄っていた。外からは次々と火炎が上がり始め、夜の街を焦がし始めていた。まるで、戦争によって燃え盛るフェールムントの復讐心のようにも見える。


「……着替えてから、すぐにスティナ達と合流する」


 ノーラは静かに言うと、すぐにナルエを引き連れて身支度をはじめるのだった。

 イレーナはそれを見送ると、ゴラムがいる騎士達が集まる中央のホールへと向かうのだった。



 フェールムント城の中央にある議場となる広場、そこでは多くの兵士達が行き来していた。

 慌ただしく動き回る兵士達に加えて、装備の整った傭兵もそれについて回っている。


 治安の安定した中央や、武人の多い南や東の地域では決して見られない光景だ。正規軍と傭兵が入り混じって行動をとっているのは、王国では西部方面攻略を行った西方軍くらいのものだろう。

 中央の机には、既にイアンとリオネル、守備隊長のグリドと城の各守備隊の分隊長が集まってきていた。そして、そこに堂々とした足取りで、一人の男が現れていた。


「状況はどうなっているか!!」


 慌てふためく城内に響く、武人の重たい声、それにより、一層と兵士達の顔色が引き締まる。

 銀色の甲冑で完全武装で現れたその男の名は、ゴラム・ガランド。

 王族従騎士であり、今回の親善訪問団の警護責任者だ。

 その武功も然ることながら、部隊の指揮能力、状況把握能力は高い。


「は! 各城門守備隊からの連絡は途絶! 火の手の上がった元に、確認に向かった兵も一切帰還しておらず外の状況は不明です。現在フェールムント城の正門前には徐々に民兵達が集結しつつあります!」


 グリドの報告を聞いてゴラムは静かに頷くと、机の前にいるイアンとリオネル、そして、近衛騎士隊のギードを順に見ていく。


「さて、どうしたものかな」

「ゴラム殿、遅いですぞ」


 苦言をていするイアンに、ゴラムは豪快な笑みを浮かべて答えていた。


「いやー。スマンスマン。城壁から外を見回すのが大変でな」

「して、今回の戦、どう防衛いたすのですかな?」


 グリドが鋭い目付きで、ゴラムを注視していた。それに対して、ゴラムは笑みを浮かべてたまま答えていた。


「難しい注文だな。確かに城の守備隊のみで守るにはちと厳しいものがあるな」


 ゴラムはそう言って悩まし気に城の見取り図を見ていた。


「守備兵力は1500名です。少々心許無いですが、守るのには十分かと」


 グリドがそう言うも、ゴラムは一層眉根を顰めていた。


「そうなのだがな。我々王族従騎士隊は、近衛騎士隊100を残して、傭兵団を引き連れて西門よりノーラ様と脱出を試みる」


 ゴラムの言葉を聞いたグリドは目を丸くしてゴラムを見ていた。

 ゴラムはてっきりここに留まって共に戦ってくれると思っていたのだ。

 何よりもノーラを脱出させるのは、民兵の反乱に対して、何も出来ずに逃げ帰るも同義だ。それが何を意味するかというと、他の都市でも同様な反乱を起こさせることになる可能性があるということ。だからこそ、城に留まり、拠点として防衛しなければならない。

 グリドはそう考えていた。

 だが、ゴラムは違っていた。


「今、なんと、申されたのですか?」


 グリドが瞬きしながら、ゴラムに聞き返していた。


「だから、言っておるであろう! ノーラ様をここから脱出させると」

「な、何を考えているのですか? 我々が反乱を抑えられなければ、他都市でも反乱を誘発しかねいないのですぞ?」


 慌てて反論するグリドを前に、ゴラムは気にかけることさえせずに言っていた。


「だから、どうした。来るかどうかもわからん援軍をひたすら待ち続けるのか?」


 ゴラムの尤もな物言いに、グリドは黙り込んでいた。

 残念ながら街に出て警邏していた兵士は全滅しているだろう。状況からして、現地徴用兵のすべてがこの反乱に加わっているとみていい。

 外城壁の方では西側の兵士のみが正規兵だ。

 既に反乱軍兵士と交戦しているだろう。

 西側の兵士が伝令を出したとして、援軍が来るのは早くても、2週間はかかるだろう。


 その間にこのフェールムント城を、倍以上はある敵から籠城して守りきれるかどうかはわからない。だが、それでもグリドにはフェールムント(ここ)に留まらなければいけない理由があった。


「し、しかしですな! ゴラム殿、ここは前線の補給基地でもあります。今、ここが落ちれば、前線への補給が著しく滞ります。ましてや、最前線に最も近い都市です!もし、前線に敵が攻めでもしてきたら……」


 そこまで言ったグリドを前に、ゴラムは彼の前に手を持っていき征する


「分かっている。だがな、それ以上に我々は守らねばならぬお方がおるのだ」


 静かに言うゴラムを前に、グリドもようやく最重要の防衛目標を思い出していた。


「そ、そうでしたね。反乱が起きている時こそ冷静に状況を見極めねばなりませんな」


 この国の王族、姫君であるノーラを、こんな危険な城に留まらせるわけには行かない。

 グリドも冷静になって、状況を再確認するとゴラムに向き直っていた。彼もそれに答えていた。


「今なら、中央の通りを突破することも可能であろう。さっき城の周囲を確認してきたが、既にこの城の東側では賊軍と守備隊が戦闘を開始している。とはいえ、城周辺には散発的にだが、集団が集まりつつある状況にすぎん。今なら傭兵と我が従騎士隊の力を持ってすれば、このフェールムントを脱出することも可能だ。何よりも、西側の守備隊は正規軍のはずだ。まだ、あそこは陥落していない」


 ゴラムの言葉を聞いて、その場にいた全員が初めて彼の遅刻の理由に気づいた。

 防衛が可能ならば籠城、それが不可能なら一早くこのフェールムントからの脱出。それを即座に判断するために、彼は反乱が起きた当初から、城壁外周を回って状況を確認していたのだ。


 そうして出した答えが、フェールムントの脱出だった。


「面白いこというじゃねえか爺さん」


 笑みを浮かべたリオネルが、顎に手を当てて笑みを浮かべていた。


「こ、コラ! ゴラム候は王族従騎士長だぞ。言葉遣いには気をつけろ」


 グリドが叱りつけるが、リオネルは笑みを浮かべたままだ。

 彼は守備隊長を歯牙にもかけず、ゴラムを見つめて言う。


「俺達は傭兵だ。そんなの関係ねえ。それよりも、その突撃隊。俺たちに任せてくれねーかな?」


 野蛮な笑みを浮かべるリオネルを見て、ゴラムは確信する。


(この男、ただの戦闘狂じゃないな)


 笑みこそ浮かべど、その鋭い目だけは笑っていない。危険な香りを漂わせるリオネルに、ゴラムは味方でありながらも警戒せずには居られなかった。


「リオネル! お前はいつもそうやって前に出たがる! ここは俺の突撃隊を前に出すから、お前たちは殿軍しんがりをしろ」


 そう言って出たのは、イアンだった。

 年頃は20代半ば、美形の顔にウェーブのかかった銀髪が、神秘さと奥ゆかしさを感じさせる。

 だが、その反面、いささか怒声をあげても迫力にはかける。

 リオネルはそれに全く動じなかった。


「イアン。俺の部隊の突貫力、知ってんだろ。民兵やそこらの傭兵には、まず負けやしねえ」

「だが、お前たちは……」


 リオネルは笑みを浮かべたままゴラムを見ていた。


「うむ。貴様がそこまで自信を持っているのなら、先陣を任せよう」


 ゴラムがリオネルを見て即座に判断すると、彼を突撃部隊に任命する。彼は満面の笑みを浮かべ敬礼して見せる。そんなリオネルを見て、イアンも渋々答えていた。


「ゴラム王族従騎士殿の決定だ……。リオネル、死ぬなよ」


 イアンの答えを聞いたリオネルは満足そうに伸びをしてみせる。


「心配するな! そうと決まれば準備、準備だ。久々に体を動かすか」


 リオネルは肩を回しながら笑顔でその場を立ち去っていく。


「さて、グリド殿、貴公にはこのフェールムント城を守ってもらわねばならない。そのための強力な助っ人を授ける。エスティナ・アストール近衛騎士代行の従者である魔術師のジュナル殿、そして、神官のレニ殿、この二名と近衛騎士100名、イレーナ殿を除く文官達をこの城に残していきます」


 ゴラムの言葉を聞いたグリドは覚悟を決めていた。

 1000名でこの城を守るのだ。本来ならこの倍は守備兵が欲しいところだが、贅沢は言ってはいられない。グリドも反乱が起きた時のことは、ある程度想定していたのだ。


「わかりました。ゴラム殿、我々は援軍が来ることを信じて、この城で待ちます」

「ああ、約束しよう。1週間でフェールムントの鎮圧軍を引き連れて戻ってくる」


 ゴラムはグリドに真剣な眼差しを向けて答えていた。


「ゴラム殿、ご武運を!」

「グリド殿も奮戦頼み申しました」


 二人はそう誓い合って、握手を交わすのだった。

 こうして予め用意していた脱出方法での突撃を、ゴラム達は実行するのだった。


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