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兆候 1

 アブロはフェールムントにノーラが入ったことを確認していた。

 東側城壁の上を歩きながら、街の中に目を向ける。彼が愛した女性が住んでいた街の一角だ。

 かつては活気があり、街の中を多くの人が生活を営んでいた。


 アブロが西方同盟の兵士としてここに来たばかりの時は、どこにでも見られる平和な光景が広がっていた。


 街には人々が溢れかえり、西方同盟の軍を大歓迎した。

 西方同盟を象徴する十字架と獅子が描かれた紅い旗が、街のそこかしこにはためいていて、アブロはその光景に目を奪われていた。


 それがこの街における危機感の裏返しであることに気が付いて、アブロは複雑な気持ちを持った。

 東から迫りくる軍勢が、この街を飲み込もうとしている。

 だからこそ、自分はここに来たのだ。だが、決戦の日は中々来ず、アブロは駐屯中に、今いる城壁から見える平屋の娘と恋仲になっていた。


 戦争の最中にある平和な一時、アブロはフェールムントの街を堪能して、この街を守りたいという気持ちが一層に強くなった。


 祖国から遠く離れたこの街で、アブロはここを自分の第二の故郷とする事を誓ったのだ。

 そして、ここの市民となるために、西方同盟を抜けて、フェールムントの兵士に志願した。

 その結果、守備兵として今いる城門に配置され、尚且つ、未だにここの守備を任されているのは皮肉以外のなにものでもない。


「街も戦友も女も守れなかった俺が……」


 とある一角の空き地に目を向ける。

 そこには小さな平屋があり、彼の幸せがあった場所だ。

 あの傭兵たちの暴走に飲まれ、彼女は犯されて殺された。

 それだけではない。


 降伏した城兵は傭兵たちに危害を加えられて、死傷者も出たのだ。

 アブロはフェールムントでの異変に気が付いた時、部下を武装させて傭兵たちの魔の手から、多くの市民を救って見せた。


 それが例え、不法な戦闘行為であったとしても、傭兵はそれ以上の悪行を行った。

 そして、他人を守る為、この街を守る為の戦いを続けた。

 であるのに、恋人を守る事が叶わなかった。


 彼女はいつものように市場に買い出しに出ている時に、傭兵たちから狼藉を受けたのだ。、

 守備位置にいたアブロは、彼女を救うために駆けつけられなかった。


「何が絶対に君を守るだ……」


 アブロは一人呟きながら、城壁に片足をついてフェールムント城に目を向ける。


「ノコノコ親善訪問だって、ここに入ってきたことを、あの世で後悔するんだな……」


 憎しみの視線を向け、フェールムント城に対して言葉を投げ掛ける。

 朝焼けがアブロの背中を照らして、フェールムントの新たな夜明けが訪れていた。



 フェールムント城内にも徴用兵は少なからずいる。王国に対する忠誠と、優れた技能を持ち合わせた優秀な徴用兵は、フェールムント城への配備を許されていた。

 だが、そんな兵士は、フェールムント城内の兵士の内、全体からすればそれは一割にも満たない数だ。


 若き青年兵士のシェリオスは、そんな優秀な徴用兵の一人だ。

 剣技を磨き上げ、表面上は王国に忠誠も誓った。

 それも全ては母と妹のためだ。


 王国軍兵士になり、フェールムント城へ入れば、普通の徴用兵よりも給金は2倍近くになる。

 それだけの金があれば、絶望で脱け殻となった母と、塞ぎ混んで家からでない妹を養える。

 そう思ってシェリオスはここまで耐えてきた。


 耐えてきたのだが……。


 つい最近、彼の妹が自殺をした。

 原因は傭兵に乱暴され、夫と自分のその子どもを殺されとこと。

 その重い現実に耐えきれず、彼の妹は精神的に止んでいた。

 毎日虚ろな表情で、元気なく家の中で過ごしているだけだった。

 そんな彼女を元気付けるために、シェリオスは月に何度かは家に戻って妹と話をしていた。

 

 ただ、それだけでは彼女の心の傷は癒えることはなかった。

 シェリオスが軍務で忙しく働いていた時に、妹が自殺したのだ。

 母親はそれを笑ってみていたと言う。


 シェリオスはその現場に、この訪問の業務の忙しさで駆けつけることすらできなかった。

 それから、数日ほど休みを貰い、妹を丁寧に葬った。葬式の時も母親は流す涙ことなく、ただ、呆然と立っているだけだった。


 そんな悲劇を迎えたというのに、シェリオスは未だにこのフェールムント城に勤め続けていた。

 今日は朝からノーラが訪問する城壁で、警備を行う予定だ。

 シェリオスはその鍛え上げられた体の内に秘める復讐の炎をたぎらせる。


 だが、その感情はけして外から気取られることはない。

 更衣室でシェリオスは服を着替え、鎖帷子を身に纏い、ヘルメットを着用する。

 そして、腰のベルトを締めて剣をぶら下げる。


「よぉ! シェリオス! 大変な警備もあと少しで終わるな」


 装備を整えていると、横に同僚の正規兵が声をかけてきた。

 急遽決まったノーラの親善訪問で、このフェールムントは戒厳令が敷かれたのだ。

 彼女がいる間は、故郷であるのに、自由に家から出入りすることすら許されない。

 だからこそ、正規兵含めて不満を口にするのだ。


「あぁ、そうだな。全く迷惑するよ」


 シェリオスはそう言って、革手袋を着用する。


「でも、殿下をこの目で見られるのは楽しみだよ」


 シェリオスは不適な笑みを浮かべていた。


「ほほう。フェールムントの人でもノーラ王女を見たいのか?」


 正規兵はふと思った疑問を彼に投げかける。

 それに対してシェリオスは笑顔で答えていた。


「ああ、そりゃあ、一度はこの目で見てみたいさ。俺だって王国に忠誠を誓った身だからね」

「そうか。もしもの事が起こる事はないと思うが、その時はお前も一緒に頼むぜ」


 正規兵はそう言ってシェリオスの肩を叩いていた。

 彼は笑顔を崩すことなく答えていた。


「勿論さ。俺はこのフェールムント出身者の分隊をまとめているんだから」

「さすがは分隊長! 頼りになるぜ」

「任せとけ」


 シェリオスの言葉を聞いた正規兵は、着替えが終わってから外へと出ていく。

 その背中を見送ると、彼は呟いていた。


「ノーラ殿下の命は俺に任せとけ」


 シェリオスは笑顔を消していた。

 彼は更衣室を出ると、外の武器庫へと向かって歩みだしていた。

 城壁での警備を行うために、槍と丸盾を持ち出しに向かうのだ。

 奇しくも晴天が広がっており、兜が彼の表情を陰らせる。

 そこに燃える復讐の炎は、誰にも見られることはなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり、ですよね。 国務大臣の差し金とは言え来た事自体が見通しが甘かったですね
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