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城内査察 4

 イレーナはフェールムント城にある居館の一室で、ゴラムとグリドを呼んでフェールムントでの親善公務をどうするか、改めて話を行っていた。

 公務を行う中でも、最も危険を孕んでいるのは、ノーラの民衆に対する演説である。


「民衆はノーラ殿下を何一つ歓迎していませんね」


 イレーナはそう言ってグリドに目を向けていた。


「殿下の御言葉次第では、その場で暴動がおきかねません」


 グリドはそう言って小さく溜め息をついていた。


「演説は絶望的ですね」


 イレーナはそう言って悩ましげに、目を細めて二人を見る。

 ノーラの演説は成功を約束されている地でやってこそ、その本来の意味を発揮する。

 彼女の演説が成功すれば、西部の地が確たる意志の元、一丸となって王国と共に歩むという意思表示になる。それは西方同盟にとって、とても受け入れがたい行為であり、また、不用意に戦端を開けなくする牽制にもなる。


 だが、この地でもしも暴動が起きれば、それこそ西方同盟の思う壺であり、西部の地が盤石ではないという証明になる。


 だからこそ、是が非でもこの訪問を成功させたいと思っている。

 ノーラの功績の為にも、この訪問の重要性は一層と大きな意味を持っていた。

 だが、そんなイレーナの考えとは相反し、グリドは不服そうな表情を浮かべる。 


「そもそも、このフェールムントを訪問先に選定されること自体、間違っているんです」


 グリドは本心を包む隠すことなく告げていた。


「グリド殿、ノーラ殿下が街を通る際は、戒厳令を敷かれておりましたな?」


 ゴラムが鋭い目付きで彼を見つめると、グリドは深く息を吐いて答える。


「はい、敷いたおりました。民衆を出してしまうと、ごみや石を訪問団に投げつけて居たでしょう」


 深いため息を吐くグリドから、このフェールムントの統治のやりにくさと言うものが垣間見える。

 グリドも余程悩んでいたのは確かだ。

 だが、急遽決まったこの訪問に対応しないという選択肢はなかったのだ。

 イレーナはそれでも疑問に思っていたことを聞いていた。


「グリド殿は本国に現状を報告しなかったのですか?」


 イレーナの言葉にグリドは即答していた。


「普段よりしていましたよ。本国は現状を知っているはずです。それをわかった上で訪問先に選んでいる事に、その意図を図りかねます」


 グリドはそう言って首をふってみせる。

 復興状況が芳しくない現状も本国は把握している。

 例え、グリドが多少の報告忘れがあろうとも、この凄惨な現状を本国が把握していないわけないのだ。


 イレーナは考え込む。

 一体なぜこのフェールムントが訪問先に選ばれたのか。

 ある種作為的な陰謀がどこかで動いているのではないか。

 そう思えて仕方がなかった。

 グリドの言葉にゴラムも一抹の不安を感じていた。


「イレーナ殿、これは少々キナ臭いですな」


 ゴラムの言葉に彼女もまた考えを巡らせる。


「そうですね。我々もある程度の状況は知っていましたが、本国がこの状況を把握していないわけないですものね」


 イレーナはふとルードリヒがこの親善訪問の行先選定した事を思い出す。

 彼とて国務大臣であり、安全性も十分に確認をしていたはず。ましてや、この状態を知った上で選定したなら、それこそノーラを死地に追いやる行為だ。


 一大事が起これば、自分の地位すら危うくなるだろう。

 であるのに、ルードリヒはこの地を選定した。

 その意味をイレーナも図りかねていた。

 だが、もうフェールムントに入ってしまった以上は、公務をしないわけにはいかない。

 イレーナは逡巡すると、真剣な表情でゴラムを見据えていた。


「ゴラム騎士長、何かあれば直ぐにここを出られるように手筈は整えておいてください」

「は! 騎士と傭兵には常に臨戦態勢を整えさせておきます」


 ゴラムは即答していた。

 訪問前に決めていた緊急事態の退避方法、それをいつでも実行できるようにする時が来たのだ。

 ゴラムは内心、この緊急事態の退避は使いたくなかった。

 だが、長年戦場で戦ってきた勘が言っているのだ。


(ここは近いうちに戦場になるかもしれない)


 兆候は十分にある。

 そして、現地入りした時の雰囲気と、グリドの憔悴の仕方から、ゴラムは自然とそう判断していた。

 イレーナはゴラムが訝しい表情で居るのを一瞥すると、グリドに向き直る。


「グリド殿、ノーラ殿下の演説は城門で行う予定にしましょう。明日の城内の復興状況の視察は行います。ですが、城下にはけして出ません。今回の公務、全てをこのフェールムント城内で済ませます」


 イレーナの判断にグリドは納得していた。

 彼女の判断は最も理にかなった選択であるのは、現状を見るに言うまでもない。

 一度不満が爆発した住民感情を、たった千名程度の王国兵で収めることなどできない。

 ましてや街中でそれが起きてしまえば、ノーラの命はおろか、この西部の重要拠点であるフェールムントそのものを失いかねない。


 もしここが落ちれば、最前線に配置されている部隊の補給はできなくなり、瞬く間に西方同盟が攻勢に出てくる可能性がある。

 ノーラを失った上に、西方同盟の反攻が開始されるのが、今回の最悪のシナリオだ。

 イレーナはその最悪の時が訪れない事を祈りながら、グリドと目を合わせていた。


「フェールムント城の警備はお任せください」


 グリドはイレーナと共に公務を遂行することを決意する。


「では、城のどの部分を視察すべきかを私に教えてくれませんか?」


 イレーナの言葉にグリドは静かに答える。


「まずは城内視察するにあたり、損傷のあった街を一望できる北側の城門を回るルートを取りましょう」

「街の現状を把握するには、外城壁を回るのがいいと?」

「はい。街の全容を把握するには打ってつけです。それに、安全面でも城内兵士の殆どが純王国軍兵士で構成されていますし、少数ですが、現地徴用兵でも特に王国に忠誠心を持つ者のみを城内警備に当てています」


 グリドの言葉にイレーナは少しだけ引っかかる。


「徴用兵もこの城内にいるのですか?」

「はい。しかし、厳正な審査の元、この城内警備を担当している者ばかりです」


 グリドの言葉に対して、イレーナは少しでもリスクを下げたく思った。

 現地人をこの城に入れている事自体が、そもそも危機管理能力の低さを思わせたのだ。

 だが、逆を言えば、彼らを引き入れる事で、フェールムント人でも王国に従って軍で働く者も居るという住人そのものへの牽制にもなる。


 それでも、ノーラ訪問時は、そのような政治的駆け引きを無しにして、しっかりと危機管理をしてほしかった。しかし、今更配置換えなどできないだろう。

 イレーナは諦めてグリドに告げていた。


「一応念のため、王族従騎士を中心とした護衛隊を、ノーラ殿下の訪問時には同行させます、よろしいですね?」


 イレーナの問いかけに対して、グリドは渋々頷いて見せていた。


「致し方ありません」


 こうして着々とノーラの訪問に変更が加えられていくのだった。

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