城内査察 3
平原の中にそびえ立つ高い城壁が、異質な雰囲気を放つ。フェールムントの城塞都市の東門より、ノーラ達親善訪問団は入城していた。
街は今までと雰囲気がまるで別物だった。
これまで行った街は復興が進んでいて、民衆達はノーラを心待ちにしていた。
だが、フェールムントの復興状況はそれに比べると格段と遅れていた。
家屋と家屋の間には更地があり、残った建物も焼け焦げていたりする。
住人達は一切おらず、まるでゴーストタウンを連想させた。
しかし、王国軍兵士達は定期的に配置されており、フェールムント城への道のりは安心して進むことができた。
ノーラは窓から街の様子を見る。
空はあいにくの雨模様であり、フェールムントに心底歓迎されていないかのような天候だ。
道から見える家々の窓からは、物珍し気にノーラの乗る馬車を見つめる住人の顔が見えた。
だが、その顔はけして明るいものではない。
むしろ、住人達から向けられる視線には、憎悪の感情すら感じ取られた、
だからこそ、ノーラは覚悟を決める。
ここに居る住人達の心を何とかして鎮めたい。
それが王族としての務めであると思うのだ。
対して、アストールはそんな外の様子を見て、嫌な雰囲気しか感じ取られなかった。
民衆が出てこないことに加えて、ノーラの通る道の両側に定期的にみられる王国の警備兵達、彼らの中にはノーラの馬車を睨みつける者すら見受けられた。
明らかにここはノーラが来て良い状態ではない。
アストールはここでの不穏な空気を肌で感じ取っていた。
そうして進むうちに、フェールムント城前まで来ていた。
フェールムント城は東西南北に跳ね橋が付いており、ノーラの入る東側の跳ね橋のみが、水で満たされた堀の上にかかっている。堀の対岸には城壁があり、その城壁の内側には大きな城が聳え立っている。
フェールムント城は外城壁と隔てて、内側にある内城壁と一体型となった城である。戦闘を主軸に置いた城であり、例え堀を越えて外城壁を越えてきても、更に内側のこの城を落とすのは一筋縄ではいかない。
フェールムント城は正に難攻不落の城として作られている。
そんな城へとノーラ達は足を踏み入れていた。
城の中はかなり広く、大きな中庭にノーラ達一団を収容しても余るほどの広さを持つ。
「ここまでの広さ守る兵力足りるのか……」
アストールはノーラ達と共に馬車から降りると、城壁と城を見上げていた。
この城をたった900名で守備するのは、些か人数が足りないように思えた。
ノーラを出迎えたのはグリド・テルメント守備隊長である。
ノーラを前にして、グリド守備隊長は疲労と緊張からか、彼女を出迎えるのがやっとの状態だった。
「この度は本国よりご足労をお掛けいたしました。御身もお疲れでしょう、フェールムント城の城主寝室までご案内いたします」
フェールムント城は中央に最も高い塔があり、その塔を中心として低い側塔が8つ配置されている。その8つの側塔の間に城壁と居館が一体となり、一つの城を形成している。
グリドはノーラに城の案内をしながら告げていた。
「殿下、今回は城主の寝室にご案内致します」
城主の寝室は中央塔の見張り台の下に位置する所にあり、そこからは街を一望できるようになっている。
フェールムント城の城主は、寝る際も民衆達を見守りたいと思い、本来は物置だった一角を、寝室としてしまったのだ。
とはいえ、そんな歴史ある城の中を歩くも、閑散としていて、もの悲しさを感じた。
軍政下にあると言う事で、現地の文官も最小限に制限されており、この城にはフェールムントの住人もほとんどいないのが現実だ。
「グリドよ」
ノーラは衛兵と共に城内を歩きながら、グリドに声をかける。
「は!」
「先ほどからすれ違うのは兵士ばかり。この城に住人はおらぬのか?」
「はい。先の大戦で城主とその側近一同は戦死しております。それに加え、略奪行為で、この城にいた人々も……」
グリドはそれ以上口にしようとしなかった。
この城でも虐殺と凌辱が行われたことは、容易に想像がついた。
アストールはノーラの横で、グリドの言葉を聞いて暗い表情になる。
「殿下、我々も全力を尽くしましたが……」
グリドは当時の状況を思い出して、胸の内から吐き気が込み上げてくるのを抑える。
泣き叫ぶ貴族の女性達、それを守るフェールムントの残存兵はおらず、なすがままだった。
兵士の武装解除を行った上で、拘束した兵士を殺害する。
そんな、傭兵達を正規軍は止めることができなかった。
グリドはそれに罪悪感を抱いていた。
「傭兵達の蛮行で、ここまで荒廃してしまったと言う事か……」
「はい……」
グリドはノーラに目を伏せて答えていた。
「ここの民達は、我々を心の底から恨んでいるな」
「はい」
「率直に聞きたい。私はここの民達に許しを貰いたい。正式に謝罪すべきだと思っている。王族として、この行いを看過してしまった事、それは我が王家の過ちとして認めると言って良いものか?」
グリドはノーラの質問に歩きながらも必死で考えていた。
今更ここに来て謝罪をしても、フェールムントの民衆は王国をけして赦さないだろう。
見え透いた結果を前に、グリドは正直に答える。
「ノーラ殿下、謝罪はしないよりはした方が心象がマシになる。その程度だと、その胸にお止め下さい」
彼らはノーラが謝罪した所で、絶対に許すことはない。
むしろ、民衆の前に彼女を立たせれば、ゴミや石を投げ、それが暴動にまで発展しかねない危険をはらんでいる。
「殿下、この度の民衆に対する演説は、お取りやめ頂けないですか?」
「なに?」
「御身を守るためです。せめて演説をするなら、城の跳ね橋にある城門より行ってください」
「ふむ。それ程までに危険か……」
「はい」
アストールはその会話を聞いて、目を瞑ってため息を吐く。
下手をすれば、ノーラは殺されかねないと、グリドは言っているのだ。
(やっぱり止めるべきだったんだよ。ここの訪問はさ!)
アストールは内心毒づきながらも、フェールムント城の寝室へとたどり着いていた。
石造りの城のらせん階段を上った所にある寝室には、ベッドが用意されていた。
小さな窓が何個かあるだけで、中は少し窮屈さを感じられる。
王族の寝室と言うのに、監獄のような息苦しさが漂っていた。
魔法の灯りがあるので、それほど暗いというわけではない。
ノーラはその部屋を見て、窓の方へと歩み寄っていく。
窓からはフェールムントの西側が一望でき、ノーラは物憂げに街を見つめていた。
かつてはここに城主がおり、城下の街は大層賑わっていたのが容易に想像がつく。
そこでノーラは王都ヴァイレルを思い出していた。
もしも、自分の住む王都ヴァイレルで、同じ事が起きた時、果たして自分はその災いを許せるだろうか。そんな疑問が浮かんだ時に、ノーラは首を横に振る。
(相手がいくら謝罪しようとも、絶対に許せぬであろうな……)
ノーラはそれが人であると言う事に気付いた。
自分は侵略者の親玉の娘なのだ。
彼らからすれば、殺したい憎悪の象徴だろう。
(それでも、私は彼らを受け入れられるのか?)
ノーラは自問自答を繰り返す。
甘んじて彼らの憎悪を全て受け入れる。それが果たして王族のすべきことか。
是、すべきことではある。
だが、それを自分がやれる度量があるのか。
ノーラはフェールムントに入り、現実を知って、初めて悩みだしていた。
「ノーラ様、今日はこれにて、私はグリド殿と警備の状況を確認してまいります」
一緒に付いてきていたゴラム騎士長は、グリドと共に寝室を後にする。
寝室にはノーラに加えて、ナルエとアストール、イレーナが残っていた。
「エスティナ様。今晩はノーラ殿下の部屋にお泊りいただけませんか?」
イレーナの突然の申し出に、アストールは困惑する。
「ええ!? 私が!?」
「はい。この城にも徴用兵はおります。殿下の安全のために、フェールムントでは寝食を共にしていただきたいのです」
それはアストールに彼女を四六時中警護しろと、イレーナが命令しているものだ。
「……わかりました」
アストールはイレーナの提案を渋々受け入れるのだった。