城内査察 2
フェールムント、そこはかつてヴェステンフローレン王国の第二の都市として栄えた城塞都市だった。東の首都と呼ばれるだけあって、かつては大軍団を有して一帯を支配していた。
だが、ヴェルムンティア王国の西方遠征において、フェールムントの駐留軍は、西方同盟軍と共にガーディス平野の戦いで大敗北を喫してしまい、その殆どが討ち取られ壊滅する事件が起きた。
フェールムント城内に残っていた1000の兵と、敗残軍の内駐留軍は1000名程度が生き残った。共に戦った西方同盟軍は早々にフェールムントより撤退していた。
フェールムントの領主は討ち取られており、残留守備を指揮する貴族は、2000名の寡兵での守備は不可能と判断し、遠征軍が包囲するよりも先に降伏していた。
王国軍はそれまで無血開城した都市には、一切の略奪を行うことはなかった。
その事実を信じた上での、フェールムント側の降伏だった。
それで終われば、どれだけ良かったか。
栄華を誇ったフェールムントは、遠征軍が入ると同時に、これまで手柄をありつけなかった一部の傭兵が略奪を始めたのだ。
その小さな綻びは、王国軍全体に一気に拡大する。
傭兵達は街に雪崩れ込むと、略奪の限りを尽くした。百年かけて作られた美しい街、フェールムントは一瞬にして灰塵となる。
傭兵達は食料、金品、銅像、人を奪い、住民を虐殺と凌辱の限りを尽くしたのだ。
それによってフェールムントの人口が1/3まで減ったとまで言われる。
王国正規軍はその略奪を止めることが出来なかった。
軍の主力が傭兵へと置き換わり、ここで交戦すれば軍団そのものが自壊しかねなかったのだ。
そうして3日3晩続いた略奪により、フェールムントは甚大な被害を被ったのだ。
これがフェールムントで起こった悲劇の一部始終になる。
西方同盟と休戦条約が結ばれて、フェールムントにもようやく平穏が訪れようとしていた。破壊された家屋の撤去が開始され、更地となった場所に新たな家屋が建てられる。
だが、それもポツポツと歯抜けのように新しい建物が建てられているだけだ。
教会の復興はさらに深刻だった。
奪われた像や聖杯は還ってこず、焼かれた教会は一部石の壁を残して、倒されたままだ。
復興は思うように進まないのは、兵士として戦った男達の殆どが戦死していて、略奪で住民の男手が殺されたり奴隷として売られた為に、深刻な人手不足なのだ。
それに拍車をかけたのが、王国軍の現地徴用兵だ。名目上志願制となっているが、実際は街の守備に傭兵だけでは足りず、貴重な男手を半ば強制的に徴用している実態がある。
そうした状況も相まって、余計に街の復興が進まないのだ。
そんな悲劇の街を、一人の王国軍兵士が歩いていた。
彼の名前はアブロ・レギエンヌ。
鋭い目付きで周囲を警戒しながら、腰の剣柄に手をかけていた。
長髪の黒髪より覗く眼光は、周囲を歩く民衆を恐怖させるのに十分だ。
だが、その眼光にも関わらず、露店を開いた老婆が彼を呼び止める。
「アブロさんや、どうだい、菓子パンを焼いてみたんだ。安くするから買ってくれないかい?」
露店の前で足を止めたアブロは、老婆に近付いていた。
「婆さん、商売の許可はとってんのかい?」
「私達の街さね、許可なんていらないだろう」
「まぁ、それはそうなんだがな。俺がこの格好の時は、呼び止めないでくれよ。俺も仕事しなきゃならんくなるだろ」
アブロは後頭部をかきながら、老婆に優しく自分の立場を諭すように伝える。
「そうかい? それなら仕方ないね。菓子パン買ってくれたら、直ぐに立ち退くよ」
「あぁ、わかったよ。ったくよぉ。正規兵に見つかるんじゃねえぞ」
アブロはそう言って小さく焼かれたクッキーを老婆から受け取って金を渡す。
「毎度あり。今度から気を付けるよ」
「あぁ、気を付けてくれ」
アブロはそう言って露店商の老婆の前から歩いて立ち去る。
けして美味しくはない菓子パンだが、こうでもしなければ老婆も生きていけない。
そんな現実を前に、アブロは街の警らを続けていた。王国軍の格好こそすれど、彼は正規の王国軍兵士ではない。
ここ、フェールムントでの徴用兵士でありながら、東側の城門守備を担当する守備隊長であるのだ。
だからこそ、民衆は彼に対してさほど憎悪を向けない。
(さて、ノーラ殿下の訪問も近い……。俺達の復讐を始めるには丁度良い頃合いなのかもな)
アブロはそう思いながら、街の路地に入っていた。比較的被害の少ない場所には、廃墟が残っている。街の廃屋が立ち並び、廃屋と廃屋の間の道は薄暗い。
アブロはその廃墟の一軒に足を踏み入れる。
廃屋内には家具がそのまま残されており、埃を被った机やいすがある。
その周りには、9名の男性が佇んでいた。
4人はアブロを見るなり、歓迎していた。
「やはり、来てくれると信じていた」
アブロを歓迎する青年は、彼と抱擁をかわす。
「折角巡ってきたチャンスだ。俺達が復讐を果たすための機会を神が与えてくれたんだよ」
アブロはそう返した後、そこに集まった男達に目を向ける。
軍服の者が5名、私服の者が4名、各々が既に覚悟を決めているのか、鋭い目付きでアブロを見つめていた。
「それでお前達、最後に確認しておきたいことがある。今回の計画、同盟の協力は絶望的だ。例え成功したとしても、俺達はその後王国軍と一戦交えて全員が命を落とす事になるだろう。それでも、やると言うのだな?」
アブロが告げると、そこに集まった男達は据わった目で彼を見つめる。
「今更生きて何になるもんか……。俺達はただ奪われ続けてきた。その上あいつらは親善訪問と厚かましく接してきやがる。そんな事、許せるものか。俺達はこの命を燃やし尽くしてでも、王国からあの至宝の輝きを奪う。それが叶うならフェールムントの民は喜んで命を差し出す」
アブロは彼らの固い決意を前に、唾を呑み込んで覚悟を決める。
「わかった。これは俺達の総意だ。その確認ができたならいい。後悔なく俺もお前達と一緒にこの命を散らそう」
アブロはそう言って全員に続けていた。
「王国の至宝、ノーラ王女、それを王国から奪い処刑する! 手筈は以前と変わりない。フェールムント城に王女がいるかいないかの違いだけだ。みな覚悟してかかれ」
アブロの言葉を聞いた一同は、剣を抜いて掲げる。
フェールムントの薄暗い廃墟の中、反乱の火の手が燻り出すだしていた。




