城内査察 1
シャレムでの演説も無事終わり、翌々日にアストール達は遂にフェールムントへ出発していた。
最前衛にはヴァンダーファルケの傭兵団200名が務めている。
彼らは王族に雇われてもなんら遜色ない甲冑で身を包んでおり、一般兵卒も王国軍に引けを取らない装備を付けている。
先頭をイアンが進んでおり、平原の中を真っすぐ続く道を、親善訪問団が列をなしていた。
王国正規兵に守られた一団の最後尾に、ガーム戦士団の300名が続いていた。
彼らは身なりもさることながら、大柄な男たちが多く所属しており、一様にして暴力をこよなく愛する傭兵団である。それが泣く子も黙るガーム傭兵団。
斧や大剣、鉄の棍棒、メイスなどを持っており、ヘルメットから見えるぎらついた戦士たちの目は、他の傭兵団とはまた違った恐ろしさを持っている。
西方では大きく暴れまわっており、フェールムントでの略奪行為こそ参加しなかったが、敵地での村などでは略奪行為を行っている。また、その勇猛な戦い方と強さを前に、西方同盟の兵士が逃走したという逸話すらある。
リオネルはそんな凶暴な狂戦士達を束ねる長なのだ。
そんな傭兵団に挟まれるようにして、馬車の車列が進んでいた。
アストールはそんな馬車の中、息の詰まるような思いをしていた。
何といっても、あの最後の合議の時、ノーラとイレーナは真っ向からぶつかり合ったのだ。
それ以降、イレーナの機嫌は頗る悪いのが感じ取れた。
怒りを表面にこそ出さないが、明らかにフェールムント行きに不満を募らせているのだ。
何よりも、馬車に乗ってすでに半日、ノーラとイレーナは一言も言葉を交わしていない。
イレーナの隣に座るアストールはナルエと目を合わせる。
彼女とは無言で意思疎通ができるほど、この気まずい空間を長く過ごしていた。
(何か喋ってこの場をなごませろよ)
視線に気づいたナルエは首を横に振っていた。
(む、むりですよ)
無言の気まずい雰囲気が続き、馬車の仲は相変わらず静寂が続いていた。
「ノーラ殿下、お空が綺麗ですわね」
イレーナが唐突に馬車の窓の外を見て、雲一つない青空を仰ぎ見る。
緑生い茂る草原は風に草を揺らされて波打っており、地平線は綺麗に青空を区切っている。
そんな美しい光景を見てもなお、ノーラは一言だけ返す。
「ああ、そうであるな」
それで会話は終わってしまう。
「イレーナよ。そちはまだ怒っておるか?」
珍しくノーラから話しかけると、イレーナは一言だけ返す。
「いいえ、怒ってはいません」
そこで会話は止まってしまう。
お互いに蟠りを持っている事を自覚しているからこそ、会話が続かない。
流石に我慢が出来なくなったアストールは、口を開いていた。
「ノーラ殿下、見てください。あ、あんな所にウサギがいますよ!」
ふと外を見ると草原の中に一匹の野兎が見えた。
一団を物珍し気に見ているのか、草原から顔を出していた。
「あ、本当ですね! なんて可愛らしいのでしょうか!」
ナルエもすかさずアストールの言葉に乗っかり、外の野兎に目を向けた。
そんな兎が突然走り出し、草原を脱兎のごとく走り出す。
次の瞬間には、外からパンという弦を弾く音と共に、野兎に矢が命中していた。
「あ……」
アストールとナルエは言葉を失う。
野兎は矢に射抜かれてその場でもがき苦しんでいる。
外からは歓声とそれを称える拍手が聞こえてくる。
最悪の事態が起きて、アストールとナルエは絶句していた。
一歩間違えれば、イレーナの琴線に触れて、彼女が激怒しかねない事態だ。
だが、そんな中、ノーラが口を開く。
「見事だな」
「ですわね。あの走る兎に当てるのは至難の技です」
「ふむ、あの弓の名手、相当手練れである。気になるな」
「そうですね」
アストールとナルエの心配をよそに、ノーラは自然にイレーナと会話をしていた。
「イレーナよ。今の弓を射たものを確認できるか?」
「は! すぐに」
イレーナは馬車の窓を開けると、外の護衛兵を呼びつける。
「先ほど弓を射たのは何者ですか?」
「は、近衛騎士エスティナ殿の従者、メアリー殿であります」
「その者を呼んで参れ」
「は!」
イレーナの言葉を聞いた衛兵は馬車から離れていく。
アストールはこの時ばかりはメアリーに感謝していた、
何せ、あの気まずい雰囲気を一気にぶち壊して変えてくれたのだ。
対するメアリーはと言うと……。
メアリーは馬の上から弓で狙った獲物を射止め、上機嫌だった。
「さっきの見た!? あの距離の兎に当てるの難しんだよ?」
横にいるエメリナに無邪気にそう言って力説する。
「でも、いくら暇だからって、食べもできない兎を射殺すなんてさ……」
「いやー、狩人としての血が騒いじゃってついね……」
舌を出して片目をつぶるメアリーを前に、エメリナはその行いに呆れかえっている。
そう、野兎を狩っても、この隊列を乱すわけにはいかないので、取りには行けないのだ。
何よりも、この行いは風紀を乱す行為だ。
そんな中、一人の衛兵が馬車の横から離れて、メアリー達に近付いてくる。
「あ、やば! ばれたかな?」
「元々みんな見てるし、何なら、みんなから賞賛と拍手貰ったじゃない」
エメリナは珍しくメアリーに突っ込みを入れていた。
「メアリー殿! 姫がお呼びです!」
衛兵の言葉を聞いたメアリーは苦笑する。
「あ、もしかして、これって怒られるやつ?」
「いってらっしゃい!」
メアリーが不安そうにしているのを見て、エメリナは笑顔で彼女を送り出す。
そして、メアリーはノーラの乗る馬車の横へと馬を走らせていた。
「ノーラ殿下? お呼びでしょうか?」
馬車の横に来たメアリーは外から声をかける。
すると、窓が開いて、ノーラが顔を出していた。
「見事であったな。そなたの弓の腕、あっぱれである」
「は、ありがた幸せです!」
まさか賞賛されるとは思っていなかったメアリーは、ノーラに慇懃に礼をして見せていた。
「どうやったら、あそこまでの腕を磨ける?」
「うーん、どうやったら? しっかりと弓の軌道をイメージして射かけることですかね」
メアリーはそうノーラに告げるも、彼女は今一納得できないでいた。
「ふむ。天武の才と言うやつか」
「いやぁ、それほどのお言葉、もったいないです」
「まあ、よい、また、王国に帰ったら私にもその弓を教えてもらえぬか?」
とんでもない提案をするノーラに、メアリーはたじろぎながら答える。
「身に余る光栄です。私でよければ、お教えいたしますよ」
しかし、その様子を見たイレーナは、ノーラを叱責する。
「殿下、今は親善訪問中ですよ。他の事に気を取られないで下さい」
「分かっておる。帰ってからの楽しみを見つけておきたいのだ」
ノーラはそう言って腕を組んで不機嫌になる。
再び険悪な雰囲気が訪れたことに、アストールとナルエは頭を抱えるのだった。