進むべき道 4
晩餐会も無事に終わり、シャレムでの行事も演説を残すのみとなった。
だが、その晩餐会の後、すぐに緊急の合議が開かれていた。
今回の合議にはノーラも参加しており、その物々しさに参加者一同が緊張していた。
「イレーナよ。皆晩餐会と一日の行事で疲労している。それでいてこの合議を開く事、それほどまでに急を要することか?」
ノーラは一同の顔色を見ながら言葉を発していた。
各々に仕事をこなしており、その疲労が見て取れるほどだった。
だが、イレーナは顔色一つ変えることなく全員を前に口を開いていた。
「明日の演説は昼以降にいたしますのでご心配なく。殿下が申し上げられましたように、この緊急合議、急を要するものにございます」
ノーラはイレーナを真剣な表情で見つめながら問う。
「して、その要件とは?」
「次の都市フェールムントへの訪問は中止といたす旨を、皆に周知いたしたくこの合議を開きました」
イレーナの言葉を聞いて一同が一斉にざわついていた。
ノーラはそんな中、動揺することなく話を聞き続ける。
イレーナが目配せをすると、ゴラムが立ち上がって声を上げる。
「僭越ながら、私より状況をお知らせいたします。つい一月ほど前ですが、フェールムント内で暴徒100名による王国正規軍の屯所襲撃があり、負傷者が5名出ているという事実を把握しました。守備隊長は死者が出ていないことから、この襲撃に関しては報告を上げていません。また、報告には民衆が我が王国民や王国兵士を襲う事件が頻発しています。この状況から暴徒による王国民を狙った襲撃は日常的に起きていると容易に推察できます。その様な状況下、ノーラ殿下をお入れするわけにはいきません」
ゴラムは端的にフェールムント訪問中止の名目を淡々と告げていた。
守備隊長はおそらく日常的にこの様な襲撃に頭を悩ませており、感覚がすでにおかしくなっている。それは屯所襲撃を普段の襲撃と同列に思うくらいに、疲労していると言う事だ。
その様な守備が疎かなフェールムントで、ノーラの絶対的な安全は確保できない。
一同がその認識を示すほどの情報だった。
だが、そんな中、フェールムント行きを断行すべきだと述べる人物が現れる。
「中止の件、確かに理解はできる……。しかし、私はそれでもフェールムントへ行くべきだと思う」
ノーラが力強く言葉を発していた。
一同がその言葉に耳を疑った。
そして、一斉にノーラを注視する。
「此度の訪問で、私は人と関わり、その想いに触れてきた。皆、この戦争で傷つき、何かを失っている。私は直接人に触れて、話を聞き、王族として決して目を背けてはならない事だと自覚した」
「しかし、姫様。フェールムントの民はダントゥールやシャレムとは違います。殿下がフェールムントに入って向けられる感情は侮蔑と憎悪です」
イレーナは面と向かってノーラに告げる。しかし、王族としての自覚が芽生えたノーラは、一向に引くことはなかった。
「それもまた我が王国が行ってきた蛮行によるもの、私は王族として彼らの気持ちを受け入れなければならないと思っている。これが我が父トルア・ヴェルムンティアによって引き起こされた事実には変わりないのだ。ならばこそ、フェールムントの民衆達の声を聴き、受け入れるのが私の責務と心得ている」
ノーラの生半可ではない覚悟をみたイレーナは、それでも訪問反対の姿勢を崩さなかった。
「ノーラ殿下、失礼ながら申し上げます。フェールムント市民の感情は、ノーラ殿下が想像しているよりも遥かに激しい憎悪を抱いております。それこそ、殿下を八つ裂きにして火刑に処すといった気持ちを持つ者すらおりましょう。その様な民衆達を前に、殿下は死をお覚悟できましょうか?」
イレーナはきつい言葉でノーラに言うと、彼女は少しだけ押し黙る。だが、けして表情は変えることはない。しっかりと彼女の頭で考えて話そうとしているのだ。
「確かに、イレーナの言う通り、私は本当に殺されるかもしれない。そして、ここに居る親善訪問団の者達が犠牲になるやもしれぬ。しかし、それでも、私はフェールムントの民衆に一言でもいい。彼らを憂う言葉を掛けたいのだ。そして、できるならば、私がこの蟠りを少しでも取り除きたい。そう考えているのだ」
イレーナはそのノーラの考えを聞いて尚、引き下がろうとはしない。
「殿下のお考えは理解致しました。王族としての務めを果たしたいという思い、それに胸打たれた臣下もさぞ多いでしょう。しかし、私にはノーラ王女殿下を無事に王国に返すという責務があります。それを果たせない可能性が高いのであれば、強制的にでもフェールムント行きは絶対に中止させていただきます」
イレーナの言葉に対してノーラは静かに怒りを向けていた。
「イレーナよ。私は行くと言っているのだ。例えそこで何が起きようと、私は王族としての覚悟を持ち、訪問をやり遂げる。私の決意を汲んではくれぬか?」
ノーラは一度決めると絶対に引かない。
イレーナはそれを知っている。
何よりも彼女の意思は既に固まっており、絶対に曲がることはないだろう。
その厄介な性格を一番理解しているからこそ、イレーナは奥歯をかみしめながら大きくため息を吐いていた。
「ゴラム王族従騎士長!」
「は!」
「緊急時のプランは練っていただけましたか?」
イレーナの問いかけに、ゴラムは頭を抱えたくなるのを我慢する。
彼女の問いかけは、フェールムントへ行くという証なのだ。
「……はい。斥候には現在の守備状況を逐一報告させております。現状、王国正規兵が守る城門は西側となっています。また、フェールムント本城の兵士の九割は王国現地兵によって守備されており、住民の殆どは城への出入りすら禁止されるほど警備を徹底しております。そうした状況下、万が一ですが反乱が起きた場合考えられるのは、本城へ籠城するか、西側正門強行脱出を優先するかの二つの選択肢しかありません。反乱時の想定は正規兵以外の兵士全てが敵と仮定し、更に民衆が武装した民兵もそこに加わったおおよそ3000~5000名程度の戦力を反乱勢力としています」
ゴラムはそう言って地図を見ながら、全員が分かるように説明を続けていた。
「まず、籠城ですが……。幸いなことにフェールムント城は街中にあるにも関わらず、城全周に水のある堀で囲まれ、更にその内側に城壁を備えた強固な要塞となっております。城の守備兵900名と合わせ、傭兵500、我が騎士団200名の戦力であれば、一月は籠城できましょう。ただし、リスクとすれば後詰めの援軍が来ない場合、外城壁より大砲を持ってこられて、城そのものを砲撃される恐れがあると言う事です。フェールムント城は確かに強固な要塞ではありますが、大砲を使われた場合、姫様の絶対的安全の確保は困難です」
ゴラムはそう告げると、一同は深刻な表情のまま各々が考え込んでいる。
「次に西側正門より強硬突破ですが、これには条件があります。条件の一つとして西側正門が陥落していないこと、条件2として反乱の初動である事です。この二つの条件がクリアされていれば、姫様の強硬脱出は可能であると判断します。相手はこちらが籠城するものと決め付けているのであれば尚の事、隙をついて相手を混乱させて脱出はできるでしょう。ただし、その場合、脱出を優先させる者を選別しなければなりません。ノーラ殿下の脱出を優先させるために、我ら護衛隊100とノーラ殿下の馬車を一台、傭兵部隊全てでこれを突破しなければ、とてもではないですが、脱出はできますまい。強行突破をする場合は、ここにおられる殆どの重鎮方には籠城して頂き、我らの救助をフェールムントでお待ちいただくことになります」
ゴラムの言葉に一同は騒然となっていた。それもそのはず、護衛騎士百人を置いて、ノーラをフェールムントより逃亡させると言っているのだ。
「足の遅い馬車を何台も連ねるわけにもいきません。それに、先ほども申し上げましたように、フェールムント城は強固な城です。我らが返ってきた時には、内と外の両側から反乱軍を押しつぶせます。それまでに要する時間は早ければ1週間程度で討伐軍を向かわせる事が出来ましょう」
ゴラムは全員を納得させるための妥協案も用意していた。
険しい表情をしていた一同だったが、ゴラムの提案に一応は納得して見せていた。
そこにアストールが手を上げて告げる。
「もし、反乱が起きた際には私の従者の魔術師ジュナルと、神官戦士のレニを置いていきます。二人とも実戦を経験しており、優秀な従者です。皆さまを必ずやお守りします」
アストールの言葉を聞いた一同はようやく安堵していた。
レニもジュナルも、アストールの元でそれなりに知名度を上げているのだ。
その活躍はアストールには霞むものの、王城内に努めている者なら知らぬ者はいない。
だからこその反応であった。
「ゴラム王族従騎士長、エスティナ近衛騎士代行、ありがとうございます。ノーラ王女殿下、最悪の事態に備えた計画は立案はしています。殿下、リスクを踏まえた上で、ご采配下さい」
イレーナはそう言ってノーラを畳みかける。
ノーラの気持ちは一切変わらなかった。
「皆に迷惑をかける。申し訳ないが、私の我儘に付き合ってもらう。皆の忠心を信じてこの公務、やり遂げたいのだ」
ノーラの切実な思いに一同は立ち上がり、胸に手を当てて敬礼していた。
「ありがとう」
こうしてフェールムントへの訪問は強行されることが決まった。
この決断が最悪の事態となる事を、この時、誰も想像はしていなかった。