進むべき道 3
夕刻をすぎた頃、続々とシャレム城の迎賓館には貴族や豪商が入ってきていた。
迎賓館ホールには丸テーブルが多く用意されており、立食形式の晩餐会を開くことがわかる。
そのテーブルの上には、シャレムの特産料理に加えて、ヴェルムンティア王国の親善訪問団の料理長が作った料理も並んでおり、双方の料理が親交の厚さを物語る。
シャレムの貴族や豪商たちは着飾っており、食事とワインを取りながら会話を楽しんでいる。迎賓館のホールには、貴族や豪商のみならず、貴族の子女達も大勢いて、この晩餐会の花を飾り、賑やかしていた。そして、彼ら、全員がノーラの登場を待ち望んでいる。
招待客が揃った頃合いに、ホールの中でも奥にある客間の扉より、ノーラはアストールや侍女を引き連れて堂々とした足取りで現れていた。
アストールはノーラに続いて歩いており、男性陣は彼女に釘付けだった。
何といってもアストールの体つきは出る所は確りとでており、彼女の胸を強調したドレスを着ているのだ。
アストールのドレスは王族から支給されたこともあり、全て白い絹で作られている。
対してノーラのドレスは金色のシルクのドレスを纏って、頭部にはサークレットを装着している。そんな彼女を、アストールが後ろに控えることでより一層、その荘厳さを際立たせていた。
(流石は王族支給のドレス……、肌触りが良すぎる。こんなもの着たら、元の服なんて着られないぞ)
相変わらずコルセットで腹部周りを縛られるのは慣れないものの、その着心地は極上だった。
肌触りも今まで着用したドレスの中で、最も滑らかであり、肌に触れるとほんのり冷たささえ感じられるのだ。それでも、アストールは不満なことがある。
スカートである。
(なんかズボンと違って、パンツでそのまま歩いてるみたいで、やっぱり慣れないな)
普段着ではあまりスカートを着用しないので、たまにこういった格好をすると、どうしても違和感を感じるのだ。
アストールは感嘆の声を上げる貴族の女性たちの前を通り抜ける。ノーラに続く全員が王族のお着きとして相応しいドレスで着飾ってり、その荘厳な一同を見て、王国の国力を思い知らされる。
ノーラは全員が見えるステージに上がると、慇懃に礼をして見せた。
「今宵お集まりいただき、大変嬉しく存じ上げます。我が国とシャレムの繋がりは盤石なものとなっています。晩餐会におきましては、我が国自慢のワインを持ってまいりましたので、今宵は是非皆様でご賞味ください。では、シャレムとヴェルムンティア王国の変わらぬ友情を祝しましょう」
ノーラは言い終えると再び慇懃に礼をして見せる。
一同がグラスを掲げて、王国特産のワインに舌鼓した。
シャレムの貴族たちは喜びの表情を見せており、彼らの心を掴むという任務の第一段階は達成する。ノーラは主賓席に着くと、アストールはその後ろに立ったまま控えていた。
両手を腹の上に添えて、ノーラに近づいてくる貴族たちに目を向ける。
乾杯を終えた貴族たちは早速ノーラの前に列をなしていた。
彼らは自分たちの利権拡大の機会を得るためと、ノーラに果敢に話をしていく。
勿論、ノーラは彼らの話を聞きはするものの、何かしらの約束事は決して交わさないように細心の注意を払って言葉を紡いでいた。
その様子をアストールは感心しながら見ていた。
齢15の小娘と舐めてかかってくる貴族に対しても、毅然とした態度を取ることで、事も無げにあしらう。その姿は最早立派な王女だ。
ノーラも伊達に王族として育ってきたわけではない。
これまでにも貴族たちと交流することは多々あったのだ。
彼らのプライドを傷つける事なくあしらう事は慣れているのだろう。
アストールは成長著しいノーラを前に、安心感すら感じられた。
(彼女は大物になるな……)
王族として民衆の心を掴み、貴族との付き合い方を熟知し、国を憂い思う心を持ち、そして、何よりもこの騎士の国として最も重要な武を心得ているのだ。
(なんで、ハラルドと性別が逆じゃないんだよ……)
ヴェルムンティア王家は代々男系世襲であり、ノーラに王位継承権はない。
アストールはそれがとても歯がゆく感じられてしまった。
彼女こそ、今この王国に最も必要な資質を備えた王族なのだ。
それにアストールは気づいてしまった。
「……では、是非とも今度は我が地方で取れた葡萄酒を、ノーラ殿下にご献上させてください」
「うむ。それは楽しみだ。そなたの領民が汗水垂らして作ったワイン、心待ちにしておるぞ」
「は、はい!」
年配貴族の男性は感激して慇懃に礼をして見せていた。
そうして、粗方貴族の訪問が落ち着くと、次は豪商達がここぞとばかりに彼女に群がっていた。
ノーラはその様子に表情一つ変えずに対応をしていく。
用意されたシャレム特産料理は既に冷めており、コップに注がれた水を飲む程度で、ノーラは食事すらまともにとれていないのが現状だ。
豪商達はノーラに対して自分たちが戦争でどれだけ王国に貢献したのかをアピールしてくる者が多く、見返りこそ求めては来ないが、今度訪問する際は是非自分の隊商を使ってくれと商魂たくましく営業をかけていた。
ノーラはそれに社交辞令で「うむ、もしもの時は頼むぞ」と言った言葉を返していた。
商人達はノーラから立ち去る際は必ず礼をして、その場を後にする。
アストールはその様子を見て、ノーラがなぜ彼らにそのような言葉を返しているのかを考えた。
ノーラは15歳になったばかりの王女とはいえ、既に政に相当な関心を持っており、そこらの地方貴族などよりもよほど政治を採りしきる度量と才覚を持ち合わせている。
そんな彼女が貴族と違い、豪商にはもしもの時は頼むと言うのは、この西方において軍を動かす際は彼らが必要不可欠な存在なのを理解しているからだ。
現地貴族の徴用兵士がいなくても、傭兵はごまんといるので、金さえあれば統治軍と傭兵ですぐに軍団を編制できる。そう言った所まで計算した上で、兵站を支える豪商達には何かあれば存分に働いてもらうと暗に言っているのだ。
アストールはその巧みな言葉の使い分けに、関心を通り越して驚嘆していた。
(城でお転婆武人姫ってあだ名がついてたのが嘘みたいだ)
ノーラを見て王の威厳を自然と感じられるまでに、彼女はオーラを纏いつつある。
そう言ったやり取りが一頻り終わり、ノーラは席を立っていた。
アストールはそれに合わせて、侍女と共に彼女についていく。
行先はホールから出たトイレであり、アストールはそのトイレの入り口横で待機していた。
そこに王族従騎士の白い正装の服を着たゴラムが現れる。
「エスティナよ。警護は大丈夫であるか?」
「はい、つつがなく。何か御用で?」
「ああ、フェールムントの斥候より重要な情報が入ってきた」
ゴラムは深刻な顔付でアストールに告げると、彼女は不安そうな表情を浮かべる。
「あまりいい情報ではなさそうですね」
「ああ……。一月前ほどに一度民衆の不満が爆発して、暴動が起きている。街の一角で住民100人ほどが王国正規兵の屯所を襲い、放火されている。その際に5名の兵士が負傷した。幸い城壁近くの屯所で鎮圧を行いに出動した兵士達を見て民衆は散り散りに消えたそうだ。死者が出なかったので、守備隊長も報告を上げていなかった」
ゴラムの言葉を聞いて、アストールは口を吊り上げて表情を引きつらせる。
「それ、相当やばくないですか?」
「やばいな」
「訪問は中止した方がいいですね」
「ああ、私もそう思う。フェールムントの訪問は危険すぎるので中止すると提言する」
ゴラムの言葉を聞いて、アストールは一抹の不安を抱いていた。
そんな二人の元にノーラが現れていた。
「ああ、ゴラム! 今の今まで公務の間、姿を見なかったから、私は不安だったぞ!」
ノーラはゴラムを見て満面の笑みを見せていた。
「ひ、姫様……。ここではその様な接し方はお控えください」
「いいではないか。貴族や豪商達の相手をして疲れているのだ。そなたに会った時くらい許してくれても」
ノーラの爛漫な笑顔を見てゴラムもたじたじと言った所だ。
ここまでこの厳つい男を翻弄する女性も中々いないだろう。
「しかし、何かあったのか?」
「いえ、少しエスティナ殿と話をしていただけです」
ノーラはアストールに顔を向ける。
素が美人であるのに、頬の赤らみや、目元のアイラインと言った化粧で更に磨きがかかっている。また、長い髪の毛は後頭部に綺麗に編み上げられている。
その淑女然とした出で立ちを見て、ノーラはにやけていた。
「ゴラムはこういう美人が好みなのかな?」
「な、姫様! ご冗談を申される」
「エスティナよ。気をつけよ。ゴラムは歳の割に若く、手も早いでな。我が城の若い侍女にも手を付けているのだぞ」
ノーラのいつにない砕けた態度に、ゴラムに対して相当な信頼を寄せている事をアストールは確信する。そして、敢えてそれに乗っかるようにして、わざと白けた視線をゴラムに向けていた。
「な!! 姫様! それは二人だけの秘密と約束したでしょう! エスティナ殿もそのような視線を浴びせるでない!」
アストールはゴラムがたじろぐ姿が面白く、顔を背けてぷっと噴き出す。
「歳の割にお盛んなんですね。ゴラム王族従騎士長!」
「その話はやめにしよう」
ゴラムの反応を見て、アストールはもう少しだけ彼をからかいたくなる。
すぐにアストールは顔を背けて、右手を胸の上に持っていき、谷間を強調するようにして、恥ずかしそうに言う。
「で、でも、私は別にゴラム騎士長なら……」
その様子を見て、ゴラムは呆れて首を振る。
「エスティナよ。私に色仕掛けは通じぬぞ」
すぐにこれが冗談だと見破られる辺り、流石は王族従騎士長である。
「面白くないわね」
アストールも白けてしまうが、ノーラは満足げに二人を見ていた。
「気が晴れたぞ。さ、エスティナよ。晩餐会に帰ろうか」
「は!」
ノーラの後に続くアストールは、ゴラムと目を合わせていた。
お互いにノーラを守るという共通の決意を、無言で交わすのだった。