交易都市シャレムと傭兵 2
ダントゥール出発の日、大勢のダントゥール市民が押しかけて、ノーラとの別れを惜しむと同時に、次の街への門出を祝っていた。
ダントゥールの城主ティルクも彼女を無事送り出し、尚且つここまで盛大にノーラを迎えれたことを、誇りに思っているだろう。
そんな様子をアストールは馬車の中から外を見ていた。
警備体制としては、馬車の中にアストールが配置されており、馬車の外にはエメリナ、メアリーが馬で護衛に出ており、周囲には近衛騎士と王族従騎士が縦列で警護を行っている。
レニやジュナル、コズバーンは別の馬車で他の従卒と共に運ばれている。
現在の編制では護衛兵以外にもナルエ含む女中に加えて、執務官とその補佐、お抱えの料理人、西部に詳しい知識人や演説指導者等、各種のエキスパートが乗った馬車が王族の馬車の後に続いているのだ。
それら文化人、文官を乗せた馬車も護衛をするとなると、中々の兵士の数が必要となる。
シャレムまでの道のりにおいては、これらの人々を護衛するのに警備兵の数は最低限と言っていい。
だからこそ、シャレムでは護衛兵の数を増員する予定なのだ。
ノーラの王族としての立派な振る舞いは、次の町、シャレムをも賑わせていた。
ダントゥール程の歓迎はないと踏んでいたイレーナですら驚くほどの歓待ムードだったのだ。
ダントゥールから来た商人達が、ノーラの良い評判を流してくれていたのだ。
だからこそ、シャレムでもノーラは大歓迎されていた。
アストール達が請け負っていた前哨任務は、また別の近衛騎士が負っているらしく、度々ゴラムの元に連絡が来るようになっていた。それを知ったアストールはいよいよエメリナを情報収集に向かわせるのをやめる。
十分な前哨が出来ているというのであれば、エメリナを向かわせるのは、徒労に終わる可能性が高い。
それであれば、自分の周りに居てもらい、警備の強化をしておいた方が、アストール自身が動きやすくなる。
ゴラムはシャレムに着くなり、役所となるシャレム城でアストールを引き連れてとある人物と謁見していた。
シャレム城の一室に通されたゴラムと共にアストールの前には、その一室に青年と髭面の壮年男性がいた。
青年は整った顔立ちをしており、気品と育ちの良さを感じさせる。
髪の毛はプラチナブロンドで波ががっており、その長髪が彼を中性的に感じさせた。
対する壮年男性は、短髪を掻き上げて広いオデコを強調しており、ぎらついた目でアストールを値踏みするように見つめていた。
背は決して高くなく、どちらかと言うと小柄ではあるものの、歴戦の猛者であることが感じ取られた。
「ゴラム王族従騎士長。お初にお目にかかります。この度ノーラ殿下の護衛に入る傭兵団ヴァンダーファルケの団長、イアン・グレーデンです」
慇懃に頭を下げて見せる青年のイアンに対して、壮年男性もそれに倣って挨拶をする。
「私はリオネル・オードランと言います。傭兵団ガーム戦士団を率いています。この度は戦列を共にできること、僭越至極感激の極みであります」
二人の挨拶を前にして、ゴラム戦士長は柔和な笑みで答える。
「そなたらの戦歴は聞き及んでいる。我ら王国軍も貴公らの傭兵団の力、頼りにしておる」
アストールはなぜここに連れてこられたのか分からず、場違いな感じがしてならなかった。
「こちらは姫様直属護衛を務める近衛騎士エスティナ・アストールだ」
ゴラムに紹介されたアストールははっとなり、すぐに騎士として毅然とした態度で挨拶をする。
「王国近衛騎士エスティナ・アストールです。護衛を共にできる事嬉しく思います」
アストールが貴族の子女らしく頭を下げると、イアンが笑みをこぼしていた。
「貴方が噂のオーガキラーと名高い女騎士でしたか」
その言葉を聞いてリオネルは目を見開いて、エスティナに顔を向けていた。
「ええ!? お前さんがあのオーガキラーだって? もっと筋骨隆々な武女を想像してたんだがな」
アストールは二人の反応を見て苦笑する。
「あはは、私の異名ってこんな所にまで響いてるわけ?」
「ええ、傭兵界隈では人材確保の為に古今東西良い人材の話を聞きますからね。特に異名持ちの騎士や戦士の話を肴に酒を飲むのは、傭兵達の楽しみでもありますから」
イアンが笑顔を崩すことなく優しく語りかけてきていた。
見た目だけで言えば、とても傭兵とは思えない高貴な貴族のような見た目の青年に、アストールは小さくため息を吐いていた。
「でも、この様子だと、本当の姿で伝わってないみたいですね」
「ああ、そうだな。嬢ちゃんみたいな華奢な娘っ子がオーガキラーなんて言ったって、うちの戦士団じゃ誰も信用しねえだろうな。もっぱらうちの戦士団じゃ、男にも勝る体躯の持ち主だってことで通ってる」
アストールはリオネルの言葉を聞いてもどかしい気持ちになる。
本来なら自分は大剣を優に振り回すそれこそイアンの言う通りの男であるはずなのだ。
男の体でそれを言われていれば、このリオネルと言う男とは途轍もなくいい酒を交わせるだろう。
「おほん! まあ、親睦を深めている所悪いのだが、本来の要件を話さないか?」
ゴラムが態とらしく咳き込んでみせると、イアンとリオネルは態度を改める。
「ああ、そうでしたな」
「フェールムントでの護衛任務でしたね」
二人が仕事に対するスイッチが入ったのを見てゴラムは頷いて見せていた。
「如何にも。貴殿らを雇ったのも、今後訪問する街での警護強化の意味合いが大きい」
「王国軍兵士じゃなく、俺達を雇ったってことは、何か事情持ちってことじゃないのかい?」
リオネルは腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべていた。それを見たゴラムは彼が何かを知っている事を確信する。
「隠しても仕方ない。貴公らに単刀直入に聞こう。次のフェールムントへの訪問は危険を伴うか?」
「それは大変危険だと思いますよ。ゴラム殿が想像している事も起きかねないくらいには、ノーラ姫の訪問は火種となる可能性は十分あると思いますがね」
リオネルは真剣な表情でゴラムを見据える。
「やはりか……。フェールムントでの我が王国の行いは知っている。傭兵を御せなかった我が国に非があるのは当然。そして、何よりもあそこが最も大きな被害を受けたのも事実だ。反王国感情が強い土地柄、やはり訪問はやめるべきか……」
ゴラムの言葉を聞いてイアンは静かに言う。
「確かにフェールムントは危険ですが、その分訪問に成功した場合は、ノーラ殿下の大きな功績ともなるとも思われます」
イアンがそう言うも、リオネルは頭を掻きながらとぼけるように言う。
「ああ、私としましては、お勧めいたしませんよ。私達はフェールムントでは戦っちゃいませんがね。あの惨状はよく知っとりますからな」
リオネルはゴラムに忠告するも、彼は大きく悩んでいた。
「リオネル殿はフェールムントに赴いたことがおありで?」
「そりゃあ、何度もね。あそこは王国の正規兵が少ない上に、前線の補給拠点ではあるが、後方に位置してるからか、兵士の士気も高くない。加えて反王国感情を持った住民を兵士として徴用してる。別に自分は行ってもいいですが、分の悪い危険な賭けですよ」
リオネルは現実をゴラムにたたきつける。リオネルは急遽フェールムントを訪問先から外してくれと言わんばかりに、ゴラムをまくしたてていた。
「しかし、既に訪問予定の都市は決定済み……」
「噂じゃ、フェールムントの守備隊長が猛反発したって言うじゃないですかい」
リオネルは最後に畳みかけるように言う。だが、イアンがそれを覆うようにして告げていた。
「しかし、その守備隊長は、ノーラ殿下を迎えるために街の警護を強化するために傭兵を多く雇い入れて、無理をしてまでフェールムントを安全な状態にしたと聞きます。ここに来て突如訪問取りやめは、彼らの努力を無駄にするのではないでしょうか?」
イアンもまた正論でゴラムをまくしたてる。
リオネルは腕を組んでイアンを見つめていた。
「それに加えて、もし、フェールムントでの演説を成功させれば、それこそ王国にとって西方を盤石にする足がかりともなる快挙ともなりましょう。見返りは十分にあるかと思います」
イアンの甘い言葉に対してゴラムは小さくため息を吐いていた。
「わかった。二人の冷静な意見、十分に考慮に値すると判断した。私一人では公務の変更は叶うまい。十分に検討しよう」
ゴラムはそう言うとアストールに目配せする。
「二人ともありがとう。我々はこれにて失礼する」
ゴラムは二人のいる部屋を後にして、歩きながらアストールに聞いていた。
「エスティナよ。ノーラ直属の護衛者として、どう思うか?」
ゴラムの言葉を聞いて、アストールは即答していた。
「フェールムントの訪問は取りやめるべきだと思います」
ゴラムは彼女の意見を聞いて頷いていた。
「私もそう思うのだ。ただ、イレーナ執務官がどう言うか……」
「イレーナが?」
「ああ、実質今回の現地公務での権限はイレーナ執務官に一任されている。そして、彼女は誰よりもノーラ殿下の成功を願ってやまない人物だ。大きなリスクがあっても、リターンが大きいならば、強行しかねない」
ゴラムはそう言って深く溜息を吐いていた。
実際そうなるのも無理はない。護衛の責務はゴラムが第一人者であるのだ。ただ、それよりもイレーナの方が権限が大きいのだ。
命を預かる方としては、何とかしてフェールムントの訪問は安全上の理由で辞めて欲しい。何よりも、反乱が噂ではなく、傭兵の話を聞く限りでは、いつ起きてもおかしくない状況となってしまったのだ。それでいて、これを放置して、フェールムント訪問を強行すれば、最悪ノーラの命が失われかねない。
ゴラムの苦悩を前に、アストールもまた大きくため息を吐いていた。
「フェールムントの訪問取りやめて貰えればいいですが……」
「エスティナ殿よ。貴公も此度の検討会に参加しては貰えぬか?」
「私が?」
「ああ、貴公も現状を判断するに訪問に反対する旨を、私と共に主張してほしいのだ」
ゴラムの頼みに対して、アストールは快諾する。
何よりもアストール自身が、フェールムントはやばい場所と認識しているので、行きたくないのだ。
「私の意見でよければ、是非」
「忝い」
二人はノーラの身を案じながら、イレーナの元へと急ぐのだった。
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