交易都市シャレムと傭兵 1
交易都市シャレム
南北より大きな道が通る街であり、ダントゥールとフェールムントを結ぶ都市である。
西部の支配地域に対して多くの物資がここを通っており、妖魔や盗賊からの護衛と言う仕事で、傭兵にも失業することなく安定した働き口がある。
王国駐留軍に雇われている傭兵もおり、現地徴用兵と共にシャレム城を守っている。
ここは戦災による爪痕はさほど残っておらず、むしろ戦争によって街が賑わいを見せたので、ヴェルムンティア王国寄りの街でもある。勿論、住民の全員が全員親王国的な人ばかりではない。
それでも、ノーラのダントゥールでの評判は伝わっており、多くの住人がノーラを心待ちにしているのか街全体は歓迎ムードであった。
街中の警備状況は良好であり、つい最近道沿いの盗賊と妖魔狩りが行われており、傭兵達や探検者達も活躍している。稼ぎ時とみて、シャレムにも多くの傭兵達が入ってきており、シャレムの郊外に傭兵団のテントが乱立する異常な状態となっていた。
そんな傭兵団の一つであるガーム戦士団の団長リオネル・オードランは団員と焚火を囲み、酒を煽っていた。
戦士達が酒を煽りながら、討伐した盗賊の話で盛り上がる。
「あの野郎がよ、俺達の旗見た瞬間にびびって背中見せやがるもんだからよ」
「そんな腰抜け斬ったのか?」
「うっせえな。賊は賊だろ! 仕留めた数で給金も変わるんだ! やるに決まってんだろ」
「俺のは歯ごたえあったぜ! あいつ片腕切り落としても、まだ向かってきやがる。腸出してもむかってきやがるからよぉ……」
などと物騒な話に事欠かない。
リオネル達は先日盗賊団を討伐し、それによってシャレムの城主より給金を貰っていたのだ。
現状、シャレム周辺ではこう言ったフリーの傭兵団が仕事を求めて10個程駐留している。
その分、治安が悪くなりそうではあるが、シャレム城主は駐留金としてある程度のはした金を傭兵団たちに出して、暴れないように制御していた。シャレムの城主は周辺の妖魔や盗賊の討伐に傭兵達を利用しているのだ。
何よりリオネル達ガーム戦士団はその傭兵団の中でも屈指の勇猛さを誇っている。
先の大戦では多くの武功を立てており、所属する傭兵達も戦いを楽しむ性質の戦士が多い。
「リオネル団長! 今回も結構稼げましたね」
髭面の大柄な戦士がリオネルの横で肉を頬張りながら笑顔で話しかける。
「そうだな。だが、今回のこの仕事はまだ、ほんの小遣い稼ぎさ。これから俺達はもっとデカい山をこなさなきゃならねえ」
腹心の団員を横に深刻な表情のリオネルは顎髭を擦りながら考え込んでいた。
「珍しいな! 団長が考え込むなんてよ!」
「俺だって考え込む時くらいあるさ。それに言ったろ? 大きなヤマをこなすってよ」
「ヤマねぇ……。俺は難しい事考えるのは苦手でリオネルに任せてますが、今回のヤマ、そんなに危ないんですかい?」
大柄の戦士はリオネルの態度から何かを察したのか、彼に聞いていた。
「危なくねえと言えば、嘘になるな。今までとは訳が違うからな」
「へぇ、どんな山なんですかい?」
副官となる大柄の団員オルマは酒を口に含む。
「今話題のノーラ殿下の護衛さ」
リオネルの言葉を聞いて、オルマは酒を盛大に吹いていた。
「ええ!? 俺達が王族の護衛ですかい!?」
「ああ、そうだ。まあ、あくまでも護衛隊の補充だがな」
酒を噴き出して慌てて聞き返すオルマに、リオネルは静かに答えて目を向ける。
「王国の遣いが直接俺に依頼してきやがったんだ。しかも前金で大量の金貨をよこしてな」
オルマはその言葉を聞いて訝し気にリオネルを見る。
「匂うな。それに俺達がどんな傭兵団か、相手だって分かってるだろうし、なんで俺達なんですかね?」
「さあな、知らねえよ。とにかく俺達は貰った給金分の働きはしなくちゃならねえってことよ」
そんな話をしている時、一人の部下がリオネルの元に走ってやってきていた。
「お頭! ヴァンダーファルケの頭領が部下を連れてきやしたぜ!」
リオネルはそれを聞いて即座に返答する。
「そうか、通してここまで案内してやれ!」
リオネルの言葉に従って傭兵団ヴァンターファルケの面々が焚火の前までやってきていた。
ガーム戦士団とは真逆の傭兵団であり、その頭領たるイアン・グレーデンはプラチナブロンドの髪の毛を肩まで伸ばしている。ウエーブのかかった髪の毛から覗く顔は整っており、男妾なら間違いなく一番で売れそうな美人だ。
その傍らには男勝りな女傭兵隊長と、ハンマーを持ったごつい大男、口髭を生やした騎士のような男がいる。
「ようこそ、ガーム戦士団へ」
リオネルはそう言ってイアン達を歓迎していた。
「盛況な宴の中押しかけてすまないな。リオネル団長」
自分よりも1回り以上年下のイアンを前にして、リオネルは次に発する言葉に悩む。
そして、あっけらかんとした態度で両手を広げて言う。
「大した宴じゃねえさ。そちらさん、随分と大所帯で来られて、ただ事じゃねえですな」
リオネルはイアンが次にどう返すかで相手の出方を見ようというのだ。
「なに、これから共に仕事をしようと言うんだ。せめて隊長クラスだけでも親睦を深めておきたいと思ってね」
リオネルはその言葉に驚くことなく、イアンを見据えていた。
「そうかい。なら、焚火を囲むがいいさ。ちょうど俺の横に副官がいる」
「剛腕のオルマ殿ですか」
イアンの言葉を聞いてオルマはイアンを睨みつける。
「よくご存じで」
「以前、貴方に私の部下の多くが世話になりましたからね」
イアンは事も無げに言うと、オルマはむっとする。
「ふん! 一時とはいえ、西方同盟に居たあんたらが悪いんでしょうがい」
「傭兵同士じゃ、よくある話じゃねえか。昨日敵だった奴が今日は味方なんてのは、契約主が変わればこそだ。過去の事は水に流せよ。オルマ」
リオネルは副官をそう言ってたしなめる。
イアンはかつて王国軍に所属していたが、フェールムントの戦い以降、西方同盟へ一時的に鞍替えしていたのだ。とはいえ、休戦条約が結ばれて、結局イアン達は西方同盟から追い出されて、この地に戻ってきていたのだ。
「にしても、王族の護衛に加わろうというのに、もう少し上品さはないものですかな」
今まで黙って控えていた髭の青年が口を開く。イアンはそれを聞いてため息を吐いていた。
青年の言葉を聞いて、周りの戦士たちは顔を見合わせる。
そして、大きな声で笑い声をあげていた。
「がははは! 俺達がガーム戦士団って知ってそんなこと言ったのか?」
「俺達は別にそんなのなくても生きてけるっつーの!」
大笑いする戦士達にリオネルはようやく表情を緩めていた。
「御宅の部下は大層なユーモアを持っておいでで」
イアンはこの状況を利用してすぐに言葉を返す。
「部下が失礼な事を申し上げたな」
さっきまで睨みつけていたオルマが、態度を軟化させてイアンに話しかける。
「良いてことよ。そいつは事実だ! 俺自身まだ姫様の警護部隊入りなんて信じられないからな」
「しかし、その勇猛さが時には必要になる。それを見越してのガーム戦士団の起用だと私は考えているよ」
イアンの言葉にオルマは目を丸くする。
「まさか白銀の隼様からそんな言葉がでるとはねぇ」
オルマは感心してイアンの通り名を口にしていた。
その様子を見てリオネルは感心していた。歳こそ若いが、即座に戦士たちの心を掴みにかかるイアンの手腕はけして侮れない。何よりも今回の任務に選ばれた理由がよくわかる。
イアンを中心に傭兵達が交流を深めていき、彼の部下とリオネルの部下たちがある程度打ち解けだす。
その頃合いを見計らい、リオネルはイアンに対して声をかけていた。
「イアン殿、ちょっと向こうで酒を飲まないか?」
「ああ、構わない」
二人は酒の入ったコップを持って、焚火を離れて人気のない林に入っていた。
「全く、この機会を作り出すのに、よく足を運んだもんだな」
リオネルはイアンに対して腕を組んで彼に声をかけていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずというだろ」
「さしずめ、俺は虎子……か」
「それよりも、俺をここに呼んだのはあの話をしたいと言う事か?」
「あの話?」
イアンから話を振られて、リオネルはとぼけるように言う。
しかし、彼はまっすぐに瞳を見つめてきて、はぐらかす事はできなかった。
リオネルは肩をすくめていた。
「どうにも食えないねえ。全く」
「雇い主からは貴方とよく話をしろと言われているのでね。貴方も聞いているはずだ」
イアンの言葉を聞いてリオネルは深く溜息を吐いていた。
「そうだな。俺も言われたよ。けど、俺は今回の件、あまり乗り気じゃないねぇ」
「意外ですね。貴方のような勇猛な戦士を束ねる長が乗り気じゃないのは」
「考えてもみろ。今回の雇い主、あのルードリヒ執政官だぞ? そいつがあんな依頼を出すなんて、ただ事じゃない。正直、今回の案件、降りたいのが本音さ」
リオネルは正直にイアンに本音を告げていた。
「そうかい? 俺は逆にこれを利用して王国の中枢に食い込めるチャンスだと思っている」
「そりゃまた、大層な野心家ですな」
イアンを前にあきれ顔のリオネルは、彼がまだ若く、可能性を信じてやまない青年だと確信する。
「若いの、これは老婆心からくる忠告だ。この大仕事、やり遂げても、なにも残りはしないぞ。待ってるのは絶望だけだぞ」
リオネルの言葉を聞いてイアンは苦笑する。
「忠告痛み入るよ。でも、お互い、仕事は受けたんだ。もう後には引けないさ」
イアンの言葉を聞いてリオネルも苦笑する。
「ちげえねえ。まあ、最後はどうなるか分らんが、お互いにベストを尽くすだけってことさ」
イアンとリオネルはそう言うとコップを酌み交わして酒を一気に煽っていた。
「そろそろ戻ろう。長居してると部下達が勘違いするぜ」
「はは、そうだな」
二人は添う言葉を交わすと、焚火へと戻るのだった。




