ダントゥール来訪 3
ダントゥールでのノーラの公務は恙無く進んでいた。
城門前の大広場には戦没者慰霊碑がある。
快晴の大空の下、ノーラは厳粛な雰囲気の元、花束をその慰霊碑の基に供えていた。
そして、無言のまま、両手を握りしめて目を瞑る。
この戦場で散っていった兵士達に対して、哀悼の意を表していたのだ。
その健気な姿に、街の人々は心打たれていた。
まさかあのヴェルムンティア王国の王族が、こんな僻地での戦死者を労わる事など想像もしていなかったのだ。ノーラがそうして戦死者を悼み入る光景に、民衆たちは感涙していた。
そうして、戦没者慰霊を済ませると、次にノーラはダントゥール城で戦傷者慰労表敬訪問を実施する。
足や手を無くした兵士達が、王国軍の正装でノーラを出迎える。
ダントゥール城の中庭であり、物々しい警備の元、負傷兵達が並んで椅子に座っていた。
ノーラは兵士達の前に立つと、声を上げて彼らにいう。
「先の大戦において、ダントゥールの志願兵が我々と一体となり、共に死線を潜り抜けた事、私はとても誇りに思っています。王国の為、勇猛に戦われ傷ついた皆様方には、王国を代表して私がしっかりと礼を告げなければなりません。共に戦った戦友が倒れ、自分がなぜ生き残ったのかと責める方もいると聞き及んでいます。ですからこそ、我が王国は、貴方方をけして見捨ては致しません。王国の為にその身を挺して戦場で負傷し、我が国の勝利を共に勝ち取り貢献していただき、王国を代表して感謝申し上げます。そして、同時に負傷した皆様方に心より痛み入り申し上げます……」
兵士達は緊張の面持ちでノーラを見ていた。だが、彼女が演説を続けていると、自然と涙を流す兵士もちらほらと見受けられた。
演説が終わった後、突如としてノーラは台本にはない事を行っていた。
ノーラは最前列の兵士に近寄っていたのだ。
そして、その兵士の手を取って、声掛けを行った。
アストールはその光景に冷や汗を流していた。
謁見する兵士に目を向けて、常に脅威がないかを判断する。
武装こそしていないものの、相手は元軍人だ。少女を縊り殺すことなど容易いだろう。
だが、アストールが怖れた事態は起こらなかった。
ノーラが戦傷者に近づいて話を聞き、失った体の部位の事を悲哀に思う言葉をかけると、戦傷者は涙を流していた。自分の行ったことが報われ、救われたと彼女に伝え、また、ノーラも王族として涙を堪えながら戦傷者達に労いの言葉をかける。
その光景に、中庭で警備をしていた兵士ですら涙を流すものがいた。
それ程までに先の西方の戦いは過酷なものだったのだ。
この話は瞬く間にダントゥール中に知れ渡る事となる。
慰労が無事に終わると、ノーラはダントゥールの市民達を前に、市街の中央の広場で演説を行う。
ノーラが戦没者と戦傷者を慰労した事に、ダントゥール市民はとても好感を持っていた。
ノーラの姿を見ようと市街中央の広場には、多くの市民達が集まっていたのだ。
そんな聴衆の面前に来ても、ノーラは一切臆することなく演説台の上へと上がっていく。
演説台の上でノーラは優雅に一礼して見せる。そして、ダントゥールの市民達を前に、はっきりとした口調で演説を始めていた。
「神に讃えあれ。平和と繁栄、祝福が親愛なるダントゥール臣民達にありますように。先の大戦において敵対していたにも関わらず、皆様方一同が私を歓迎してくれたことに、心の底から嬉しく、感謝申し上げます。
この西部の平定はダントゥール臣民皆様方の協力なくしては成しえなかったことです。大戦の犠牲となった全てのダントゥール臣民達に対して、私はここでご冥福をお祈りいたします。我々は今次大戦において、様々な困難に直面致しました。ダントゥールに置きましては我が遠征軍の補給のため、その身を削り、献身して頂いたことにより、生活品の不足や伝染病の蔓延が起こりました。その結果、多くのダントゥール臣民が苦しむ事となり、私を含め、王国臣民一同は心を悼めました。
ですが、我々王国はダントゥールを見捨てることはありませんでした。逸早い対処をすべく、物資の援助、優秀な神官の派遣を行い、ダントゥール臣民一同と共に、この困難に立ち向かって克服をすることができたのです。これは我々王国臣民とダントゥール臣民が団結した証でもあります。
これ以降ダントゥール臣民より多くの志願兵が王国軍へと加わることとなり、今や王都ヴァイレルにおいてもダントゥール臣民が要職に就くにまで至っています。我が王国とダントゥールの結束は固く結ばれており、ダントゥールはヴェルムンティア王国の一員として共に歩めることが、私を含めた王国一同の至高の喜びです。
我が王国臣民と共に血と汗を流し、この西部の発展と繁栄を支えてきた臣民一同に対して、改めて感謝を申し上げます。しかしながら、昨今、西部を脅かす事件が起きたこと、皆様も存じ上げていると思います。
ディルニア公国エドワルド公爵の暗殺未遂事件です。西方同盟によるこの西部地域の不安定化を狙ったこの事件は、我が近衛騎士によって阻止されました。この西部の平和を乱すことは、これまでダントゥールと共に王国が築いてきた秩序に泥を塗る行為に他なりません。我が王国はこの事を決して赦すことはありません。
西部においては盗賊の大規模な窃盗や、農作物の不作による食糧危機、伝染病の流行と予断を許さない状況が続いています。我が王国はこうした状況を打開すべく、地域住民と一丸となってより一層の安定政策を実施する所存です。
西部の安定化はダントゥール臣民のみならず、王国民一同の悲願でもあります。これを乱すべく動く西方同盟に対しては断固として抗議を行い、脅威から臣民を守るために軍備の増強も行う予定です。
全能の神の名のもとにおいて、我々は一層の団結が必要です。西方同盟の卑劣な策略を挫くため、私どもヴェルムンティア王家一同は、王国臣民、ダントゥール臣民、そして西部における臣民と共に、この西部地域を安定化、繁栄させることを約束します。
親愛なるダントゥール臣民達に神のご加護を!」
ノーラの毅然とした態度での演説は、実に王族らしく、今まで武人姫と揶揄されてきた事を感じさせなかった。アストールはその成長ぶりを見て感涙していた。
演説が終わると同時に、市民達からは大歓声が上がっていた。
ノーラを称える声が鳴りやまず、ノーラ自身その歓声に手を振って、動揺しながらも答えていた。
この演説は大いに成功し、ダントゥールの市民からは拍手喝采を浴びる。
アストールもその場にいた熱気を感じて、この慰労は絶対にうまくいくと確信さえ持てた。
次の日の朝からはダントゥール城主と謁見し、会談を交わして、改めてダントゥールの地位を約束していた。予め決まっていたシナリオ通りではあるものの、ノーラは持ち前の観察眼から、城主のティルクの心を掴み取っていた。
ノーラのお転婆ぶりの噂を聞いていたティルクは、その毅然とした王族らしい態度を前に、彼女に好印象を受ける。そして、会談後はティルクと共に町を視察する。
港における倉庫の普段の状況や、積み荷を降ろすための滑車を使ったクレーン等の設備の説明を責任者から聞きながら視察していた。
また、ノーラは港に停泊している商船を見て、この港がどこの国と交易をしているのかと言った事も積極的に聞いていた。
交易国はヴェルムンティアやディルニアのみならず、フェイマル連合王国や西方諸国にまで及んでいることを聞いて、ノーラは驚いていた。休戦条約を結んだとは言え、西方諸国は敵国であるのだ。
それでも、お互いの利害が一致していることから、休戦条約後、早々に交易を再開したというのだ。
ノーラは自分の興味のあることを事細かに聞いては、ティルクを困らせていた。
そこはまだ若い王女だからこそ、やはり年相応の少女として見られていた。
港での訪問が終わると、次に商店街へと足を運ぶことになる。
ほぼ無傷で手に入ったダントゥールでは、女性もののアクサリーも多く売られている。
商店の中には服以外にも、装飾品を取り扱う商店もある。
ノーラはそんな商店の中から、装飾品屋へときていた。
首飾りにイヤリング、髪飾り、指輪など様々な装飾品が置かれていた。
ノーラはそう言った商品を物珍しそうに店内を見て回る、
楽しそうに見て回るノーラの姿は、年相応の少女だった。
その中でも黒い真珠の付いた髪飾りを見つけて気に入ったので購入していた。
商店の店主はそれに感激しており、ノーラはそんな店主たちを前に、買ったばかりの髪飾りを着けて見せていた。ダントゥールは再びノーラの話題で一杯となっていた。
この盛況と歓迎ムードは東の入り口としては、上々すぎる結果をもたらす。
怒涛の訪問と慰労が続き、ノーラは心身ともに疲れ果てていた。
ダントゥールの最上級の宿の一室にて、ノーラは休息をとる。
「ナルエよ……。流石に私も疲れた」
ノーラの傍らに使える侍女ナルエは、頭を下げたまま答えていた。
「姫様、ダントゥールのご公務、ご立派でしたよ」
「私は休みたいのだ」
「姫様、今日は休息日です。一日はゆっくりできますよ」
「うーん、そうか。にしても、外が少し騒がしいな」
朝と言うのに、宿屋の前が騒がしい。
宿屋は鉄柵に囲まれており、門の前には近衛騎士が控えている。また、宿屋の周辺には兵士達が巡回している。にも拘わらず、門の前には大勢の人だかりができているのだ。
ノーラはそんな状況とは露知らず、ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打っていた。
「ああー今日は何もやる気が起きぬぞー」
ノーラは気怠そうにベッドの上で悪態をついていた。
それもこれもナルエと二人きりだからこそ見せる一面でもある。
公務の中のプレッシャーに晒されていたのが解放されてだらけるノーラを前に、ナルエはそれでも彼女を注意する気にはなれなかった。
「姫様、あと少ししたら身支度をしますよ。それが済みましたら朝食ですからね」
「ここの朝食は海鮮が中心であったな」
「はい」
「朝から贅沢な事よ。新鮮な海鮮を、庶民を置いて食べるとはな」
「姫様はこの国を背負ってご公務に挑まれているのです。その位の贅沢は許されますよ」
ナルエの言葉にノーラは天井を見つめる。
「本当にそうなんだろうか……」
ノーラはこのダントゥールで初めて人々と直に接した。
国の為に戦い戦死した兵士、腕や足、目を失った兵士に労いの言葉をかけた時、彼らは泣いて喜んでいた。だが、それはヴェルムンティア王国がここに戦いを持ち込まなければ、起きなかった悲劇なのではないか。ノーラにはそう思えて仕方がなかったのだ。
だが、その一方でこの西部の親善訪問の意味合いも王族として十分に理解している。
私的な感情と王族としての務めの乖離、それが自分の中でどう整理をつけていいのか、ノーラにはわからないのだ。
「ノーラ様、この騒がしさ、ノーラ様を一目見ようと聴衆達が、この宿の門前に大勢押しかけているのです。それ程までに、ノーラ様はこのダントゥール市民から敬愛されているのですよ」
ナルエは静かに諭すよう告げていた。
ノーラはその言葉を聞いてベッドから起き上がる。
そして、窓の方へと歩み寄っていた。
カーテンを閉め切っていたが、その隙間から外を見る。
確かに門前には民衆たちが集まっており、ざわついていた。
「ナルエよ。朝食を済ませた後、ここのバルコニーで過ごしたいのだが、良いか?」
ノーラがそう言うとナルエは首を垂れて答える。
「はい、構いません。今日は休息日、この宿内であれば、どのようにお寛ぎになられても構わないと、イレーナ執務官も申されていましたから」
「うむ。分かった」
そうしてノーラは身支度をしに部屋を出ていく。
この後、ノーラがバルコニーに出て、民衆の前に姿を現して、大歓声を浴びたのは言うまでもないことだった。