ダントゥール来訪 1
ダントゥールの港には多くの軍船が入ってきており、港は厳重な警備体制を敷かれていた。
港の中にいる多くの人々は、ヴェルムンティア王国の国旗を掲げており、ノーラを歓迎していた。
桟橋の前にはこの町の城主たるティルクが警備兵を引き連れて、ノーラが軍船より降りてくるのを待っていた。桟橋にかかる船橋より10人の王族従騎士が現れて、桟橋に降りていく。そして、船橋入口の両端を固める。
そうしてようやくノーラが船より歩み出ていた。
金髪の髪の毛は長い船旅を感じさせないほど美しく海風に靡いていて、王族らしい艶やかでありながら落ち着いた紺色を基調としたドレスが、彼女の雰囲気を引き締めていた。
その傍らには王族のスケジュール管理を行うイレーナ執務官が付き添っている。
ノーラはそのまま桟橋に足をつけると、ティルクに対してスカートの片端を持ち、軽く会釈する。
ティルクはそれに対して跪いて、左胸に右手を当てて彼女を見上げる。
「ノーラ王女殿下、遠路はるばるお疲れでしょう。さっそく我が警備隊も同行の上、我が町最高級の宿に案内します」
ティルクの言葉に対してノーラは笑顔で答える。
「出迎えご苦労。私はこの地より西方の諸都市を慰労する。ティルク殿も急な事案に関わらず、これほどの警備体制を敷いた事は、誠に喜ばしい限り。そなたも大儀である」
「は、ありがたき幸せ」
ティルクはノーラの言葉に頭を下げていた。
そして、立ち上がると桟橋上の屋根のない馬車へと彼女を案内する。
ダントゥールにおいては町を凱旋しつつ、宿へと向かう予定なのだ。
ノーラが桟橋より地上へ来る頃には、周囲の警備体制は盤石のものとなっており、彼女の通る道の人払いを完了していた。しかし、警備の兵や騎士たちが側道に配置されており、その奥に多くの住民が王国旗を掲げて、ノーラを目にした時に歓声を上げる。
ノーラの訪問は意外にもこのダントゥールでは好評であり、住民たちはヴェルムンティアの王女がどの様な人間なのか一目見ようと、家の窓からも彼女を見ようと顔を出していた。
ノーラが馬車の前まで来るとアストールが馬車の前に立っており、彼女を守る態勢を整えている。アストールはノーラに慇懃に礼をして見せると、彼女の片手をとって馬車へと誘導する。
馬車へと誘導されたノーラは席に着く。
アストールは彼女を馬車へと乗せると、自分も馬に跨っていた。
ここから彼女と宿屋へと向かうのだ。
馬車はゆっくりと進みだして、側道に控えている人々が、ノーラを歓声で迎え入れていた。
「ノーラ殿下に栄光を!」
そんな声が聞こえ、ノーラも笑顔で答えていた。
アストールは馬車の傍らで馬を走らせる。
ダントゥールの警備隊の騎馬が先導しており、その後ろをノーラが行き、アストールはすぐその後ろについて走っていた。
馬車から見る初めての光景に、ノーラは胸が高鳴っていた。
ダントゥールの住民がこれほどまでに歓待してくれるとは思っていなかった。
凱旋式のように、全員が嬉しそうに手を振って笑顔でノーラを迎え入れているのだ。
(この西部の親善は上手くいくな)
ノーラは自身の中で確信を持っていた。
いくらヴェルムンティア王国の占領により利益を得ていようと、元々王国軍は侵略者に変わりない。そんな王国の姫であるノーラをここまで歓迎することなど、誰も予想はしなかった。
大勢の観衆が歓迎ムードの中で宿についたノーラは、このダントゥール一高級な宿屋へと通される。
ノーラの宿泊する宿屋は、普段は貴族達や豪商達のみが宿泊できる場所ではあるが、ノーラの親善訪問に合わせて特別に貸し切りとなっていた。
アストール達もその恩恵に預かり、同じ宿へと宿泊できることになっている。
宿周辺にはダントゥールの騎士に加えて、近衛騎士、王族従騎士も警備に加わっており、厳重な警備体制が敷かれていた。
ノーラは宿屋で最も最高級のスイートルームへと通される。
その部屋は広い部屋に王族が使うような屋根付きのベッドが置かれ、事務用の机までが用意されている。ノーラと共に侍女のナルエが一緒に部屋へと入ると、ノーラは大きく伸びをして見せていた。
「ふああああ! 疲れたあああ。愛想を振りまくのがこんなに疲れるとは……」
「ノーラ様、はしたないですよ」
「よいではないか。今は二人だけだぞ?」
「もう、仕方がないですね……」
ナルエはノーラに呆れつつも、彼女が息を抜けるのがここだけという事を理解していた。
「ナルエよ。この西方の土地、とても良い土地なのだな」
「ええ。このダントゥールは西方地域の玄関口ですからね。町も賑わいを見せておりますし、記述通り、活気のある町です」
「とは言え、我らが王国がここを侵攻し、支配しているという事実には変わりない」
「それでもこの歓迎です。我が王国の進む道は間違ってはいないという事ですよ」
ダントゥールに入る前に、ノーラはここでの出来事についてある程度学んでいた。
王国軍はダントゥール攻略時に、海上封鎖を行った上、陸よりこのダントゥールを攻め立てて陥落させた。その際の被害は非常に少なく、港はほぼ無傷で手に入れられたのだ。
ダントゥール側からすると、後詰めとなる援軍が期待できない状態での籠城戦は、市民を底知れない恐怖に陥れただろう。それを思うと、このダントゥールの歓迎は、王国の統治政策が成功している証であると、ノーラは実感できた。
「そうであるとよいな……」
ノーラは少しだけ表情をくぐもらせた。
「大丈夫ですよ。ノーラ様はお優しいです。それをここの市民たちに示して見せれば、国王陛下もきっとお喜びになる結果を出せます」
「そうだな!」
ノーラが自信を持って答える。ナルエも笑みを浮かべて、ノーラを元気づける。
そうしている間に、扉がノックされて声が聞こえる。
「ノーラ殿下。イレーナです! 明日以降の予定の打合せをさせて下さい」
イレーナの声を聴いたノーラは大声で返事をする。
「入るがよい!」
イレーナは扉を開けて部屋に入ると、慇懃に礼をして見せてノーラの元へと近づいていた。
「ノーラ殿下、ダントゥールでのご予定についてお知らせします」
「うむ」
「明日は朝よりダントゥール攻略戦における戦没者追悼を行う予定です。その後、お昼より戦傷者の慰労を行います。明後日はダントゥール城主と謁見後、港と倉庫、商店街の視察を行う予定です。三日目の朝一に出発し、シャレムへと訪問することになります」
「そうか……。戦没者に対する式辞も船で覚えた。戦傷者はダントゥールの戦いのみか?」
「いえ、ダントゥール攻略後、徴用兵士として西部戦線に出向いた兵士も含まれます」
「そうか。ご苦労」
「他にご質問はありませんか?」
「ない」
「そうですか。では、これにて」
イレーナは事務的な言葉を交わすのみで、そそくさと部屋から退出していく。
ナルエはそれを見て溜息を吐いていた。
それもそのはず、イレーナとノーラの仲は余り親密ではない。
実際イレーナもノーラから嫌われている事を自覚しており、無用な会話は挟まないようにしているのだ。イレーナのこれまでの所業を知っていれば、余計にノーラは彼女を好きになれないだろう。
とは言え、最近のノーラは公務に対して真摯に向き合っており、イレーナもそれを見て彼女を支えたいという思いも持っている。
だからこそ、お互いに必要最低限な会話のみで済ませてしまうのだ。
「ノーラ様」
「なんだ?」
「イレーナ執務官ともう少し仲良くはなれませんか?」
「あやつと、私が?」
「ええ」
「無理に決まっておる! あやつは私を好いておらぬ。同じように私もあやつを好かぬのだ」
「だからといって、このような関係はいいことではありません」
ノーラがここ最近公務に向き合うようにはなって来ているものの、イレーナとノーラの関係は相変わらずのままだ。
ナルエは二人の関係がこのまま続くことは、公務を行う上で支障が出るとみている。
「とはいえ、私から歩み寄る気はないからな」
(姫様だけは……)
ナルエは呆れてため息を吐きたくなるのを我慢する。
ノーラの態度が軟化しない事には、二人の関係がよくなることはない。
今回の遠征で二人の関係が良くなればと思っていたが、ナルエの希望は変わることはないだろう。
ここに来るまでの船の中でも二人の関係は変わらず、当然到着してからも変わることはなかった。
ナルエは二人の関係が良くなることを願いつつ、ノーラの部屋を後にするのだった。