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二人の結末


 森林の中を道が切り裂くように続き、木漏れ日が馬車を照らしていた。

 馬車の幌の中には仰向けに寝るニールと、傍らにはその手を握って座るカティがいる。

 二人は馬車に揺られており、その振動でニールは目を覚ましていた。


 ゆっくりと目を開けたニールは、手を握るカティに目を向ける。

 彼女は目を覚ましたニールに目を向けると、安堵の表情で目には涙を浮かべていた。


「どうやら、ここは地獄じゃないようだな」


 ニールはボロボロになった服を見て、ようやく自分が決闘に負けた事に気づいた。


「負けたのに……。なぜ俺は生きてる?」


 ニールはショックでそれ以上言葉が出てこずに、ただ揺れる幌を見つめる。

 あの大斧の一撃を必死でいなすために剣で受け流すようにとびのき、そのまま吹き飛ばされた所までは意識があったのは覚えている。

 そして、朦朧とする意識の中、カティが自分を庇うように覆いかぶさったのまでは覚えている。

 意識を保っていたのはそこまでだ。


「ニール、貴方は立派に戦ったわ」

「俺が……」

「あのオステンギガントを相手に真っ向から勝負を挑んで生きているのよ」


 カティの言葉を聞いて、ニールもまた直ぐに考えを切り替えていた。

 西方で名を馳せた伝説の英雄コズバーン・ベルモンテ。

 化物の様な逸話を数多く残している。


 あの大斧で一凪10人を真っ二つにしたともいわれている。

 その横凪を受けて、ニールは奇跡的に生き延びたのだ。

 例え瀕死であったとは言え、生き残ったのだ。もしも、あそこであのまま飛びのかなければ、確実に胴体は両断されていただろう。


「生き残れるなんてな……」


 いまだ自分がここで意識を保っているのが信じられず、呆然としていた。


「あのエスティナという近衛騎士様の従者が貴方を治療してくれたの」


 カティの言葉を聞き、ニールはようやく自分が助かった理由が分かる。


「なるほど、そういう事だったか……。エスティナには一つ大きな借りを作ってしまったな」


 ニールはそう言って苦笑していた。


「ニール、彼女の神官戦士がダントゥールに着いたら、神殿の神官にもう一度見てもらうようにって言ってたわ」

「そうか。完全回復とまではいかないのだな」

 そう言いつつも、自分の体に傷跡一つついていない事に気付く。

 彼女の神官戦士は相当に治療の腕前がいいのはすぐわかる。

 何よりも、ニールはその身をもって、一番に実感していた。


「あと二日は絶対安静が必要って言ってたわ」

「二日か。結局業務に支障が出ちまったな」

「急性の風邪で体調を崩したって言えばいいじゃない」

「まあ、そうか。万が一に備えてセラン副長には俺の代理をできるようにしてるからな」


 ニールは今後復帰した時に、セランから叱責を受けるだろうなと苦笑する。

 幸いにしてかこの決闘の事は部署内の人間に、誰も告げずに独断で行った事なのだ。

 嘘も方便と言うが、そうしておかなければ アストールにも迷惑が掛かる。


「全く、俺はダメな人間だ。父の仇を果たせずに生き残った」

「なら、死んだ方がよかった?」


 カティが皮肉を込めて言うも、ニールは苦笑したまま答える。


「そう言うわけではないがな。本来俺はあいつを倒したうえで、警備任務を全うするつもりだった」

「でも、できなかったじゃない」

「そうだな。落ちぶれた貴族の俺には相応しい応報なのかもな」


 ニールは自嘲気味に笑う。

 カティはそれでも優しい表情を崩さなかった。

 ふと、カティが自分の手を握っていることに気づいて、ニールは安心する。彼女の手の温もりが、自分を守って飛び出した時のままだったからだ。


「何だか分からないが、清々しさを感じるよ」


 ニールは荷馬車に揺られながら、ダントゥールに向かう。

 今はもう、復讐心など微塵もなく、ただ、生きている事を正直に喜べた。

 何よりも自分を想い寄り添ってくれる女性が横にいる。


「カティ、この先も俺と一緒にいてくれないか?」


 ニールは生まれ変わったかのように、優しい表情でカティを見つめる。


「ええ、私も一緒のこと考えてた」


 二人を乗せた荷馬車はゆっくりとダントゥールに向かう。二人の幸せを乗せて……。



 木漏れ日がさしている森林の道を行き交う荷馬車だち。その横をアストール、ジュナル、レニはゆっくりダントゥールに向けて歩いていた。


「エスティナ様、何で僕達は歩きなんですか?」


 レニが不服そうに口を尖らせて聞くと、アストールは苦笑して答える。


「荷馬車見たでしょ。結構な荷物あったんだし、私たちが乗れるスペースなんて無かったわ」


 何よりも馬車に乗せた時点で、ニールは呻き声を上げていた。意識が戻るのも時間の問題だ。

 アストールはそれを察して敢えて荷馬車には乗らなかったのだ。

 二人だけの空間にしてあげるのも、アストールなりの気遣いだった。


「で、でも、僕には目覚めたニールさんの容態確認が残ってました」


 神官戦士としては、ニールが意識を取り戻すまでは、そばに居て確認しないといけない。

 それは十分に分かるのだが、アストールはそれ以上にレニの腕を信頼していた。


 本来であれば、レニはあの馬車に載せているのが正しい行いだ。

 だが、あの狭い馬車に更に三人が乗るのは、無理がある。

 何よりもあの二人は命を共にするほどの恋仲だ。

 そんな二人の間に入るのも野暮と言うものだ。


「まあ、レニが言う事も当然なんだけどねぇ。それが全てって訳じゃないでしょ」


 アストールの言葉の意味が分からず、レニは首をかしげる。

 その表情からして、本当にあの二人だけにした意味を何も分かっていない。

 レニの相変わらずの空気のよめなさに、アストールは溜め息を吐いていた。


「全く……」


 アストールは説明するのも面倒と首を振る。そんな彼女かれを見かねたジュナルは、レニに優しく告げていた。


「ニール殿は目覚めたあと、カティ殿と二人きりの方が気が楽であろう?」

「え? どうしてですか?」

「我々が共に乗っているだけで、ニール殿は敗北感を倍に感じるであろう。だが、恋人と二人きりなら、多少の気も紛れるもの」


 ジュナルの言葉にレニは感嘆していた。


「ああ、成程。流石はエスティナ様。女心を分かってらしたんですね」


 レニの言葉に「伊達に女してないわ」と言いそうになるのを我慢する。


「ま、そう言う事だから。早く帰って明日の準備するわよ!」

「明日は遂にノーラ殿下のお出迎えでございますからな」


 アストールの言葉に一同はダントゥールに向かう足を早める。

 そこでふとアストールは我に返る。


「あ……。ニールって二日は動けないのよね?」

「ええ。絶対安静にしておかないと、直した傷がまたどこかしこか再燃しかねませんよ」

「警備主任不在じゃないの! どおしよおお!」


 アストールは自分の従者が引き起こした事で、警備主任がいなくなっていることに気付き慌てていた。


「エスティナよ。慌ててもどうしようもないぞ」


 ジュナルの言葉を聞いて、彼女かれは落ち着きを取り戻す。


「それもそうだね……」

「ニール殿も元は一貴族の嫡男ですし、そこの所は何とかしてくれると信じるしかあるまい」


 ジュナルの言葉を聞いて、アストールは神頼みになる事に一抹の不安を抱く。


「はあ、いやだねえ。全く。なんでこうも毎回毎回問題ばっかりおこるかなぁ」


 アストールは悪態をつきながら、ジュナル、レニと共にとぼとぼと歩きながら、ダントゥールへと向かうのだった。

 

 

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