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更生の機会 2

 アストールは屯所の入口前でコズバーンを待っていると、彼は早々に出てきていた。


「あら、早かったのね」

「うぬ。主を待たせるわけにはいかぬからな」

「どうやら、いらない心配したようね」

「我が主に迷惑をかけるわけにはいかぬからな……」


 コズバーンを前にして、アストールは安心していた。


「何があったのかは深く聞かないわ」

「ふむ。とはいえ、ニールは我を恨んでおる。もしかするとあやつを手にかける事になるやも知れぬぞ」


 唐突に物騒な事を言い出すコズバーンに対して、アストールは慌てて彼に言う。


「ちょっと! 何て事言うの! ここの警備主任を殺したら、それこそ大問題じゃない!」

「なに、安心しろ。今の奴は我が手をかけるに値せぬ」

「なら、いいんだけどさ……」


 アストールはコズバーンなりに人を斬る(ことわり)があることに初めて気付いた。

 彼は自分の腕に敵う猛者を探すと同時に、これまで屠った相手でも敬意を払える者は武人と認め、覚えているのだ。 


 そして、何より、戦でもない限り、彼は人を無闇に殺めない。

 自分たちを暴漢騎士から助けてくれた時も、重傷者は出ていたが死人は出ていなかった。

 平時において人を殺めるのは、覚悟を持ち、彼の前に立った者だけだ。

 その覚悟も生き様も情けない者は、コズバーンの前に立っても相手にすらして貰えない。


 それがこの最強の生物コズバーンと言う男だ。

 だからこそ、アストールは思うのだ。


(どうでもいいけど、ニールの奴が改心しませんように……)


 アストールからすれば、今回の件はほぼ痴話喧嘩に等しい。例え従者のコズバーンとは言え、この忙しいハードワークの中、ニール共々問題を起こして欲しくはない。

 もしも、ニールが改心して、コズバーンの前に立てば、それはニールの死を意味する。

 ニールが死ねば、それこそノーラの親善訪問に支障が出るのは確実だ。

 かつての英雄が属領地の警備主任を斬ると言う暴挙は、国内の大問題どころか、ノーラの親善を無意味にしかねない。


 そんな大問題にだけは発展させたくないのだ。

 ましてや自分の従者のやらかしたことは、主であるアストールの責任にもなる。


「コズバーン、もしも決闘するってなったら、絶対に私も呼んでよ?」

「ぬぅ? それは命令か?」

「そう、お願いじゃなくて命令ね」

「ふむ、それなら仕方あるまい……」


 コズバーンはアストールの命令を渋々きくしかない。

 二人は屯所から宿屋へと、歩いて帰るのだった



 ニールは行き付けの酒場で酒を煽りながら、一人考え込んでいた。

 かつては父の下で厳しくも指導をして貰い、その生き様を目の前で見てきた。戦支度の時には、自分は父と共にここを守りきると覚悟していた。


 それでも、事実は違う。


 呆気なく町を明け渡すことになった。幸いなことに略奪行為は行われず、町も無事だった。戦闘による死傷者は出たが、町における被害は最小限だ。

 それもこれも父が命を捧げたからだ。


 だが、その後のニールの運命は悲惨そのものだった。


 王国はダントゥールの領主を、No.2たるティルクに首をすげ替えていた。彼はもともと非戦派であり、町の安全を優先する為に、王国遠征軍に無血開城を主張してケリンと対立したのだ。

 そんな彼だからこそ、王国はダントゥールの領主に彼を任命したのだ。

 そして、ティルクはその権限を使って、ニールの資産の差し押さえを行い、爵位も没収して、一騎士にまで貶めたのだ。

 全てはまた領主に返り咲く事をさせないためだ。


 とは言え、ケリンが覚悟を持って町を守ったことに敬意を持っており、ニールはそのお陰で命はとられなかった。


 しかし、彼の悲惨な境遇はそれだけにおさまらない。従者として付き従っていた者達はことごとく追放され、ダントゥールを後にしていた。

 懇意にしていた資産家もティルクの強権的な態度に、尻尾を変えてニールには見向きもしなくなる。


 彼に残ったのは、ダントゥールとしての一騎士と言う肩書きと、父親の残した遺産の一部のみだ。

 それでも、こうして生きてきたのは、このダントゥールが自分の家であると言う故郷愛からだ。


 この小さな港町で生まれ育ち、ここまで落ちぶれても、やはりここを捨てられない。

 父が守ったこの町を捨てては生きていけないのだ。

 だからこそ、この町にすがって生きてきた。だが、それすらも、コズバーンには否定されていた。


 今は酒を飲む相手すらおらず、ニールは再び酒を一気飲みする。


(俺は、俺はどうすればいい……。コズバーンが憎いのか、それともティルクが憎いのか、町が憎いのか? もう、わからない……)


 そんなニールの元に、一人の女性がおもむろに現れていた。

 彼女の名前はカティ・エルサーク、ニールの恋人であり、娼婦と客の関係でもある。


「どうしたの? いつもの自棄酒?」

「うるせぇ……。今日のはなぁ」


 ニールは言葉に詰まり、酒をコップについでがぶ飲みする。


「自棄酒じゃないの?」

「おい……。今日はお前を抱く気分じゃねぇんだ」


 カティが誘いに来たのを、ニールは機敏に感じ取っていた。


「釣れないわね。でも、いいの。私はあなたがどうなろうと生きてさえいれば、私はそれでいいわ」


 ニールはカティの言葉をきいて、目を潤ませていた。父親を殺され、人望も剥ぎ取られ、地位も落ち、尚且つこうして自棄酒をかっ食らうだけの屑でも、こうして愛を語ってくれる相手がいる。


「この前の依頼でな、お前を抱く金すらない。それでもいいのかよ?」

「別にいいわよ。私は貴方の女よ。店を通さなくても、私が貴方の家に住めばそれで話は終わりよ」


 娼婦と言う忌み嫌われる職業の女性、だが、彼女はとてもニールに優しかった。


 最初は表面だけの付き合いだったが、彼女は彼の境遇にとても共感してしまったのだ。

 彼女自身、ダントゥールの戦で結婚したばかりの夫を亡くし、建てたばかりの家を引き払い、それでも返せない借金を、娼婦の身となって稼いでようやく返済し終えたのだ。


 娼婦と言う身になってからは、家族とも疎遠になり、友人だと思っていた人からは蔑まれた。

 その代わりに娼館の仲間達とは上手くやれているのは唯一の救いだ。


 借金を返し終わってもこの仕事を続けているのは、今さら帰ったところで居場所などなく、正常な生き方も分からないから、ただ、惰性で仕事を続けているだけだった。


 そんな所にニールが現れ、自分の境遇と重ねて、彼を愛してしまったのだ。

 ニールはカティに対して何も言葉を返せなかった。


「俺は……。俺は情けない奴さ。親しくしてた奴はみんないない。ティルクには呈よく監視され、それでも騎士として俺は甘んじてここにいる。否、いざるを得ない。親父の作った威光に生かされてるだけだ。そんな情けない男のどこがいいって言うんだ」

「愛することに理由なんて必要かしら?」


 ニールの言葉にカティはあっけらかんとして答える。彼女は強い、人として成すべき事を果たしたからこそ、人生を達観して生きている。


「すまねえ。今日は酔いが悪いらしい」


 ニールはそう言うとカティは笑顔で答える。


「いつもの間違いでしょ」

「そうだな……」


 彼女の笑顔を見ると、自然と心を癒される。

 だからこそ、思うのだ。


(もっとしっかりしないといけないな)

「カティ、俺はけじめを着けなきゃいけない」


 酒に酔った勢いなのか、ニールは突然そんなことを口ずさむ。


「なに言ってるの? 柄でもない」

「俺は何一つ成すべき事をしていない」

「警備主任の仕事をこなしてるわ、それは立派な事よ」


 カティの言葉にニールは首を降る。


「そうじゃないんだ。俺は一騎士として、コズバーンを赦す訳にはいかないんだ。あいつとのケジメを着けなきゃいけない。これは俺の父の名誉を守る戦いなんだ」


 ニールはそう言うとカティに真剣な眼差しを向ける。


「でも、あなたはあいつと戦うと……」

「あぁ、多分死ぬだろうな」

「……あなたがその覚悟をしているなら」


 カティはそれ以上に言葉を紡ぎ出せなかった。


「お前は最高の女だ。俺はその女の横に立ちたいんだ。お前の横に立つためにもケジメをつける。それが俺だ」


 ニールはそう言うと酒を飲むのをやめていた。

 ニールの今までにない生気に溢れる顔を見て、カティは彼を止めることができなかった。

 覚悟を決めて挑む事が、どれ程までに危険なのかは明らかだった。それでも彼を捨て置けない。


「ニール、その決闘をする時は、私も共に連れていって。貴方がどうなろうと私は、必ず見届ける。それが貴方の横に立つ女の決意よ」


 カティはニールにそう言うと、彼は彼女の前で初めて無邪気な笑顔を浮かべていた。


「分かった。必ず生きてお前の横に立つ男になる」


 二人はそう誓い合い、酒場の一角で静かに接吻を交わすのだった。


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