更生の機会 1
アストールは港の警備状況の視察を行っていた。
港には警備を行う自警団員と騎士達が各所に配置されている。
物々しさは有るものの、これだけ厳重に目を光らせていれば、海賊も早々に入り込めはしないだろう。
「それに加えて臨検隊も編成していてですね! 書類の不備や怪しい動きがあれば、直ぐに臨検を行ってます」
アストール達と一緒に動く騎士は警備状況を説明していた。
昨日は町内の警備状況と、歓楽街における治安改善状況等を視察しており、これと言った問題点はなかった。
港はかなり活気があり、倉庫からの荷物の出入りも活発に行われている。
弊害として船の衝突が起きそうになることもあるが、幸いにして今のところ事故は起きていない。
明日はノーラが通るルートと宿泊施設の警備体制の視察を行う予定だ。
そうして、港の警備体制を視察している途中だった。
「エスティナ様! エスティナ様! 大変です!」
どこからともなく走って現れたレニがアストール達の前に来ていた。
「レニ!?」
アストールが慌てて走ってきたレニに対して、問題が起きたことを即座に感じ取っていた。
だが、一体誰が問題を起こしたのか、見当もつかなかった。
ジュナルとメアリーは一緒にいるのでまず問題はない。エメリナは裏の方で情報収集、レニは神殿にて宗教関係の伝で情報収集をしてもらっていた。
残るはコズバーンだけだ。
「まさかね……」
アストールは今までコズバーンが問題を起こしたことが無かったことから、目をつけていなかった。
「おそらく、そのまさかでしょうな」
ジュナルは何かを察したらしく、息を切らせていたレニを見ていた。
「コズバーンさんが警ら隊に捕まって、今屯所にいるんです!」
レニの叫び声に似た報告にアストールは深くため息を吐いていた。
コズバーンを野放しにしていたことが完全に裏目に出ていた。
「全く……。何をやらかしたってんだよ」
アストールは悪態をつく。
「とにかく、いかないことには分からないよ」
「そうだな」
メアリーの言葉に対して、アストールもまた同意する。
「あ、あの、視察はどうなさいますか?」
「一旦中止するしかないかな……」
「分かりました……。では一度屯所に戻りましょう」
騎士はそう言ってアストール達と共に屯所に戻っていた。
アストールは屯所に戻るなり、ニールの元へとかけていた。
「エスティナ・アストールです。ニール様!お話をさせて貰えないでしょうか?」
「入れ」
アストールはニールの部屋に入ると、彼はアストールを無表情で見据えていた。
「あの、私の従者を捕えたと聞いたんですが」
「君の従者?」
「ええ、コズバーンが捕まったと……」
「ほほう。アイツは君の従者だったか……」
「ええ。一体何をしたんでしょうか」
「君の従者は妖魔の討伐報告義務違反を犯したんだよ」
ニールの言葉を聞いて、アストールは大きく溜め息を吐いていた。
彼の言葉を聞いてなんとなく全てを察した。
妖魔を勝手に倒したのが原因なのだろう。
「でも、それが拘束されるほど大きな問題なんですか?」
「あぁ! 報告されずにそのままだとな、探検者も傭兵も無駄に動かされるんだよ。それだけ危機にさらされる」
アストールは言い返す言葉に詰まり、ニールを見据える。彼は毅然とした態度で更に言う。
「それにな、コズバーンは我々西側領民の恐怖の象徴だ。あれを成敗したと聞けば、西側領民の胸の気持ちも落ち着きましょうに」
ニールの言葉を聞いてコズバーンの処置がどうなるのか察した。
この男はコズバーンを殺すつもりだ。だが、あのコズバーンがそもそもこの屯所に大人しく拘束されていること事態に、疑問が沸いていた。
「あの、ニール様、コズバーンとの面会は出来ないのでしょうか?」
「それは別に構わないが、変な企てはせぬことだな。王女殿下の西方巡察が頓挫しかねなくなるぞ」
ニールの脅しとも取れる言葉に、それでもアストールは臆することはなかった。
「大丈夫です。私は従者を信じてますから」
アストールの毅然とした態度に、ニールは少しイラついていた。
アストールはコズバーンの元に行く。
コズバーンは面会室にて大人しく座っていた。
拘束具は一切なく、それでいてコズバーンはいつもと変わらない様子だった。
アストールはそんな様子のコズバーンを前に呆れながら彼の前に座る。
「コズバーン、何でここにいるの?」
そもそもこの巨漢が大人しく捕まってること事態が不自然なのだ。コズバーンはいつもの表情で答えていた。
「なーに、私怨を見極めるまでよ。奴には我と戦う権利があるゆえな」
コズバーンの言葉にアストールは怪訝な表情を浮かべる。
「どういうこと?」
「主も知っておろう? あのニールと言う男、我が倒したここの城主の息子よ」
あれだけ有象無象と言っておきながら、しっかりと自分の倒した相手のことを覚えていたのだ。
「まったく……」
「心配することはない。我は奴を見極めるためにここに居るまで。あの覚悟を決めた男の息子がどの程度の者かな」
コズバーンはそう言うものの、アストールは不安で仕方なかった。
この粗暴で戦闘狂のコズバーンが、この状況を打開できる未来が見えないのだ。
「さて、そろそろ尋問の時間だ。主は外で待っておれ」
アストールはそれ以上彼を糾弾することもできず、促されるまま部屋から出ていく。
コズバーンはそんな彼女の背中を見送ると、腕を組んでニールを待っていた。
「さて、あの男どれほどのものか……」
そう考えている内に、扉が開いてニールが現れる。
「ふふ、ようやく対面できたぞ、オステンギガントよ」
「お前はあのカールとか言う者の傍らにおった息子であろう」
コズバーンはそう言うと、ニールはその言葉を聞いて一瞬だけ動きをとめる。
「そうだ! 貴様に父を殺され、領主の座からも遠ざけられた! 全て、全て、奪われたんだ!」
コズバーンはその言葉を黙って聞いていた。
「私は一族が築いてきた物を奪われた! 見てみろ! 俺は領主の座から文無しの一騎士にまで落ちぶれたんだ! お前は俺の父を奪うのみならず、俺の希望全てを奪ったんだ」
コズバーンは黙って聞いていたが、彼に目を向けていた。
「全くもってつまらぬ男よ」
「な、なにぃ!?」
「あれ程の武人の息子がこれとは、ケリンも浮かばれぬな」
「貴様ぁ!!」
「話を聞いておれば、お前は己がためにのみ話をしおって……。ケリンはあの戦局を瞬時に判断して、我が身と引き換えにこの町を守ったのだ。それすらも分からぬか……」
コズバーンはニールを諭す様にして語りかける。
「我は刃を交える前にその覚悟を見届けた。猛者でこそなくとも、貴様の父親を切れた事は我が斧の誇りでもあるぞ」
「き、貴様に何が分かる、俺の何が!」
ニールは激昂して腰の剣を抜いて、コズバーンに切りかかる。
だが、コズバーンはそれを片腕だけで凪ぎ払っていた。
ニールは壁にまで吹き飛ばされて、腰を床につけていた。
そんな情けない体勢のニールに、コズバーンは容赦なく強い言葉で言う。
「分からぬな! 何も! 貴様が少しでも父親の誇りに恥じぬ生き方をしておれば、我も貴様のその一太刀受けてやっても良かった。しかし、貴様はその価値すらない! 期待して損したわい!」
コズバーンはそう言うと席を立っていた。
「ま、待て!お前は犯罪を犯したんだぞ!」
「なら、何故我がヴォルフレードを倒したことを知っておる? どうせあの女はお前の着けた密偵であろう。我がそれに気づかぬとでも思っておるのか!? やることなすこと全てが小賢しい。貴様に構ってはおられぬな!」
珍しく饒舌のコズバーンは、静かな怒りを醸し出しながら、部屋から出ていく。
全てを看破されていて、ニールはコズバーンを止めることができなかった。
部屋に残されたのは情けなく腰を落としたニールだけだった。