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コズバーンの日常

 小鳥が囀ずるよりも早い日の上らない早朝、宿屋の中庭に一人の巨漢の男が半裸で精神統一を行っていた。

 男の名は、コズバーン・ベルモンテ。

 かつては王国の一所領で樵をしていたが、森の主である巨大な熊との戦いを皮切りに、戦闘に目覚めた男だ。

 コズバーンの精神統一は、体を動かしていないにも関わらず、早朝の低い気温も相まってか、体から湯気が立ち上る。

 目を開けると斧を手に取り、振り上げて切り株に置かれた丸太に振り下ろす。

 一撃で太い丸太は真っ二つに割れる。

 コズバーンの日課となる薪割りの始まりだ。

 片手で斧を振るい、いとも簡単に丸太をあっという間に薪にしていく。

 もちろん、常人の男性なら確実に両手持ちサイズの大斧だ。


 薪割りが終わる頃には、空になっていた薪置き場に溢れる程の薪が積まれていた。

 どこの宿でもこの行いは喜ばれており、その凶悪な外見とは裏腹に宿屋の女将や家主からは、コズバーンはその見た目と相反して好かれていた。


 コズバーンは薪を片付け終えると、胸に手を添えて目を瞑る。そして、無言の黙祷を捧げていた。

 これまで自分が葬ってきた命に祈りをささげる。これは武人としてあの大熊を仕留めて以来、一日も欠かさないルーティンである。


 朝日がコズバーンの瞼を刺す頃合いで、彼は目を開けるとタオルで体の汗を拭いていた。そして、彼は部屋に戻って身支度をする。

 服を着た後に戦友である熊の毛皮を羽織り、その見た目が完全に蛮族となる瞬間だ。


 彼は主人に挨拶をすることなく、軽く朝食を済ますと宿を出ていく。

 そこで腕っぷしの強い男を探すのだが、今の所、彼の目に適うような男とは出会ったことがない。コズバーンは街に入ると数日は酒場を転々とする。

 だが、それでも目に適う相手がいないので、大抵は探検者ギルドに向かう。そこで強力な妖魔の出現情報を探すのだ。


 しかし、このダントゥールでは状況が違っていた。

 酒場にて強力な妖魔の情報を手にしていたのだ。

 コズバーンは迷うことなく探検者ギルドに向かっていた。

 ギルドに入ればその圧倒的な存在感は、他の探検者達を驚かす。


「あのチラシを見た。ヴォルフレード以外にもっと強力な妖魔はいないのか?」


 コズバーンは受付嬢を見下ろしながら、優しく問いかけていた。

 だが、受付嬢はそれでも彼に威圧感を感じて、苦笑いをしながら答える


「すみません。ダントゥール近辺ではヴォルフレード以外の凶悪な妖魔は目撃されていません」

「ふむ、そうか……。ヴォルフレード程度ではなぁ……」


 コズバーンは受付で聞き込みをするも、受付嬢からは期待した答えは帰ってこなかった。

 不服そうにするコズバーンに対して、受付嬢はムッとして言う。


「ヴォルフレードとは言え、この度依頼に出ているのは特殊個体です。通常のヴォルフレードと違い、巨体になっており、群れを作らずに単独で狩りをしています。それに討伐依頼を受けた探検者には死傷者も出ているんですよ!」


 その言葉を聞いたコズバーンはニヤリと唇を吊り上げると受付嬢に礼を言う。


「そうか、少しは楽しめそうだな。ありがとう」


 コズバーンはそのまま何をするでもなく立ち去っていく。


「あ、あのー! 狩るなら確り受付してってくださーい……。って行っちゃった……」


 コズバーンは受付嬢の言葉をきくことなくギルドを後にする。そして、宿に一度戻ると、狩りの身支度を始める。携行食の準備と愛斧のヴァルバロッサの手入れ、大剣を2本腰に携行すると、そそくさと宿の受付に告げていた。


「3日ほど帰らぬでな。我が主に伝言を頼む」


 コズバーンはこうしていつもの様に妖魔討伐にでかけていた。

 このダントゥールでの獲物は、森林の奥地に潜むヴォルフレードと呼ばれる人獣の長だ。

 二足歩行もできる人狼型の妖魔であり、コズバーンもこれまで幾度となく倒してきた相手だ。

 彼らは5-10頭の群れを作って獲物を狩る。


 ただ、今回のヴォルフレードは特殊個体、単独で行動する珍しい個体だと言う。

 コズバーンは森林に足を踏み入れるなり、様々な妖魔の痕跡を調べていた。

 糞に足跡、木の引っ掻き傷、掘り返された地面等々、森の中を一人で入っていく。


 通常夜を越すような場合は、3人以上のパーティーを組んで入るのが常識だ。

 夜の寝込みを妖魔に襲われないように、見張りを交代でするのが主な目的だ。

 何よりも妖魔相手に単独で挑むなど自殺行為以外の何物でもない。


 だが、コズバーンはそれを気にすることなく、森を進んでいた。

 一日目は痕跡の追跡で終わり、次の日の朝にはルーティンとなる祈りを捧げて、木を1本斬り倒して薪へと変えていく。

 そして、直ぐにヴァルバロッサを担ぐと、更に森の奥へと歩み出す。

 森の中の広間に来ると、コズバーンは立ち止まっていた。

 ただならぬ殺気と気配を感じ取ったのだ。

 通常の妖魔は、その野生の勘からか、コズバーンには近寄ろうともしない。

 その位、コズバーンの殺気は強い。


 だが、それを気にせずに付け狙ってくる妖魔は、確実に大物だ。

 コズバーンは集中して相手の位置を探り出す。

 そして、しばしの時間が経過したのち、大声で叫んでいた。


「でてこいい! この森の長よおお! 我が名はコズバーン・ベルモンテ! 強き者を求めてさすらう猛者である!」


 コズバーンはそう言うと担いでいた愛斧バルバロッサを木に立てかける。

 そして、そのまま目を瞑って精神を集中させる。


「そこの小娘! 我を尾行するはいいが、邪魔だてはするなよ。殺すぞ?」


 森の中でコズバーンは陰にいるであろう追跡者に声をかける。

 とてつもない殺気が森の中を支配するも、それはけしてコズバーンの物ではない。


「ふん、我はここにいる。どこからでもかかってくるがいい!」


 そう言ったのと同時にコズバーンの背後から、通常の二倍はあろうかという巨大なヴォルフレードが素早く襲い掛かる。だが、妖魔の動きを予期していたのか、コズバーンはいともたやすくその攻撃を身をひねるだけで避けて、ヴォルフレードの首に腕を回す。

 そして、そのまま地面に相手をねじ伏せる。


「貴様は二流だ!! 一流の獣は攻撃直前まで殺気を消すものよ。全くもってつまらぬ。本当につまらぬな!!」


 コズバーンはそう言うと腕に力を入れる。

 暴れ狂うヴォルフレードをものともせず、次の瞬間には首の骨が折れる生々しい音が森の中に響く。そして、そのままヴォルフレードは動かなくなる。


「ふん、他愛ない」


 コズバーンは立てかけていたバルバロッサを手に取ると、ぐったりと倒れたヴォルフレードの首に斧を振るっていた。寸分狂いもなく首に振り下ろされた斧は、この森の主の首を切断していた。


「何が目的か知らぬが、我を追跡しても何も得られぬぞ。小娘」


 コズバーンはそう言うとその場を立ち去っていく。

 名誉を手に入れるわけでも、金を手に入れるわけでもなく、ただ、強き者を探してさすらうコズバーンの日常だ。

 彼が一週間も町に滞在していると、討伐依頼の出ている妖魔が人知れず目撃されなくなり、妖魔被害も少なる事があるという。


「こ、こんな、こんなでたらめな報告……。作り話だ!」


 ニールはエディナから上がってきた報告書に目を通して、おとぎ話をみている感覚になった。


「こんな化け物がいるわけ……」


 だが、実際に実戦で対峙した者にはわかる。これが嘘でないと。

 ニールは過去の父親ケリンの死にざまを思い出した。


 城門を破って嬉々として城内に入ったコズバーンは、一瞬でニールの父親ケリンに目をつける。

 ケリンは城門を破られてたのを知り、ダントゥールの被害を最小限に抑えるために、コズバーンと一騎打ちをしたのだ。


 ケリンはダントゥールを、王国軍の略奪から救うために、その身を挺してコズバーンに挑んだ。二人の決着がつくまで、双方の軍が戦闘を停止し、コズバーンとケリンは互いに歩みでる。そして、全員が見守る中、コズバーンとケリンは刃を交えた。


 コズバーンは大きな戦斧を振り上げて突撃する。

 そして容赦なくあの戦斧を、ケリンの頭上から振り下ろした。

 ケリンは正に一刀両断、縦に真っ二つに割れた。

 そこで勝負が決したのだ。


「ダントゥールの兵よ! そなたらの大将! 我が討ち取った! すぐに降伏すれば! 命はとらぬぞお!」


 今でもあの言葉が、父親のケリンが死んだあの日の思い出が、夢に何度も出てくる。


「全く持って忌々しい」


 何よりもこの報告書を見る限り、コズバーンは喧嘩をするでもなく、ただただ自分を鍛錬して暇つぶしで妖魔を倒しているのだ。しかも、街にとっては陸路の安全を確保できるような大物の存在を倒している。


「猫の手でも借りたいこの時期に、我々の役にまで立っている……。何とも悩ましい奴め」


 己の為に生きるコズバーンは正に戦闘狂、しかし、その行いそのものは世の役に立っているのだ。

 エディナを尾行で付けたのは、彼が何かしらの問題行動を起こすであろうと踏んでいたから。

 だが、この4日間で行ったのは、酒を飲み、探検者ギルドで妖魔をあさり、勝手に強敵を倒しているだけだ。誰にも迷惑をかけていないし、これと言って問題行動はとっていないのだ。


「エディナよ。あやつは本当にこれ以外、何も問題行動はとっていないのだな?」

「はい」

「……ふむ。まぁ、想定範囲内か。エディナ。コズバーンはギルドにて討伐報告はしていないのだな」

「はい……。ヴォルフレードを倒した後もギルドには立ち寄っていません」


 ニールはエディナに確認を取ると、彼女に約束の金を渡していた。


「ありがたいものだ。これでアイツを捕まえられる口実ができたと言うことだ」

「情報をギルドに流さなくても大丈夫ですか?」

「頼む。ギルドにその情報を垂れ込んでくれ」


 ニールはそう言うとエディナに対して、最後の依頼をかけていた。



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[良い点] 受付をせずに狩る事を咎めさせるのかそれとも……
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