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英雄への僻み 3

 ジェディンソン家の家紋であるライオンと王冠が刺繍された旗が、快晴の下にある城壁に立てられて棚引いていた。

 城壁の上には鎖帷子に身を包んだ多くのダントゥール兵士達が、弓を持って城壁の外にいる兵士達と対峙していた。


 城壁の外には竜の紋章の旗を掲げたヴェルムンティア王国軍が、その地を覆っていた。

 数万に上る軍勢を前に、ダントゥールは籠城の道を選んだのだ。

 そんな軍勢を前にして、ニールの父親であるケリンは、精悍な顔立ちのまま王国軍を見つめていた。その堂々とした雄姿は正にダントゥールの主として相応しい風格を感じさせた。


「ニールよ。見ているのだぞ。私はダントゥールの城主として、相応しい戦いを行う」


 ケリンの言葉を聞いたニールは片膝をついていた。


「は! 父上の戦いぶり、この目に焼き付けます」


 防備を整えて、兵士達の戦意も高いダントゥール城、とはいえ、ここを守る兵士の数は3000に満たない数だ。いくら城壁を持つ町とは言え、2万人の軍勢を前にこのダントゥールを守る事は出来ないだろう。


 そんな、ダントゥール城に一頭の馬が、敵陣より駆けてきていた。

 馬の上には一人の騎士が跨っており、城壁前まで来ると兜の面を上げて、城壁の上のケリンに向き直り叫んでいた。


「私はヴェルムンティア王国西方遠征軍近衛騎士のギード・アルフレドと言う! 城壁の高貴な騎士はここの城主ケリン殿とお見受けした!」


 ギードという騎士に対してケリンは、名乗りを上げる。


「如何にも、私はここの城主ケリン・ジェディソン男爵である! ギード殿のその勇気には敬意を表そう! して、戦にも関わらず、何故、ここに顔を出された!?」


 ケリンの叫びに対して、ギードは顔を出したまま答える。


「我々王国軍はダントゥールの無血開城を改めて要求する! 今降伏をすれば、我々も街への略奪行為等は一切行わない! できるならば、我々はダントゥールとの協約を結び、王国の庇護下において町の発展を約束しよう!」


 ギードは王国側の立場を改めて要求していた。

 ヴェルムンティア王国としても、このダントゥールはできる限り無傷で手に入れたいのが本音だ。

 だが、ケリンもドレシュヴィヒ王国の一貴族として、この町を預かっている身だ。

 ただでここを明け渡すわけにはいかない。


「私はドレシュヴィヒ王国の誇りにかけて、ここを明け渡すわけにはいかない。何よりも貴公らは侵略者である。その様な無法者達に、この地を踏ますわけにはいかない。申し訳ないが、お引き取り願おう!」


 ギードはケリンの回答を聞いて、彼に毅然とした態度で返していた。


「それが貴公らの回答であるのだな! 戦場で相まみえる事、残念に思う!」


 ギードはそう言うと兜の面を閉めて、城壁に背を向けて走り去っていた。

 その背中を見送るケリンは、決意を固めていた。

 ギードが帰るのと同時に、ヴェルムンティア王国軍は一斉に前進を開始していた。

 人の列が一斉に動き出し、総攻撃が行われる。

 その最前列には傭兵隊が配置されており、その中でも一際目を引く大柄の大男がいた。


「御領主! あれはオステンギガントではありませんか!?」


 一人の兵士が大きな声で叫んで、大柄のお男を指さしていた。

 大人の男一人分の大きさ程ある巨大な戦斧を持ち、しっかりとした足取りで最前列を髭もじゃの大男が歩み寄ってくる。


 その姿を見ただけで、城壁の兵士達はざわめきだしていた。

 この東部に侵攻してきた王国軍に、一人の傭兵の伝説的な逸話が広がっていた。

 素手で騎士を縊り殺し、手に持つ戦斧で10人の兵士を一凪に殺した。

 馬で突撃してきた騎士を、馬ごと投げ飛ばして倒したり、矢を受けても一切止まることなく突撃してきて戦列を崩したりと、その逸話には限りがない。

 東方の大巨人オステン・ギガントと呼ばれる傭兵、コズバーン・ベルモンテだ。

 噂に聞く格好と酷似しており、兵士達はその姿を見て怖れだす。


「オステンギガントだ……」

「くそ! あんな化物!」


 兵士達の士気が乱れ始めたのを見て、ケリンはすぐに兵士達を一括する。


「皆怖れるでない! いくら化物と言えど、人間には変わりない! 妖魔でも矢を受ければ死ぬのだ! 総員! 構えよ!」


 ケリンの一声に対して、兵士達は何とか気を取り直す。

 戦列が近付くに連れて、コズバーンの大きさが改めて尋常でないことが分かる。

 体躯が異常によいのは勿論の事、身長は成人男性の平均的な身長の1.5倍はあろうかと言う高さだ。それに加えて、コズバーンは戦列の後ろから大きな木の板を受け取っていた。

 コズバーンの体をすっぽり覆い隠すほどの大きさの木の板であり、厚みもかなりある。


「弓隊! 構え! 放てええ!」


 ケリンの叫び声に応じて一斉に弓矢が放たれる。

 戦列に矢が降り注ぎ、その足は鈍る。ただ一人を除いて……。


 降り注いだ矢を大きな四角い木の盾で防いだコズバーンは、走り出していた。

 上から見れば四角い板が猛スピードで、城壁に向かって移動してきているようにしか見えない。

 第二射も余裕綽々と潜り抜けたコズバーンは、猛スピードで城門まで迫っていた。


 そして、城門前まで来ると、木の盾を捨てて、木製の門に向かって突進していた。

 そう、文字通りタックルをかまし、門にかかっていた閂を一撃で粉砕して、門をこじ開けていた。

 その余りにも早い城門の突破を前に、城壁上の兵士達は唖然としていた。


「城門を生身で破ったのか……!?」


 ケリンさえも唖然としたほどだった。


「我が名はコズバーン・ベルモンテ! 強き者を求め、戦場を渡り歩く傭兵である! このダントゥールにおいて腕に自信のある者は歩み出よ! 我と一騎打ちをするのだ!」


 門を突き破ってきた化物を相手に、騎士や兵士達はおそれ慄き、戦う前に逃げ出していく。

 そう、コズバーンの噂が本当であると、この門の扉を破ったことで証明されたのだ。

 兵士達が動揺している間に、王国軍の傭兵達が門を通って入ってくる。

 それを見計らって、ケリンは叫んでいた。


「我が名はケリン・ジェディンソン! ここの城主だ! コズバーン殿に一騎打ちを申し込みたい!」


 その申し出を聞いた兵士達と、傭兵達に動揺が走る。


「よかろう! ではその城壁より降りてくるがよい!」

「ありがたい! 皆の者! きけい! これより私はコズバーンと一騎打ちを行う。私が負けた場合、大人しくこの町を明け渡すのだ! それまで戦闘の中止を申し入れたい!」


 ケリンの言葉を聞いた傭兵達は、渋々その場で足を止めていた。

 一瞬で戦闘は収まる。


「よかろう! 我が主に告げよ! 我はケリンの首をもってして、このダントゥールを開放すると!」


 コズバーンの声を受け、王国軍も攻撃を治めていた。


「父上! 一体何を!?」


 ニールはケリンに向かって近づいていた。

 彼は苦笑して息子に答える。


「我が息子よ。すまぬな。既に門は破られた。町への被害を出さぬためには、私の命を持ってして、この町を手渡すしかあるまい。ニールよ、後を頼む」

「ち、父上! ここはまだ降伏の時ではありません!」

「否! 今が矛の納め時だ!」

「ち、父上! これでは余りにも!」

「口答えはならぬ! 黙って我の死に様を見届けよ!」


 ニールの静止を聞くことなく、ケリンは城壁より門の下へと降りていた。

 その悲哀と覚悟に満ちた背中をニールは忘れたことはない。

 ケリンはコズバーンの前に立つと、改めてその巨体に絶句する。


「ここまで大きいとはな……」


 ケリンは腰のロングソードを抜いて、コズバーンと対峙する。


「ふむ! 貴様のその覚悟! しかと受け取った! いざ参る!」


 コズバーンは戦斧を振り上げてケリンに駆け寄っていた。

 そして、頭上から振り下ろす。

 ケリンはそれを剣で受け流そうとするも、戦斧の勢いは止まらず、甲冑ごとケリンを縦に両断していた。血しぶきが門の前であがり、ニールが下に降りた時には、既に決着がついていた。


「あぁあ……あああ、父上! 父上えええ!!」


 夜更けの中、ニールは悪夢から目覚めてベッドの上で起き上がる。

 汗が顎から滴り落ちて、シーツを汚していた。


「くそ! またあの夢を見るようになっちまった!」


 半裸のニールは父親を失ったあの出来事を、悪夢の如く見ていた。

 最近はその悪夢に悩まされることもなかったのだが、久しぶりにコズバーンを見たせいか、またあの悪夢を見ていたのだ。


「ニール?」


 そんな汗をかいたニールの横で、また裸体に布団を被った女性が彼の名を呼んでいた。


「どうしたの?」


 心配そうにその女性はニールに問いかけ得ると、彼は答える。


「いや、何でもない。ちょっと昔の嫌な夢を見てただけだ」


 長い金髪を描き上げて、女性はニールに抱き着いていた。


「ねえ、今日はいつもより激しかったわね。もう一回どうかしら?」


 ニールは女性の誘惑に、苦笑して答える。


「カティ、ありがいんだがな。もう少し休ませてくれ」


 ニールはカティを抱き寄せると、そのままベッドの上へと寝そべっていた。

 二人はベッドの上で抱き合う。


「何か良いことでもあったの?」


 カティはそう言ってニールの胸板に手をのせると、彼はその手に右手を重ねて答えていた。


「あぁ、良いことではないが、父の仇を討つ妙案を思い付いてな……」

「なにそれ? 初耳なんだけど……」

「前から言ってるだろ。本来は俺が領主になっていたはずなんだ。そもそも俺はこの町を預かる生まれのはずだ。それをあいつが全部ぶち壊した」

「それは知ってるよ。元々貴方はここの領主の息子だったんだから。それよりも敵討ちってどういうこと?」


 カティはニールに対して問いかける。


「俺の父を殺した奴が、今この町に居るんだ」


 ニールは不敵な笑みを浮かべており、カティはそれに対していつもの彼ではないと感じていた。

 彼女がいつも見ていたニールは、それこそ半ば自暴自棄であり、今の仕事と地位に不満を抱いている状態だった。


 最初こそ彼から金を取れるだけ取ろうと思っていたものの、話をしていく内に哀れみを感じ、何よりもその境遇が自分に似ているせいもあってか、彼のことを愛し始めていた。

 客と娼婦の関係だったのが、いつしか、言葉を直接交わさずとも、気持ちが通じ合う関係になっていた。


 だからこそ、カティには分かるのだ。

 彼は今、復讐心に取り憑かれつつある。


「ニール、貴方の父を殺した人って、あのオステンギガントでしょ?」

「あぁ……」

「どうやってあの化け物を殺すの?」


 この町、否、西方地域においてコズバーンの異名は恐怖の象徴となっている。

 コズバーンの成した偉業は大きい。余りにも大きすぎた。今では西方遠征が頓挫したのは、オステンギガントが居なくなったからとさえ言われる始末だ。

 そんな王国の英雄を倒すと言うのだ。

 何か秘策を用意しているのだろう。


「カティ、君の知り合いに密偵を稼業としている人が居ただろう?」

「ええ、居るわ」

「その人を紹介してくれないか?」


 カティはニールの相談に少し考え込む。


「やめときなよ。復讐なんて。そもそも、密偵なんて雇ったらそれこそ文無しになるわよ?」


 カティの言葉にニールはいつにない鋭い目付きで彼女を見つめる。


「いいんだ。俺は父を殺したアイツを殺せるなら、金なんて幾らでも払う」


 カティはその言葉をきいて察していた。

 何度なく体を合わせ、言葉を交わしてきたからこそ分かるのだ。

 ニールは本気だ。

 これまでうちひしがれて、半ば木偶人形のようだった彼が、今は自分の意思で動こうとしている。

 その動機が何であれ、ニールが復讐(これ)を成し遂げた時、新しく生まれ変わるのではないか。

 カティは心の奥底で淡い希望を持ってしまった。


「わかったわ……。紹介する」


 カティの言葉にニールは笑みを浮かべて、彼女を抱き寄せてキスをする。


「ありがとう。愛しているよ」


 カティは複雑な心境になるも、ニールの言葉に対して純粋に喜びを感じるのだった。


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