英雄への僻み 1
快晴の青空に石造りの港と木製桟橋、多くの木製帆船が停泊しており、その帆船からは多くの積み荷が降ろされていた。その積み荷を船員たちと荷車を引くロバが運んでいく。
そして、入港したばかりの船に対しては、警備を任された騎士隊が臨検部隊として入っていく。
そんな平和な港を見つめる一人の男がいた。
格好は白いシャツに黒いズボン、腰に巻いたベルトを隠すように布を巻き、そこに剣をぶら下げている。
長髪を後頭部で一括りにしており、顔には無精ひげを生やした男だ。
男の名前はニール・ジェディソン、港の警備統括を任されている警備主任だ。
彼は仕事が一段落ついたこともあって、休憩がてら桟橋まで来ていた。
港はいつもと変わることなくカモメたちが飛んでおり、平和な港には人々が行きかっている。
積み荷の殆どは王国所領地より寄せられた西側属領地に充てられる復興支援物資だ。
ここは西側属領地のアクセスがとても良い港であり、ヴェルムンティア王国に支配される前よりも町はかなり賑わっていた。
ニールはそんな複雑な状況の港を見ながら、腰からスキットルを出してヴェム酒という小麦の酒を口にしていた。
「休憩の酒はうまいもんだ」
ニールは一口飲んだ後、スキットルを腰にしまって立ち上がる。
そして、再び仕事に戻ろうと港に向かって歩みだす。
港に停泊する船を見ながら、歩き出す。
「王国もまた勝手なもんだな」
ニールは自分の置かれた状況を憂いながら毒づく。
王国の王女殿下が、このダントゥールに親善訪問が急遽決まったのだ。
そのせいもあってか、いつも以上に港には船がごった返している。
そんな港の中、一隻の大きな帆船が港に停泊しているのに気づき、ニールは自然とその船に目を奪われる。大砲を積んで重武装を施した戦闘用帆船だ。
警備主任だからこそ、そう言った戦闘帆船は特に目を向ける職業病と言うやつだ。
ニールはその帆船に近付いていくと、桟橋で部下達が女性の一団より書類を受け取って、入港時の続きをしているのを確認する。
仕事をしている部下達を遠くから見守っていると、桟橋の一人の巨漢に目が釘付けになっていた。
「は!? なんで! あいつが!?」
彼の眼には巨大な戦斧を背負った巨漢の男が映っていた。
「なんで、なんで、このダントゥールにあのオステンギガントが!?」
ニールは驚嘆と共に、胸の中にある思いが沸々と湧き上がる。
腰にある剣を引き抜こうとする手を抑え、ニールは憎しみの炎が胸中に燃え上がるのを感じる。
あのオステンギガントこと、コズバーン・ベルモンテ、ニールは彼を憎悪している。
コズバーンのせいで、領主の嫡男と言う座を追われ、今や町の一騎士にまでなり下がったのだ。
「今になって……」
ニールは自分の仕事があると思いつつも、コズバーンの後を追いだしていた。
早々に女性の一団から離れると、コズバーンは桟橋より港に入り、慣れた足取りで町の方へと向かっていた。人ごみの中にあっても、あの巨漢の大男はかなり目立っていた。
町を歩けば周囲の人々は畏怖の表情を浮かべて巨漢を見る。勿論、それはかつてこの町を恐怖に陥れたオステンギガントとしてだ。
ニールはそんなコズバーンがどこに向かっているのか、大体察しがついていた。
コズバーンは町の中でも治安の悪い地域に対して、どんどんと足を踏み入れていく。そこはニールも普段から入り浸っている場所、歓楽街だ。
レンガ造りの建物に加えて、道は土がむき出しであり、その道端で酒に酔いつぶれた船乗りもいる。昼間と言うのに、酒臭い者も多く行きかっていて、また、挑発的な格好をした娼婦達も行き交う男達を誘惑している。
宿泊施設や酒場以外にも、娼館があり、にやつく船乗りがその中に入り込んでいく。
このような混沌とした光景が広がっているのが、この歓楽街だ。
そのおかげかニールの尾行は、コズバーンには気づかれて居なかった。
しばし、尾行を続けると大きめの酒場の前でコズバーンは足を止めていた。そして、その酒場にコズバーンは足を踏み入れる。ニールも自然とその酒場に吸い寄せられるように入っていく。
中には船乗りや探検者、狩人、傭兵などが入り浸っており喧騒だった。
だが、コズバーンが足を踏み入れることにより、その喧騒さは一瞬で止んでいた。
コズバーンの放つ異様な雰囲気がその場を鎮めていたのだ。
彼は空いているテーブルへと向かい歩いて席に着く。テーブルの位置は部屋の角側であり、部屋全体を見渡せる場所だ。
(やはり、あいつは強者を物色しているのか……)
ニールはそう思いつつ、コズバーンを監視する。
コズバーンはウェイターを呼びつけると酒を頼んで、昼間からちびちびと酒をあおりだす。
戦闘狂ゆえにその行動は予想しやすい。
一人一人の仕草や言動、そう言った面を観察すれば、相手が強者かどうかをコズバーンは判断できるのだ。とはいえ、例え強者がいたとてもそれは人間レベルの話だ。上級妖魔すらも素手で渡り合えてしまう彼の目に適う者はいない。
いつものように落胆のため息を吐いて、コズバーンは酒を煽っていた。
その時だった。
「おーい! 号外! 号外! 探検者ギルドから号外だよお!」
一人の青年が勢いよくドアを開けて酒場に入ってくる。
「お? なんだなんだ!?」
酒場内にいた傭兵や探検者、狩人が一斉に青年に目を向ける。
静まり返っていた酒場内は、青年が入ってくることで再び活気を取り戻していた。
「探検者ギルドが近辺の妖魔狩りを強化するってよ! 探検者のみならず傭兵や狩人でも妖魔狩りをすれば報酬が出る! さあさあ! 対象となる妖魔の載った号外だよ!」
ニールはその言葉を聞いて、この妖魔討伐強化の理由を察していた。
近いうちにヴェルムンティア王国よりノーラ王女殿下が、このダントゥールに親善訪問するのだ。このダントゥール城主はそれを機に妖魔討伐強化を探検者ギルドに依頼したのだろう。
報酬はおそらくヴェルムンティア本国に請求できる。それを踏んでの行動だ。
「ティルクの奴め。やはりあいつは抜け目ないな」
ニールは一人毒づきながら、青年から配られていく号外を手に取っていた。
もちろん、漏れなくコズバーンもその号外を受け取る。
ニールは号外に目を通すと驚嘆する。
討伐対象はコルド以外にも、大型のヴォルフレードと呼ばれる人狼妖魔も含まれていた。
元々ダントゥールはそこまで重要な港でなかったので、森を通る道はさほど広くはなかった。
だが、戦争で物資を補給する重要拠点となった時に、森を通っていた道の幅を広げた。
その影響かはわからないが、隊商達の妖魔遭遇率が以前よりも増えたという。
何よりもこの討伐強化の目的は、陸路で移動するノーラ殿下を、妖魔の手から守る事だ。
ふとニールがコズバーンを見ると、彼はにやりと笑顔を浮かべていた。
おそらく彼はこの妖魔達と一戦交えるつもりだ。
ニールはそれを確認すると、席を立っていた。
あれだけ目立っていては、まず見失うこともないだろう。
それを確認できただけでもニールにとっては大きな成果だった。
ニールはコズバーンに対してとある復讐方法を思いつき、酒場を出ていくのだった。