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新天地へ1

「エスティナ・アストールよ! 王命を拝する!」


 第一近衛騎士団長室に呼ばれたアストールは騎士団長グラナより王命を配していた。


「貴公エスティナ・アストール近衛騎士代行は昨今の有り余るほどの功績より、ノーラ王女殿下のダントゥールより始まる西方巡察の護衛を任ずる」


 グラナは従士より受け取った命令書を読み上げた後、アストールに対して命令書を受け渡す。

 今までにないほどの分厚い命令書の束であり、アストールはその命令書を受け取って両手にずっしりとした重みを感じる。


「は、エスティナ・アストールは王よりの拝命しかとうけました」


 アストールはグラナと目を合わせると、彼は苦笑する。


「私からは何も働きかけができなくてすまない。いつも苦労ばかりを掛けておるな」

「あ、いえ、そんなこと……」

「もし、これが君の兄上であったなら、怒りでその命令書を破いていたかもな」


 グラナの言葉を聞いたアストールは苦笑する。

 確かに男であった頃の自分であれば、そうしていたかもしれない。基本的にエストルとは反りが合わず、よく地方巡察の名目で妖魔討伐に向かわされていたのだ。

 アストールは他の騎士とは違い、従者を最低限しか従えていない。自分の所領より兵士を取り立てて妖魔討伐に向かう事もない。それはジュナルの魔術とエメリナのサポート、何よりも自身の怪力によるところが大きい。

 だからこそ、妖魔討伐で本人の意志とは関係なく大活躍していたのだ。

 そう言った所は男になっても、女になってもあまり変わりがないらしくアストールは苦笑して答えていた。


「グラナ団長、兄上も私も変わりませんよ。王命を拝したならそれは騎士の務めです。その務めは全う致しますよ」

「そうか。それは良かった。それならよい。では、今回の身支度金を支給する」


 グラナは優しい笑みに変わり、従者に台車を持ってこさせる。


「え? 身支度金?」

「そうだ。ノーラ殿下を守護する任務だ。それなりに金が要るのは当然であろう」


 アストールは台車の上にある頑丈な箱を見て引きつった笑みを浮かべる。


「あの、これって」

「中を開けて確認してみると良い」


 アストールは自分の前にある台車の上の箱のふたを開ける。

 そこには潤沢な金貨、銀貨、銅貨の束が数十本単位で入れられており、また、区切りの向こうには綺麗な水晶玉が一つ入っていた。


「あ、あのこの水晶って……」

「そうであったな。長いので全文は読んでいなかったから、貴公には分からなかったな。この度の任務、緊急性を帯びる事もあるので、通信水晶を持たせると書かれていた」


 アストールは溜息を吐きたくなるのを我慢する。

 この通信水晶、水晶同士をリンクさせるのに宮廷魔術師が数人で数ヵ月を要するほどの苦労をする水晶であり、水晶の透明度が高いほど含有可能魔力量が高く、国が所有する通信水晶になるとそれこそ値段が付けられない。噂では国家一つが丸ごと買えるくらいの価値はあるという。


 だからこそ、通信水晶の数は少なく、希少性もかなり高い。

 王国はその水晶を100個程所有しているが、その希少性から戦などで相手国に奪われることを危惧して滅多に持ち出さない。

 西方遠征時にはそのうち10個を使用していて、それがあったからこそ遠征が優位に戦えた側面もある。

 とはいえ、その様な超高価な物を個人に持たせる事をアストールは危惧していた。


「あのー、伝書鳩じゃダメなんですか?」


 アストールはダメもとで聞くも、グラナは直ぐに返していた。


「今回の任務は王族に関わる任務。他の任務とは重要性が違う。伝書鳩も良いが、より確実な情報の伝達が必要なのだよ」


 グラナは笑みを浮かべていたが、アストールはその笑顔が悪魔に見えて仕方なかった。

 国宝級の物品を持たせる程に今回の任務は重要なのだと改めて自覚する。


「でも、私が途中で暴漢に襲われたりするかもしれませんし、道中には傭兵崩れの賊だっていますよ?」


「安心せよ。道中には近衛騎士に加えて、王族従騎士も同行する。戦力には申し分ない。それに君は今まで幾度となく死地を乗り越えた。今回の暗殺阻止に、妖魔討伐、君はもはや功績だけでも兄上を越えているのだよ」


 アストールは自分の行動を見返していた。

 オーガが出て来ても、正直、一体くらいなら自分一人で何とかできるだろう。

 ましてや、闘技場では歩兵一個大隊クラスに強いアーマードスコルピオンを、サラマンドル5体と同時に相手をして一人で倒したのだ。普通に考えて既に人ならざる者なのだ。

 アストールは返す言葉なく、そのまま黙り込む。


「君も自覚しているなら、そう言う事だ」

「で、でも、それは私が妖魔相手だからできた事で……」

「人間相手には同じことが出来ないと?」


 グラナは怪訝な表情でアストールを見る。

 アストールはその疑いの視線に耐えられず、意をけして腰に下げている帯剣を外してグラナの机の上に置く。


「私が強力な妖魔を倒せているのも、この剣のお陰なんです」


 グラナはその剣を見て、目を細める。


「団長はご存じないでしょうが、この剣は妖魔のみならず、魔法付与をせずとも、魔力の作用する現象全てを切り裂ける魔剣なのです」

「ふむ。もう少し詳しく話をきこう」

「ある事情でこの剣を手に入れたんですが、私が妖魔を簡単に殺せるようになったのは、この剣を手に入れてからです」

「ふむ」

「私は今まで色々な妖魔を倒してきました。ですが、この剣はけして鉄の鎧や剣を切り裂く事はありませんでした」


 事実、対人戦の時にはこの剣は、他の剣の刃を受けはしたものの、剣ごと相手を切り裂く事などなかった。グラナはその話を聞き、腕を組み考え込んでいた。

 そして、小さく溜息を吐いていた。


「君は本当に運命的にこの剣に出会ったのかもな」

「え?」


 グラナは剣を手に取って鞘から引き抜き、刀身の根元を見る。

 そこには刀匠の名前が刻まれている。


「この剣は国宝だ……。間違いない」

「……え!?」


 グラナの言葉にアストールは言葉を失う。


「魔剣オノーレ・ナシタ(栄光の誕生)古代魔法帝国時代に作られた魔剣で間違いない。歴史書等は残っていないが、帝国時代の刀匠レオネッサが造った伝説の宝剣と呼ばれている。十数年前に王国宝物庫から奪われて失われていたが、まさか君が手に入れていたとはな」


 自分が使っている剣がまさか国宝級の魔剣だったなど、知る由もなかったアストールは絶句する。


「とはいえ、君はこの剣を持つ資格がある」

「え?」

「この剣は君の御父上に贈呈される予定だったのだ」


 グラナの言葉にアストールは再び言葉が出せなくなる。


「君の御父上の功績を認め、国王陛下が君の父上に授ける予定だったのだ。生憎、贈呈直前にその剣は宝物庫より何者かが持ち去ってしまったがな」


 アストールは言葉を失ったまま動けなくなる。これほどまでの運命の悪戯があるものだろうか。

 もしも、その何者かが剣を奪わなければ、父親と共にこの魔剣は業火に焼かれていただろう。


「君の御父上の形見といえるものだ。これは君にこそ持つ資格のある剣だ」


 グラナは刀身を鞘に仕舞い、剣を彼女の前に差し出す。

 アストールは無言のまま、その剣を受け取っていた。


「エスティナよ。その剣は妖魔を倒すために造られた剣と言われている。人を斬るための剣ではない。今後はその剣は妖魔を倒すためだけに使い、人と戦う時は違う剣を使いなさい」


 グラナはそう優しくアドバイスする。

 アストールは任務の事などどうでも良くなり、受け取った剣を両手で抱きしめて膝からその場に座り込む。そして、溢れてくる涙を抑えきれずに、嗚咽を漏らしていた。


 自分が幼くして亡くなった父親を何度も恨んだ。言葉には出さなかったが、本当は両親の愛が死ぬほど欲しかった。この剣の事実を知り、アストールは精神を崩壊させたのだ。


 辛い日々を叱咤して支えてくれたジュナル、自棄になっている自分をずっと傍で支えてくれたメアリー、二人への感謝の気持ち、そして、両親を失った悲しみ、愛情を受けたいという欲求、その全てが一挙に感情として溢れて来て、アストールは立てなくなった。


 エメリナから渡ってきた父親の形見が、知らずのうちに彼女かれを陰から守護まもってくれていたのだ。アストールは剣を抱きしめたまま、暫くそのまま泣き続けていた。


 グラナはその様子に声を掛けられなかった。

 今まで毅然とした態度でオーガキラーと恐れられ、あそこまで大きく見えた女性が、今や剣を抱きしめて咽び泣く小さな一人の少女であると、改めて自覚させられる。

 そう、彼女は普通の少女なのだ。


「エスティナよ……」


 両親との唯一の繋がりを見つけたアストールの気持ちを知ることは出来ない。

 そして、同時にグラナは思う。


(彼女は本当はとてつもなくもろい……。無理をし過ぎている。この任務には適さないかもしれぬな)


 任務の重圧を前に屈してるわけではない。しかし、彼女かれの生き様は正に波乱万丈、女性の身であるが故の苦悩、そして、無理を通さなければならない所が多々あるのだ。それを直視してしまったのだ。だが、もはや、止めることは出来ない。


 王命を彼女かれは拝したのだ。


 どうする事もできないグラナは自分の力のなさを歯噛みした。

 この命令書は王命であり、自分の権限ではその内容を変えられないのだ。

 もしも、自分が勝手に護衛を増やそうものなら、それこそ越権行為、反逆行為とみなされかねない。何よりも先日王子の暗殺未遂が起きたばかりの時期に、その様な軽率な行動を取れない。

 アストールは落ち着きを取り戻し、涙を浮かべたまま鼻を啜り、グラナに向き直る。


「すみません。取り乱してしまって……」

「いや、よい、君の気持ちは察し余るものがある」


 グラナはそう言って彼女かれの前まで歩みでると、手を差し出していた。

 今自分がしてやれるのはこの位しかない。

 グラナはそう自嘲していた。

 アストールはその手を取って立ち上がる。


「グラナ様、ありがとうございます」

「いや、良い、それよりも本当に大丈夫かね?」


 アストールは心配そうなグラナの表情を見て、先ほどとは打って変わって明るい表情を浮かべる。


「お見苦しい所をすみませんでした。私には優秀な従者もいますし、何よりも父上の剣が私を守ってくれます」


 新たな心の支えを得られたのかアストールの表情は、部屋に入ってきた時よりもすっきりとしているように感じられた。


「それなら良いが……。今後は従者だけではなく、何か困りごとがあれば、私にも相談に来ると良い。私にできる事は協力する」

「ありがとうございます」

「この箱は君が出発する前に預けよう。出発前に声を掛けてくれ」

「は!」


 アストールは返事をするとそのまま団長室より出ていく。


「何ごとも起こらなければよいが……」


 グラナは彼女を心配しながらつぶやく。その呟きは部屋の虚空へと消えていくのだった。


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