錯綜する企て 8
アストールは王城で従者一同を集めてディルニアに向かう事を伝えていた。誰一人として反対する者はおらず、事情を説明した後、すぐに各自部屋へと戻って身支度を始める。アストールがバッグに服を詰めていき、下着を準備している時だった。
突然扉がノックされる。
「誰?」
「エスティナ様! レニです」
「入りなさい!」
アストールの言葉にレニは扉を開けて部屋に入る。
そして、アストールが下着を用意している所を目にして顔を真っ赤にしていた。
「何か用?」
「あ、あの! 王族従騎士のゴラム様がお探しになっておられました」
「ゴラム様が?」
「はい、何でも急用だとか」
「急用……?」
「そうなんです」
「何かしらね?」
王族従騎士と聞いてアストールはすぐに嫌な予感がする。
大抵そのような大物に呼ばれる時は、決まってろくな用事ではない。
「正午に中庭に来るようにとの事でした」
「ふーん、正午ね……」
アストールはそう言って時計を見る。
「ってもう正午になるじゃない!」
アストールはそう言うなり部屋から飛び出していた。
「あ、エスティナ様」
レにもすぐにその背中を追って走り出す。
二人は宿舎を出て王城の中庭へと走って向かっていた。
中庭には噴水があり、その前でゴラムが腕を組んで佇んで待っている。
「ゴラム王族従騎士長! すみません、遅くなりました!」
「おお、いや、なに、待ってはおらんさ」
ゴラムは豪快に笑ってアストールに答える。
「レニより伺いましたが、私に何か御用がおありなのですか?」
「単刀直入でよろしい。ああ、君に頼み事をしたくてな……」
「頼み事?」
「そう、此度の大会中止を受け、新たに西方で王国の力の誇示をする必要が出てきたのだ」
西方の遠征が終了したことを祝うための大会、それが西方同盟によって台無しにされた。そのため、何かしらの措置を取らないといけない。
「まさか、また戦争を?」
「なに安心せい。今回はけして戦ごとにはならん」
今の王国には再び西方同盟に対して再び戦いを仕掛ける余力はない。南方と東方からの外敵に備えて戦力を温存しておかなければならないのだ。だが、そうなると西方地域に対しての力の誇示とは何になるか。
「一体何をされるんですか?」
「我が王国が西方の隷属地域を盤石なものにするべく、戦火で傷ついた地域の復興を行っているのはしっているな?」
「は、はい。耳にするくらいには」
西方の征服地域での復興は始まったばかりであり、王国による統治はとてもうまくいっているとは言い切れない。原住民には王国は恨まれており、反乱の火種は常に燻っている状態だ。
だが、王国側もただただ搾取をするわけではない。
ある程度の軍を残して、そこで地元住民と共に町や村の復興支援を行っているのだ。
「そこに我がヴェルムンティア王家の王女、ノーラ様が慰労訪問を行うことが決定した」
「ノーラ様が!?」
「そう、ノーラ様が王族として現地の兵士や復興のために働く住人を慰労することで、西方での影響を強めることができる。対外的には絶対に返還しないという強固な意志の表明にもなる」
これこそが王国側が西方同盟に対しての外交的な意思表示と、ある種の西方同盟への嫌がらせになるのだ。
「そして、その護衛に我が王族従騎士に加えて、現地軍、近衛騎士隊が護衛に付くのだがな。ノーラ様の近くに強い女性の護衛を付けたいと言う意見があったのだ。そこで私が君をその役に推薦しようと思うのだ」
「わ、私を!?」
「ああ、引き受けてはくれまいか?」
「そんな急に言われても……」
「エドワルド公爵とディルニア公国に行くのであろう?」
ゴラムの問い掛けに対してアストールは目を点にして彼を見据えていた。
「なぜ、それを?」
「私が何も調べずに君に声を掛けるとでも?」
アストールは引きつった笑みを浮かべてゴラムを見る。
彼は下調べと手回しまで全てを済ませて彼女に声を掛けていた。
どこまでの事を知っているのかは分からないが、自分がどこかに行こうとしていたという事は確実に知っている。
「君の兄を探すという目的はわかる。そのために近衛騎士代行になっているという事も知った。そして、ディルニア公国に兄君の手掛かりがあるということなのだろう」
ゴラムは腕を組んでうんうんと大きく首をうなずかせていた。
「本当に君は立派な女性だと思う。そのついでにノーラ殿下の護衛を頼まれてくれんかね?」
「で、でも私には公爵殿下とも約束を交わしているので……」
「それは気にすることはない。既に公爵殿下には使いを送っている。何なら、ノーラ殿下の船団に加えてくれるようにお願いをしている所だ」
「せ、船団?」
「そう、ノーラ殿下の巡視する場所の始まりが丁度公爵殿下の航路上にあってな」
アストールはその言葉を聞いて航路上にあったのではなく、正確にはそこを選んだのだとすぐに感づいた。彼女は疑いの視線をゴラムに向けると、ゴラムは笑みを浮かべる。
「はは、君は勘が鋭いな。君の想像通りだよ、私が選んだんだ」
「狸爺……」
「ん? 何か言ったか?」
「食えない人だって言ったんです」
「それはお互い様だ。安心したまえ、君が行きたがっているディルニア公国が巡察の最終地点だ。我々は王国の国賓としてノーラ殿下と共に公国に迎え入れられる」
その言葉を聞いてアストールは腕を組んでいた。
「ふ~ん。なるほど、国賓ね……。公国と王国は強く結束するってことを内外に示す訳ね」
「全く、君には恐れ入るよ。近衛騎士代行にしておくのが勿体ない」
ゴラムはアストールの見識があっている事に感嘆していた。
ノーラが西方属領地を巡察して、最後の仕上げにディルニア公国へと入る。そして、ノーラは国賓として迎え入れて貰えば、それだけで王国は西部の属領地を手放さないという強烈なメッセージを西方同盟へ示威できる。そして、ディルニア公国としても強い結束は西方同盟と内部の反王国派への威嚇と抑止の両方の意味を持たせることが出来る。両国は共に得をする関係であるのだ。
「ねえ、さっき我々って言いませんでしたか?」
「ああ、私も王族従騎士50名と共に向かう予定だ」
「ゴラム騎士長自らが参じるのですか?」
「ああ、私はノーラ殿下に剣技を指南した事もあったから、それが決め手で陛下より御拝命頂いたのだ」
アストールはその言葉を聞いて大きく溜息を吐きたくなるのを我慢する。
お転婆なノーラを作り上げた一要因が目の前に居るのだ。
殴りたくなるのを我慢しつつ、アストールは笑顔を浮かべていた。
「それは頼もしいですね」
「だから、安心してくれ。私が貴公らを含めてノーラ様のお命はお守りする」
固い決意を感じる瞳を見てアストールは軽く溜息を吐いていた。
「分かりました。お引き受けいたします」
「その返事が聞けて良かったよ」
「どうせ、私に拒否権なんてないんでしょ?」
ゴラムはその言葉に笑顔で答える。
「君のような切れ者、本当に女性にしておくのが勿体ない。まあ、そう言う事だ。私はこれより職務に戻る。詳しい事はまた追って沙汰する。それではまたな」
ゴラムはそう言うと彼女に背を向けて城内へと戻っていく。
王族従騎士は騎士と言うよりは武人気質な人間が多く、ゴラムはその代表格のような人間だ。
そんな異質な騎士を見送り、アストールは小さく溜息を吐いていた。
「私を調べる密偵がいるか、エメリナに調べて貰おうかしら」
アストールはそう独り言を呟きつつ頭上を見上げて歩き出す。
これから起こるであろう事は何ら問題としていないくらいに空は青く晴れ渡っている。
アストールは一抹の不安を感じながらも自室へと戻っていくのだった。




