錯綜する企て 5
「ブラボー、ブラボー。これは良い結果が出た」
聞き覚えのある男の声に、アストールは瞬時に外套の男に目を向ける。
「いやぁ、久しぶりに王都に戻ってきたら、良いものがみれた。私の実験も成功していると言った所か」
外套の男はフードを取ってアストールに目を向ける。
「ゴルバルナァアアアアア!」
アストールはゴルバルナ元宮廷魔術師長の名前を激昂して叫んでいた。
自分をこんな目に合わせた憎き相手、それが手の届くところにいるのだ。
「ふふふ、エスティナか? どうだ。その体は!?」
「ふざけるな! お前のせいで! 俺は! 俺はあ!」
激昂したアストールはしかし、それでも周囲の目にハッと気が付いて憤怒の感情を抑えていた。
「ふふ、ぬははははは! そうであろう、そうであろうともな! エスティナよ!」
ゴルバルナを見る兵士達は唖然として動きを止めていた。
「ゴルバルナ……元宮廷魔術師長だと?」
エドワルドもまた唖然としてゴルバに目を向けていた。
全員が一人の老人に釘付けになっている。それもそのはず、かの男は王国から指名手配となっており、その首には今や賞金すらかけられているのだ。
冷静な王国兵士の一人が指示を下し、観客席上に居た兵士達はゴルバルナの逃げ道を塞ぐようにして彼を取り囲んでいく。
「ふふふ、私を捕まえるつもりだろうが、お主ら、それ以上近寄らぬ方が身のためであるぞ」
兵士達は不敵な笑みを浮かべるゴルバルナを前に、身動きが取れなかった。そう、いくら兵士達が武装しているとはいえ、この男はどの様な魔術を使ってくるかわからない。
取り囲んでいても誰も手出しができなかった。何よりもこの男が態々こうして現れたのは、確実にここから逃げる算段があるからだ。だからこそ不用意に手出しをできない。
「なぜ私がここにいるか、貴様たちも知りたかろう」
「ゴルバアアア!」
アストールは叫ぶと闘技場中央から観客席へと走っていく。
ジュナルとメアリーも無言でそのまま駆け出していた。
コズバーンは観客席前までくるとアストールを待ち構える。
三人が目の前までくるとコズバーンは、観客席の壁を背にして膝を突いて、両手を構えていた。
アストールは闘技場を颯爽と駆け抜けるとコズバーンの手に足を乗せ、それと同時にコズバーンは彼女を観客席へと押し上げていた。
アストールはその勢いを利用して跳躍して、王国兵士の頭上を飛び越えてゴルバルナを取り囲む兵士の円陣の中へと舞い降りていた。
「ゴルバルナ! お前を絶対に許さない!」
アストールは剣先をゴルバルナの方へと向ける。
「ふふふ! 待っていたぞ。お前を見れば見るほど私の魔法が完璧であると改めて自覚できる」
「黙れ!」
「あの時のようにもう一度、私に向かってくるか」
「行ってもいいが、あの時みたいに油断はしない」
アストールは剣を構えたままゴルバルナと相対する。
「アストール! 焦らないで!」
そう叫びながらメアリーが兵士をかき分けて、彼女の後ろから歩み出てくる。
「そうであろう。今回は拙僧らもいる。取り逃がしはしない」
ジュナルもそう言ってアストールの横へと厚み出ていた。
三人が一緒になるのを見ても、ゴルバルナの態度は一切変わらない。
「貴様たち、私が何も準備をせずにここに来たと思っているのか?」
「また、飛竜でも出すんじゃねえだろうな?」
アストールの言葉にゴルバルナは不敵な笑みを浮かべる。
「飛竜? もはや、私にその様なものは必要ない。混乱を引き起こすなら、もっと良いものがあろう」
ゴルバルナは指を鳴らし、それと同時に闘技場の地中が幾重にも盛り上がりだす。
「さあ、ここは私の実験場にさせてもらうぞ、貴様たちの力でどの程度戦えるのか、見せて貰う」
地中からは2体の石像の魔道兵器、そして、動物型の大型妖魔、半人半獣型の妖魔、見た事もないような人型の妖魔など、うじゃうじゃと湧き出していた。
「さあ、どうする? あのままではエドワルドが死んでいまうぞ? それでもこの私を相手に戦うか?」
闘技場の魔道兵器と妖魔達は見境なく兵士達を襲いだしていた。
頼りのコズバーンは2体の魔道兵器に対して素手で戦いを挑むも、圧倒はできずに足止めを食らっていた。まるでこの光景を予め予定していたかのようなシュチエーションに対してアストールは歯噛みしていた。
「観客席の兵士達はすぐに闘技場内の妖魔討伐に当たれ! 何が何でもエドワルド殿下をお守りしろ!」
アストールはその場で指示を下す。
その言葉に従って兵士達は次々に闘技場内へと降りていく。
「くそ! 姑息な真似をする!」
アストールは手に持った剣を構える。
「アストールはゴルバルナと決着を付けて!」
「闘技場は拙僧らに任されよ!」
ジュナルとメアリーは折角上がってきたものの、闘技場内の状況が芳しくない事に即座に戻る事を決断していた。
「二人とも……」
「これも従者の務め」
ジュナルとメアリーは致し方ないと闘技場へと戻っていく。
観客席にはゴルバルナとアストールの二人のみとなる。
「エスティオよ。久しいな、こうしてまた二人で相見えることになるとは想像もしてないかったであろう」
「ふざけるな! 魔道兵器まで持ち出して、お前の目的はなんだ!?」
「ふふ、さっきも言ったであろう。私の研究の実験だと」
「なに?」
「愚鈍な民衆共はすでにここには居ない。あのようなクズどもを幾ら殺したとて、何も実験の成果は得られん。それもよりも確りとした兵隊を利用すれば、妖魔達、魔道兵器の強さも推し量れると言うものよ」
ゴルバルナの言葉を聞いたアストールは闘技場へと目を向ける。
妖魔と死闘を繰り広げる兵士達、数の上では完全に兵士達が上だが、その強靭な力と肉体を持った妖魔達を倒す事は難しい。
「ゴルバ……。お前の目的は本当にこれだけなのか?」
「今の私の目的は本当にこれだけだ」
「今? だと」
「ふふ、騎士の国など下らぬ。本当言えばすぐにでも潰してやりたいが、そうも行かんのでな」
「やはり、お前だけの力だけではないか」
「何が言いたい?」
「お前がここまで研究をするのに、絶対に協力者が必要だ。黒魔術師以外にもな」
アストールの言葉にゴルバルナは不敵な笑みを浮かべつつ彼に毒づいていた。
「貴様の様な勘のいい奴は嫌いだよ」
「教えろ!」
「知りたくば、エドワルドを死なせぬ事だな」
「なに?」
「私からはそうとしか言いようがない。尤もお前が生き残れたらの話だがな」
ゴルバルナはそう言って右手をアストールにかざす。
「もはや、詠唱も杖もいらぬか」
アストールは剣を構えてゴルバルナに向かって駆け出していた。
ゴルバルナの手からは炎の弾がいくつも作り出されて、一直線にアストールに向かっていく。
彼女はそれに怯むことなく駆け寄っていき、剣で火炎弾を次々と切り裂いていく。
「な、なんだと!? なんだ! その剣は!!」
「あいにく、この剣は特別仕様らしくてね!」
ゴルバルナは左手を上にあげていた。
それと同時にアストールの前の座席が急に地面後ごと盛り上がって進路をふさぐ。
「ち! めんどくさい事を」
「私もまだ死ぬわけにはいかんのだ!」
アストールは壁の横に回ってゴルバルナに向かっていこうとする。
だが、壁から出た瞬間に目の前には大サソリの妖魔がおり、アストールは驚いてそのまま後方に飛びのいていた。アストールの居た場所に大サソリは尾部の毒針を突き立てられる。
「あぶねえな!」
「ふふ、この大サソリの装甲を破りたくば、大砲でもなければ無理であろうな! そんな棒切れでは傷をつける事すら適うまい」
ゴルバルナは大サソリの胴体の上からそう声を掛けていた。
「ふざけるな!」
アストールはそう言って剣で大サソリに向かっていく。
前足の鋏がアストールを襲うも、彼女はすぐに剣でその鋏の攻撃をいなしていた。
強大な力を前にしてもアストールは動じる事はない。
いなした鋏はアストールの剣によって表皮である装甲が一部切り取られていた。
「な、なんなんだ? その剣は……」
「妖魔の肉や魔法は良く切れるみたいでね」
表皮を削り取られた大サソリは身動ぎしながら、少しだけ後ろに下がっていた。
「なんと、このアーマースコーピオンを退けるだと……」
ゴルバルナはそれでも大サソリの尻尾でアストールを攻撃する。
素早い動きで尻尾が迫りくるも、アストールはその攻撃を身を一つ避けるだけで避けて、剣で尻尾の先端を切り落としていた。
咆哮を上げる大サソリに、ゴルバルナは悔しそうに表情をゆがめていた。
「貴様ごとき騎士にこのアーマースコーピオンが」
「甘く見てるからだ!」
アストールはそう言うと構わずそのまま真正面から突っ込んでいた。
「ゴルバルナ! 覚悟しろ!」
近付いてくるアストールを前にゴルバルナはそれでも動揺せずに冷静になり、サラマンドルを5体大サソリの前に無詠唱で召還する。
「く! また火のトカゲかよ……」
「ふふ、まだまだ召喚は幾らでもできるぞ」
ゴルバルナはローブの袖から赤い魔晶石を取り出して見せつける。
「さすがにその量はきついぞ……」
「とはいえ、私も暇ではないのでな。そろそろ、お暇させて貰おうか」
「何だと」
「エスティオよ。私の行方知りたくば、そのままディルニア公爵に付いていくことだな」
ゴルバルナはそう言うとその場で手を上げて大サソリの頭上から瞬時に姿を消していた。
「転移魔法まで使って……。くそ!」
アストールはきえたゴルバルナを前に悪態をつくも、主を失った目の前の大サソリが彼女に襲い掛かってくる。
アストールは後ろに下がって距離を取る。だが、甲冑が邪魔で体力の消耗も激しい。
息がすぐに上がってきて、目の前のサラマンドル5体と対峙したまま動けずにいる。
「さて、どうするかな……」
アストールはそう呟きつつ剣を握りしめる。
今信用できるのは自分の腕とこの魔剣ともいえるほど何でも斬れる剣だけだ。
アストールは正眼に構えて敵の動きを待ち構える。
サラマンドルは一斉にアストールに飛び掛かってきた。
正面から飛び掛かってくる炎の精霊サラマンドル、彼らに絡みつかれればこの鎧ごと焼き殺されるだろう。