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錯綜する企て 4

 闘技場には八体のオーガ級の妖魔が侵入してアストールとエドワルドを追いかけ回していた。

 アストールは立ちはだかる妖魔を剣で切り刻んでいく。

 ガードしようにもアストールの剣はその太い妖魔の腕を切り捨てていく。

 その姿を見てエドワルドは感嘆していた。


「殿下! 今しばらく逃げましょう!」


 アストールは馬で駆け寄って、エドワルドと共に妖魔の群れから逃亡を開始する。

 二人の進行方向に一体の妖魔が立ちはだかる。

 アストールはその妖魔の胸から左肩にかけてを刃を入れて、化け物を倒して見せる。だが、その化け物の前を通り過ぎた時に、アストールの馬が嘶きを上げて、急に倒れていた。

 アストールは突然の出来事に対応することが出来ず、そのまま馬から投げ出されて地面に背中から落ちていた。


 激痛が全身に走ると同時に息が出来ずに起き上がる事も出来なくなる。

 完全武装した甲冑の重みと、疲労、そして、受けた衝撃で体は全く動かない。

 ようやく息ができるようになったと思ったのも束の間、目の前には化け物が立っていた。


「やべ、終わった」


 アストールは振りかざされた拳を見て呟く。

 その時だった。突然彼女かれの足元の地面が盛り上がり、砂の壁が化け物の拳を弾いていた。

 そして、その壁を踏み台に空高く跳躍して舞い上がる白装束の少年がメイスを振りかぶっていた。


「うぉおおおお! エスティナ様に手を出すなあ!」


 あのレニが自分の何倍もある巨体の化け物の顔面に、メイスを叩き込む。

 メイスの直撃を受けて妖魔の顔面は首まで落ち込み、妖魔はそのまま倒れていた。

 レニは身体強化魔法を自らにかけ、跳躍してその強靭な肉体を生かして化け物の顔面を撃ち潰していた。返り血で白装束は真っ赤に染め上げられる。


 レニは化け物の胸板の上に綺麗に着地して、アストールを守るようにして化け物たちと対峙する。

 残りの化け物の数は6体、アストールが倒した妖魔は彼女かれの馬の足を握りつぶして息絶えていた。その隙2体の妖魔がアストールに襲い掛かったのだ。

 その内一体はレニが倒して、もう一体と対峙する。残りの4体はエドワルド公を乗せて走る黒い馬を追い回していた。

 アストールの元にジュナルが駆け寄ってきて、彼女かれの肩を担いで立たせる。


「すまない、ジュナル、レニ」

「気にするでない」

「エスティナ様は僕が守ります」


 ジュナルが化け物の一撃を咄嗟に防ぎ、それを利用してレニが一体の化け物に止めを刺す。

 完全な連携だった。


「師匠は避難したのか?」

「ええ、とりあえずは逃げていただきました」


 エメリナとメアリーも闘技場に乱入しており、他の警備兵や外に居た兵士、騎士も徐々にこの闘技場内に入ってきている。

 だが、妖魔達相手にはあまりにも力の差が歴然とし過ぎていた。


「エドワルド様! お待たせしました!」


 ライルの声が響き、エドワルドの出て来ていた入り口からは数十名のディルニア兵が槍や剣、盾で武装して入ってくる。エドワルドはそこに馬を翔らせる。

 化け物たちもそれにつられて近寄ってくる。


「槍部隊! 襖を作れ! 対騎兵隊形!」


 エドワルドの言葉に対して即応する兵士達は、エドワルドの通る隙間を中央に残して、パイクを構えて柄を地面に突き立てて、刃を妖魔たちに向ける。


 エドワルドが駆け抜けた時にその隙間も4人の兵士がパイクを持って埋めていた。

 エドワルドのみに気を取られていた妖魔たちは、そのパイクに向かって突進していた。

 最前列のパイクは妖魔の筋肉まで到達して、柄が折れていた。その衝撃に兵士達は吹き飛ばされるも、すぐに周辺の兵士達が剣を抜いて妖魔に襲い掛かる。


 士気は旺盛であっという間にダメージを与えた妖魔に、兵士達が群がって剣を突き立てていた。

 その光景に後方の三体はその場で足を止めていた。


「私の兵士を舐めるなよ!」


 エドワルドはそう吐き捨てると、剣を三体の化け物へと向けていた。


「対妖魔狩りでオーガも狩ったことがある部隊を連れてきていて正解だった」

「ですね! 殿下!」


 そうしているうちに、妖魔たちは段々と自分達が追い詰められている事に気づいた。

 後方ではレニ、エメリナ、メアリー、ジュナルの四人が1体の化け物に対して善戦している。

 前方の公爵も自軍のディルニア兵にヴェルムンティア王国兵が次々に合流し、客席には弓兵までもがずらりと配置されることになっていた。

 そして、何よりも……。


「ぬははははは! 面白そうではないかあああ!!!」


 エドワルドの背中から地を震わせる大きな叫び声が聞こえていた。

 妖魔を含めて全員が入り口に目を向ける。そこには黒い熊の毛皮を被った大男が、巨大な斧を持って闘技場入口より現れていた。


「な、なんて、大きさの男……」


 エドワルドの傍らに控えていたライルが呟くと、その大男ことコズバーンはその場にいた全員に声を掛ける。


「そこの三体は儂の獲物よ! 全員手出しを控えて貰おう!」


 コズバーンはそう言って、未だ息のある化け物に群がる兵士を押しのけて、倒れている妖魔に大斧を振り下ろしていた。

 振り下ろされた大斧の刃は妖魔の胸を骨ごと砕いて地面に到達して、とどめの一撃を与えていた。普通では絶対にできないこと、それをコズバーンはやってのけていた。


「ぬはははは! 中々の強度よ! さあ、始めるぞ!」


 コズバーンは大斧を引き抜くとそのまま斧を構えて三体の化け物に一気に駆け寄っていた。

 出鱈目な威力を発揮する大斧の横薙ぎの一撃は、横並びにいた二体の妖魔の腹部を、筋肉ごと磨り潰して引き裂いていく。

 二体の妖魔は臓物を闘技場にまき散らしながら、胴体と下半身が真っ二つに分かれ、闘技場の土にまみれる事になった。

 コズバーンはそのまま後方の一体に向かって大斧を振りかぶって近寄っていく。

 その様を見て、妖魔は思わず背中を見せて逃げようとする。


「敵に背を向けるとは笑止! 貴様の様な若輩者はバルハラに送ってくれる!」


 コズバーンはその背中に容赦なく戦斧を振り下ろしていた。

 前のめりに突っ伏した妖魔は、戦斧を受けてピクリとも動かない。


「ふん、少しは楽しめると思ったが、そうでもなかったか」


 その化け物めいた強さに流石のエドワルドも口を開けたまま、呆気に取られていた。

 コズバーンは次なる獲物を見つけてにやりと笑う。

 突き立てた戦斧をそのままに素手で、アストール達の方向へと走っていく。


「我が主よ! 遅くなった! すまぬ!」


 アストールは立っているのがやっとの状態だったが、コズバーンが来ることによって安堵する。


「いいの、貴方が来てくれると、本当に安心できるから」


 アストールは安堵の溜息を吐いて、その場にへたり込む。

 既にエメリナの毒とメアリーの矢、そして、ジュナルの魔法の一撃によって致命傷負っており、その妖魔をレニが牽制を行っている状態だ。


「レニよ! その得物、我に譲れええええ!!!」


 レニの後方からコズバーンが駆け抜けて妖魔へと殴りかかる。

 そう、正に素手ゴロで妖魔の顔面に強烈な一発を入れていた。

 レニはその光景に唖然とする。


 自分が身体強化魔法でようやく同等に近い能力を得ているのに、あのコズバーンは素の状態で既にあの化け物よりも強靭な体を手に入れているのだ。

 妖魔はコズバーンの一撃によろめくも、彼は手を緩めない。


 右に左にと強烈な拳の連打を顔面に浴びせる。

 たまにはボディブローも入れて、一方的なタコ殴り状態に持っていく。

 グロッキーな敵に容赦なく拳の連打を叩き込んでいた。


「ふははは! これだけ殴っても壊れない! ふははは!」


 ジュナルはその光景を見て笑いをこらえられずにぷっと吹き出す。

 レニはすぐに冷静になって、アストールに駆け寄って治癒魔法をかけていた。


「あれも時間の問題ね」

「はい、エスティナ様、今日もまた一段とボロボロですね……」

「ごめんね、レニ。いつもいつもありがとう」

「いえ、もう、治し慣れましたから」


 最近ボロボロになる事が多い。

 アストールはそう自嘲しながら、男の時のような大胆な行動ではないものの、相変わらず自分が無茶をしている事を改めて自覚させられる。そして、思う。


(あ~あ、闘技大会台無しにしちゃった……。これで俺も騎士代行ともおさらばかな)


 当初の予定ではこの暗殺犯が人間と予定して動いていたのだ。だが、まさか、あの妖魔化する宝石をこの暗殺者達が持っているなど予想もしなかった。


 敵が人間ならば完全に被害を出さずに捕まえられ、大会も台無しにせずに済んだだろう。

 何よりも実行犯全員が化け物となり、暗殺の証拠すらなくなった。

 これではただ国王の主催した大会に泥を塗ったようなもの。


(あー。もうどうしようもないか)


 アストールは溜息をついていた。

 そうする間にも体の傷は癒えていた。

 体が軽くなり、アストールは立ち上がる。


「レニ、ありがとう」

「いえいえ! 今回はそんな大きなけがもなかったので、簡単でしたよ」


 アストールは地面に落ちていた自分の剣を拾う。そして、鞘に納めてコズバーンに目を向ける。

 妖魔は既にノックアウトされて、馬乗りになったコズバーンが顔面に拳を打ち付けていた。

 一発一発、拳が顔面に入るたびに、妖魔の足が条件反射的にぴくぴくと震える。

 その光景はどちらが妖魔か分からなくなるほどだ。


「こんなものか、つまらぬな。まだガリアールの化け物の方が楽しめたわい」


 コズバーンはそう言うと立ち上がっていた。

 化け物は大の字のまま倒れてピクリとも動かない。

 既に観客席から観客は避難しており、誰もいない。そんな中、観客席でポツンと佇む一人の外套を被った老人が、手を大きく叩き拍手の音が響いていた。

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