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錯綜する企て 3

「西方同盟に栄光あれ!」


 観客席から突然大声が上がり、全員がその方向へと顔を向ける。

 一人の男が笑顔で何か手に持った物を口に含み、飲み込んでいた。

 アストールはその光景を見て、以前ルショスクで見た半人半妖を思い出す。


「まさか……。おい、そこの観衆! 離れろ!」


 アストールはすぐに男の居た観衆の方へと叫んでいた。

 ブクブクと体は膨れ上がり、肌は紫色へと変化する。そして、筋骨隆々な一体の妖魔がそこに姿を現していた。顔は人の原型を留めてはいるものの、口は裂けてぎょろぎょろと眼光を動かして、エドワルド公を見据えていた。


「殿下! すぐに逃げてください!」


 アストールはランスをその場に捨てると、アレクサンドへと目くばせしていた。

 アレクサンドは台車の中に隠していたアストールの愛用していた剣を投げ渡す。


「レニ! 師匠!」


 ティファニアとライルはすぐに戦闘態勢を整え、エドワルドもまた台車からロングソードを取ってもらい剣を構えていた。だが、アストールにはわかる。あの化け物は普通の剣では刃が立たない。


「はあ!」


 アストールは怪我を治療ことなく馬をかけらせる。だが、それよりも早く変化した化け物はその場から跳躍して、一気にエドワルド公へと迫っていた。


(これじゃあ、倒す以外に留める方法はない。証言も聞き出せないじゃないか!)


 アストールは当初の目論見が大きく外れた事に焦りを感じていた。何よりも彼の焦燥感を搔き立てることになる出来事が更に観客席で起きていた。

 同じような化け物が同時に10体突如現れたのだ。


 観客席はパニックに陥り、警備の兵士や潜んでいた従者たちも迂闊に動けなかった。

 化け物たちのある者は観客を蹂躙しながら闘技場へと向かい、ある者は同じように跳躍してエドワルドへと近寄っていく。

 アストールがエドワルドの元へと着くと同時に、跳躍した化け物がエドワルドの前へと砂煙を上げて着地していた。


「殿下! ここはお逃げください!」


 アストールは化け物とエドワルドの間に割って入るも、エドワルドは苦笑していた。


「逃げると言っても、後ろにも化け物が迫っている! それに私が逃げれば奴らは私を追ってくる。街や市民に被害を出させるわけにはいかない!」

「なら、私についてきてください!」


 アストールはそう言うと思い切り馬の腹部に蹴りを入れていた。

 颯爽と化け物へと向かって走る馬と共に、アストールは化け物の首を狙って剣を振っていた。

 だが、化け物はその一撃を腕で防ごうとする。

 妖魔の肉をいとも容易く切り裂く感触が手に伝わってくる。アストールと化け物がすれ違った後には、両腕と共に首から上のなくなった化け物の体が直立していた。

 エドワルドがその横を通り過ぎた時に化け物はその場で横たわる。


「ティファニア、ライル! 私の事はいい! 今は逃げて生き延びろ!」


 エドワルドはそう言って従者に逃亡を促す。

 二人は主の言葉を聞いてすぐにその場から闘技場の入口へとむかって駆け出していた。


「本当に君はオーガキラーに相応しい戦いぶりだ!」

「さっきの一戦で大分消耗してます。あと10体も相手にするのは流石に無理ですよ」


 一撃で敵を葬れたのはこの剣のお陰であることは言うまでもない。

 だが、今はかなり消耗していて、とてもあの化け物全てを相手にする体力は残っていない。


「援軍が来るまで、この闘技場の中を逃げ回りますよ!」

「ほほ、面白い! よかろう!」


 二人は馬を走らせながら、化け物から逃げる事を選んでいた。

 アストールは観客席へと目を向ける。

 観客席に潜んでいたジュナル、メアリー、エメリナは逃げ惑う観客達に阻まれて闘技場内に辿り着くまでに時間がかかりそうだった。

 化物達はその間にも一体、また、一体と闘技場に入り込んでくる。


 アストールとエドワルドは馬をかけらせて、化物達から逃げるので精一杯だった。人の丈の2倍はあろうかと言う巨体に、速く走る脚力を持ち合わせている。


 ようやく警備の兵士が観客席に駆けつけて化物と対峙する。

 化物は兵士の攻撃を受けても怯むことなく立ち向かい、頭をわしづかみにすると、その強烈な握力で兜ごと握り潰していた。


 その光景を横目にアストールは焦燥感を覚える。


(これはやばいな……)


 先程の力だけを見ても、オーガクラスに匹敵する。

 剣や槍はその強靭な筋肉を前にしては棒切れ同然だ。


 人の力では到底敵わない。

 だからこその魔術師だ。

 警備兵の後から音もなくジュナルが現れ詠唱を行う。


「土の精霊たるボルフィスよ。我が目の前の化物に対して裁きを与えよ。ボルフィスシザー」


 ジュナルの言葉に呼応して化物の地面が鋭い剣山へと変化し、円錐状の鋭い突起物が化物を串刺し

にする。鮮血を吹き出しながら、化物はそれでも生きていた。


「なんと言う強靭な生命力よ……」


 ジュナルは串刺しになりながらも蠢く化物を前に呟いていた。


「兵士達よ、諸君らの剣に風の魔法を付与する。さすれば、こやつの肉も容易く斬れよう!」


 ジュナルは短く詠唱して兵士達の剣と槍に風属性魔法を付与して、その場から立ち去っていく。向かう場所は闘技場、逃げ惑う主を助けるために走り出す。


「ジュナルが一体仕留めたみたいね……」


 エメリナは対面の席から一連の光景を見ていた。両手には短刀を握りしめて目の前の化け物と対峙する。化け物はエメリナを見て標的を彼女に変えて襲い掛かってくる。

 華麗に後ろにバク転して上から振り下ろされた拳を避けて、エメリナは化け物を見据える。


「さすがにあの一撃を食らうのはやばいか……」


 振り下ろされた拳の一撃は、コンクリート製の観客席にクレーターを作っていた。

 もしあの一撃を食らえば体はぺしゃんこになるだろう。

 エメリナは動きの鈍いその化け物に素早く近付いて、短刀で腕を斬りつける。

 そして、腰の革鞘に納刀して素早く抜く。


「まだまだ足りないみたいね」


 エメリナは距離を取って両手で短刀を前に構えると、利き腕の右手でこっちに来るように化け物を挑発する。化け物はそれを見て激昂して腕を振りかぶって接近してくる。


 エメリナは接近してきた化け物を見据えて、その腕が振り下ろされる一瞬で相手の懐に潜り込む。

 振り下ろされた腕を数回斬りつけた後、刃をお腹に突き立てる。


 しかし、筋肉まで刺さる事はなく、表皮を傷つけただけ。


 振り返って刃を上に回すようにして振りかぶり、腹部から胸部までの表皮を斬りつけて、そのまま前転して股の間をすり抜けて、化け物に対峙する。


「もっとか……」


 エメリナは再び短刀を納刀して、再び引き出していた。

 化け物は鼻息を吹くとエメリナに向き直って睨み付ける。そして、何度も拳を振ってくる。

 振られた拳を右に左に下にと避けながら、エメリナは避ける時に表皮を切り傷を付けていく。

 化け物は中々当たらない拳に咆哮を上げていた。


「まだ足りない?」


 エメリナは再度納刀していた。今度は右手だけに短刀を構え、左手でこっちに来るように更に挑発して見せた。化け物はそのまま走って突進をしてくる。エメリナは素早く右にローリングして避けると、化け物は屋根を支える太い柱にぶつかる。


「そろそろ効いても良いと思うんだけどな……」


 エメリナは距離を取って化け物を観察する。

 柱にめり込んだ化け物はゆっくりと体をエメリナの方へと向ける。

 だが、その顔には苦悶の表情が浮かび、口から赤い血の泡を噴出していた。


「よしよし!」


 胸を押さえて化け物はその場に仰向けに倒れていた。


「さすがは対妖魔用に調合された毒ね! よく効くじゃない」


 エメリナは右手に持っていた短刀をしまい、そのまま化け物を乗り越えて闘技場へと向かう。

 その時だった。

 彼女は背後に大きな影が出来上がり、エメリナは振り向く。


「うっそ。効かなかった?」


 泡を吹いて倒れていた化け物は立ち上がり、エメリナに両手をかざして近寄ってくる。

 だが、二歩三歩と足を踏み出して、再び倒れていた。その後頭部には矢が5本刺さっており、倒れたその先にメアリーが短弓を持って立っている。


「エメリナ、油断は禁物よ」

「ありがとう、メアリー! さあ、アストールを助けに行こ!」


 メアリーとエメリナは闘技場へと向かって駆け出していた。

 主人たるアストールを助けるために……。



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