錯綜する企て 2
「さあさあ、今日一番の見世物として、いよいよジョストの決勝が始まろうとしております」
闘技場内に響き渡る語り手の大きな声、それに観衆たちは静かに聞き入っていた。
「ですが、その大一番の前に、我々は前座を設ける事に致しました!」
その言葉を聞いた観衆たちは大きな声で歓声を上げて、拍手を送っていた。
ある程度その歓声が止むと、語り手は静かにその前座となる一戦の主たちを紹介していた。
「あの棄権したディルニアの黒い貴公子が再び我が王国の闘技場に姿を現した! 北西の戦いでは破竹の勢いで同盟軍を蹴散らし、一挙に祖国ディルニアの問題を解決して見せた真の英雄だ! エドワルド・デュ・ランシェール公爵!」
語り手がエドワルドの名前を呼ぶと同時に闘技場の格子が開き、黒い甲冑と黒い馬に跨った騎士が駆け出していた。ランスを上に掲げて一気に観衆の前を走り抜けていくその雄々しい姿を見て、観衆は大きく歓声を上げていた。
エドワルドは会場中央に特設されたジョストコースの定位置に着くと、観衆たちは静かになる。
それを見はからかったのように語り手は再び語りだす。
「その黒き貴公子を打ち負かすべく、挑戦をする騎士。女性でありながらもその地位を揺るがさない実力を持ち、オーガキラーとして名を馳せ今を駆け抜ける。果たしてその実力は如何ほどのものか! エスティナ・アストール!」
エドワルドの出てきた正反対の入り口の格子が開かれ、アストールは白銀のプレートアーマーと白馬に乗って駆け出していた。
アストールの流麗な騎乗姿を見た民衆は歓声と共に感嘆の溜息をもらしていた。
彼女もまた観衆の前を駆け抜けて、特設コースへと馬を進める。
白と黒、その戦いを前に民衆は沸き立っていた。
二人は相対しており、付き人二人が馬のそばに控えていた。
アストールの傍にはレニとアレクサンドが付き、エドワルドの傍にはライルとティファニアが付いている。観衆は気づいていないかもしれないが、この時、付き人は帯刀しており、完全な武装を行っている。
ティファニアはレイピアと短めのソードブレイカー、ライルはロングソードを腰に下げている。
アレクサンドもまたロングソードを帯刀しており、レニはメイスを背中に背負っていた。
両者が出てきた出入口よりランスが三本乗せられた台車が運ばれてくる。
「さーて、これで上手く餌に食いついてくれるといいけどね……」
アストールは観衆に対して鋭い目つきで観察を続けていた。
観衆に紛れて暗殺者達が来ている可能性は十分にある。
勿論、この囮となるなるのはエドワルドも了承済みの事だ。
彼はアストールの提案を聞いた時は驚嘆した後、笑い声をあげていた。
突拍子もない作戦ではあるが、充分にやる価値はある。
エドワルドはそう言って快諾していた。
「今のところは不審な動きはなさそうね」
「エスティナ様! 今は前座とは言え、試合に集中を!」
レニは彼女に対して忠告していた。
「ええ、ありがとう! そうね!」
「ほれ、ランスだ!」
アレクサンドはランスをアストールに対して手渡していた。
「今は集中!」
アストールはランスを持って確りとエドワルドを見据える。
こちらを見据えるエドワルドは、黒一色で染め上げた甲冑を身にまとっている。
かつてこのヴェルムンティア王国と刃を交えた一国の国王。王国軍からは「ディルニアの黒い貴公子」と讃えられ、また畏怖された男だ。西方遠征の第三次攻勢にて、国土をこれ以上焦土にすることを望まず、自らの首と引き換えに国を発展させることを引き換えに投降した栄誉ある男。
トルア国王はそれを聞いて、彼に感銘して領主の鏡として、貴族の中の最高位の公爵の位を与えた。
そして、今はディルニア王国があった地域を所領として、統治を任されている身だ。
未だその通り名は健在であり、既に中年を過ぎようとしているにも関わらず、鍛え上げられた体は衰えを見せない。今は黒公爵と呼ばれ、属領地の中で尊敬の目で見られている。
鎧だけではなく、丁寧に馬までも黒い毛並で揃えていて、かつては西部の半島を支配していた一国の王の威厳は消えていない。
対するアストールは白銀の甲冑に身を包んでいて、ようやく体に馴染んできたこの競技に緊張をしていた。何よりもこの状況を望んではいたものの、エドワルドが暗殺されるかもしれないリスクを背負ったまま戦う事に少しだけ躊躇していた。
特設コースの真ん中にフラッグを持った兵士がゆっくりと歩いていく。
フラッグを持った兵士はまず最初にエドワルドへと顔を向ける。
エドワルドは兜の面体を下ろすと、準備ができた事を知らせるようにランスを上へと掲げる。
次にアストールへと顔を向ける。
彼女もまた面体を下ろすと、ランスを上へと掲げる。
兵士は旗を掲げると、観衆たちはその光景を固唾を飲んで見守っていた。
兵士は旗を振り下ろすと、そのまま一気にコースから駆け出ていた。
振り下ろされた旗を見て、二人は同時に駆け出していた。
両者の馬は前足を上げてクールベットを見せたあと、そのまま駆け出していた。
アストールはランスの柄を鎧に固定して、エドワルドの黒い鎧の胴体を狙ってランスを向ける。
エドワルドもまたランスをアストールの胴体を狙って切っ先を向けていた。
互いが交差する瞬間に両者のランスは、互いにプレートアーマーを叩いて砕け散っていた。
素覚ましい衝撃がアストールの体に響き渡るも、奇跡的に落馬する事はなかった。
対するエドワルドはどうなっているのか、アストールはコースを駆け抜けた後、馬首を自分の居た方向へと向けていた。そこには何事もなかったかのように馬首を颯爽と翻すエドワルドの姿があった。
(流石に歴戦の勇士、落ちはしないか……)
アストールはその場に砕けたランスを捨てると、ゆっくりと馬を歩かせて自陣へと戻る。
二人はバイザーを上げてお互いの顔色を確認する。
エドワルドは一切ダメージを受けた表情を見せずに、涼しい顔で笑顔すら見せていた。
対するアストールは表情を無表情に保つのがやっとだった。
女性の体で受ける衝撃は、男で受ける衝撃の2~3倍は打撃力が違うように感じられ、次にもう一撃を受けるとその手綱を放してしまいかねないほど消耗していた。
戻ってきたアストールをみたアレクサンドは直ぐに彼女の状態を見抜いていた。
「アストールよ。一撃を与えられたとはいえ、貴公も相当に消耗している。棄権した方がいいのではないか?」
「そうも言ってられない。エドワルド公とは約束をしているの」
「しかし、もしもの事が起きた時、その状態では対応が……」
「そのためにレニをここに呼んでるの」
もしものとこが起きた時にはレニに素早く神聖魔法をかけてもらい、襲撃に備えているのだ。
とはいえ、体力までが全て回復するわけではない。基本的にけがを治して痛みは取れるが、失われたスタミナまでは回復しない。むしろ傷を治すことによって、怪我によっては体力を奪われることすらある。とはいえ、レニは基本的に自分の魔力を消費して治すので、そういった所はあまり心配はしていない。
「むぅ、そうか、そこまで言うならば……」
アレクサンドはそう言って再びランスを彼女に手渡していた。
二人は再び向き合うと、真ん中の兵士は旗を掲げる。
そして、旗を振り下ろそうとする。
その時だった。