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金貨一枚の重み 1


 朝焼けが眩しく白い館もオレンジ色に焼かれていた。

 朝日が昇り始めたばかりの時間帯にアストールはディルニア公爵の宿泊する館に来ていた。

 館を囲う鉄柵の正面には門があり、その前には二人の守衛の兵士が立っている。二人の兵士は朝焼けを眩しそうに見つめていた。だが、アストールを見つけると、二人は腰の剣柄に手を伸ばして問いかけていた。


「何者だ?」

「エスティナ・アストール近衛騎士代行よ。これが証拠」


 アストールはそう言って腰に着いた金色のメダルと紫の布を見せていた。

 守衛はそれを見て構えを解く。


「このような時間帯に一体何用ですか?」


 態度も改めて守衛の兵士はアストールに聞くと彼女かれは真剣な表情て答えていた。


「エドワルド公爵殿下に急用なの! できるならすぐにでも取り次いでほしい」


 緊迫したような様子を察した守衛の兵士は表情を硬くしていた。


「わかった。すぐに取り次ごう。暫しここでお待ちください」


 守衛の兵士の一人は彼女かれに背を向けて扉を開けると屋敷の方へと走り去っていく。

 アストールが暫く待っていると、屋敷の玄関から先ほどの守衛の兵士が手を上げていた。

 アストールを引き留めていた兵士はそれを確認して、門の扉を開ける。


「どうぞ。行ってください」


 アストールはすぐに扉から屋敷の方へと向かって速足で歩きだす。

 先ほどの衛兵とすれ違い、それからほどなくして屋敷の入り口前までくる。既に扉の前にはティファニアが立っており、アストールを屋敷へと招き入れる。


「エドワルド殿下は二階でお待ちです」


 彼女もまだ起きて間もないのだろう。寝間着姿のままでアストールを二階の一室に案内していた。

 ティファニアが両開きのドアをノックして開けると、試合に出る前と同じように椅子に座ったままのエドワルドがアストールを出迎えていた。

 ただし、彼もまだ寝間着姿でその顔も多少不機嫌そうである。


「全こんな朝早くに叩き起こしてくれるとは、そんな急用とは一体なんだ?」


 アストールはエドワルドの元まで歩み寄っていく。


「エドワルド公爵殿下、この朝早くに押しかけてしまい本当に申し訳ございません。ですが、それだけ事が差し迫っているのです」


 エドワルドは近くまで来たアストールを前に、椅子に座るように両手で促した。


「まあ、落ち着いて話そう。さあ、座ってくれ。ティアファニア! ガーベルティーを!」


 エドワルドは両手を叩いてティファニアに命じると、彼女はすぐに一礼して扉を閉めて出ていく。アストールは促されるままに座ると、エドワルドもまた正面の椅子に腰を据えていた。


「それでその差し迫っている要件とはなにかな?」

「殿下は今回の私が起こした事故を勿論存じ上げておられますよね?」

「ああ、あの不幸な事故だな。君もあらぬ疑いを掛けられて苦労しただろう」


 エドワルドも会場で一部始終を見ていたので、アストールが拘束された事まで把握はしている。

 その嫌疑が暗殺の疑いで会ったことは誰の目から見ても明らかだった。

 ただ、今回の出来事に関して言えば、結局証拠も不十分な上に動機もないことから、結局政府上層部では事故と判断が下されてめでたくアストールも解放された。


「ええ、全くです。私を嵌めた人間に苦汁を飲ませてやりたいくらいです」


 その言葉を聞いた瞬間に、エドワルドの目つきが瞬時に鋭くなっていた。

 彼の表情の変化を見逃さなかったアストールは言葉を続けていた。


「私もあんな事故になる事を知っていたら、試合を棄権していたかもしれません」

「それはどういう事だ?」

「あれは事故に見せかけた暗殺です」


 アストールの言葉を聞いたエドワルドは、すぐに彼女かれがなぜこの朝の時間帯に要件を告げに来たのかを把握した。早朝は深夜よりも人の動きが少ない。尾行が行われればすぐにわかる上に、要人は必ず家か屋敷にいる時間帯でもある。それだけ確実に告げなければならない事柄なのだと、エドワルドは判断していた。


「興味深い話ではあるが……。一体どこの誰が王太子殿下を暗殺をしようとしたんだ?」

「西方同盟です」


 アストールの言葉を聞いたエドワルドは納得していた。

 王国内に混乱をもたらして得をするのは西方同盟である。政情不安に乗じて奪われた領土の奪還や、属領地の開放なども可能となるだろう。


「国王陛下に話はしたのか?」

「いえ、まだしていません。この話も一筋縄では行かないんですよね。王国側の人間も暗殺に加担しているみたいですし」


 アストールは困り果てているかのように顔を背ける。


「ならば不用意には動けんな」


 悩ましげに表情をゆがめるエドワルドにアストールは告げる。


「暗殺の疑いの件は国王陛下のお耳に入れてはいるんですけどね」

「だが、国王陛下もすぐには動けんだろう。国王の威信の懸かった闘技会だ。中止するわけにもいかん」

「陛下は闘技会を続行されると言われていましたし、本当に困りましたわ……」

「とはいえ、暗殺は未遂に終わった。この件も表では事故として処理されているし一応の決着はついているんじゃないのか?」


 エドワルドの疑問に対して、アストールの真剣な表情をして口を開いていた。


「そう思いたいのは山々ですが、暗殺は終わっていないと私は考えているんです」


 アストールの言葉を聞いたエドワルドは、立ち上がっていた。


「それは大変だ。ハラルド殿下の警護を厳重にしないとな」


 エドワルドはそう言うものの、アストールが一切表情を変えない事に違和感を持つ。


「どうした? 何か変か?」

「いえ、暗殺者達の真の標的はハラルド殿下ではありません」

「なに? では一体誰が?」


 怪訝な表情を浮かべるエドワルドに、アストールはじっと視線を送り続ける。

 数瞬の沈黙の後、エドワルドは驚きの表情を見せて自分を指さしていた。


「私か?」

「そうです」


 エドワルドは口を閉じると右手で前髪を掻き上げて、力なく再び椅子に座っていた。

 小さく嘆息するとエドワルドは天井を見上げて呟いていた。


「全く次から次へと問題ばかり……」

「何かあったのですか?」


 アストールの問い掛けに対してエドワルドは天井を見上げたまま答える。


「つい昨日本国より連絡があってな。国境沿いに西方同盟の軍が集結しつつあると報告があったんだ」


 アストールはその言葉を聞いて、あの男が言っていたことが事実である確証を得ていた。

 エドワルドが闘技大会で悲運の事故死を遂げれば、ディルニア公国内には反ヴェルムンティア王国の機運が高まる。次代の公王が決まる前に西方同盟はディルニア公国に侵攻して、奪われた領地を奪還する。あわよくば、ディルニア公国を攻め落とすか、降伏を迫って西方同盟の手中に置こうという手筈の確証になる。

 アストールは酒場の情報が金貨一枚の価値があった事を、ここで初めて実感できた。


「では、尚更、エドワルド殿下の御身をお守りを硬くする必要がありますね」

「一つ疑問に思ったんだが、西方同盟の奴らはなんでまたこんな回りくどい事をした?」


 暗殺はトルア国王主催の大闘技会での事故死だからこそ、大きな意味を持ってくる。


「公爵殿下を事故死させた王国には大きな過失を追う事になる。加えて公国の国民感情はどうでしょうか?」


 今でこそハーヴェル海の第一交易権を手にして親王国的なディルニア公国だが、ヴェルムンティア王国と戦っている時は西方同盟に加担していた。何よりも国民感情は完全にヴェルムンティア王国に対しては、嫌悪感を抱いていたのだ。


 もしも、国家のトップとなるエドワルドを事故死させたとなれば、再び国民感情は反王国に傾く可能性は十分にある。そこに西方同盟の工作員が噂を流せば、あっという間に反王国感情が再燃するだろう。


「我が国の民はヴェルムンティア王国を赦さんだろう。私が事故死する事に意味があるだな」


 もしも、西方同盟の暗殺がディルニア公国国民に知れれば、公国軍は例え公爵を失ったとしても、死ぬ気で復讐の刃を西方同盟に向けるだろう。だが、事故死にしてしまうとどうだろうか。

 ヴェルムンティア王国の威信の懸かった大闘技会でエドワルドが倒れれば、自然と公国民の感情は反王国へと傾く。そうなった時、西方同盟は工作を弄すれば公国を味方に引き入れる事も可能だ。

 アストールの表情を読み取ったエドワルドも共に同じ考えに至っていた。


「事故死に見せかけないと、西方同盟は何一つ得しない……」


 アストールの言葉に対して、エドワルドは軽く同意して付け加えていた。


「俺が健在であり、尚且つ大会で事故死しなければ、奴らの謀は成立しないことになる」

「という事は、やっぱり暗殺はこれで終わり?」


 アストールは独り言を呟くように言葉を紡ぎだしていた。


「その可能性の方が高いな」

「……私の無駄足だったようですね」


 アストールは力が抜けてしまい、顔を背けて目を瞑っていた。


「そんな事はない。君のおかげで西方同盟の動きの意図が読めたんだ。私が健在なうちは奴らは手出ししてこない事も判った」


 エドワルドは笑顔でアストールに言葉をかけていた。

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