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明瞭な暗殺 6

 ぱちぱちと暖炉の炎が燃え盛り、炎の篝火(かがりび)が男達の顔の影を揺らす。

 暖炉のある大きな部屋の一室の中央で、8人の男女が円を組むようにして佇んでいた。

 その円陣の中から一人の男が一歩前に出てくる。


「諸君、西方同盟に借りを返す時が来た」


 男はそう言うと懐から袋を取り出していた。


「この中には最後の資金を叩いて買った紅色魔晶石、こいつを諸君らに配り与える」


 男は袋から徐に深紅に染まったクリスタルを人数分取り出していた。


「この紅色魔晶石を一度飲み込むと、我々の体を強靭な物へと変え、強大な力を得る。だが、それと同時に人を辞める事にもなる」


 そう言うと全員の顔を見渡していた。

 全員が覚悟を決めて、真剣な表情で男の手元にある紅色の結晶を見つめていた。

 暖炉の篝火を反射して鈍くゆらゆらと光を放つ魔晶石。

 それが彼らの決定付けられた死の運命さだめを表していた。


「我々の命は元よりないものだ。ここに来た時より死の覚悟を持っている」


 そう言いながら男は一人一人に魔晶石を手渡していく。

 手渡された魔晶石を見た男は、掌の上で輝く魔晶石を見つめる。

 全員に魔晶石を配り終えた男は、再び元の位置で口を開く。


「我々の本来の任務はエドワルド公爵を事故死と見せかける事。如何に自然な事故を装うかにかかっている。事故死をする事によってディルニア公国の王国に対する信頼は揺らぐはずだ」


 本来の目的を思い出した彼らに既に迷いはないかに見えた。


「我々はエドワルドがこの首都を出立して街道に出た所を襲撃する」

「襲撃って……。たった八人で護衛がぞろぞろいる一団を襲撃するの?」


 男の言葉を聞いた一人の女性が口を開いていた。

 彼の作戦では全く勝算があるように感じられない。

 ディルニア公国の一団の移動には公国の騎士達の護衛に加えて、王立騎士、近衛騎士の護衛もつくほど厳重な警備の元、軍港ヴェノスチアに向かう事になっている。

 その護衛の数も軽く100は超えているはずだ。

 それをたった八人で襲撃するなど、単なる自殺行為に他ならない。


「君が不安を抱くのも無理はない。だが、安心してほしい。我々にはまだ手がある」


 そう言うと男はまた別の袋を取り出していた。


「これを見てほしい」


 男は袋から細長い紅色の魔晶石を取り出していた。

 最初手渡された小指の爪ほどのサイズの魔晶石とは違い、今度は親指一本分の大きさがある。


「……それは?」

「妖魔を召還できる魔晶石だ」


 細長い魔晶石の先端部分には丸いコブがある。独特な形状に少しばかりの不気味さを感じる。


「俺達は魔術師ではない。魔法など使えないのに、どうやって妖魔を召還する」


 また別の男が聞くとリーダー格の男は手に持った魔晶石を掴んで全員に見せた。


「この魔晶石の先端につくコブを指で取るか、潰すかすればこの魔晶石の中にある魔力が放出されだす。その状態で地面に叩きつければ、魔晶石が砕け散って妖魔が召喚される仕組みになっている」


 その言葉を聞いた工作員のメンバー達は言葉を失っていた。

 これは明らかに禁忌の魔術の一種だ。

 その類の物をここまで簡単に入手できるのだ。

 王国内では既に黒魔術が社会の奥深くに根付き始めている証拠だった。


 自分達の国では例えこのようなアウトローの世界であっても、黒魔術関連の魔道具など簡単には手に入らなかった。ヴェルムンティア王国は既に黒魔術にむしばまれ始めている証拠でもある。

 だが、何よりもメンバーを驚愕させているのは、自分達がその黒魔術を行使しようという事なのだ。


「これ一つで上級妖魔1体、下級妖魔なら10体ほどを呼び出せる。一つの袋に5個入っている。これを全員に配るので、襲撃時に使ってほしい」


 男の言葉を聞いたメンバー全員が押し黙っていた。

 その内一人が手を震わせて、掌を自分の前に掲げていた。


「これが、これがあんたの言ってた勝算のある計画か……!?」


 憤りをあらわにする男性メンバーに対して、男は冷静に切り返していた。


「これは全員が選んだ道だ。王太子暗殺を私怨で行った我々の報いであり、もはや、これ以外に我々が西方同盟に対して恩を返す方法はない」


 ここに集まる全員が何らかの理由で王国に復讐を誓った者達だ。西方同盟はそれに手を貸してくれた。だからこそヴェルムンティア王家に一矢報いる事もできたのだ。


「もはや、我々の命はないものと同じ、であれば手段などどうでも良い。エドワルド抹殺こそ西方同盟に恩を返す行動であると思え!」


 男の言葉に誰も言い返す言葉が見つからなかった。

 ハラルドに標的を変えたのは、ここにいる全員が合意のもとで行った事だ。

 だからこそ、何も言い返す言葉がない。

 例えそれが人道に外れる行為であったとしても、反論の余地はなかった。


「エドワルドは街道を出てすぐに不幸にも妖魔の群れに襲われて死ぬんだ。それを知ったディルニア公国の民は必ず反王国に傾く!」


 男はそう言って力強く拳を振り上げていた。


「全員、覚悟を決めろ! 俺達は元より死人だ!」

 

 自棄になったのか他のメンバー達も声を上げて拳を振り上げる。


「ねえ、どこで襲撃するのかまで考えているの?」


 女性メンバーがそう切り出すと男は静かに答えていた。


「このヴァイレルを出て西に行った所に森林地帯がある。この森林地帯では王国の探検者達に妖魔討伐依頼がたまに出ている。ここならば妖魔に襲われたとしても不自然ではない」

「でもエドワルドはいつここを出立するかわからないのでしょう?」

「ああ、だからこそ、常に情報を仕入れている」


 リーダー格の男はそう言って一人の若い男メンバーを呼んでいた。

 彼は西方同盟の諜報員と今でも連絡を取り合っており、この街の情勢を細かに把握している。


「エドワルドは今王城近くの貴族達が居住する一等地に宿泊しています。彼がここを出る際には馬車に加えて、大勢の従者が動く事になりますし、王城からは大勢の近衛騎士と王立騎士が出立の準備を行います」


 その言葉を聞いても今一ピンとこないのか、他のメンバーたちは怪訝な表情を浮かべている。

 若い男性メンバーは全員に説明を続けた。


「エドワルドがここを出立する前には王城と貴族の一等地で必ず大きな動きがあるという事です」

「なるほど! それを知る事は対して難しい事じゃないという事ね……」

「そうです!」


 若い男性メンバーの言葉を聞いた他のメンバーは納得していた。


「奴らの動きを止めるために、まず先頭を進む騎兵を妖魔で足止め、後方も同様に妖魔を出現させて足止めを行う。そすれば隊列は森の中で立ち往生する事になり、馬車の動きは止まる事になる」


 リーダー格の男は事細かな計画を話始めていた。


「隊列の先頭の足止めに一人、殿の足止めに一人、後の六人は二手に分かれて、森の両脇より馬車を襲ってエドワルドを襲撃する。これが成功すれば、ディルニア公国内にいる内通者が政権の混乱に乗じて、政府を同盟側に向けるように工作を予定通り行えるというわけだ」


 全員が事細かに計画を聞いて息を呑んでいた。

 確かに妖魔を使った作戦ならば、いくら相手が数百の騎士だとしても、勝ち目があるように思える。

 6人でも一人頭50匹程度の下級妖魔を召還すれば、300匹の妖魔を召還できることになる。流石の王国と公国の優秀な騎士でもこれだけの数の妖魔を相手に勝ち目があるとは到底思えない。

 妖魔による襲撃事件をディルニア公国はどうとらえるかは、内通者の手腕にかかってくる。


「これで多少の勝機が見えてきただろう」


 リーダー格の男の言葉に対して、メンバー全員が真剣な表情でうなずいていた。


「準備は完了した。後は、全員でその機が熟すのを待とうではないか」


 復讐者達の本当の暗殺計画が実行に移されようとする。

 エドワルド達はそれを知る由もない。

 大陸を再び戦乱に巻き込む計画が再び始動しようとするのだった。



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