明瞭な暗殺 5
アストールとエメリナの二人は丸テーブルの前までくると、席に座っている男二人に微笑みかける。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
エメリナが二人の男に問いかけると、男も笑顔で答えていた。
「ああ、構わんよ。いい物が用意できてるかはわからんがね」
「それはありがとう」
アストールとエメリナは席に着く。二人を見た男二人は笑顔でコップを上げていた。
男達の格好は小奇麗な恰好でありながら、腰には物騒な長剣と短剣を下げており、一見してただの飲んだくれでない事が分かる。
「まずはこの出会いに乾杯しましょ」
「おお、そうだな!」
四人はコップを合わせると、すぐにコップの中のエールを飲み干していた。
「さて、どんなのが欲しい?」
「んー、そうねえ。闘技会の事故についてかしら」
アストールがそう言うと男は眉根を顰めて答えていた。
「ほほう……。それは高くつくなあ」
アストールはテーブルの上に銀貨を一枚置く。
男は黙ってその銀貨一枚を受け取ると、笑みを浮かべてアストールを見据えて聞いていた。
「前金は貰った。どんなことが知りたい?」
「あれは事故ではなく事件だったとか、そんな噂を聞いたりしてないかしら?」
アストールの言葉に男は笑みを消す。
「そんな事を聞くとはなぁ……」
「何か知らない?」
「これはもう少し高い酒を奢ってもらわないとなぁ」
男はそう言って指を二つ立てて銀貨を二枚要求してきた。
アストールは再び銀貨を取り出して2枚をテーブルの上で男に手渡していた。
「確かにあんたの言う通り、これは事故ではなく事件だ。それもかなり大掛かりなものだ」
「どういう事?」
「あの事件を企てたのは西方同盟の連中さ」
男の言葉に対してアストールに新たな疑問が出て来ていた。あの犯行は今知る限りでは確実に政府内部か、王国内貴族が関与していなければ成立しない。
ここに来て急に西方同盟の名前が出てきたことに胡散臭くさを感じたのだ。
「その情報本当なの?」
アストールは男を鋭い目つきで睨み付けながら問いかけていた。
「これだけの大金を貰った情報だ。信憑性は保証する」
男がそう言うもアストールは今一つ納得がいかなかった。
「何処からの情報とか裏取りを証明してもらわないと、そんな情報信用できないわ……」
アストールの不満そうな態度を見かねて、今まで黙っていた隣の男が腕を組んだまま静かに喋りだす。
「俺は奴らの計画の概要を知っている」
アストールはその言葉を聞いて、エメリナに不安そうな表情を向けていた。
「これってもっと大金がいるって事かしら?」
「今のは前金でこれからが情報の本題かもね……」
アストールの疑問に対してエメリナは苦笑する。
男の言う計画の概要が嘘となると、ここでかなりの無駄金を使う事になる。偽の情報だけは掴まされたくはない。ここに集まる情報全てが本当とは限らないと彼女は考えているのだ。
「それはどのくらいかかるの?」
男はアストールに対して親指を一本立てていた。
エメリナはそれに対して大きく嘆息したあと、小さく嘆息して呟く。
「金貨一枚ねぇ……」
アストールはその呟きを聞いて悩んでいた。金貨一枚を出す事自体は何ら問題ないのだが、何分彼らの話が本当なのかどうか信憑性に欠けるのだ。嘘の情報に金貨一枚を払いたくはない。
「金貨一枚の価値はある情報ってことには違いないかもしれないけど……」
悩み続けるアストールを前に、男は腕を組んだまま告げていた。
「奴らの本来の標的まで教えてやってもいいぞ?」
アストールはエメリナに顔を向けると、彼女は困ったように表情をゆがめる。
実際ここで金貨一枚を支払うという事は、その情報が充分に信頼にたる価値がある事を示していた。なぜならば、ここで嘘の情報を流すことは、リャトル盗賊団の顔に泥を塗るも同義な事なのだ。もし、嘘がばれてリャトルの元にまで届けば、情報源の人間は決まって不審死を遂げている。ここに来ている人間は、皆それを承知で来ているのだ。
だからこそ、それなりの信憑性のある情報であると確信できる。
とは言え金貨一枚はあまりにも大金すぎる。情報を得るためにこの金額は法外の要求に等しい。
エメリナはアストールに耳打ちする。
「ここでの情報は信頼できる。金貨一枚を出しても後悔しないなら、出してもいいと思うよ」
アストールはその言葉を聞いて即座に男に金貨を手渡していた。
「気前がいいな……」
「私はとにかく情報が欲しいの。教えてちょうだい」
アストールは男に詰め寄ると、彼は静かに喋りだしていた。
「奴らの本来の標的はディルニア公国のエドワルド公爵だ。奴を事故死に見せかけて暗殺すればディルニア公国は混乱に陥る。それに乗じて西方同盟は王国属領地からの乖離工作を行い、王国からディルニアを独立させて西方同盟に引き入れる。これが本来の西方同盟側の目的なのさ」
アストールはその言葉を聞いてある程度は納得する。それと共に新たな疑問が浮かんでいた。
「そうなのね……。でも、暗殺は西方同盟だけで可能なのかしら? 貴方は今計画の概要を知ってるっていったわよね?」
アストールの問い掛けに対して、男は黙り込んでいた。
彼女の問い掛けに対して、男はこれ以上答えられなかった。
答えてしまえばそれこそ自分の命が危ういのだ。
「その情報が欲しいとなると、金貨はもっと必要になるぞ?」
「どのくらい必要なの?」
「最低でも金貨15枚は欲しいな」
その答えを聞いてアストールは男がこれ以上何も喋る気が無い事を確信する。流石のアストールもその様な大金は持ち歩いていない。
「そうなのね……。じゃあ、さっきの金貨一枚で知れる範囲の情報を教えてくれないかしら?」
アストールの言葉を聞いた男は腕を組んだまま考え込んでいた。
「そうだな……。今回の事件の実行犯である西方同盟の工作員はこの暗黒街に潜んでいる。俺もどこに居るかは知らないが、まだ留まっているのは確実らしい。あと、西方同盟はディルニア公爵暗殺を成功に備えて、実際にディルニア公国の国境線に軍を配備しているとも聞いたな」
「へえ……。なるほどね」
男があくまでも西方同盟聞の情報のみしか喋らない事に違和感を抱きつつも、アストールはこの情報が事実である可能性が高い事を確信しだしていた。
ここまで詳しい話を仕入れるには、それ相応のリスクを負わなければならない。もしもリスクを負っていないとするならば、そもそもこの男自体が内通者である可能性だって捨てきれはしない。
「今日はあなた達のお陰でいいお酒が飲めたわ」
「ああ、俺達も良い酒を飲めたよ」
「本当にありがとう。貴方たちの主人にも礼を伝えておいてね」
アストールの言葉を聞いた瞬間に男の眉根がピクリと動き、一瞬だけだが表情がこわばっていた。
一瞬にして空気が凍り付いて、エメリナも表情を強張らせていつでも腰の短剣を抜く準備をする。
だが、男二人はすぐに笑みを浮かべてアストールに答えていた。
「はは、なんの冗談かは知らないが、俺達には主人はいない。あくまで情報屋さ」
二人は臨戦態勢を解いて笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。私の勘違いみたいね。それじゃあ、私たちはこれでお暇するわ」
アストールはエメリナを連れて席を立っていた。そして、早急にカウンターに戻ってマスターに酒代を支払う。
「どうだった? いい酒は飲めたかい?」
「貴方のお陰で本当にいいお酒が飲めました。ありがとう!」
アストールは要求された酒代に、少しだけ色を付けて支払っていた。マスターはそれを見て笑顔で二人に告げる。
「毎度あり! 次来た時はもっといい酒をサービスするよ。これはエメリナも同じだ」
「あれれ、いいのかな? そんな事言っても」
エメリナが意地悪い笑みを浮かべるも、マスターの男は相変わらずの営業スマイルを崩さない。
「大丈夫! エメリナは常連だし、今後もここをごひいきしてくれるなら、いくらでもサービスするよ」
「マスターも太っ腹ね!」
「また来てくれよ!」
マスターは二人を快く送り出すと、二人は酒場を後にしていた。
酒場を出た所でエメリナはアストールに聞く。
「ねえ、急にどうしたの?」
「あの男の言葉を聞いて確信した。王国内の誰かが西方同盟と手を組んでるわ」
アストールの言葉に対してエメリナは真剣な表情を向けていた。
「じゃあ、金貨一枚の価値は十分あったって事?」
「そうね。あの情報は明らかに西方同盟に罪を全て被せようとしてる」
「でも、王国政府はこの事を事件にはしたくないんでしょ?」
「国益を考えると事故と処理してた方が都合がいいからね……。でも、万が一にこの工作が表沙汰になった時に保険をかけておくに越したことはない」
アストールはそう言うとエメリナに向き直って聞いていた。
「あなたも感じたでしょ? あの男達の殺気、尋常じゃなかったわ」
「ああ、確かにそうだったね」
エメリナも無意識のうちに体が反応して腰の短剣に手を回すほどだった。
アストールはかまをかけるために敢えて席を発つ時に男達を挑発したのだ。
実際に男達は一瞬だが殺気を込めて、二人を威圧したのだ。情報屋はあくまでも情報屋であり、あのような挑発に簡単には乗らない。そうでなければこの業界を生き抜けない。
彼らは情報屋ではなくどこかの貴族の使いである可能性が非常に高いのだ。
「エスティナはやっぱりすごいね!」
笑みを浮かべたエメリナは自分の主人が計算をした上で、自分の納得できる情報を引き出していた事を誇りに思っていた。アストールはその言葉に対して謙遜の笑みを浮かべる。
「そうでもないわよ。でも、おかげで明日合う相手が決まったわ」
「それってまさか……」
「言わなくてもわかるでしょ?」
アストールはそう言って笑みを浮かべると、エメリナもその相手が分かったらしく苦笑していた。この情報を引き出せたとしても、アストールでなければその答え合わせは出来ないだろう。
アストールはエメリナを引き連れて裏通りから立ち去るのだった。