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明瞭な暗殺 4 

 王族と話を終えたアストールはすぐに街に戻っていた。

 彼らと話していて分かった事は、王族が暗殺の事など何一つ気にかけていなかったことだ。

 彼らには暗殺の件が伝わっていない証拠だ。

 それが意味するところ、上層部でこの暗殺の件が揉み消されたという事。

 でも、一体誰が揉み消すのか。


「いよいよきな臭くなってきたなぁ」


 アストールは笑みを浮かべて酒場に向けて足を進めていた。

 横にはエメリナが付いており、歓楽街ではなく裏通りの酒場へと向かっている。


「ねえ、本当に行くの?」

「ええ、何か有力な情報が入るかもしれないからね」


 エメリナ同行で裏通りの酒場に向かったほうが、情報も入りやすい。何よりも今回の一件、政府上層部も絡んでいる以上、その上層部が汚れ仕事を請け負わせるなら足の付きにくいここの住人を使う可能性が高い。


(それに……。ここの住人と政府上層部の誰かは関係を断ち切りたいみたいだしね)


 ハラルド王子暗殺の件が揉み消されたのは、そもそも暗殺の標的が王子でなかったからだ。でなければ、事故を装わせるメリットなどない。政府上層部はそれ以外にもここの住人達と関りがあった事も含めて、ひた隠しにしたいのだろう。


(触らぬ神に祟りなしって言うけど……。あそこまでされると俺も黙っておけない)


 アストールも一時は罪を被せられそうになり、命の危険があったのだ。彼女かれそこまでされて黙っておくほど穏便な人間ではない。


「さ、ついたよ……」


 エメリナが情報を仕入れるために使っている酒屋の前に着く。

 中からは喧噪な声や罵声が響いており、荒くれ者達がバカ騒ぎをしているのがすぐにわかる。

 アストールも流石に騎士の正装は着用せずに、私服に剣を腰に下げた恰好でここに来ていた。

 エメリナ同様に地味な服装でいるため、そこまで目にはつかないはずだ。

 アストールは唾を呑むと、エメリナに告げていた。


「さあ、行きましょう」


 二人は酒場の中へと足を踏み入れる。

 そこでは様々な事が起きていた。数十人が座って宴会をできるほどの広さの一階には、丸机が所々にあって一番奥のカウンター前には大勢の男達が座っていた。

 カウンター上には吹き抜けの二階があり、そこにも得体の知れない男達が酒を酌み交わしている。


 一階の広く空いた空間では男二人が殴り合いをしており、その周りに掛け金を握ったギャラリーが詰め寄っている。見世物ではなく口論の末の喧嘩に、周囲の人間が賭けをして遊んでいる。

 少し外れれば静かに酒を酌み交わしているものもいれば、賭場とかしているテーブルもある。


「けっこう激しい場所ね……」


 ここまで治安の乱れ切った酒場は、この王都ヴァイレルでもこの歓楽街の裏通りのここだけだろう。

 アストールは呆れと感心から溜息を吐いていた。


「ここはいつもこんな感じだよ。胴元のリャトル盗賊団が仕切ってるから殺しはないけど、賭け事や喧嘩は日常茶飯事」


 エメリナは苦笑して答えていた。


「いつもって、よく来るの?」

「まあね。私もここの常連だし、マスターに聞けば今日ここに来てる中で必要な情報をもってる情報筋を紹介してくれるよ」


 エメリナが今までどういう生活をしてきたのか気になったが、アストールは敢えて聞くことをやめた。

 過去の詮索は無粋であるし、あまり知りたくない事実があるかも知れない。


「入り浸るのはいいけど、死なないでね」

「心配してくれるんだ。ありがと!」


 アストールの言葉にエメリナは微笑みかけていた。

 屈託のない笑みに彼女かれは複雑な想いを抱く。

 ぱっと見はあどけなさを残した少女にしか見えないエメリナが、ここに精通している事が彼女の人生の過酷さを物語っている。アストールはそれに苦笑して答えた。


「さあ、仕事よ。仕事」


 アストールとエメリナは喧噪な中央を避けてカウンターへと向かっていた。途中数人の男に声を掛けられたが、エメリナが軽くあしらっていた。二人がカウンター席に座るなり、マスターが二人の前へと歩み寄ってくる。


「おお、久しぶりだな。最近見なかったから、死んだのかと思ってたぞ」


 軽口をたたくマスターを前にエメリナは笑顔で答えていた。


「それなら、あっという間に噂が広がるよ」

「はは、ちげえねえ! 今日は何を飲むよ?」

「とりあえず、エール二杯ちょうだい!」

「良いだろう!」


 マスターはエールがたんまりと入った木製のコップを持ってきて二人の前に置く。

 エメリナはコップを持つと、アストールと乾杯を酌み交わしていた。


「釈放おめでとう!」

「ありがとう!」


 二人はエールを一気に飲み干すと笑顔で向き合っていた。


(そういえば、こういう酒場は久しぶりだなあ)


 アストールはふと女性になってから歓楽街の酒場にあまり行けてない事に気が付いた。

 つい最近言った記憶と言えば、メアリーが一人で王立騎士のたむろ場所としている酒場に助けに行ったくらいだ。何分あの事件以降は一人で酒場にはいかないようにしている。


(早く元の体に戻って、また自由に歓楽街に行きたいぜ……)


 ふと男だった頃の喧嘩三昧の日々の事を思い出していた。もう喧嘩はしないにしても、自由に酒場に入り浸れないのは中々ストレスのたまる事だ。


「さて、どうやって情報を聞き出す?」


 エメリナはアストールにそう話題を切り出すと、彼女かれは少しだけ考える。


「そうね。いつもはどうやって情報を集めてるの?」

「自分の欲しい情報を持っていそうな関係者や情報屋に話を聞いたり、あとはマスターに耳寄りな情報を教えて貰ったりとかかな?」


 エメリナの言葉を聞いてすぐに大金がいる事を悟る。

 情報屋などは自分の持つ情報に言い値を付けられる上に、足元を見られる可能性が高い。

 この前の事件解決での報奨金があるので金を出し惜しみするつもりはないが、大金を払ってくだらない情報を掴まされたでは割に合わない。


「とりあえず、マスターに聞いてみない?」

「いいよー。ただ、お酒が少し割高になるよ?」

「それは大丈夫、私が払うから」


 アストールの言葉を聞いてエメリナは屈託のない笑みを浮かべてマスターに手を振っていた。


「マスター! お代わり頂戴! 今度はもっといいエールを!」


 エメリナの言葉を聞いたマスターは、先ほどと同じお酒をもって笑顔で二人の前に戻ってくる。


「気前がいいねえ! どんなお酒を望みだい?」

「んー、そうだねえ。とりあえずこの隣にいる私の主人を喜ばせる物を頂戴!」

「いいだろう!」


 マスターはそう言うと空になったコップに酒を注いでいく。

 そして、アストールの前に来ると笑顔のまま問いかけていた。


「さて、どんなブツが欲しい? 満足させるものがあるかはわからないが、できるだけ応えるぞ?」


 マスターの言葉を聞いた時、既に情報の取引が始まっている事に気づいて、アストールは内心慌てつつも平静を取り繕って答える。


「そうね。できれば、闘技会の王太子の事故を忘れさせてくれるような、飛び切りいい酒はないかしら?」


 アストールの言葉を聞いたマスターは少しだけ眉を顰める。


「難しいなぁ……。生憎取り揃えているブツじゃあ、満足できないかもしれない」

「それは残念ね」

「俺からは酒を出せないが、あちらのお客から奢りの酒が入るかもしれないぞ?」


 マスターはそう言ってカウンター横の丸テーブルに座る二人の男を指さしていた。


「あら、そうなの?」

「どうする? おごってもらうかい?」


 マスターは暗に二人が今回の事故の話で何かしらの情報を握っている事を告げていた。

 アストールとしても断る理由はないので、即答していた。


「じゃあ、お願い!」

「毎度あり、代金はまた酒代に付けとくよ」


 マスターはそう言うなりカウンターから、テーブルの二人の方へと歩みだしていた。

 即答はしたものの、これは案外危険な事であることに変わりない。

 一抹の不安を感じながらアストールはエメリナに聞いていた。


「大丈夫かな?」

「んー、判んないなぁ。今回の案件は結構ヤバいからね。帰り道は気を付けた方がいいかもね」


 エメリナはさらっと気に留めることなく告げていた。

 おそらくマスターはある程度の情報を手に入れているが、自らが話すと自分の身に危険が及ぶことを知っているのだろう。だからこそ、二人にテーブルの男二人を紹介した。


「因みになんだけど、自己紹介はした方がいいの?」


 アストールはエメリナに聞くと彼女は笑いながら答えていた。


「そんな無粋な事しなくていいよ。ここではみんな名前なんて聞かないし、名乗らないよ。それがここの流儀よ」


 ここでは相手が何処の誰かなど重要ではないのだ。情報のみが行きかう場所であり、あの喧噪な喧嘩や賭博はそれを隠すための余興に過ぎないのだ。


「そうなのね」

「うん。にしても、本当にこういう所初めてなの?」

「え、ああ。初めてだ」

「そうには見えなかったけどなあ……。マスターとのやり取りも完璧だったし……」


 エメリナはアストールに驚嘆していた。


「まあ、貴族社会も一緒みたいなもんだ」


 アストールはエメリナに対して静かに答えていた。隠語がまかり通る貴族社会とここはさほど大差ない。彼女かれ自身それを経験しては来ているが、実際の所そんな所が窮屈で仕方なく、歓楽街に出ていたのもあった。


「あの二人は君たちにおごってくれるとさ」


 いつの間にか二人の元にマスターが戻ってきて二人に告げていた。二人はその言葉を聞いてコップにもう一杯エールを注いで席を立つ、そして、男達の元へと足を歩めるのだった。


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