明瞭な暗殺 3
アストール達三人は王城の中でも、厳重な警備をされた一室の前まで来ていた。
両開き扉の備え付けられたハラルドの居室前には、全身を白銀の甲冑に身を包んだ王族従騎士が四人、扉の両端に別れてロングソードの切っ先を地面につけて、両手を剣柄に両手を乗せて立っている。
アストール達は予め面会の予約を取っていなかったので、近付いてきた三人を王族従騎士は止めていた。
「面会の約束ない方はハラルド殿下にはお会いできません」
王族従騎士はそう言うと、三人の侵入を拒むように扉の前に立っていた。
「私は第一近衛騎士団のエスティナ・アストールです。少しでもお目通り願えないでしょうか?」
アストールの名前を聞いた王族従騎士はそれでも頑なに態度は変えない。
「これは規則なので、申し訳ありませんがお引き取り願えないでしょうか?」
彼らの任務を考えると、面会できないのも仕方がない。事故の後で体調がよくなったとはいえ、まだ安静にしていなくてはならないのだ。何よりも事前の訪問を告げていない者を通す訳にはいかない。
万に一つでもハラルドの身に何かあれば、責任は彼らが取る事になるのだ。
「わかったわ。規則ですものね。また出直すとします」
アストールは溜息を吐いて踵を返そうとする。その時だった。
突然内側から扉が開き、白衣に身を包んだハラルドが出て来ていた。
「で、殿下!」
王族従騎士は慌てて彼の元に駆けよっていた。
本来ならまだベッドの上で安静にしておかなければならない程の重傷のはずなのだ。いくら神官の治療があるとはいえ、体力の回復にはまだまだ時間はかかる。
だが、ハラルドは手を上げて近寄る王族従騎士の動きを止めていた。
「良い! 下がれ! 私はもう歩ける!」
彼の言葉通り足取りはしっかりとしている。だが、額には汗をかいており、明らかに無理をしてここまで来たのが見て取れた。王族従騎士は心配そうにハラルドを見守っていると、彼は笑みを浮かべてアストールに話しかけていた。
「ふふ、見舞いに来てくれるとはな。思ってもみなかったぞ。入るがいい」
「で、殿下! それでは我々が困ります!」
ハラルドの思いもよらない言葉にその場にいる一同が困惑していた。
王族従騎士としては、例えハラルド本人に言われたとしても、室内へ入れての面会など認めるわけにはいかない。アストール達としても不用意に室内に入って変な噂を立てられたくはなかった。
だが、ハラルド自身がそれを認めなかった。
「どうせ予定もないんだ。何か言われたら私に命令されたと言え」
「し、しかし……」
「くどいぞ!」
ハラルドは王族従騎士を睨み付けると、四人はそれ以上何も言えずにまた元の位置へと戻っていた。
アストールは困惑気味にハラルドを見ると、彼は笑みを浮かべていう。
「警護は気にするな。さあ、入れ!」
アストールは言われるがままにハラルドの居室へと足を踏み入れていた。
三人が居室へと入ると扉が閉められる。それと同時にハラルドは崩れ落ちそうになる。アストールは素早くハラルドの前へと出て彼の胸を支えに入っていた。
「ふ、情けないものだ……」
「殿下……」
試合前にあれだけ威勢の良かったハラルドが、今はここまで弱った姿を見せているのだ。しかも、王族従騎士にすら見せなかった体の無理を、アストールの前で見せていた。王族が一般貴族にこのような姿を見せる事など言語道断の事態だ。
「なぜこの様な無理を?」
「貴公がここに訪ねてきた。ただ、それだけではだめか?」
アストールは返事をすることなく真正面の大きなベッドへと歩みだしていた。
居室は十分に日の光が取り入れられるように、巨大な窓が設置されている。入り口からベッドまでは赤絨毯が続いており、部屋の片隅には甲冑が並んでいる。その中に盛大に破損している物もあり、アストールはそれに目を止めていた。
ベッドまで来るとハラルドはベッドに腰を掛けていた。
アストールは王太子を見下げる形にならないように、すぐに膝を突いてハラルドを見上げていた。
「いまはそこまで気遣う事はない。そこの椅子に座れ」
ハラルドはベッド横にある椅子を指さしていた。
アストールはすぐにその椅子に座っていた。
「あの殿下……」
「ん?」
「この度は申し訳ありませんでした……」
アストールはハラルドを見ながら謝罪する。
「気にすることはない。元々私が無理を言って出場した大会だ。事故が起きても文句は言えんさ」
ハラルドは苦笑して答えていた。
「お優しいのですね」
「はは、私がか?」
乾いた笑いを浮かべたハラルドは続けて声を掛けていた。
「私は別に優しくはない。それよりも私の従者にでもなりに来たか?」
ハラルドは笑みを浮かべてアストールを見ていた。それからも彼が冗談を言っているのだと、彼女も察していた。
「事故とは言え試合は私の勝ちです。そこだけは譲れませんよ」
「そうだったな」
自嘲気味に笑うハラルドを前に、アストールは彼に対して以前とは違った印象を持っていた。
自分の手にできない者はないという傲慢さが前面に出ていたが、体も気持ちも弱り果てている。
その姿はどことなく哀愁を漂わせており、言葉にはできない虚しさにも似た印象を持った。
「殿下は孤独なのですか?」
ふと思った事を口にしてしまい、アストールはハッとなる。だが、ハラルドは気にした風もなく答えていた。
「わかってしまうか?」
「何となく……」
「孤独と言えばそうかもしれない。私はいずれ王になるが、その前に私の考えに賛同する者は少ない……」
ハラルドは表情を暗くして天井を見上げる。
「考え?」
「ああ、私は西方諸国と手を組み、南方の脅威を払拭したいのだ」
南方からのイムラハ諸国が脅威となり始めてからも、王国は最低限の手立てを打ち、西方遠征を続行した。本来ならば南方からの脅威は国を直接的に脅かすものだ。
それを看過して西方遠征を続行した父親を、ハラルドはずっと不満に思っていた。
十数年前にはヴィトニア帝国をマルスン帝国と二分して滅ぼしてもいる。
真っ向からその行いに反対して以降、ハラルドは父親と反目するようになる。
彼が成人となる前の出来事だが、未だにその事が大きな禍根を残しているのは事実だ。
「それも最早叶わぬ夢よ……」
ハラルドはそう言って俯いていた。
大事な時期に父親からの愛情を受ける事もできず、政策には口出しも出来ない。尚且つ、自分が王位継承する頃には、西方諸国との同盟など夢のまた夢だ。気が付けば酒池肉林の催しをしてその鬱憤を晴らしていた。どことなく境遇が似ているようで、アストールは同情を覚えていた。
「殿下……」
「エスティナよ。貴公は優しい女性だ。私の侍従にならずとも良いから、たまにで良いので会いに来てはくれないか?」
ハラルドはそう言ってアストールを見つめる。
瞳には悲しげな光が鈍く輝き、彼の心情を語っていた。
「難しいかもしれませんが、お時間がある時で良ければ……」
アストールが答えるとハラルドは安堵の表情を浮かべていた。
彼女としてはさほど頻繁にハラルドと会う事は、かなりのリスクを負う事になる。
なぜなら、自分自身の体が女性であるのだ。貴族の娘達からは側室を狙っているとあらぬ噂を立てられかねない。ましてや男色の噂すらある彼と定期的に会うという事は、恋仲ではないのかとさえ思われかねない。
「それでも良い……」
そのやり取りを後ろで見ていたメアリーは思う。
(この男、何か匂うんだよねぇ)
王太子とは言え何か解せない雰囲気がある。それを何となくであるが、メアリーは感じ取っていた。
アストールにすり寄っている感じもある。ついこの前までメアリーにとって最愛の人を奪おうと、強硬な態度に出ていたハラルドが、怪我をしたとは言えここまでへりくだる事自体が怪しく感じられた。
「もう少しだけ、ここに居てはくれぬか?」
「それは構いません」
アストールはその後も他愛のない話を、ハラルドと交わす。
ただ、その中から得られたことは、本人が暗殺の事には一切気が付いていない事だった。
それでもアストールにとっては十分な収穫と言えた。