明瞭な暗殺 2
聖堂を思わせるほど大きな空間が広がる一室、その最奥手には台座があり、そこに赤と金で装飾された玉座が置かれている。台座の上にまで続く階段は15段ほどあり、玉座から両開きの扉までは赤絨毯が続いていた。アストール達三人はその中央部分で膝をついて、頭を垂れていた。
「表をあげよ」
玉座についていたトルアは尊大な態度で三人に告げる。
アストール達はトルアを見上げると、彼は玉座に座ったまま心配そうに三人に眼を向ける。
「此度の騒動で色々と大変であったであろう……」
トルアからの一声に対してアストールは狼狽しながら答えていた。
「あ、いえ、そのような事は……」
「語らずともよい」
言葉を続けようとする彼女に対してトルアは手を上げて制していた。
謝罪の言葉を口にする前に、王から言葉を貰う事など想定していなかった。アストールはそれでも王族を負傷させたことを謝罪していた。
「事故とは言え王太子殿下に怪我を負わせた事、誠に申し訳ありませんでした」
「謝らずとも良い。馬上槍試合をする以上怪我は覚悟の上である。爵位、王族に関わらず、その槍を逃げる事なく相手に向けた事、それこそ騎士の誉れだ。エスティナよ。貴公は騎士としての務めを立派に果たしたのだ。私はそれを誇り思うぞ」
トルアの言葉に対してアストールは再び頭を垂れていた。
「身に余るお言葉、勿体無うございます。ですが、私はその言葉を受けるに価致しません」
「そう畏まらずとも良い。既にハラルドも意識を回復させている。貴公らの適切な処置があったからこそ助かった。私は感謝すらしているのだ」
トルアの言葉にアストールはどう言葉を返していいのか分からず沈黙していた。
「貴公からの謝罪は一応受け取っておく。今後も近衛騎士代行業務に専念せよ」
トルアはそう言うとアストールは顔を上げていた。
「ありがとうございます! 陛下、一つ進言をしたいのですが、発言をお許ししてくださいますか?」
アストールの言葉を聞いたトルアは、暫し沈黙していた。
彼女が何を言おうとしているのか、すぐに察しがついたのだろう。
「その話、人払いがいるか?」
「は、できるならば……」
トルアの言葉にアストールは頷いて見せる。
「良かろう。この場にいる皆に命ずる。私の許可あるまでは、全ての者はここより退場せよ」
王の言葉を前に重臣や侍従、衛兵も戸惑いを見せていた。だが、トルアの命令を聞かないわけにもいかず、全員がその場を後にしていた。
残ったのは謁見に来た三人と、最低限の衛兵のみだ。
「エスティナよ。申してみよ」
アストールは頭を上げてトルアを見つめると静かに口を開けていた。
「お気づきかも知れませんが、此度の件、暗殺の疑いがあるのではないかと私は考えています」
アストールの言葉を聞いてトルアは少しだけ眉根をひそめて聞き返していた。
「暗殺だと?」
「はい。あのランスには特殊な魔法がかけられていた可能性が高いです」
「魔法とな……?」
「今大会の競技用ランスは先端がすぐに砕けるように魔法がかけられていて、鉄の鎧を貫通させることはまず不可能のはずです」
「あれは間違った魔法術式が施されたランスと聞いていたが?」
大会用ランスの事もある程度は聞き及んでおり、実際にそのような事が起きてしまう事自体が異常事態だ。だが、トルアが聞いた報告では、ランスに掛けられていた魔法術式に誤りがあり、今回の事故を引き起こしたと聞いていたのだ。
「それだけではないのです」
トルアを前にしてアストールは毅然とした態度で続けていた。
「そのランスを入れ替えた関係者と思われる男を王立騎士が殺害しました。その現場を私の従者が確認しています」
アストールの言葉を聞いたトルアは、少しだけ驚くとすぐに表情を平静に戻していた。
「ほう、それは初耳だ」
アストールは今回の事故が一時期でも暗殺事件として扱われた事自体が、トルアに伝わっていない事を確信した。この問題は貴族達の中での何者かが握りつぶそうとしているに違いない。
「どこの手の者かまではわかりませんが……。関係者と思われる男はランスの交換を認めていました」
トルアはその言葉を聞いて、顎に手を当てて考え込んでいた。
実際に暗殺は実行に移されたとして、ここまで手の込んだ事をして王族を暗殺して利を得る者が国内にいるのか。それが疑問で仕方がない。第一にトルアはこの事故が暗殺であるという事など耳にしていなかった。念のためハラルドの警備は厳重にしてあるが、それも体が弱っているからこそだ。
「ふむ。その様な事があったとはな……。警戒を強める以外にはないか……」
トルアは考えながら呟いていた。
「もしかすると、暗殺はまだ終わりではないのでは?」
アストールとしては今回の事件がどうにも腑に落ちない。
何故、態々王族を手の込んだやり方で暗殺をするのか。ましてや事故死という形まで装って殺そうとしたのか。他にも大きな陰謀が背後で動いているとしか思えなかった。
「ふむ……。もし終わってないとするならば、誰が標的だと思う?」
トルアは玉座に肘をついてアストールに問う。
「見当もつきません……」
「そうか……。わかればまだ対策の立てようはあるのだがな……」
悩ましげに言うトルアに、アストールは聞いていた。
「……大会はお続けになるのですか?」
「現状、そうするしかあるまい。あれはあくまで事故なのだからな」
「しかし、このままでは次の暗殺が起きかねませんよ?」
アストールの言葉を聞いたトルアは、暫く沈黙していた。
ここで一度祭典を中止すると、王権の失墜にもつながりかねない。だからと言って、このままでは次の暗殺が起きかねない。暗殺が起きても王権の失墜に繋がる。
八方ふさがりの状態にトルアは大きく溜息を吐いていた。
「大会の警備を更に厳重に行う。大会は続行するしかないのだ」
トルアの言葉を前にアストールは押し黙っていた。国王さえ説得できれば、暗殺に繋がるあの大会を中止できると思っていたのだ。だが、そうはできない事情がある事もすぐに分かった。
「話は良いか?」
トルアの言葉を聞いたアストールは黙ったまま頷いて見せていた。
「衛兵よ。出て行った者達をすぐに呼び戻せ」
トルアの言葉一つで扉が広き、先ほど出て行った一行が元の位置に戻っていた。
彼らを前にトルアは何事もなかったかのように、笑顔を浮かべてアストールに声を掛けていた。
「折角王城に赴いたのだ。ハラルドの見舞いにも行ってやってくれ」
彼女は否が応でも返事をするしかない。
「は、是非に……」
「ハラルドも喜ぶであろう。行ってまいるがよい」
国王の言葉を聞いたアストール達は立ち上がって慇懃に礼をして見せ、謁見の間を後にしていた。
両開きの扉を出るとアストールは大きく安堵の溜息を吐いていた。
「心臓が止まるかと思いましたぞ」
ジュナルが扉を出たと同時にぼやいていた。
「仕方ないだろう。国王に言えば多少は状況は変わるだろうし、ダメで元々の相談さ」
アストールはそう言って笑顔で答えていた。
「本当にね……。いつも思うけど、直談判するなら私たちにも相談してよ」
メアリーは不満そうに腕を組んでアストールに対して言う。
彼女の唐突な行動は今に始まった事ではないが、いつも度肝を抜かれる事を相談なしにされるので、従者の二人は胆を冷やすことが多々あるのだ。
「ごめんごめん。でも、これで相手はやりにくくなったはずだ」
警備はいつも以上に厳重になされている上に、更に締め付けを厳しくするのだ。
正直言えば暗殺者達の頭のネジが外れていない限りは、実行に移そうとも思わないだろう。
それでも何故か一抹の不安が残るのは、アストールの勘がこの事件が終わってないと告げている証拠だ。
「本当はすぐにでも街に戻りたいが……」
アストールは深く溜め息をついていた。
「ハラルド王太子殿下も意識が戻られたことであるし、一度お伺いしてみますか?」
ジュナルの言葉にアストールは頷いて見せていた。
「そうだな。でもなぁ……」
実際に怪我を負わせた張本人としては、どのような顔をしてハラルドに会えばいいかわからない。
何よりも自分を侍らせようとした男である。
「でもお見舞いしないわけにはいかないよね」
メアリーはそう言ってアストールを諭していた。
「そうだよなぁ……」
アストールは右手で頭をかきながら、腰に手を当てていた。
暫し悩むような仕草を見せた後、足をハラルドの居室へと向けていた。
「行くしかないよな!」
アストールはしっかりとした足取りで歩みだす。その後ろをジュナルとメアリーは黙ってついていくのだった。