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明瞭な暗殺 1


 石細工職人が何年かけて作り上げたのか分からないほど、精巧に積まれた石造りの城壁が高く聳え立つ。その城壁の間には円筒状の塔が二つあり、門を構えていた。門には落とし格子が付いていて、外敵がこの王城ヴァイレルを包囲したとしても、早々に陥落はしないだろう。とは言え、このヴァイレル城自体が首都の中心にあるので、この城の防備を機能させる事態が起きた時は、この国の終焉ともいえる。


 古い造りの城壁に比べて王城ヴァイレルの造りは比較的に新しく、改築増築した形跡が見て取れる。

 小さな石を重ねている城壁から、明らかに造りの違う大きな石で作られた塔や柱、工法や石の種類が違う事からも作られた年代が違う事が窺い知れる。


 それはこのヴァイレル城が長くに渡って使い続けられている証拠である。

 アストールはそんな歴史の長いヴァイレル城に向かって歩いていた。

 大きな城門を潜ると、正面には巨大な王の居城が姿を現す。


「あれ、前はこんなものあったかな……?」


 アストールは王城に続く石畳の道の両端に否並ぶ数十の石像を見て違和感を覚えていた。

 以前王城に来た時はこの長い石畳の両端には何もなかったはずだった。


「確かにそうだね」


 アストールの横にいたメアリーは同意して、その石像の前まで歩みだしていた。

 四角い石造りの台座には鉄の名盤が取り付けられ、その石像が誰を象ったものかを示す。


「初代ヴェルムンティア国王キルアス・ヴェルムンティア……享年59歳」


 メアリーは名盤の文字を読むと、台座の上にある石像を見上げていた。

 馬に乗ったキルアス王が剣を空高くに掲げて、王国の始まりを告げている。

 両足を上げた馬からは今にも嘶きが聞こえて来そうなほどの迫力があった。


「へー、洒落たもの用意したわね……」


 メアリーはそう言って居並ぶ石像を見渡していた。

 どの石像にも名盤が張られており、その時々に活躍した王や英雄の名が刻まれ、その在りし日の姿を石像にてこの世に甦らせていた。その全てが威厳を持たせる為か、馬に乗ってフルプレートの鎧に身を包んで剣を手にしていた。

 荘厳さを通り過ぎ、ここまでくると物々しさを感じるほどだった。


「騎士の国だからこそってことか?」


 アストールは襟筋を正すと、メアリーとジュナルを引き連れて歩みだしていた。


「そのようですな。ですが、拙僧にはこの石像からは何か、異様な雰囲気を感じますぞ」


 ジュナルはそう言って石像を横目で見ていた。

 魔術師という事もあってか、騎士達ばかりが並んでいてあまり気に食わないのだろう。

 騎士達の活躍の裏には必ず魔術師たちの助けがあるのだ。それを忘れてはいけない。


「ジュナル、ここは騎士の王国だよ。仕方ないよ」

「それはわかっていますが、拙僧が言いたいのはそう言う事では……」


 ジュナルが言葉を続けようとすると、対面からガタイの良い中年の男性が歩いてきて、アストールの前まで来ていた。その様に一同は言葉を出せずにいた。

 その異様な体つきと頬には傷跡が付き、鼻の下には髭を生やしている。

 体からは異様な威圧感が醸し出されていて、只者ではないのが一目見てわかる。


「貴公、近衛騎士の腰巻を巻いているな……」

「え、ええ……。それが何か?」

「もしやエスティナ・アストールか?」


 その中年男性は3人の前アストールの名を聞いていた。

 近衛騎士の正装で尚且つメダル付きの紫の腰布を着けている女性など、どこを探してもエスティナ以外にはいないのだ。必然的に彼女の名前が出るのは当然だ。


「ええ。そうですけど、貴方は?」

「おお、これはこれは失礼した。ワシはゴラム・ガランド。王族従騎士の騎士団長をしている者だ」


 彼の言葉を聞いてようやくその異様な雰囲気を理解した。

 王族従騎士は、近衛騎士は勿論全国より腕自慢の武人や騎士を集めて選抜して選ばれる王族直属の騎士の名称である。選抜試験はかなりタイトであり、屈強な戦士達数千人が応募に来るが結局選抜されるのはほんの20人程度だ。


 現在王族従騎士は200人おり、その大半をトルアが直接的に指揮を執る権限を有しているのだ。

 勿論、厳しい選抜試験を通過した彼らは、近衛騎士達より実戦経験、実力は格段と上になる。

 言わば、エリートの中のエリート戦士集団と言える。そんな彼らを束ねる男なのだから、体から出るただならぬ雰囲気も納得がいく。


「王族従騎士の団長にまで名が知れ渡るなんて……」

「噂は耳にしている。女性でオーガを撫できりにする実力と聞いていたので、どれほどの武人かと思っていたが、まさかこのようにか弱き娘であったとは……」


 ゴラムはアストールを見て呆気に取られていた。

 オーガを撫で斬りにする女と聞いてイメージするなら、筋骨隆々のマッチョなとても女性とは思えない外見を想像していたのだろう。だが、実際はこの世に二人といない絶世の美少女だった。


「……それは褒めていただいているのですかね?」

「ワシとしたことが恥ずかしい。つい本音をこぼしたな」


 明らかに想像していた化け物と違う事に、ゴラムは苦笑して誤魔化していた。

 アストールも仕方ないのかと、半ばあきらめて溜息を吐いていた。


「私に何か御用ですか?」

「ハラルド王太子殿下の容体も回復してきている。貴公もワシと同じく殿下を心配で見舞いに来られたのかな?」

「そんな所です……」


 実際はトルアに謝罪の為に出向いているのだが、これ以上話をややこしくしないためにも、アストールは話を合わせていた。


「にしても今回の事故は本当に不幸であった。生憎ながら執務で現場にはいなかったが、事故の話を聞いてワシも心臓が止まるかと思うたわ」


 そうは言葉で言うものの明らかに動揺の色は見えない。

 おそらく彼は何が起きても動じずに冷静に対処する男だ。

 その落ち着き払った雰囲気からでもそれが読み取れた。


「とまあ、それは良し。貴公も色々と大変でったであろう。話だけは聞いておる」


 ゴラムの言葉は暗にアストールが暗殺の疑いを掛けられていたことを指示さししめしていた。


「本当にそうですよ……」

「だが、悔いる事はない。何せここは騎士の国、貴公は胸を張って良い! この国の騎士の誰よりもその武をもって騎士としての尊厳を示したのだ。例え相手が王族であろうと、それは真の騎士たる行いだ。王族従騎士に入れてもいいくらいだ!」


 ゴラムはそう言うとガハハと大口を開けて笑っていた。三人は呆気に取られて固まっているが、それを気に留めた風もなく、ゴラムは告げる。


「さて、今日は良いものも見れた。貴公らも気を落とさずに前に進むんだ!」


 ゴラムはそう言うなり三人の前から歩みだして門の方へと向かっていた。


「はぁ、何かろくな噂流れてなさそうだな」


 アストールは王城内で流れている噂を考えて気を落とす。

 ゴラムのあの様子からして、自分を見ていない男は、オーガキラーの名だけでその姿を想像しているはずだ。だからこそ、男がよりついては来ないと思いたいのだが、実際はそうではない。

 イメージが先行している故に、自分がオーガキラーと認識されずに声を掛けられることはよくあるのだ。


(通り名の意味が本当にないな……)


 例え自分がオーガキラーと言おうと、相手は全く信じない。仕方なく近衛騎士の証を見せて、ようやく男達は真実を受け入れて、苦笑して謝罪すると逃げ出すようにその場を立ち去っていく。

 それがここ最近のアストールの日常である。


「にしても凄い手練れだね。あの人」


 野性的嗅覚で強さを把握したメアリーは、アストールに話しかけていた。


「それは王族従騎士の団長だし……。あのくらいの雰囲気はないとやっていけないさ」


 アストールは過ぎ去ったゴラムの後姿を見送っていた。


「そんなことよりも、謝罪だよ。謝罪。なんて、お詫びしていいのか……」


 アストールは先の事を考えて気を落としていた。

 冷静に考えれば事故とは言え、王族に怪我をさせたのだから、近衛騎士代行の職さえ奪われかねない。その事に気づいたのが、釈放された昨日の事だ。ジュナルに聞くと彼は当然のように答えていた。


「謝罪して判断を仰ぐしかあるまい……」


 そうして今日ここに来たのだが、今一いい言葉が見つからずにアストールは未だに悩み続けていた。


「エスティナよ。ここは潔く簡潔に謝罪をするしかあるまい」

「簡単に言うけどさ……」

「恐らく問題はないであろう」


 国王トルアは事故も承知の上で参加を承諾していたのだろう。でなければこの大会に王族の参加は許されない事態だ。何よりも正々堂々と正面から相まみえるように告げたのは彼自身なのだ。

 何が起ころうともトルアがアストールを責める事はない。


「……そうならいいんだけどなぁ」


 アストールは一抹の不安を覚えながら、国王との謁見に挑むのだった。


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