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潜んでいた影 5

 軟禁生活から五日目の朝、遂にリミットの日が来ていた。

 最期にエメリナと面会したのは二日前のこと、あれから彼女との連絡はついていない。

 今日の取り調べが終わると遂に明日から拷問生活が待っているのだ。

 取調室の机の前でアストールは大きく溜息を吐いてた。


(ぁあ……。女に対する拷問ってえぐいのが多かったような……)


 アストールはふと領主としての教養の一つで教えられた拷問方法を思い出す。

 自分が自ら手を下すことはないにしろ、拷問の命令を下す以上は何をやっているかを領主として把握する事が必要なのだ。だからこそ、拷問方法を教わったのだが……。


(とてもじゃないが、俺の趣味じゃない……)


 想像するだけで痛さと恥辱にまみれた拷問方法、想像するだけで身の毛もよだつ。


(貴族の娘に実際にこんな事するものかな……)


 アストール家はあくまでも武術の名門で、先代の父親は貴族院の議員をしていたほどだ。

 尤も今はある事情によって落ちぶれてはいるが……。


(いや、あり得るか……。罪状が罪状だからな……)


 アストールは正直実感がわかないのと同時に、やっていないことを拷問でずっと否定できるか、不安で仕方がなかった。認めれば処刑、認めなければ死ねない拷問による地獄の日々が待っている。


(終わってるわな……)


 アストールは自分の身が既に王族暗殺嫌疑で滅ばされそうになっている事に気づき、深く溜息を吐いていた。まだまだやり残したことは多い。


(ていうか、なんで俺はここで大人しくしてんだよ! 柄でもない! どうせ罪が確定してるなら、逃げた方がマシじゃんか!)


 アストールはふとそう思って部屋の隅にある椅子を見る。

 しっかりとした枠組みの木製の椅子だ。人を殴れば昏倒させるくらいはできるだろう。

 彼女かれは静かに立ち上がって部屋の隅に行って、椅子の背もたれに手を持っていく。

 いつも通りならそろそろここに尋問官がやってくる時間帯だ。

 案の定ノックもなし、ドアノブが動く音が聞こえて、アストールはぎゅっと背もたれを掴む。

 扉が開くと同時に彼女かれは両手で椅子を掴み、じっと扉が開くのを待った。

 ゆっくりと開いた扉から、いつもの様に態度のでかい尋問官が入ってくる。


 机の前にアストールがいない事を確認して横を見た尋問官は、ひ弱な小娘が椅子をもっている事に気づく。だが、その顔には悔しさともとれるように、奥歯を噛み締めたしかめっ面が浮かんでいた。

 アストールはそれに気づいて、椅子で殴りかかるのをやめていた。


「釈放だ! お前の疑いは晴れた」


 唾を吐きだすかの如く、尋問官は彼女かれに告げていた。


「え? 釈放……」

「何度も言わせるな。あれは事故であり、貴様は無関係だ」


 アストールはその言葉を聞いて、納得のいかない妙な気持ちが胸の内から湧き出していた。

 尋問官は散々アストールに対して、胸を掴むなどの恥辱を味合わせてきたのだ。

 いくら国から認められた者とはいえ、それにも限度がある。ましてや一貴族の地位にある娘を、自分の権限を利用して強姦しようとした男だ。


「それだけ?」


 アストールは沸々と湧き出してきた怒りを抑えられず、尋問官にゆっくりと詰め寄っていく。


「ん? なんだ?」

「それだけなの?」


 尋問官を睨み付けたアストールは、拳を握りしめて今にも殴りそうな剣幕で詰め寄った。


「それだけとは何だ? 晴れて釈放だ! 少しは喜べ!」


 尋問官はなぜ自分が怒りを向けられているのか自覚していない。


「あれだけ酷い取り調べしておいて、謝罪の一つもないの?」


 アストールのまっとうな疑問に、尋問官は何一つ言葉を返さなかった。

 自分が悪い事をしたという自覚があるからこそだろう。


「まぁ、いいわ……」


 アストールは静かに男の前を通り過ぎて、部屋を出ようとする。

 尋問官はアストールを呼び止めていた。


「待て……」

「ん?」


 アストールは足を止めて男に振り向いていた。


「なぜ、殴らなかった?」


 尋問官は静かに言葉を口にする。


「愚問ね……。私が殴れば貴方から何をされるか判らないでしょ。それに、あれでもあんたは仕事をしていただけ。上になんて言われたか知らないけどね」


 アストールは率直に男の立場を含めた上で、信用していないと言い切っていた。


「殴られる覚悟できたのに、損しちまったぜ……」


 尋問官の男は静かに答えると、改まってアストールに向き直る。


「すまなかった……。この度の非礼、謝って許してもらえるとは思っていない……」


 尋問官の精一杯の謝罪の言葉、この男からはこれが限界なのだ。

 だが、自ら謝罪をしてきただけ良しとしよう。

 アストールとしては謝罪すら期待していなかったのだ。


「許したくはないけど、先に頭を下げられたらね……。貴方の謝罪の意だけは受け取っておく」


 アストールはそう言うと尋問官を置いて一人控室より出ていた。

 扉の両脇に控えていた衛兵は既にいなくなっていた。

 このきな臭い中丸腰でいるのは、正直不安で仕方がない。アストールはすぐに自室へと急ぎ足で戻っていた。自室の前にいた警備の兵はいなくなっており、自分が本当に釈放されたことが分かった。

 自室に置いていた装備一式を腰につけると、彼女かれはようやく落ち着きを取り戻していた。


「さてと、解放されたはいいけど、どうにも腑に落ちないな……」


 アストールは確かに王太子を殺しかけたのは事実だった。

 あのランスに限ってなぜ砕けなかったのか、否、巧妙に細工をされていたのか。

 完全な警備と入念な確認を掻い潜らせるには、相当前から入念な準備がいるはずだ。

 考え込んでいるところに、突然扉が開き、アストールはすぐに顔を入り口に向ける。


「エメリナ……」

「もう!! 心配したんだよ!」


 そう言って頬を膨らませて見せると、彼女はアストールの近くまで歩み寄る。


「出たなら早く知らせてよ! 危うく警護の兵隊縊り殺すところだったよ!」


 サラっととんでもない事を言ってのけるが、実際エメリナの実力ならば冗談では済まないのだ。


「ごめんごめん! 私もさっき出たばかりなの!」


 苦笑して答えるアストールに対して、エメリナは安堵の表情を浮かべていた。


「こうやって話せてるからいいけどね!」


 屈託のない笑みを浮かべたエメリナに、アストールもまた自然と安堵していた。


「ありがとう。それで、何か分かった事あった?」


 アストールはエメリナに本題を切り出していた。

 今回の大会で王族の暗殺未遂が起きたのだから、裏事情を探れば少しは証拠になりそうなものでも出て来ても良いだろう。


「それがね……。あるにはあったけどね……」


 エメリナは表情をくぐもらせた。


「何? 何かあったの?」


 彼女は静かに口を開いて、ある男が裏路地から連れ出され、王立騎士に殺されたことを告げる。

 ランスの入れ替えが行われていた事や、男が誰かから金を受け取り入れ替えを行った事、そして、それを確認した王立騎士がその男を殺した事、ありのままを話していた。


「そういう事だから、私達、どうやら嵌められたみたいだよ……」


 エメリナの言葉を聞いて、アストールの疑問は確信に変わりつつあった。


「流石はエメリナね。いい情報を取ってきてくれた!」


 自分が酷い目に遭ったというのに、アストールはそれを何とも思わないほどの笑みを浮かべていた。

 むしろその情報を聞いて、自分の考えていたことがさらに深まっていくことに楽しみすら覚えていた。


「王立騎士なら該者を殺さずに背後関係を知るために連行するはずだ」


 アストールがそう言うとエメリナは深く溜息を吐いていた。


「てことは彼らは偽物ってこと……?」

「その可能性は高いね」


 彼女かれはそう言うと考えを整理しだした。

 王太子暗殺を謀ったものの、結果は失敗し、その証拠となる男は処分された。

 しかも、王立騎士を装った者達にだ。何か大きな権力ちからが裏で動いているのは間違いない。

 だが、そこでアストールはふと思いとどまっていた。


「なあ、そう言えば、エメリナが調べた結果、ランスの準備は大分前から入念に行われてたって言ってたよな?」

「うん。そうだよ。しかも警備は厳重なはずだし、そう簡単にランスの入れ替えも出来ないはず」

「ってことは、大会を利用して態々事故に見せかけて、暗殺しようと思ったら、相当前から準備しないと出来ない事だよな?」

「……そうだね」


 アストールが言わんとしている事を、エメリナは自然と察していた。


「ハラルド王太子は急遽この大会に出場することを決めた。ってことは、この大会に出場している貴族の中にまだ本来の目標の人物がいるのか……」

「でも、大会に出場している貴族さん達はみんな高位のお貴族様ばっかりだよ」


 エメリナは再び深く溜息を吐いていた。

 大会に参加するのはどれも爵位の高い名門貴族ばかりだ。誰が狙われていたとしても、おかしくはない状況だ。貴族同士の暗殺はご法度、だからと言って、けして珍しい出来事でもない。

 見えかけた光は再び暗礁に乗り上げていた。


「まあ、まだ標的になる人物は健在だし、首謀者も捕まっていない。てことはこの大会でまだ暗殺が継続する可能性は十分あるってことだ」


 アストールはそう言うと拳を握りしめて呟くように言う。


「私を嵌めた奴、絶対に許さない……」


 犯人捜しをすることを決心したアストールに、エメリナは静かに首を横に振っていた。


(こうなったら止められないな……。協力するしかないよね……)


 予想通りの展開になり、エメリナは溜息を吐いて、報告したことを後悔するのだった。


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