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潜んでいた影 3


「エスティナさんよ……。いい加減認めたらどうだい?」


 薄暗い一室で尋問を受けだして、既に三日が経とうとしていた。

 大闘技場の中でも闘技場の地下にある一室、そこは薄暗く日の光は入らない。魔法灯による明かりがともされているものの、ここが閉鎖空間に息苦しい場所であることに変わりはない。

 空気の循環も悪いためか、湿っぽくてかび臭い。


 そんな中で男の尋問官がいつものように、机の前に座っているアストールをまくしたててる。

 彼女かれは小さくため息を吐いてから答えていた。


「だから何回も言ってるでしょ。あれは事故だって。私に殺意なんてないわ」


 一体何度目のやり取りになるのだろうか。

 この同じやり取りが永遠と繰り返されてきて、正直アストールはうんざりしていた。

 精神的に追い詰められるほどではないが、如何せん尋問官の態度が気に食わない。


「しかし、実際にお前は殿下を殺害しかけたであろう」

「確かに結果的にはそうなったかもしれません。ですけど、端から殺すつもりならレニに治療なんてさせませんよ」


 アストールの言葉に対して、尋問官はそれでも彼女かれの主張を認めようとはしない。


「しかし、貴様のランスがハラルド王太子殿下の胸を貫いたのは事実だ」


 アストールは深くため息をついてから、尋問官を睨みつけていた。

 いい加減にこの堂々巡りを終わりにしたかったのだ。


「あのねえ……。確かに私のランスが王太子を傷つけたのは事実よ。でも、私がランスを用意したわけでもないし、手を付ける事すら選手規約で規定されてるのよ? 私がそんなことをするとでも思ってるの?」


 今回の大会でランスは大会側が全て支給することになっているのだ。

 ランスに細工をしたことが発覚すれば、その場で即時失格になる。

 主催者側の政府は使用するランスを武器庫に保管しており、関係者以外は試合前にランスを触る事すらできない。

 それほどまでに厳格なルールを設けて管理していることを、この尋問官は知らないのだろう。飽きれすら感じてアストールは溜息を吐いていた。


「私がランスに手を加えて暗殺しようとしたっていう風にしたいのかもしれないけどね。私にはハラルド殿下を暗殺する動機がないのよ? それをどうして……」


 尋問官は不敵な笑みを浮かべて彼の言葉を遮る。


「動機なら十分にあるだろう。殿下に服属を強要されていた」

「それが動機?」


 アストールが呆れながら尋問官に目を向けると、彼はさも得意げに答えていた。


「もし服属することになれば、お前は殿下の妾も同然だ。それを知っているからこそ殺そうとした。自由を奪われるのを恐れたお前は、殿下に手をかける。動機としては十分すぎるであろう」


 アストールは改めて落胆のため息を吐いていた。


「私は騎士代行とはいえ、一端の騎士です。相手を暗殺してまで自分の地位を守ろうとはしませんよ。何よりそんな卑劣な行い、ましてや王族の暗殺など以ての外です。私はトルア陛下に剣で正々堂々と自分の地位を守ると誓いました。ですから……」


 アストールの主張はまたしてもそこで遮られる。

 今度は尋問官が机を思い切り手で叩き、彼女かれを脅しつける。


「いい加減にしろ! お前ら女は平気で息をするように嘘を吐く。自分の身の潔白を証明する証拠があるのか!? なかろう! お前ら女犯罪者を嫌というほど見てきたがな! 誰一人として真実を話した奴はいない!」


 尋問官は怒鳴りつけると、ゆっくりとアストールに迫り寄ってくる。

 そうして彼女かれと相対すると、憎しみを込めた視線でアストールを舐めまわすように全身を見た。

 アストールは鳥肌を立てたが、毅然として尋問官を睨みつける。

 尋問官は顔をアストールの息のかかる距離まで近づけると、ゆっくりと続けていた。


「なあ、エスティナさんよ。そろそろ自分の立場をわきまえような?」


 そう言いながら尋問官は彼女かれの胸に手を伸ばし、その豊満な胸を掴んで握りしめる。

 痛みで顔を歪めるものの、アストールはそれでも苦笑して見せていた。


「ふふ、男はいつもそうだ。口ではご高尚な事を垂れるが、結局私の体が欲しくてたまらない。お前もそうなんだろう? 尋問官の立場を利用して気に入った女は犯す。それがお前の仕事か?」


 胸を掴んでいた手が離れて、尋問官は苦虫を噛み潰したような表情で顔をしかめる。そして、次の瞬間にはアストールの頬を思い切りビンタしていた。だが、彼女かれは悲鳴を上げることはなかった。


「正論を突かれればお次は暴力かい? 見下げた尋問官だな……」


 そう呟いた後、アストールは尋問官に対して狂気じみた笑みを浮かべて迫り寄る。


「ほら、笑えよ。笑う余裕すらなくなったのかい? 余裕がないなんて情けない。尋問のプロが泣くぞ。こうやって笑うんだよ」


 美しい顔に張り付いた狂気じみた笑顔は、尋問官を狼狽させるのには十分だった。


「ふ、ふん! 今日の所は勘弁してやる! さっさと自分の控室に戻れ!」


 尋問官はそう言うと部屋を後にする。


「全く……。暗殺が立証すらされてないのに、あれかよ……」


 アストールは呆れかえってため息をついていた。ハラルドの件はあくまでも事故と言う事が、既に王国政府から発表されている。それなのにここまできつい取り調べを続けるとは思っていなかった。

 軟禁生活はある程度覚悟はしていたが、まさか取り調べに尋問官がつけられるとは思いもしていなかった。とはいえ、あの場で衛兵たちから背を向けて逃げていれば、確実に暗殺の容疑が確定していただろう。

 もはやこれ以外にアストールに残された道はなかったのだ。

 ただ、アストールも何もせずにここに居たわけではない。

 アストールは尋問室から出ると、自分の選手控室に戻っていく。その際には外で待機していた衛兵が、彼女の“護衛”としてついてくる。

 これは選手控室に入ってからも変わらない。

 選手控室前には常に護衛の衛兵が立つことになっているのだ。


(さて、今日はどうやってこいつらを出し抜くか……。賄賂は効かないからなぁ、厄介だぜ……)


 昨日は選手控室の窓からエメリナを迎え入れた。今回もその手しか使えないだろう。

 部屋に戻るとアストールは窓を開けてエメリナを待っていたが、彼女は意表をついて部屋に入ってきていた。部屋の扉がノックされた後すぐに、エメリナが扉を開けて入ってきたのだ。


「あ、あれ? どうしてそっちから……」


 呆気にとられたアストールを見て、エメリナは笑みを浮かべる。


「ああ、驚かないで、普通に面会に来ただけだから」


 アストールはそれを聞いて納得していた。確かに面会と言う名目ならば、何一つとして問題ない。


「それよりも左頬赤いけど、大丈夫?」


 エメリナはアストールの頬が真っ赤になっているのを見て、心配そうに近づいてくる。


「ん? ああ、大丈夫、このくらい問題ないよ」


 今まで死ぬほどの重傷を負ったことさえあった。この程度の傷は本当に大したことない。


「ま、そうか。それよりも例の件だけど……」

「お、何か成果があった?」

「んー、関連業者は全部白って見た方がいいかもね」


 アストールは今回の暗殺の件について、エメリナに対して調べるように伝えていた。

 まずは製造元から調べ上げるように動いていた。


「というか、この短時間で全部の業者を調べるなんて、無理よ……」

「え……」

「今回の大会に際して、王国政府から2200本の競技用ランスの発注があったのよ。請け負ってる業者や職人の下の下まで調べるには時間が足りないよ」


 エメリナの言葉を聞いたアストールは押し黙る。

 それだけ多くの木製競技用ランスを造ろうと思うと、まず一番に材木業者から当たらなければならない。その次には加工業者、そして、最後の工程となる魔術を施術する魔術師となるのだ。

 製作数が2200本となると、一つの業者だけではとても追いつかない。ましてや、開催が決定されたのは、数か月前のことだ。業者も相当に急かされていたことだろう。それもこれも全ては、この様な暗殺や不正を防ぐために一から発注して、王国政府が全てを管理する態勢をとったからだ。


「だから、魔術師の方を重点的に調べ上げたわ。けど、魔術師も王宮魔術師が担当してるから可能性は低いね」


 現在王宮魔術師の立場はゴルバルナの一件以降、完全に信頼は失墜してしまっている。

 王族の暗殺などに加担していると知れれば、本格的に魔術庁そのものが解体されるだろう。

 そのような恐れ多いことは、まずありえないのだ。


「てことは……。大会関係者か」

「そうだね。その中でもランスを管理する人間だね」


 エメリナの言葉を聞いたアストールは、それでも渋い顔をしたままだった。


「いや、槍を管理する人間以外にも、越権行為の許される関係者もだ」

「でも、そうなると、時間が厳しいかもしれない」


 エメリナは心配そうにアストールに向き直る。

 実際既に軟禁状態になってから3日が経過しているのだ。


「リミットはあと2日だ」


 アストールはそういってため息を吐いていた。尋問官は否が応でもアストールを暗殺犯人と仕立て上げたいらしい。それゆえ、5日の軟禁状態が済んだ後は、罪状をさらに詳しく聞き出すための拷問がなされる。


「頑張るしかないか……」


 エメリナは静かに呟くと、立ち上がっていた。


「頼んだよ」


 アストールの声にエメリナは真剣な表情で頷いて見せる。


「うん、絶対に助けるから」


 そう言うとエメリナは早々に部屋から出ていく。

 その後姿をアストールは静かに見送るのだった。


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