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潜んでいた影 2



 ルードリヒ国務大臣は遠い目をして、ヴァイレル城の一室から闘技場方面へと目を向けていた。

 その表情は非常に険しいものだった。

 部屋の入り口には一人の次官が立っており、淡々とハラルドの事故を報告していた。


 馬上槍試合ジョストでの事故は、下手をすれば命に係わる。

 王族の命がこの祭典で奪われるようなことになれば、それこそ王権の失墜につながりかねない。

 ましてや、先日のルショスクの一件で王権に関しては、かなりデリケートな問題として政府内で扱われている。


 レイナード家の処分が正式に決定したものの、レイナード家三男ベルナルドの爵位権の剥奪及び、家督相続権の放棄、レイナード家からの追放という軽いものに終わっている。とは言え、陸運業で西部地方の兵站補給や物資供給の独占状態を強制停止させて、競合制に移行させるという一大事も成し遂げた。

 事実上王権を行使して、一豪族の影響力を大幅に減少させる結果となった。

 その競合で賄賂を用いれば、即取引停止という厳しい処分が行われる。これを前にして流石のレイナード家も、二の足を踏んで大人しく競合制に参加しているのが現状である。


 ようやく王権を正常に戻すことが出来たと思ったその矢先にこの出来事である。

 ルードリヒは深く溜息をついて、憂いを隠せずに聞いていた。


「ハラルド殿下の容体はどうなっているのか?」

神官戦士プリーストのレニ・フロワサールの手によって一命を取り留めております」


 ルードリヒはその言葉を聞いて安堵のため息をつく。

 一先ずは王族の死と言う最悪の事態は避けられた。

 一見して王族の事故死は、レイナード家に何の関係もないように思えるがそうでもない。

 レイナード家はいまだ貴族院でも発言力をもっており、実際この事故で王族が死ねば、その責任を追及してくるだろう。そうなった時、処分を決めたルードリヒは責任追及の為に、今の官職を退かなければなくなる。そうして喜ぶのはレイナード家であり、また、再び陸運業の独占をしようと試みてくるだろう。


「生きておられるのだな……」

「はい、幸いにも。未だ意識は戻ってはおりませんが、元の生活に戻ることはできるでしょう」

「それはよかった。報告は以上か?」


 ルードリヒは鋭い視線で次官を見つめると、彼はすぐに答えていた。


「いえ、それがまだあるのです……」


 次官は険しい表情を浮かべると、口ごもっていた。


「なんだ? なにがあったのだ?」


 ルードリヒはもどかし気に次官を問い詰めると、彼は静かに言っていた。


「その、今回の件ですが、実は暗殺の可能性があると言う事でして……」


 次官の言葉を聞いたルードリヒは、後ろに手を組んで鼻で笑っていた。


「まさか、そんなわけがなかろう」

「いえ、それが摘出されたランスの先端部分は尖ったまま残っていました……」


 次官の言葉を聞いて、ルードリヒは表情を一気に暗くする。

 本来競技用の木製ランスの先端は、極力鎧に負担をかけないために、先端は丸くなっている。その上に王冠を被せて王冠が砕け散ったとしても、鎧を貫通させることなど万に一つにもない。


「……王太子は鎧を着ておったのであろう?」

「はい。しかし、実際には鎧を貫通して重傷を負いました」


 ハラルドは実際に木製ランスで負傷した。

 しかも鎧を着用しながらに、幾ら装甲の薄い右側とはいえ片肺が潰れるほどまでに深く傷ついた。

 それが意味するところ、ランスの先端部分が強化魔法によって鋼鉄並みの強度を持っていた証明になる。


「この件を知っている者はおるのか?」

「は、暗殺の可能性に関しては、いまだ、可能性の段階ですので、誰も口にはしていません」


 ルードリヒは少しだけ考えると、次官に対して厳しい口調で言い放っていた。


「この件はあくまで事件であった事にしろ」

「え? しかし、暗殺の可能性は……?」

「暗殺の件に関しては、私が全てを預かる。国民には暗殺があった事を知られてはならないのだ」


 ルードリヒはこの暗殺が行われたという事実が知れ渡ると、王権の失墜に繋がりかねないと恐れを抱いたのだ。だからこそ、この件は何としても事故として処理しなければならない。


「しかし、王族に剣を向けた者を放置するわけには……」

「誰も野放しにするとは言っていない。私が裏の処理を担当すると言っているのだ」


 ルードリヒの言葉を聞いた次官は驚いていた。


「国務次官殿が直々に、でありますか?」

「ああ、問題はない。全ては私がうまく回す。お前は国民に暗殺の件を知られないようにだけ注力してくれればよい」


 ルードリヒの言葉を聞いた次官は恭しく礼をして見せる。


「は、仰せのままに。それでは、早速私は事態の収拾に向かいます」

「うむ。任せたぞ」


 ルードリヒは次官が出ていくのを見て、小さくため息を吐いていた。


「全く、まずい事になったものだ……」


 王国の権威が脅かされつつある事に、ルードリヒは頭を悩ませていた。

 つい先日もレイナード家によるルショスクの簒奪騒動が起きたばかりだ。

 陸運を牛耳るレイナード家の影響力は強大で、既に王権を脅かすほどまでに大きくなっていたのだ。

 それが先日のルショスク騒動で明るみとなって、逆にレイナード家の影響力を削ぐことに成功した。

 だが、今度はハラルド王太子の暗殺ときている。

 一体どこの指金かは分からないが、ルードリヒは決意を改める。


「さて、真犯人を処理せねばならぬか……」


 ルードリヒの呟きは静かに部屋の中へと消えていくのだった。


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