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勝利への道 3


 観衆は今日一番の勝負試合、近衛騎士代行エスティナと、王太子ハラルド・ヴェルムンティアの一戦に沸き立っていた。


 世間一般でもあまり世に出る事のないハラルドが、民衆の前に姿を現すだけでも異例の事態だ。そんな王太子が今話題の近衛騎士代行の女騎士と一戦交えようというのだ。

 血族こそ貴族なれど一般庶民出身の小娘が、果たして王族相手にどのような試合をするのか。

 それこそ民衆達から注目を浴びないわけがない。


 なんでも裏社会の賭け試合では、オッズの高さは圧倒的に王族のハラルドに賭けられているというほどだ。逆にエスティナに賭ける人は少数だ。

 何故なら相手が王族と言うだけに、エスティナが棄権する可能性がかなり高いという見方があるのだ。

 それだけでない。ハラルドは表に出ないながらも、武術の才は卓越しており、ジョストもまた例外はなく相当な腕前という話も実しやかにささやかれている。

 実際、女騎士のアストールは、一勝しただけで本当の実力は未知数なのだ。

 そうなってくると安牌なハラルドに賭け金があつまるのも当然である。


 そうした表と裏両方から注目を浴びるアストールは、昨日と同様に銀色の甲冑を着けて闘技場に来ていた。歩くのはそれほど支障ないが、大きな動作をするとなるとやはり体は動かしにくい。

 アストール陣営にはいつも通りメアリーとエメリナが身の回りの世話をし、今回からはジュナルとレニも加わっていた。昨日の負傷を受けての、緊急的な措置である。それに加えてアストールの師匠であるアレクサンドまで駆けつけていた。

 アレクサンドもまた王国内では名の知れた騎士であったため、彼女の元にいる事が当然ながら不思議がられる人物でもある。


「なんか、今日は観衆のどよめき具合の種類が違うね……」


 メアリーが周囲を見渡して、不安そうに一言だけ告げていた。


「まあ、仕方ないよ……」


 レニは史上最年少のプリーストとして、ジュナルは魔術師として、アレクサンドは騎士として、それぞれトップクラスの実力者なのだ。それが高だか近衛騎士代行程度の、しかも女の下に集まるなど、異様な光景以外の何物でもない。


「にしても、間に合って良かった。お前が出場すると聞いて来たが、まさか相手がハラルド殿下とは聞いてはおらぬぞ」


 アレクサンドはアストールの横で語り掛けてくる。


「それは知らないでしょうね。私が知ったのも一昨日ですし」

「どういう経緯か知らぬが、早めに棄権した方がいいのではないか?」

「それがそうも行かないんですよね……」


 溜息を吐いたアストールにアレクサンドは同情を覚えていた。


「相変わらず、色々な事に巻き込まれて、忙しいのだな」

「ええ、お気遣いありがとうございます」


 アストールの言葉にアレクサンドは溜息を吐いていた。


「まあ、いいのだがな……。それよりも出場するならすると一言連絡してくれても良かろうに、お陰で指導も出来ぬし、初戦を見逃すはで散々だわい」


 アレクサンドはいじけた様に言うと、アストールは素っ気なく返していた。


「また、おっぱい揺らす特訓するつもりだったんでしょ?」

「な、何を言うか! ワシだって教育プランがあってだな! まずは鎧を脱いだ状態でランスを扱う練習をしてだな……」


 と真面目に言いつつも、たわわな胸が揺れる光景が思い浮かんでいるのだろう。明らかに破顔して口元を釣り上げていた。アストールがじっとりとした視線を向けていると、アレクサンドはすぐに言葉を言いつくろう。


「あ、お前、信じておらぬな。鎧を着る前に馬上でのランスの扱いに慣れるための大事な段階なのだぞ! おっぱいが揺れて見えるのは、その副産物であってだな!」

「はいはい、二人ともそこでやめましょ! もう王太子側が準備に入り始めてるわ」


 アストールが腕にガントレットを着けたまま殴りかかる前に、メアリーが間に割って入っていた。

 メアリーが言ったように、既に王太子陣営は騎馬の準備に移行している。

 金箔で黄金に施された荘厳な鎧は、自らを金獅子と自称するハラルド王太子の証ともいえる鎧だ。


「あー、何か趣味悪い……」


 アストールは小声で言いつつ、馬台に上がっていた。エメリナが馬を連れて来て、騎乗の介助にメアリーがついていた。跨る際に落ちないように、メアリーが支えながら、アストールは馬に乗っていた。

 アストールが何かを言う前に既にジュナルが兜を持ってきていて、彼女かれに手渡していた。

 兜を被ったアストールはバイザーを上げたまま、相対するハラルドを見据える。


「ランスを!」


 アストールが声を上げるとアレクサンドが、ランスを持ってきて彼女かれに手渡していた。


「気を付けるのだぞ?」

「ああ、分かってる」


 アストールは会話を交わすと、馬を出走場所まで歩ませる。

 相手方は既に出走場所で待ち受けていた。

 彼女かれが出走場所までくる頃には、会場は静まり返っている。

 中央に旗手が現れると同時に、ハラルドが一声を上げていた。


「そこの旗手待たれよ!」


 王太子の言葉に旗手は動きを止めて、困惑しながらハラルドに顔を向けていた。

 ハラルドはそれを全く意に介さず続けていた。


「エスティナよ! 今一度考えてはどうだ!」


 ハラルドは観衆の前で語り掛けて来ていた。


「この勝負、私が王族という事もあって、何分槍を向けにくいであろう。そこで提案があるのだ」


 突然の試合の中断に観衆たちはどよめいていた。

 まさか王太子がここまで来て、一騎士代行のエスティナに提案をするなど考えてもいなかったのだ。


「そなたが私に侍従騎士となるならば、この勝負、私から身を引いても良いぞ」


 観衆は一斉にどよめいていた。

 ハラルド王太子は腐ってもヴェルムンティア王家の人間だ。本来王族お抱えの騎士となる事は、最大級の名誉な事である。それを断る事は王家の顔に泥をぬるも同じ行為であるのだ。

 もしもここでアストールが断れば、それは王家に対して反故を向ける事になる。


 そう、これこそがハラルドの狙いだった。


 観衆の前で自分に忠誠を誓わせ、完全にアストールを我が物にすること。

 回答を待つハラルド王太子と観衆は、ぐっと息を呑んでアストールを注視する。

 彼女かれはそんな空気の中でも、はっきりと言い放つ


「折角の昇進のお誘いですが、お断りさせていただきます!」

「な、何!?」


 アストールの言葉に一斉に観衆はどよめいていた。


「これはあくまでも祭りごとにございます! 普段から鍛錬している実力を示し、西方に散っていた同胞を弔う事こそが我らの務めのはずです。そして、何よりも我が国は騎士の国です。騎士として全力を示さぬことは、王家に恥をかかせることと同義です! 私は騎士として、王家に恥をかかせることは出来ません!」


 アストールの凛とした声が闘技場に響き渡り、一瞬の静寂が辺りを支配する。

 どこからともなく一人が拍手を送る。騎士の国の民として、彼女かれの言葉に共感したのだ。いつの間にかアストールの毅然とした態度を称賛する拍手と歓声が会場を包み込む。

 ハラルドはその様子が酷く気に食わなくなり、苦虫を潰したかのように奥歯を噛み締める。


「よかろう! 貴公の心意気、私も王家の人間としてしかと受け止めよう!」


 だが、それでも内心を表に出すのを抑え、ハラルドはアストールに対して毅然と叫んでいた。

 観衆はそれに対して、一斉に沸き立っていた。


 再び旗手が真ん中で旗を掲げる。


 風に靡いて大きくはためく旗を前に、アストールはバイザーを下ろしてハラルドを見据えた。

 金色の鎧が傾いた日の光を鈍く反射し、キラキラと光る。

 またがる馬も甘い黄褐色をしており、その黄金の鎧と遜色なく綺麗な井出達を見せた。


「馬鹿王子の腕前は如何ほどか……。見せて貰うぜ」


 アストールは小声で呟くと、ランスを上に掲げていた。

 中心にいた旗手は勢いよく旗を振るって、その場から走り去っていく。

 同時にアストールは馬を全力で走らせる。

 ハラルドは馬の手綱を引いて、思い切り前足を上げて嘶かせる。そして、そこから一気に馬を疾駆させていた。まるでアストールに要求を拒否されたことに対して、荒々しく怒りを露わにしているかのようだ。


 相対する金銀の騎士は、一気に間合いを詰めていく。

 アストールは上からランスを下ろして、ハラルドの胸元に狙いを定めていく。対するハラルドはアストールが近付いてくるにも関わらず、ランスの穂先は下を向けたままだ。


(ランスを向けないなんて、何を考えてやがる!)


 アストールはそのハラルドの構えに、嫌な予感を感じざる負えなかった。


 彼女かれのランスがハラルドの銀の甲冑を捕える直前、突如、アストールのランスが下から何かに遮られて上に跳ね上がる。同時にアストールの胸に強烈な衝撃が響き、大きな炸裂音が響き渡る。

 アストールは気を失いかけるが、どうにか手綱を放すことなく確りと足で鐙を固定していた。


 ランスの穂先が砕けたのは、もちろん、ハラルドの方だった。

 彼はアストールと交差する直前に、下に向けていたランスを即座に彼女かれの胴体に狙いを定めて上げていた。結果として彼女かれのランスを跳ね除けて、胴体にランスをぶち当てる事に成功したのだ。


 アストールは上がりかけていた息を吐きだし、大きく深呼吸して気を落ち着かせる。

 幸いな事にランスを受けた場所は装甲のごつい胸当て部分だった。

 咽かえる息を整え、アストールは手綱を引いて馬首を再び自陣へと向ける。


(ハラルドめ……。ここまでの実力とはな……)


 アストールは自分の持っていたランスが何一つ傷つく事なく、穂先の王冠も残っている事実に嘆息した。これは明らかに技量の差だ。ポイントの低い胸当てとは言え、アストールは相手に攻撃すら与えていない。


 明白な負けなのだ。


 アストールはゆっくりと馬を自陣へと歩ませる。

 ハラルドとのすれ違いざま、彼はバイザーを上げてアストールに小声で問いかける。


「今負けを認めれば、痛い目は見なくて済むぞ?」


 ハラルドの一言に対して、アストールは何一つ反応することなくそのまますれ違う。

 実際腹立たしくは思ったものの、彼女かれは体に与えられたダメージでそんな余裕はなかった。


 無言のまま立ち去っていくアストールに、表情を険しくして再びバイザーを下ろす。

 アストールは帰ってくると、メアリー達に向かってバイザーを上げて苦悶の表情を見せていた。


「大丈夫!?」


 アストールに心配そうに近付いてきたメアリーを前に、彼女かれは苦笑を浮かべていた。


「なんとかね……」

「さすがはハラルド王子だ……。跳ね上げを使用する技量もかなりのもの……。エスティナよ勝ち目はないかもしれぬぞ……」


 師匠であるアレクサンドは心配そうにアストールの元に来る。

 上がった息を整えながら、アストールは不敵に笑みを浮かべていた。


「ああ、私もそう思うよ。だけど、負けるわけにはいかない」

「何か策があるのか?」

「ない! どうにかして勝つさ……」


 アストールの言葉を聞いたアレクサンドは深くため息をついていた。

 兄であるエスティオも何かしら力で解決しようと自棄になる癖があった。実際それでどうにかしてしまえる程の筋力馬鹿であり、何よりも大剣を扱わせれば王国一の実力者だった。


 そんな無鉄砲さのエスティオが、今のエスティナに重なり、アレクサンドは彼女が捨て置けなかった。


「エスティナよ。気休めにしかならんかもしれんが……」


 アストールはアレクサンドの呼び止めに対して、馬の歩みを止めていた。


「ん?」

「ハラルド王太子のやった跳ね上げができるなら、跳ね上げでやり返せ」


 真剣な眼差しでアレクサンドが言うと、アストールは静かに頷いて見せていた。


「ありがとう、師匠……。やるだけやってみるさ」


 アストールは独り言を小声で呟くと、すぐに自分の馬を出走レーンに歩ませるのだった。



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