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勝利への道 2


 一日目の予選が終わり、第一回戦全ての試合が消化された。

 5つのブロック毎に100人居た騎士が一日で半分まで絞られる。これだけ多くの試合が消化されると、当然多くの負傷者も出ていた。

 幾ら魔法によって砕けやすくなったランスとはいえ、完全な安全が保障されているわけではない。

 今日だけでも落馬による骨折や脱臼が21人、ランスの衝撃による打撲が73人、その他破片による負傷が38人と、競技が派手なだけに、負傷者数も他の競技に比べてダントツに多かった。

 勿論、神官戦士や神官による適切な治療で、いずれも命に別状はない負傷に収まっている。


 その負傷者の中に、もれなくアストールも入っていた。

 腹部に受けた衝撃は予想外に大きく、鎧を脱いだ時に腹部に大あざが出来ていたのだ。


「これは酷いわ! 早くレニを呼ばないと」


 一番にアストールの負傷を見つけたメアリーは、慌ててレニを呼びに行っていた。


(全く、やわな体だぜ……)


 アストールはこの程度の傷で痛いと思うほどやわではない。だが、実際受けたダメージは、今まで受けた傷の中では大きいと言ってもいいだろう。アストールは気にすることなく鎧を脱いでいき、控室の小棚に整頓して置いていく。選手控室は個人部屋を用意されていて、ここで装備の着脱もすることになっている。それも全ては男性騎士と更衣室を同じにすると、不埒な問題が起こりかねない。


 全ての服を脱ぎ終えて、簡易で質素な下着を着ているときにメアリーとレニが入ってくる。

 アストールはちょうどパンツを履いて、タンクトップの下着を着用し、後ろ髪を下着から両手で跳ね上げるように出す。さらさらとした手触りのいい髪の毛が、空中に舞って重力に従い、アストールの背中になびいていた。


「あ、え、ああ……。そのごめんなさい」


 そんな魅惑の姿を見せつけられたレニは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 アストールはそんなレニに構う事無く声をかけていた。


「いいの。気にしなくていいわ。どうせ、すぐに見せなきゃいけないし」


 アストールの言葉にレニははっと我に返っていた。


「そ、そういえばお怪我をされたと」

「大したことないわ。ただの打撲よ」


 そういってアストールは腹部の打撲痕を、下着を捲り上げて見せる。

 レニは一瞬だけどきりとする。捲り上げたシャツからは、アストールの形の良い胸の下乳がみえていたのだ。究極のチラリズムを間近にして、レニは自分の中にある欲望を自制して腹部にある痣に目を向ける。掌程度の大きさの丸い部分が、紫色になっていて如何にも痛々しく感じられる。


「治せるかな?」

「御安い御用です。とりあえず、ベッドに横になってください」


 レニは息を落ち着かせると、やはり気になっている胸の方へと目が行っていた。

 首元から見える谷間に、ドキドキと胸を高鳴らせる。やはり、集中できずにレニは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。


「あの、エスティナ様……」

「ん。なに?」

「や、やっぱり上着だけでも羽織っていただけませんか?」


 レニのいつもとは違う反応に、アストールは怪訝な表情を浮かべる。

 そして、自分が下着姿である事を、彼が意識しているのがわかるとアストールは笑っていた。


「ああ、そういう事ね。ごめんごめん!」


 そういってアストールはレースのついた普段着を羽織ると、腹部の部分だけを彼に見せるように配慮していた。ズボンこそ履いていないが、下半身は布団で隠して、レニの治療の邪魔をしないよにする。

 レニは手を腹部にかざすと、短く詠唱する。流石に軽傷と言う事もあって、レニはアストールの腹部をあっと言う間に治療する。


「ありがとう。いつもいつもすまないね」


 アストールは上体を起こして、レニに向き直ると彼は顔を真っ赤にしていた。

 彼女かれの着ているフリルの付いたシャツは、ボタンを間飛ばしで付けられており、胸元と下の部分がはだけている。そして、何よりも下のはだけた部分からは、下着と魅惑的な太ももが丸見えなのだ。


「あの、すみません。今日はちょっと、先に帰ります!」


 顔を赤く火照らせたままレニは、そそくさとアストールの控室から出て行っていく。

 ふと自分のはしたない格好を見て、アストールは苦笑していた。

 確かにこんな綺麗な年上のお姉さんが、こんな格好をしているとなると、男の側からしたら誘っているとしか見えないだろう。尤もアストールにはその気など毛頭ない。


「レニの奴、なんだかんだで男に変わりないのか……」


 アストールはそう呟くとメアリーは笑いながら答えていた。


「それはそうでしょ。アストールも自覚してその格好をしたのは意地悪だと思うよ」

「いやー、可愛い顔してるから、何か男として今一見れなくてな……」


 アストールの発言を聞いたメアリーは少しだけおどけて見せる。


「え? それって、アストールにそんな趣味があるってこと?」

「違うっつーの! あくまでも異性として見られないって話しなだけだ! ん? いや、この場合は同性になるのか? まあ、どっちでもいいか」


 アストールは即座に否定して見せると、メアリーは苦笑して答えていた。


「確かにそうかもねえ。言おうとしてることわかるよ!」


 メアリーもまたアストールに同調していた。実際レニの顔は愛らしく、女装した時には騎士見習いから告白された武勇伝をもっている。だから、メアリーでさえたまにレニを同性扱いしそうになる。


「あいつは男らしくなれんのかな~」


 アストールは独り言を呟いて、扉の方へと顔を向けていた。


「さあねぇ。わかんないわ。とりあえず、私もやることあるから、今日は早いけどここまでね。また明日来るね!」


 メアリーはそう言うと控室から出て行っていた。

 一人取り残されたアストールは、再び服を抜いでハンガーにかける。

 寝巻に着替えると、その疲れた体でベッドの上に横になる。


 室内には質素な魔法灯が付けられ、申し訳程度の明かりをともしている。その明かりは一般家庭で使用されるランプの光量と変わりない。温かな光は部屋をひっそりと包み込み、アストールの壁に立てかけた剣と、その下にある銀鎧が薄らと影を作って光を反射する。


 アストールは腹部をそのしなやかで美しい手で腹部を撫でながら考える。


(一回戦はどうにか勝てたが……)


 次は勝てるかわからない。

 何しろ相手はあのハラルド王太子だ。

 傍若無人ではあるものの、武の才能に恵まれていてジョストも得意としている。

 それに加えて一回の試合で、あれだけの負傷をしてしまったのだ。

 果たしてこの女性の体が、この試合が終わるまで耐えられるのか。

 正直不安で仕方がない。


(けど、勝たなきゃ、あいつの情報は手に入らない……)


 嫌でも頭に過ぎるのは、一度はトラウマを植え付けられた相手エストルだ。

 エドワルド公爵がエストルの行方と、情報を握っている。否が応でも勝ち抜かなければ、あの男の元に手は届かないのだ。


「全く、本当に厄介な体になっちまったもんだ……」


 アストールは久々に感傷に浸っていた。

 一度は女性の体に慣れかけていて、それに気づいて自分を律した。嫌でも女性を意識させられる事にも、慣れていく自分が嫌で仕方がなかった。忙しさと常に付きまとっていた身の危険で、そこまであまり考えが及ばなかった。

 だが、ここに来て他の騎士達の戦いぶりや、大勢の騎士の嘲笑に晒されて、再び自分の体が女であることをはっきりと自覚させられた。

 筋肉で覆われた腹筋さえあれば、今日の当たり位なら青あざ一つ残らなかっただろう。

 今になってこの女性らしい柔らかな体が恨めしく思える。


(早く戻らないとな……)


 本来の自分のパフォーマンスを発揮できないこの体のもどかしさから、彼女かれはいち早く解放されたかった。


「やっぱり、やるしかない……」


 アストールの声は闇の中へと消えていく。

 そう思っている矢先に、扉が二回ほどノックされた。

 彼女かれは怪訝な表情をして、ベッドから起き上がる。そして、立てかけていた剣を手に持って、扉に近寄っていた。


「だれでしょうか?」


 アストールの美声に扉の向こう側から、女性の声が返ってくる。


「すみません。侍女のアリーヴァです」


 聞き覚えのある声に、アストールは警戒を解いて扉を開けていた。

 開かれたドアの向こうには、頭から外套を被った女性が控えている。


「どうぞ……」


 アストールはアリーヴァを部屋に招き入れていた。

 廊下に他に人がいない事を確認して、アストールは扉を閉めて鍵を施錠する。

 アリーヴァはゆっくりと外套のフードを取ると、アストールに向き直っていた。

 相変わらず艶やかな黒い髪の毛に、以前より少しだけ大人びた雰囲気の表情には、安堵の気持ちが現れていた。だが、アストールが剣を手に持っているのを見て、再び表情がこわばった。


「あ、ああ、ごめん、ごめん。つい癖でね……。こんな夜遅くに人が来ると、どうしても警戒しちゃって」


 アストールは苦笑しながら剣を再び壁に立てかけていた。


「あの、この夜遅くにすみません……」

「いえ、大丈夫です。それより用向きは?」

「あ、はい。明日の試合に関してなんです」


 アリーヴァの言葉に今度はアストールは身構える。


「ハラルド王太子との試合に関してか?」

「はい……」


 アリーヴァは神妙な顔つきをして、アストールに向き直っていた。


「国王陛下からお言葉をお預かりしてまいりました」

「へ、陛下から!?」


 アリーヴァの言葉にアストールは素っ頓狂な声を上げていた。

 まさか、アリーヴァが国王からの遣いとしてやってくるとは思わなかったのだ。


「明日の試合は無礼講なり、死力を尽くして戦う事こそ、騎士の誉れ、礼儀となる。王族だからとて、手を抜く事こそ、我がヴェルムンティア王家に対する侮辱となる。貴公の全力で戦う姿を民衆に示せ」


 アリーヴァは一言一句相違なく伝える。

 彼女の言葉にアストールは再び闘志に火をつけていた。


「ありがとう、アリーヴァ! 陛下にはこうお伝えください」


 アストールが笑顔でアリーヴァに向き直ると続けていた。


「お言葉しかと承りました。明日は騎士らしく恥のない戦いをご覧にいれましょう。と」 

「わかりました。陛下にはそのお言葉、必ずお伝えします」


 アリーヴァは微笑みかけると、アストールはそのまま彼女を抱き寄せていた。


「ありがとう! 本当にありがとう……」


 突然の事でアリーヴァは動揺して動けなかった。だが、彼女かれの声が最後に震えているのが分かり、アストールがどれほどのプレッシャーと一人で戦っていたのかがわかった。

 彼女は静かにアストールの細い背中に手を回す。


「やはり、不安だったのですか?」


 耳元で優しく呟くアリーヴァの言葉に、アストールは黙り込んでいた。

 アリーヴァは彼女かれとは、どうしてもそれ程遠い関係の女性とは思えなかった。

 何故かはわからない。だが、やはり命の恩人であるエスティオの実妹であるからなのか。

 ゆっくりと背中に手を回して、エスティナの体の感触を確かめる。女性らしい柔らかな背中に触れると、布越しに体の温もりを感じた。

 首に回されていた手が徐々に震えが収まり、アストールは彼女から自然と離れていた。


「ごめん、本当にごめん!」


 アストールは目に浮かんだ涙を手で拭いながら、アリーヴァに謝罪する。自分としたことが、いつの間にか不安から彼女を抱き寄せていたのだ。とにかく人と触れ合う事で、いまある気持ちを落ち着かせようとした。昔からの悪い癖が出たことに、恥ずかしさすら感じた。

 だが、アリーヴァはそれを気にした様子もなく、にっこりと微笑みかけていた。


「大丈夫ですよ。私もあなたの事を心から応援しています。明日はご健闘を!」


 まだまだ若いながらも、大人びた対応を取ったアリーヴァは、会釈していた。

 それに呆気を取られたアストールは、少しだけ赤面して答えていた。


「あ、ああ! 明日は必ず勝利をご覧にいれますので、見ていてください!」


 アリーヴァは柔和な笑みを浮かべたまま、元気よく返事をする。


「はい! あなたのご活躍、見守らせてもらいます。それでは」


 アリーヴァはそう言うとアストールの部屋から出ていく。

 彼女かれは彼女を見送ると、決意を固めていた。


(陛下からのお許しも頂いた! 後は全力を尽くすだけ!)


 アストールは静かに明日の試合へ、闘志をメラメラと燃やしだすのだった。



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